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吐息は隠される

お風呂に入っていたらとても唐突に本の話を書きたくなった!きいてくれ!
バレンタイン特集です


テーマが「運命(あるいはその他の偶然)」で構成も写真に添えられた文章もなかなかよい感じなのでちょっと欲しいのであった。



誰かのことをすきになったら自分はこうなる、ということを一頁ずつ描いているだけだが、なんかラブレターみたいでよいのである。
あと、ラストの頁で少しどきっとする。


『すきになったら』と同じようなどきどきを途中で感じる。
というか、これはそういうふうにもとらえられる……というような評を読んでからそこを読むたびどきどきする。でもたぶんもっとシンプルな、孤独の部分にこの物語の本質はあるんだろうとは思うのである。


デート特集なかなか可愛かった。


可愛いんです。色づかいが。



欲しい本があるんだよ→題名は?→私からは言えない→なるほどね
というやりとりをした。わかった私えらい。


欲しい本があるんだよ→題名は?→なんか子どもが書いてベストセラーになったやつ→なるほどね
という(略)バレンタイン関係ない。


賢治は熱烈な片想いを書く(書ける)ひとだなあとこのごろは思うのであった。


「チョコレートに、躍る指」はとてもよいミステリなのだが私は酉乃さんシリーズのチョコレートの話のほうが好きなのであった。
というかこの本の「あとがきのあとがき」を読んだら(Webで公開されている)ほとんどが学生時代に書かれたものだと知ってがーん!となってしまった。すごい才能だ!



特別好きというわけでもないのに忘れられない存在が本にもあって、この本は私にとって不思議な存在。いまだに小さな本屋さんにも並んでいてそれを見ると嬉しくなる。何が心をひきとめているのかわからないけどなんとなくずっと覚えている本なんだろうなと思う。しいていうなら何よりもタイトルが好き。



やっぱ旧装版でしょ!
これもとくだん好きなわけじゃないのになんとなく記憶できている本ですね。そういうのが名作の条件なのかも。
バレンタインに『チョコレートゲーム』をラッピングして渡すような女の子になりたかったですね。(バレンタイン関係ないけど)



「白い服黒い服」という歌があって、その題名って冠婚葬祭(嬉しいことも悲しいことも)をともに過ごした仲という意味なんだとこの前気づきました。


さいきん人に紹介したのですが、いま思うとこれってよいラブストーリーだよなあと思ってます。はじめて読んだ当時は思ってなかった。



そういえばだいぶ前に買ってた。桜井まちこのよい部分がよく出ていると思う。


つばさ文庫版『退出ゲーム』には「エレファンツ・ブレス」が収録されていないのであった。エレファンツ・ブレスのない退出ゲームなんて退出ゲームじゃない……のだけど、入ってないのはなんとなく分かるような気もします。
高校生の頃はエレファンツが一番好きだったけどいま読むと退出ゲームがすばらしいなというのはひしひし感じます。
こういう話をつらくじゃなくて、かるがるとした爽やかさで書けるのがすごくよい。
ちなみにつばさ版では(たぶん)全編リテイクされてます。



五限の体育は出たくない

コートを欲しいと思っていて、買わないまま冬が終わる……。行きたいところがあって、寒い場所だからあたたかいコートを買わなくちゃと考えていて、行かないまま春になる……。
店先のコートたちには赤札が貼られている。いまならまだ間に合う、でももういらない。
さよならコートたちよ。

映画を見ました
『アバウト・タイム』

過去にタイムトラベルできる能力を持つ男の子の物語。やり直すことよりも、やり直さないことのほうが安心して見ていられるのって不思議ですね。
お父さんや妹といった、まわりの人々の物語がよいですね。過去をやり直すことで取り戻せなくなることも必ず出てきて、だから余計に締め付けられるようなところもあるお話でした。

私、くりかえし見る夢があって、今日もそれを見ました。いつになったらまともに体育の授業に出られるんだろう?(夢の中で)

あとこのごろは、祖父や祖母に関する夢をよくみます。夢の中で死んだひとが話してちゃだめって言うのにね。話さないで。

二度目のひび

「元気ですか?」
と、その人は言っていた……前も言われた。
言葉は変わらなくてもひびきは、この前と違って……いたように、私には聞こえた。

それがその日はじめに交わした、二度目の言葉だった。

私もうこの人に会うことがないかもしれないなあ。それはわからないけど、交わす言葉が「元気ですか?」から先にすすむことはないのだろうこれからも。


あることをするため並んでいると、通りがかった人から声をかけられる。

「をありがとうございました」
「はい?」
「お守りを(手でお守りのサイズを示しながら)ありがとうございました」
「ああ、はい」

いまなのか。
どういうことかというと、私はこのお正月にお守りを配るお仕事をしていたのですが、そのお礼だったようです。
一ヶ月、たっているけど……嬉しいけれども。
その人と仕事以外のことを話すのはこれが二度目(はじめはお守りをくれという話だった)。で、もう仕事のことしか話さないかもしれないこれからは。


未来がないと思うことがよくあるけど、出した言葉やとった行為が何かの形でこうして返ってくることが、未来があるってことなんだなあとも思うの。思考がめんどくさいね、シンプルに未来はあるのよ。
自分の選択が未来になって、自分に返ってくる場合もあれば、ひびになって影響を及ぼす場合もあるんでしょうね。ポエムたのしくない。

はじめに聞いた「元気ですか?」がなければ今日の「元気ですか?」はまた違うニュアンスで受け取っていたはずだし。


二度目といえばチョコレート買いました。


瀬尾まいこ『強運の持ち主』


おしまいを予感してしまうようなことが最近多くて、なんとなく人の近くにいたときに、ああ終わりだなあとか思ったり(?)、街中の景色が変わったり、何に対してでもふと終わりをくんでしまうような気分になっていたのでこの本のなかの「おしまい予言」を読みかえしておきたいなあと思って購入。
私が感じるおしまいの予感は、それが怖いというよりは、なるべくして終わっていくのだろうなという感じです。どうしようもできない感じ。変化でもあるから、悪いことじゃあないんだけどね。

意外とこんなに甘い話だったんだな。瀬尾まいこはいいですね。



いままでとは雰囲気ちょっと変わっていたけど今月はかわいかったです。



「C7」だけど二曲目なんだなあと思いました。
どうかこの夜が朝にならないで〜〜


はこにわホロスコープ

箱庭に興味がありますか?

……いえ

そういう方法もありますよ。してみますか?

……いいえ。


この会話をしたのは学生のときのことなので、もう六年くらい前になります。六年もあれば小学校卒業できるのにあの頃と特に変わっていない自分。
あのとき箱庭をつくらなかったのは、つくってしまうともとの自分に戻れないような気持ちがして怖かったからなのだけど、結局いまは仕事で、自分の箱庭をつくるようなことをしているのでどのみちだめだったみたいです。
先月まで本当に、なんかばたばたしていて箱庭(仕事)も砂がぶちまけてるみたいな状態になっていました。いまは少しずつその庭を元に戻していく作業をしています。いっぺんには直せないけど少しずつ整えながら、自分なりの置き方を考えているところです。

ぜんぜん日記を書いていなくても、書き留めておきたいことはあれもこれもとあるんですけど、系統立てて話すことは難しいです。
とりあえず書いてみますね。

まず先月、祖父が亡くなりました。
さいごは付き添っていたのでただ何もせずそばにいるだけの時間が結構あって、亡くなってからも私の家は親戚とつきあいがほぼないため誰も来なくてただ、葬儀の時間を待つだけの、そういう何もしない時間があったんです。そのときに日記を書いておこうと思って、書いていたのですが思うところあってすべて消しました。


以前の日記にも書いたことがあるのですが私と祖父は親戚と呼べる関係ではとてもなく、亡くなったからといって彼のなにかを理解しようとか理解できたわけではありません。
隣町にいるのに今回までもう十年近く会っていなかったわけだし、祖父も私の名前すらきちんと覚えていなかったみたいだし、だからといってお互いそれを気にしたりもしない。
そんな変な関係のまま、私たちは変わらずその日を迎えていました。
でも私にとって祖父は祖父しかいないし、他の人でなく彼だからよかったんだろうなと思います。あまりいい送り方もできなかったけどそこは多目にみてねという気持ちです。
父も言っていたことだけど、もっと家族として接することができれば良かったのかもしれないと思う気持ちもあるにはありますけど、それを誰も選ばなかったというのが私たちの答えだし、私たちなりの家族としての関わりかただったんだからいいんじゃないかなと思います。
ベターなほうがわかっているのにそうはできない、くつがえせない思いが私と父にはさいごまであったわけだし。

生前のドヤッとした祖父の写真があとから出てきて、それは棺に入れないで持って帰りました。これが私の知る祖父らしい祖父だし、こういう祖父の姿が私は好き。

祖父が生きているところから骨になってしまうところまでをずっと見ていて、しぬのはまだ駄目だなと思って、だから、失踪したいんです。

……そう、失踪してしまいたい。
でも日記に書いたり誰かに言ったりするとそれって失踪じゃなくなるのでは?

〈失踪(しっそう)とは、姿をくらまして行方が分からなくなること。行方不明になること。失跡。〉(Wikipediaより)


いや、言ってもわからなかったらセーフなのかな。

……大学を出てるのに、Wikipediaから引用をとるなんて怒られますね。

失踪というか、家出をしたいんです。
しないと思うでしょう、しないとわかってるから私も困ってるんですよね。そのことが私をさらに失望させるんです。

箱庭に砂がおさまらなくなってきているんですよね。あるいは私が置いていたい位置から、勝手に模型が動いていってしまうから、もう嫌になってきたんです。私は、本当は全部私の思う通りにならないと嫌なんです。私の思うようにそこにいてほしい。私の好きなものだけそこにいてほしい。そんなことはありえないとわかっているけど、あまりに何もかもが思う通りにならないから、どうしたらいいんだろうというかんじ。でも本当の本当は、箱庭から砂や模型を放り捨てているのは他ならぬ私なんだろうなとも思うわけ、なのです。あるいは私のほうが箱庭の中にいて、そこから勝手に動いているんだろうなとか。
どのみち箱庭の外か内側に私がいて、その内側か外側に他のみんながいて、どっちかしかない。同じところに立っていられないように思えるときがあるんです。
箱庭があることに耐えられなくなってきていて、箱から全部捨てたいし、もう捨ててほしいという気持ちになっているんです。
私の好きな人たちがみんな私のこと嫌いになってくれたら、というか嫌いと教えてくれたのなら諦めがつくのにね、みたいな。
そして私もみんなに嫌いと言えたらもっと楽なのに……まあ二割くらいは本当にそう思ってます。

ほとぼりがさめるまで家出をして、落ち着いたら帰ってきたい。でも言うだけで絶対そんなことしないじゃないですか。そこがわかってしまうからじゃあ、じゃあどうすればいいの?
って悶々として、じゃあ例えば手首とかを切ればいいのかと思う前にそんなことはないだろうとわかってしまう。手首を切るというか、傷跡をつける……それは好きな人たちから見捨てられるような、心の傷のことも含めて。


〈お願いだから私を壊して〉


本屋さんでたまたま(ほんとうにたまたま)手にとって開いたところにこの台詞がありました。ナラタージュは読んだことがあるし好きな作品でもあるけど、この台詞のことは忘れていた。島本さんの小説って、裏テーマとして「傷跡」があるよなあと思う。体に傷を抱える人が多く出てくる。よだかの片想いは顔にあざがある女性の話だし、リトル・バイ・リトルはBB弾で撃たれた跡(あまり覚えてないけどたぶんそう)に気づくことで話が進むし。七緒のためにでは、同じところに傷をつけてほしいと好きな人に頼んでいる。生まれる森では堕胎。
ギンザ(雑誌)に載っていた短編も傷跡の話だった。

傷跡をもつことに厭いがなくて、むしろ傷跡を自身の鍵として抱えつづけている描写があるなあと思う。傷ついているほうがもっと傷つけるもんね。(意地悪な言い方だ)

私の友人で前田さんという人がいて、最近彼女のゆくえが(私には)わからないから、共通の友人たちに前田さんって元気?とたずねたところかえって私のことを心配されてしまった。ご、ごめんね……。みんなからすると私のほうが大丈夫なのかあいつ状態だったらしい。

そんな前田さんに昔、鴨川に突き落としてほしいんだよねと話をしたら、あーわかるよ、自分で落ちるんじゃなくて、誰かに突き落とされるからいいってことでしょう?と返してくれて、すごくドキドキした思い出があります。前田さんあのときわかってくれてありがとう。

でもこういうことを人に言うと、ただその人を困らせたり、不快にさせたり、呆れられたりするだけどわかっていて、だから言わない(言うけど)んだけど、本当は突き落とされたい。それも突き落とされたいひとだけに突き落とされたい。
し、箱庭から捨てられても別にかまわないから、埃をかぶるくらいなら早く捨ててください。

もーーー私だめでしょう。クソですね。

十九才の人に「困ってる自分が可哀想だと思うの、やめたほうがいいですよ」と言われる私ですよ。はやくここからいなくなりたい。


でも現実には、私を困らせる人なんてそんなにいなくて、みんな優しいし、私のことを尊重してくれるし、のびのびさせてくれる。
でもそれがつらくなるときもあるってあまりに贅沢だ。私は私が嫌いだし何より私がかわいい。もうだめだ!書いていてわかる!もうだめだ!

でもやっぱり普通にこれからも生きていくし、傷もつくらないし、誰のことも嫌いといわない。
傷をつくらないかわり何をするかというと、髪を切りにいきます。

瀬尾まいこの話でお姉ちゃんが弟に自分の髪の毛切らせる話があるんですけど、今それを思い出してはーってなってる。



暗いのでこのへんで、最近読んだ本の感想を書いていきます。
私はわりと、何にたいしても言葉を尽くしたいなと思うほうなのですが、めちゃくちゃ頭のいい人が二文字で本の感想書いてるのを見て、そういうのでもよいのかと思ったのでもう少し力を抜きます。

嶽まいこ『なんてことないふつうの夜に』

夜景を箱の中にとじこめる話はよいと思いました。

米代恭『あげくの果てのカノン』

読んでるときに私も気持ちがどろどろしていたので言うほどこわいと思いませんでした。誰にでもありうるラブストーリーでは。

前野紀一『ゆきがうまれる』

『こおり』と同じタッグで今度はゆきだったので。
こおり、のほうが詩的で好きでしたが、こちらも素敵な本ではあります。


母親から今朝メールがきていて、三月書房の御主人の訃報をしる。本屋はお店である前に、人でもあるんだなと再確認する。なくならないでね三月書房。



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