話題:連載創作小説


マスターの話に拠れば、元々このプレイエルはフランスで暮らしていた彼の叔父の所有物だったと云う。ところが、今年の夏にその叔父が亡くなると残されていた遺言書に従って、ピアノはマスターに譲られる事となった。いわゆる形見だ。

「叔父は、私の音楽好きをよく知ってましたから。それで、私にこのプレイエルを残したのでしょう」とマスターは云った。

そして、このピアノが少し妙な形をしている理由も明らかになった。

マスターの叔父は楽器職人で欧州では少し名の知られた存在であったらしい。そんな彼の元に或る時、一台のピアノが修理の為に持ち込まれた。持ち込んだ人物の詳細については残念ながら不明との事だった。

持ち込まれた時点でピアノはかなり破損しており、廃材にする事もやむを得ないほどの酷い有り様だったという。

しかし、マスターの叔父は若い頃から自らの腕を徹底的に磨き上げる為、イタリア、ドイツ、オーストリア、そしてフランスと欧州の各地を単身で修行して巡るような強い信念を持つ天性の楽器職人だった。そのピアノが正真正銘、本物のヴィンテージ・プレイエルである事も彼は一目で見抜いていた。そして、この傑作を何とか自分の手で復元したいと強く思った。

「恐らく叔父は、それを楽器職人としての自分の真価が問われる試金石と捉えたのでしょう」話の途中でマスターはそんな註釈を沿えた。

修理の依頼を受けた彼は先ず、そのプレイエルの製作年代に合わせた木版や欠損している機械部品を、八方手を尽くして何とか取り揃えた。それだけでも大変な労苦と時間を要したが、最大の困難はやはり、その後に待ち受ける修理工程にあった。

基本的な構造は現在のピアノと同じだが、ただ単に構造を再現すれば良いというものではない。最も大切なのは、1837年製のプレイエルとしての音色と、それを弾いた時の指先に伝わる感触、云うなれば“失なわれた一つの世界”を甦らせる事だとマスターの叔父は考えていた。

そして、それから五年以上に渡り試行錯誤を重ね、ついにプレイエルを復元する事に成功した。そして――

マスターが一度話を切る。そして「実はそこから先の部分が、どうにもよく判らないのだけど…」と小首を傾げながら、いくぶん強調した後、話の先を続けた。

――そして、修理を終えたプレイエルは、どういう理由でか、マスターの叔父の所有するところとなった。そこにどのような事情があったのかは判らない。本来の持ち主がどうなったのかも、マスターは知らないようだった。

だが、兎に角、1837年製のプレイエルはこの時からマスターの叔父の所有するところとなった。

そこから先は先刻話した通りで、ピアノは亡くなった叔父の形見としてマスターに譲られ、十月の終わりに名曲喫茶【平均律】へと運び込まれた。こうして、現在、ピアノは店の片隅に置かれている。


《続きは追記からどうぞ♪》