数谷沙織の一番の趣味はドライブであった。
但しドライブと云っても、クリスマスイブに銅鑼を打ち鳴らすドライブでは無く、車を運転する方のドライブだ。
OLの沙織は休みの日など、特に行き先を決めずに独りでふらっと車で家を出て、そのまま殆ど丸一日を気ままなドライブ旅行で終える事も珍しくはなかった。
ところが、そんなドライブ好きの彼女にも一つだけ悩みがあって、それは“どうしてもカーナビが上手く使えない”と云う事であった。
今までに数々のメーカーの様々なカーナビを試してみたが、その中で“最も簡単”と云われた物ですら、沙織はまともに使いこなす事が出来なかった。
それが沙織の心の中で常に“小さなわだかまり”として在るせいなのか、楽しいはずのドライブのさなかにも時折ふと、寂しさとも悲しさとも或いは悔しさともつかない、ジリジリといつまでも残る胸焼けのような煮え切らないおかしな感情が立ち昇ってくる事があって、沙織はこの感情を幾らか持て余し気味に感じていた。
ところがそんな沙織の元に或る日、一通のダイレクトメールが届いたのである。
さしたる関心もなく、いつものように惰性でメールを開いた沙織の目は、そこに書かれている文面を捉えた瞬間、端からでもはっきりと判るぐらいの輝きを放った。
そこにはこう書かれていた…
『未だかつてない画期的なカーナビが開発されました。今までどのカーナビも使いこなせなかった貴方でも大丈夫。完全アナログ感覚で操作出来る世界でただ一つのカーナビここに誕生!』
そして、文面の最後に書かれていた言葉は沙織の心を完全に掴むものであった。
『ただ今、モニター募集中。モニターの方には【当該のカー・ナビゲーションシステム機器】(以下‥甲)を約一週間程度使用して頂き、その感想等を当社が用意するモニター報告書類に書いて頂くだけで、モニター期間終了後、(甲)を無料にて進呈致します』
もちろん沙織は迷わずモニターに応募した。
それが約一ヶ月前。
そして今、愛車の運転席に座る沙織の目の前には搭載されたばかりの新しいカーナビの姿がある。
そう、沙織はモニターに当選したのであった。
空もすっかり晴れ渡った土曜日の朝、午前九時。沙織は、いつもより少し緊張した手つきでキーを差し、ゆっくりとエンジンを掛ける。
ブルンッと音を上げたエンジンは見事に一発で掛かり、沙織の車は初のモニタリングドライブに向け幸先よく走り出した。
ところが沙織には一つ不安があった。
その不安の元は、助手席にぽんと投げ置かれた新しいカーナビのマニュアルにある。
それはとても最新の電子機器のマニュアルとは思えない“全2ページ”からなる極薄の冊子であった。いや、冊子と云うよりは紙切れである。
そして肝心の操作方法の部分が、これまた簡潔過ぎるぐらい簡潔な文章でまとめられていた。
☆操作方法
電源ボタンを押してスイッチをONにして下さい。後は音声対話完全認識システムにより、画面の声に従うだけで大丈夫です。
…説明はたったこれだけである。
これでは不安になるなと云う方が無理だ。
おまけに、このカーナビの製造及び発売元となっている《ホムンクルス兄弟社》と云う名前の胡散臭く怪しい事。
しかし‥名前を知らない新しい企業はたくさんあるだろうし、問題のカーナビも《画期的新システム》である以上、説明はこれ十分なのかも知れない。
実際、沙織が求めていたのも正にこういうアナログ感覚な判り易さであった。
走り始めてから約三十分‥まだカーナビそのものへの拒絶反応はあるものの、こうしてモニターとなった以上、使わない訳にはいかない。
沙織はふっと軽く息を吐いたのち、微かに震える指先でカーナビの電源ボタンを押した。
すると‥
ピッポコピー♪
恐ろしいぐらいダサいサイケな電子音と共に、ナビの液晶画面がパッと明るくなった‥。
そして、想像よりも遥かに美麗な液晶画面にマップが表示され…るかと思いきや、なんと、そこに表示されたのは変なチョビ髭を生やした丸顔のオッサンであったから、沙織はびっくりして思わずクラクションを鳴らしてしまった。
まさか、いきなり液晶にオッサンが出てくるとは誰も思わないだろう。
それによく見ると、オッサンと云うよりもお爺ちゃんに近いかも知れない。
サザエさんに出てくる磯野波平氏にかなり似たお爺ちゃんである。
唖然とする沙織に、液晶の波平氏が話しかけてくる…
ナビ『あ、ども、初めまして‥私、笹野喜三郎といいます。どうぞ宜しく』
沙織『は、はあ‥宜しくお願いします』
何が何だかさっぱり判らぬまま、沙織も一応挨拶を返す。
ナビ『さあてさて♪‥挨拶も済んだところで、それでは、今日は何処へ行きましょうか?』
何だか笹野氏は早くもナビる気満々なようであった。
一方沙織も、まだショックから完全に立ち直った訳ではなかったが、少しずつ事態を把握し始めていた。
(なるほど‥これが音声対話完全認識システムってやつなのね。この擬人化されたコンピューターと会話しながら進めばいいんだわ、きっと)
ナビ『どうやら今日は天気もいいみたいだし、ドライブ日和ってやつだあね♪』
驚いた事に、この最新鋭のカーナビは、天候を認識する機能まで付いているらしい。
沙織は少し感動を覚えつつ、ナビに向かって言った。
沙織『そうねぇ‥特に何処へ行くとか決めてはいないんだけど‥久し振りに雲光院のお庭でも見に行ってみようかしら』
とてもナビの作動とは思えないユルい雰囲気。沙織の中にある“カーナビへの拒絶感”と云う心の中のわだかまりが少しずつ溶け始めていた。
ナビ『おっ!雲光院か!いいなあ。いや、私も若い頃はよく行ったもんさ。よし、じゃあ久し振りに行ってみますか!』
何か様子がおかしい。しかし、対話完全認識システムであるので、沙織の言葉に対して会話が噛み合うようプログラミングされていると考えれば特に不思議はない。
ただ、沙織は少々困っていた。何処までナビ側からの話に付き合えば良いのだろう?
下手をすると本来の目的から大きくずれて、世間話がずっと続く事にも成りかねない。かと言って、無碍に会話を断ち切るのも気が引ける。
(何だか‥変なところで気を使うシステムだわ)
ナビ『で、今どの辺に居るか判ります?』
沙織『はぁっ?』
ナビ『いやいや、私達がいま走ってる場所。それが判らないと、この先のナビが出来ないから』
何という事だろう。逆にナビに位置を聞かれるとは!
沙織『え、え〜と‥今、三田村交差点を通過したとこだけど』
ナビ『三田村交差点ね‥ちょい待ち。三田村三田村と…』
ナビの笹野氏は液晶の中で何やら目を凝らして下の方を見ている。
沙織『あの…何をしてらっしゃるんですか?』
尋ねる沙織に、ナビ笹野氏は顔を上げながら言った。
ナビ『いや、これこれ。いま一所懸命マップ見て三田村交差点探してるんだけど…どうもこのマップは見づらいな‥』
液晶画面の笹野氏は、そう言いながら、手に持った道路地図の本を沙織に見えるように画面に向けて広げてみせた。
それを見て、沙織は危うく口から泡を吹きそうになった。
沙織『ま、まさか‥マップ本を見ながらナビするんですか!?』
ナビ『そうですよ。‥すみません、ちょっと失礼して老眼鏡かけさせて貰っていいですか?』
ろ、老眼鏡!
いったい何処までアナログなシステムなのだろう。
沙織『‥か、構いませんけど』
笹野氏はシャツの胸ポケットから眼鏡を取り出して掛けると、再びマップ本を凝視し始めた。
ナビ『ありました!‥じゃあね、このまま真っ直ぐ行って右側に新井スーパーが見えたら、その先を右側に曲がって下さい』
沙織は、笹野氏の言葉に従ってスーパー新井の先を右折した。
そこは行き止まりの袋小路となっていた。
ナビ『あれ〜、おかしいなあ。‥このマップ、古いんだなきっと』
沙織はもう殆ど言葉を失っていた。
これでは、助手席の風景が液晶画面の中に移動しただけではないか。笹野氏の顔を鮮明に映し出す為だけに存在する液晶画面の美麗さは、限りなく無駄に近いテクノロジーの使用であった。
それでも沙織はモニターである以上、一週間はこのナビを利用してレポートを提出しなければならない。
ナビ『あ、すみません…ちょっと…車、止めて…貰え…ます?』
沙織『えっ、どうしたんですか?』
笹野『車の中で細かい文字見てたら…酔ったみたい。う…気持ち悪い…ちちょ、ょっとトイレ行って来ます…』
沙織『トイレって!そこ部屋ですか!?笹野さんの部屋ですか!?』
しかし、真っ青な顔の笹野は沙織の言葉に答える事なく、画面奥にあるドアの向こうへと消えてしまった。
結局、迷いに迷った挙げ句、目的の雲光院に到着したのは午後五時を過ぎた後だった。
予定より三時間以上遅れた上、五時閉院の雲光院の門は既に堅く閉ざされていた。
落胆する沙織を更なる衝撃が襲う。
ナビ『それでは午後五時を回ったようなので、本日の私の勤務は此処までと云う事で』
沙織『へっ?勤務って何ですか?』
ナビ『いや、私、派遣なんで‥残業とかすると怒られちゃうんですよ。それじゃちょっと失礼して、そちらへ移らせて貰いますね』
沙織『移るって‥えっ?ええっ!?』
あたふたする沙織を尻目に、なんとなんと、カーナビの液晶の中から、某ホラー映画の貞子のように笹野氏がウニョ〜ンと這い出して来たのである。
そして完全に姿を現した笹野氏は、そのまま助手席に腰掛けると、顔をヒクヒクさせている沙織に向かって言った。
笹野『大変言いにくいんですけど…』
沙織『な‥』
笹野『家まで送ってって貰えますか?』
沙織『家…笹野さんの自宅って事ですか?』
笹野『はい、そこで息子に勤務交代しますんで。そしてまた朝になったら私がナビの中に戻ります』
沙織『もしかして笹野さん‥実在の方?』
笹野『嫌だなあ(笑)勿論ですよ。なんなら免許証お見せしましょうか?』
沙織『…いえ…結構です。もう十分判りましたから』
流石の沙織も、グッタリと疲れ果てていた。
笹野氏は心配そうに沙織の顔を覗き込みながら、優しく声を掛ける。
笹野『運転変わりましょうか?』
沙織『ああ…すみません…お願いします』
考えてみれば謝る必要は微塵も無いのだが…沙織はもはや半意識喪失状態なので仕方がない。
笹野『了解…あ、ただ‥この辺の道はあんまり詳しくないので、知ってる場所に出るまで、ナビの方よろしくお願いします』
笹野氏が手に持ったマップ本を沙織に手渡す。
《1982年版・全国ロードマップ》
沙織は本を受け取ると、笹野氏と入れ替る形で、液晶画面の中へと入って行った…。
〜お仕舞い〜
なんとビックリ沙織=尼僧説(誰もそんな事は言っていない)
でも、そう考えると名字の数谷は数珠に通ずるところがあるような…(・o・)ノ
しかも行き先は雲光院だし
まあ、それは良いとして… 全2ページの説明書…まるで プレゼント付きのアンケート応募用ハガキみたいでいいよね
ダサイケな電子音は、シンプルさ故に聞き慣れると邪魔にならないし、知らず知らずの内に愛していそうな気がする
それにしても、【笹野喜三郎】…特に何も考えずに付けたのだけど、改めてみてみると いい名前だよねー
物凄く自然体で、真っ直ぐに人生を歩いていきそうな名前だ
梶井氏イメージの笹野喜三郎氏…カッコいい由緒ある小さな名門ホテルのコンシェルジュとか似合いそう
藤村俊二さん辺りにやって貰うといいかも…って…ドラマ化するつもりですか
顔のパーツはオスカルで輪郭と髪型だけ波平氏…カッコ良すぎて卒倒しそうになった
沙織は実は寺生まれで仏教を忘れて浮かれてる日本人に対して半ば嫉妬も込めつつ文字通り警鐘を打ち鳴らしてるのかな〜と思ったり
説明書が全2pっていいよな〜スマホの説明書ってすげー分厚そう‥ピッポコピー♪恐ろしいぐらいダサいサイケな電子音(笑)(笑)(笑)♪これ、脅威の脳内再生率!!可愛らしくて能天気な音♪なんだよね
笹野氏の顔を鮮明に映し出す為だけに存在する液晶画面の美麗さ‥なんか一瞬顔のパーツはオスカルで輪郭と髪型だけ波平氏とゆー映像が浮かんだむしろ、そこはダサい電子音♪に合わせて粗いドット絵でいいじゃんっていうね(爆)(爆)(爆)
この名前いいなぁ〜素朴であったかみのある人柄がわかるもの【若いお嬢さんをナビするのじゃから、綺麗な服装をしておかにゃ‥】ループタイセンタープレスがピシッと入ったズボン(寝押しでつけた)腕には定年退職するとき贈られた金時計をつけ胸ポケットに白いハンカチを三角△に覗かせて
あ、そうそう、カトちゃんご結婚おめでとうございまぁす!!
んで、喜三郎氏には息子さんがいるんだって!?チオビタのCMの管ちゃんの夫役?の俳優のイメージちょっと気弱なんだけど純朴で優しい‥みたいなねいずれ沙織と結婚しそうな気がするなあ〜プロポーズ言葉は
【ぼっぼっぼっ僕に、さっさっさっ沙織さんの人生をナビさせてくださいっ】
ちなみに息子さんのロードマップは昭和天皇、松下幸之助、美空ひばり、松田優作、手塚治が亡くなって、ベルリンの壁が崩壊して~になった1989年製なのだろう‥
軟体ホラー…いいかも知れません
なんか…初めはあんまりホラー風味持たせるつもりもなかったのだけど…結果的に生温かい感じになってしまいました
この感覚 自分でも久しぶりです
また時々 やってみよう( ̄∀ ̄)
なんか…
昭和がどんどんディープになって行ってるんですけど(爆)
アタイ…髪型がヤバそうな気がする…アフロとか
もう一杯!
という感じですぅううう(泣笑)。
再読すると「口から泡を」まで怖く思えたり(泣笑)。
笹野さんの言葉遣いがところどころカワユかったりもして、「軟体ホラー」って感じもしますぅううう。
アタイ(・_・;)
あばずれ女なイメージで♪
あばずれってスケ番より更に昭和(≧∇≦)ノシ
場末の酒場にあばずれ女が…
ひちょり…
モウイイカラ サッサトカエレ
アタイ…って(笑)
いつの時代の 厨二ですか?(笑)(≧∇≦)
と云うか…口調が完全にオッサンになってますけど
波平さん… 微妙な存在だよね
服装とか髪とか喋る言葉は爺さんに近い気がするけど 設定年齢は オジサンだからさ〜
(≧∇≦)
めちゃ気疲れしそうなカーナビです
と云うか…
液晶の中に人間が出入り出来る技術があるなら、もっと別の部分に生かせって感じですよね
ではドラマ化の際は、主演の沙織は林檎飴さんで
いえいえ そう仰有らずに…笹野氏も持って行って下さいませ
いや、しかし…
太陽がナビとは(爆)(≧∇≦)
大航海時代ですか?(笑)(≧∇≦)
めちゃウケました(笑)
あ、実は…
書いている内に、『もしも有名人がナビになったらシリーズ』も面白いなあ〜と考えていたのでした
少し間を置いて、キャラが揃ったらやるかも知れません
稲垣さんのスポット限定ナビもいいですねぇ
あ
実は私も書いている内に、ナビ笹野氏…笹野高史さんのイメージになって来ていたのでした
あの ちょっと惚けたような うだつの上がらない感じ…いいですよねぇ
星さんを連想して頂けるのは…、恐れ多いと同時にとても嬉しいです
地図が読めるアタイには、カーナビなんぞ必要ないけどなwww
ところで、
磯野波平って爺さんなのかい?
老け顔のオヤジかと思ってた。
めんどいですなー
けど
実写版でのサザエさんVersionでの
波平さんが浮かんで笑いが止まりませんでした
素敵です
映像化したら
もっと素敵です
笹野さんは要りませんが
このカーナビあこがれますな
パソコン扱え無い私向きですな
私しゃもロードマップ派でございますが
基本的には太陽がカーナビですな
心霊スポット専門のナビとか
稲川さんが画面半分飛び出して
ヤバイょ、次の角ぉ
なんてね
トキノさん 世にも奇妙な物語に採用されそうな雰囲気の話が多い
やっぱり一番のナビは助手席の頼りになる人間なのかな。ワタシは全くダメだけど(-_-;
長い話を最後まで…ありがとうです
地図で揉めながら走るシーン…私の記憶の中にもあります
アナログな風景ですよねぇ
このカーナビ…まず売れないでしょうけど(笑)…人との関わりが薄い時代、たまにはこういうベタベタに濃い関わり合いも悪くないかも
心のストレッチ
はいこれからも ヨガブログを頑張ります
父と母の小競り合いを
聞かぬふりして
窓の外を眺めてた
幼い頃を思い出し
ふっと心が緩みました
がナビのなかに
1982年の地図が…
おじさんと入って
いたなんて
アナログなわたしには
あり(^◇^)┛ですが…
平成時代の人達には
なかなか受け入れて
もらうのは難しい
かもです(^_^;)(笑)
地図をGoogleとかで
あけて、兄ちゃん達の
暮らす街を旦那さんに
説明しました
京都は建物まで
見えましたが
沖縄は大きな通りまで
しか写真はなかったです
トキノさんのお話は
わたしの心を
ストレッチもして
くれます\(^ー^)/
いつもありがとうです
ああ
長い話を最後まで…ありがとうです
いやあ…これ 本当は昨日アップする予定だったのだけど…例によって長くなってしまったので今日に繰り越したのでした
で、実は まだ自分で通して読み返していないので…まとまってるかどうか冷や冷や物だったのだけど…コメントを読んでホッとしました
ありがとう
これわコハル本当にびっくりいたちマチュピチュ本当に小説を読んでるみたいにきちっと内容が始めから終わりに収まってマチュピチュニャリン
これわ天才トキノ伯爵直木賞狙いマチュピチュニャリンかぁ
本当に文才にょたけてらっちゃる紳士トキノ伯爵れちゅニャリンよん
これも来年にょ日本アカデミ賞総ナメにょ作品ににゃること間違いニャチれちゅニャリン