話題:眠れない夜
〜前編からの続き〜。
兎にも角にも方式は決まった。後はそれを実行に移すだけ。早速私は、羊の数え方としては最もオーソドックスなサリンジャー方式に取り掛かる事にした。
先ずは、ゆっくりと目蓋を閉じる。これは驚くほど簡単に出来た。思えば、誰に教わった訳でもないのに物心のついた頃には既に、他人の手を一切借りる事なく独力で自分の目蓋を閉じられるようになっていた。昔、実家が営んでいた駄菓子屋のシャッターをようやく1人で閉められるようになったのが10才で、しかも父親に何度もやり方を教えて貰った後である事を考え合わせると、もしかしたら私には生まれつき目を閉じる才能があったのかも知れない。
そんな天賦の才をもって目を閉じた私が次に為すべきは、緑輝く草原を目蓋の裏に思い浮かべる事だ。緑色の濃さや草の長さ、地平の起伏具合など多少手こずりはしたが、どうにかこれもイメージする事が出来た。
次は白い木の板で組まれた、ただただ羊に飛び越えられる為だけに存在する柵の設置。真っ先に思い描いた物は縦板の先端が菱形状に尖っている形だったが、それだと万が一、羊が飛び損なった場合危険だと思い、慌てて平らな物に建て直した。
さて、芸術的風景と呼ぶには程遠いながら取り敢えず舞台は整った。残るは主役の登場のみ。勿論、主役となるのは、羊の皮を被った羊であるところのいわゆる羊だ。
私は目蓋の裏側に広がる春めく緑の草原にメリノ種の羊の姿を思い浮かべた。その日の午後、偶然にも羊の写真を見ていた事が幸いしてか、メリノ種の羊はすんなりと目蓋の草原にその姿を現してくれた。
〜続きは追記からどうぞ♪
ところが、そこには或る一つの重大な問題があった。草の上に出現した羊が横たわったままピクリとも動かないのだ。あろう事か、羊は眠っていたのである。眠りたいのはこの私。その私を差し置いて君が眠ってどうするのだ。どうやら、昼間見た“眠る羊の写真”が影響しているようだ。
当然、私は羊を起こそうとした。そよ風を吹かせたり、小さな紋白蝶をひらひらと舞わせて眠る羊の耳をくすぐってみたりと、手を変え品を変え色々と試してみたものの、羊は一向に起きる気配を見せず、まるで死んだかのように眠り続けていた。
いつまで経っても羊が目を覚まさないので、私はだんだん不安な気持ちになって来た。もしかして羊は死んでいるのではないか?
死んだように眠っているのではなく、まるで眠っているかのように死んでいるのではないか?
動かぬ羊を見つめ続ける内、いつしか私の心は、夜更けを走る救急車のように、生(せい)の不安を通り過ぎ、死の哀しみに近づき始めていた。
もしも、この、最も一般的なメリノ種の羊が既に事切れているのだとしたら…想像した者の責任として、丁重に弔ってやる必要があるだろう。そこで私は、恐らく公認されている124の方式の何れにも出て来ないであろう“羊飼い”を目蓋の裏の草原に登場させた。羊飼いなら羊の弔い方を知っているに違いない。そう思ったのだ。
明るく晴れ渡っていた空は、一転、今にも一雨来そうな気配を漂わせていた。陽の光が失われてゆくにつれ、若草の緑に散りばめられていた黄金も深い影へとその色を変え始めていた。
私は、私の代わりに永遠(とこしえ)の眠りへとついた一頭、いや一匹の、名もなき羊への弔い歌としてベートーヴェンの葬送行進曲を薄曇りの草原に流す事にした。
私の意を汲んだ羊飼い(この時、彼の名前はヨゼフと決まった)が静かに草を踏みしめながら横たわる哀しみのメリノ羊へ近づき、その傍らにゆっくりと膝を落とした。
私はメリノ羊に黙祷を捧げる為に目を閉じた。既に目は閉じていたが、それでも、閉じた目蓋の裏側で更にまた目蓋を閉じた。そのままどのくらい経っただろうか。やがて静かに目を開いた私の目に飛び込んで来たのは、思いもよらない光景だった。
羊飼いのヨゼフがこちらに向け右手でOKサインを作っていたのだ。OKの輪っかのちょうど真下に位置するメリノ羊の鼻から美しくも長閑な鼻提灯が上がっているのが見えた。その鼻提灯は乃ち生存証明書であった。羊の鼻から鼻提灯が上がっている。故に羊は生きている。QED。
死んだように眠っている羊は、その名の通り、死んだように眠っている羊だったのだ。
鼻先のシャボン玉は、虹色のプリズムを透明な被膜に映しながら、膨らんでは萎み、膨らんでは萎みしていた。空は再びの青を取り戻し、草原に流れるメロディも、いつしか葬送行進曲からメリーさんの羊へと変わっていた。
羊は生きている。
私は心底ホッとしていた。そして、安心した途端、抜き打ちテストのような不意討ちで強烈な眠気が私に襲いかかって来た。
春めく草原ではメリノ羊が心地よさそうに眠り続けている。羊飼いのヨゼフも何時の間にか羊の横でちゃっかり眠っている。
もはや羊を数える必要はなさそうだった。
(なるほど、こういう眠りの着き方もあるのか…)
そう思った時にはもう、私は柔らかな羊毛の眠りに包まれていた。そしてそれは、久しぶりに味わう穏やかで牧歌的な、子どもの頃によく知っていた何処か懐かしい羊の眠りだった。
―おしまい―。
羊が弁護人
羊がドアマン
羊が貴方の保険料をお見積もり致します
羊が新弟子検査に合格
羊が、元気ですかー!いくぞー!
1、2、3――メェーー!
o( ̄ー ̄)○☆
確か…英語で羊(シープ)と眠る(スリープ)が似ているところから来ている、なんて話を聞いた事ありますけど… どうかなあ(笑)(//∇//)
数を数えて行く瞑想法もあるので、羊というよりは数を数える行為に意味があるのかも♪
やっぱり、後味の悪い最後はあまり好みではないので、牧歌的な雰囲気でしめてみました♪(*´∇`*)
動物のあどけない寝顔って好きなんですよね〜(/▽\)♪
羊が一部上場
羊が保証人
羊が出向
羊が零時をお知らせします
こんばんは☆
最近しなくなったけど、子どもの頃は数えてたなぁ、羊。
そもそも、どうして眠れない時に羊を数える事になったのでしょうね(・・?
最後、ほわほわな羊に相応しい、ほんわりなハッピーエンド♪で、お布団に早く入りたくなってきました
(*^^*)
寝ちゃった羊さんが、かわいくてかわいくて
(*´∇`*)