★奇想天外倶楽部☆

（ラビットの奴､やけに遅いな…）

彼はチラッと腕時計を見る。《紅ズワイガニ》が来る深夜３時まで、もう３０分を切っている。

ラビットは警視庁での彼の部下で、今は彼と警察を繋ぐ唯一の連絡係となっている男だ。

正体がバレるリスクを最小限に抑えるには、やはり極力、警察本部との接点は少なくした方が良い。

その為、組織には“情報屋”と説明しているラビット警部補の存在はジャッカルにとって、任務成功と無事生還の鍵を握る命綱とも云えた。

（今回も、現場を押さえる為の警察本隊との連絡はラビットに任せてあるのだが…遅い）

ジャッカルが不安になりかけたその時…

倉庫の鉄扉がゴオォと開く鈍い音がしたかと思うと、噂のラビットがウサギ跳びをしながら入って来るのが見えた。

ラビ『遅くなりました、梅昆布警部！』

ジャッカルは慌てて、ラビットを自分の近くに手繰り寄せると、その耳元に向かって言った。

「いやだから、“本名で呼ぶな”と前から口を酸っぱくして言ってるでしょっ♪」


ジャッカルの本名は【梅昆布 茶太郎】と云う。

因みにラビットの本名は【関根 都斗夢】である。

オールドファンならば、これが何を意味するのかは判ると思う。

ラビ『スミマセン…アロエに水をやっていたら遅れてしまいました』

そうか…それなら仕方あるまい。

「で‥本隊はもう到着してるのかな？」

するとラビットは、明らかに“しまった！”と云う表情を見せた。

ラビ『スミマセン！パンジーに水をやってて‥すっかり忘れてました』


くぅ…またしても…

しかし…理由がそれならば責められない。

「となると…」

ラビ『ダック！』

【となるとダック】‥警視庁秘密潜入捜査班の合い言葉である。

「いや、今のは合い言葉じゃ無くて‥ほら、今は２人しか居ないから」

ラビ『なるほど。あ、そう言えば‥組織の他の人間はどうしたんですか？まさか取引に警部一人って事は無いでしょう？』

「ああ‥それか。いや実は‥さっき睡眠薬で全員眠らせてしまったのだ‥てか、警部って呼ばないように」

ラビ『失礼しましたっ‥しかし、此方の組織の人間を眠らせるのは取引終了後の予定だったのでは？』

「それが…人に睡眠薬盛るの初めてだったから、ちょっとワクワクして、フライングで２時間早く飲ませちゃった」

見れば、積み荷の木箱の裏に数人の男達が眠りこけている。

「どちらにしても…今夜の取引は私達２人でやらねばならない訳か」

ラビ『一応、今からでも携帯で本庁に応援を要請してみます…と云いたい所ですが、残念ながら充電切れみたいです。…申し訳ありませんが警部の携帯でお願いします』


「いや…今月はもう無料通話使い切ってるから出来れば電話は掛けたくない…と云うか、実は携帯を家に忘れて来た…てか“警部”と言わないように」

ラビ『なら、仕方ないですね。２人で《紅ズワイガニ団》押さえましょう』

「そうだな‥あ、そうだ！頼んだ【例の物】は持って来てくれたか？」

何しろ、今夜がクライマックである。激しい銃撃戦になる事も十分予想される。そこでジャッカル茶太郎警部はラビット関根警部補に【防弾チョッキ】を持って来るように予め頼んでおいたのだった。

ラビ「あ、それならちゃんと。色んな種類があって迷ったので、念のため何着か用意して来ました」

助かった。これでなんとか…

ラビット関根警部補は、持って来たトランクを開ける。

ラビ『え〜と…どれがいいすかねぇ？お薦めは青と白ですけど、季節的にちょっと寒々しいかなあ〜』


トランクの中を見て、ジャッカルは我が目を疑った‥。

「お、お前‥これは‥」


ラビ『向日葵のイメージで黄色と茶色なんかもいいかも。または…紫と黒でエレガントな雰囲気を醸し出す手も』

あ、あのさ…

それ、防弾チョッキじゃなくて…




ボーダーのチョッキですけど！




ラビ『えっ？確か“ボーダーのチョッキ”を持って来いって…で、警部の趣味判らなかったから、色んなボーダー柄のチョッキを…』

「…何ですか？ボーダー柄はピストルの弾をはじき返すとでも…君はお考えですか？」

ラビ『ああ！そういう意図だったのか！…いえ、てっきり…大事な取引だからファッションにも気を使うのかと』

「深夜の港の秘密取引でエレガントな雰囲気を演出してどうする!?」

ラビ『じゃ、この迷彩ボーダーでワイルドな雰囲気を‥』

「いや、そういう事じゃなくてさ。今は雰囲気よりも、もっと確かで現実的な心の支えが欲しいわけ♪」

ラビ『じゃあ…一番厚手のチョッキを』

「いや…やっぱり、この黄色と黒のやつにしよう。なんか虎みたいで強そうだし…考えてみれば…ストライプの縦縞よりボーダーの横縞の方が幾らか弾を跳ね返しそうな気がしないでもない」

ラビ『そうですよね！“チョッキ”だけに、今ある物の中で“ベスト”を尽くしましょう!』

「で、お前はどのボーダーチョッキにする？」

ラビ『そうですね‥やっぱり私は、この青と白のやつがポパイみたいで好きかな』

「おっと…そろそろ時間だ。さあ、さっさと着替えて行こうか」

ラビ『よし！待ってろオリーブ！今から助けに行くからな！』

「ならば今日から俺はタイガーマスク…伊達直人だ！」

ラビ『おっ！心温まるキャラになりましたね♪』

「ちびっ子ハウスか…なあ、ラビットよ」

ラビ『はい』

「考えてみれば俺たちはみな裸でオギャ―と生まれて来た訳だ」

ラビ『ですね…』

「だからさ、こうしてボーダーのチョッキがあるって…本当は凄く有り難い事なのかも知れないな」

ラビ『そうですね…防弾チョッキがボーダーのチョッキでも、実は大して変わりは無いのかも知れないなあ〜って今ちょっと思いましたよ警部殿』

「良い事言うじゃないか♪成長したよなお前も…てか、警部って言うな」


ポパイ＆タイガーマスクは、埠頭の倉庫で《紅ズワイガニ団》の到着を待った。

ところが…

彼らは知らなかったのである。

《紅ズワイガニ団》が新たに台頭してきた新興組織《活伊勢エビ団》によって、つい２時間前に壊滅させられていた事を。


その情報をいち早く掴んだ警察本部は、何とか彼らにその事を伝えようとしたのだが…残念ながら、どちらにしても彼らの携帯には繋がらなかったのである…。