★奇想天外倶楽部☆

大将「へい、お待ちぃ〜〜！」

威勢のいい掛け声と共に、赤鬼の前に、二人前の特上寿司が置かれた。

が…

その、余りに貧相な寿司を見て、赤鬼は納得出来ない表情で言った。

赤鬼「あのさ‥これ、特上じゃないよね？」

私「特上だよ。ねぇ、大将？」

大将「へぇ‥間違いなく特上でございやす」

赤鬼「いやいや、だってさ…巻物ぜんぶカッパ巻きだよ。鉄火巻き一本も入ってないよ」

私「おお！まさしく【へっぽこ特上】だ！‥ねぇ、大将？」

ここが踏ん張り所。頑張ってシラを切り続けるしかない。

大将「旦那の仰有る通りで」

赤鬼「いやいやいや…マグロだって明らかに赤身だよ、それも筋っぽいとこ。目を優しく潤すトロの淡いピンク色が何処にも見えないよ」

私「大トロより上の【超トロ】は赤身より真っ赤なんだよ」

大将「へぇ、その通り真っ赤っ赤なんで。あっしらの仲間うちじゃ【真紅の貴公子】とか【真紅パッド】なんて呼んでるんでさぁ」

赤鬼「寿司業界の事はよく判らんが‥」

私「大将、これは見事な【特上】だなぁ」

赤鬼「いやいやいや…マグロは兎も角、海老だってパサパサした蒸し海老だし、穴子も不自然に短くカットされてるし‥イクラの軍艦巻きもキュウリ三枚入れてごまかしてるし‥明らかにこれ【並】でしょ？」

私「いや、本物は一見普通に見えるのさ。ねぇ、大将？」

大将「違いの判るお方は言う事が違うや」

赤鬼「違いが判らんで悪かったが…大将、単品での注文は出来ないのかな？」

大将「ああ‥うちは、ネタの流れを楽しんで貰いたいんで、お任せコースしか無いんでさ」

赤鬼「ネタの流れって云うか…カッパ巻きだけで二十巻以上あるんだけど…これ明らかに“二人前”の内の一人前は全部“カッパ巻き”になってるよね？…ネタの流れ、明らかに最悪だよね？」

私「あ、もしかして赤鬼さん、何か食べたいネタがあるのかな？」

赤鬼「実はアワビが食いたい」

私「よし、今日は特別だ。大将、赤鬼さんにアワビ握ってあげて」


大将「へい、お待ちっ！」

赤鬼「やけに早いな」

赤鬼はアワビ寿司を口に運んだ。

赤鬼「大将…これ“チーズかまぼこ”をスライスしたヤツだよね…」

私「いや、何処からどう見ても完璧にアワビだと思うよ」

赤鬼「だって…チーズの粒々が中に入ってるよ？」

大将「お客さん、そいつぁ、大当たりだ！ごく稀にチーズをお腹に持ってる幻のアワビが居るんでさ」

赤鬼「そんなの聞いた事ない‥ってかアワビのお腹って何処？」

私「まあまあ、念願のアワビも食べた事だし…そろそろ【特上寿司】の方を」

赤鬼「特上なのかなぁ…何処からどう見ても【典型的な並】なんだけどなぁ…」

赤鬼は納得の行かない顔でぶつくさ呟きながらも、寿司を口に運んだ。そして…

赤鬼「(°□°;)うっひぇーーーっ！何だこりゃ！サビだけは異様に効いてやがる！うっひぇーーー！」

作戦セイコー！…そうなのだ。私は、鬼に量を食べさせないようワサビの量を通常の十倍にして貰ったのだ。

それでも流石は鬼。


号泣しながらも、ワサビ寿司を全て平らげたのだった。

だが、あまりにも涙を流し過ぎたせいか‥赤鬼の体が途中から青くなって行き、最後には完全に青鬼になってしまった。

赤鬼「どうしよう‥なんか俺、青鬼になっちまった」

私「前より爽やかな感じでいいと思うけど」

赤鬼「いや、テリトリーの問題があるから不味いんだよ…何とか元の赤鬼に戻らないと」

大将「旦那、どうしやす？」

私「赤の色素を増やしたい訳だから…大将、取り敢えず赤いネタをどんどん握ってくれ」

赤鬼「すまん、頼む」

云われるままに大将は、赤ネタの寿司を次々と握っては置いて行った‥。


赤ピーマン寿司、トマトジュース寿司、赤巻き紙寿司、赤川次郎寿司、レッドソックス寿司、モスクワ赤の広場寿司‥

すると、青鬼の体が徐々に赤味を帯び始めて来た。

しかし、既に体に定着していた青い色素のせいで、鬼の体は（赤＋青）で紫色になってしまったのだ。

紫鬼「どうしよう…紫色になっちゃったよ」

私「まあ…紫式部みたいで良いんじゃないかな。ねぇ、大将？」

紫鬼「いや、紫式部の体は別に紫色じゃないだろ」

大将「へぇ。寿司屋で“紫”と云やぁ‥“醤油”の事でごぜぇやす」

私「ま、念願の特上寿司を食べられたんだから、良しとしましょうや」

紫鬼「う〜ん‥特上だったのかなあ‥なんか、ひたすら並を食った気がして仕方ないんだが」

大将「間違いなく【特上】でごぜぇやす」

私「それより鬼さん…そろそろ、帰った方が良いんじゃない？」

紫鬼「ああ‥もうこんな時間か。済まないが、俺は一足先に帰らして貰うとするか」


［女剣劇ポスターの浅香光代］が独り寂しく店を出る紫鬼の背中をじっと見つめていた。

そして紫鬼は、店を出るその瞬間まで「どう見ても【並】なんだがなぁ‥」と血色の悪い顔で呟き続けた…。


鬼さんが帰った後、店に残った私はアガリのお茶を飲みながら、作戦の無事終了を大将と共に祝った。

私「ありがとう、助かったよ」

大将「でも‥何かちょっと可哀想でごぜぇやしたね」

私「まあね‥でも、鬼だから立ち直るのも早いでしょ」

大将「鬼さん‥最後まで【並】を疑ってやしたね」

私「そりゃあ‥何処からどう見ても、ありゃ完璧に【並】だもの」

大将「しかし、なんだ‥」

私「ん？」

大将「これが本当の…








『鬼の目にも【並】だ』








大将「…ってやつでさぁね」

私「上手いっ！」


まあ、鬼の事だ。明日の朝にはケロッとしてるに違いない。

そう思っていた。

しかし…ワサビが余程堪えたのか、パープリンな体色が悲しかったのか…その日から町で紫鬼の姿を見かけた者は、誰も居なかったのであった…。



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さて、今宵のお話はこれでお仕舞いです。

気持ちばかりか体の色まで微妙になってしまった鬼さん、その後は何処でどうなったのやら…

ふらっと立ち寄ったお寿司屋さんで、妙に血色の悪い人を見かけたら…それは紫鬼さん…かも知れませんよ。



〜ダジャレ千夜一夜物語【第６夜】終わり〜