話題:連載創作小説
守田マモル(ダミー)は口中から奥歯に被せる銀冠のような物を取り出して三人に見せた。
マモル『これは超小型の骨伝導スピーカーです。守田マモルの指示が奥歯から顎の骨を通じて直接耳に届くようになっています。スピーカーから発せられた声や音は骨内部を通るので決して外には漏れず僕にしか聴こえない仕組みです。…ご理解頂けたでしょうか?』
そう言うとマモルは、銀冠型骨伝導スピーカーを再び奥歯に嵌め込んだ。
社長『…そこまで用意周到とは。しかし、何故、守田マモル君はそこまでして我が社を助けようとするのか…そこがどうもよく判らない』
社長の疑問に他の二人も頷く。
マモル『株です…と守田マモルは言っています』
社長『株?』
マモル『はい。ところで社長、H &Hという海外の投資ファンドを御存じでしょうか? 』
社長『H&H…名前は知っているが』
マモル『実はそのH&Hが、秘かに貴社の株を買い集め、買収を画策しているらしいのです』
常務『まさか!』
寝耳に水の仲本常務が思わず声を上げる。
マモル『いえ、守田マモルの言う事ですから十中八九間違いないでしょう。勿論、H&Hの名前は出さずに表向きは個人投資家を装って複数の名義で株を購入し、頃合いを見て一気にH&Hが買いまとめる寸法です』
社長『いや、しかし…我が社の筆頭株主は社長であるこの私で、妻の持ち株を合わせると全株式の約51%となる。残りの現在発行させている株式を買い漁っても過半数には届かず、我が社を買収する事は出来ない筈。それに仲本常務や小谷部長など取締役級の人間も幾らか株式を所持しているし…』
常務『社長の言う通りだ。もし仮に、彼らがどんなに頑張ってうちの株を買い集めたとしても、せいぜい取締役会に一人か二人の人間を送り込むぐらいの事しか出来ない筈だ。その程度の影響力では我が社の体制はビクともしない』
仲本常務の自信ありげな言葉に他の二人も頷く。
マモル『そう、このままでは幾ら株を買い集めても買収は不可能…そこで、先程お話しした“表沙汰には出来ない幾つかの内部事情”の出番となる訳です』
部長『…それがどう絡んでくるのでしょうか?』
マモル『つまり。彼らは、粉飾決算、代議士への闇献金、新型半導体に関するリコール隠し、この三つのネタを元に半ば恐喝のような形で大河原社長から株を引き出すつもりなのです』
常務『企業恐喝か…。ハゲ鷹ファンドと呼ばれるH&Hならやりかねんな』
マモル『ええ。そして…ここが非常に大切なポイントなのですが…先に挙げた三つの裏問題、それらは全て彼らの偽装工作によって捏造された架空のネタなのです』
部長『架空…どういう事?』
マモル『文字通り、デッチ上げられた案件という意味です。つまり、粉飾決算も闇献金もリコール隠しも実際には行われていなかった。それを、あたかも行われていた様に見せ掛ける事で、社長を始めとした取締役級の人間に“自分たちには弱みがある”と思わせようとしたのです。心に弱みを持つ人間は脅迫にも屈し易くなりますからね』
社長『…しかし、そんな事が出来得るものだろうか?』
マモル『可能だと思います。会社の内部と取引先に協力者さえ居れば』
常務『それは…スパイという事かね?』
マモル『はい。闇献金の場合で言えば、代議士に賄賂を掴ませて、それを貴社からの闇献金と偽らせる。そして社内のスパイに帳簿やら書面を偽装させ、会社から代議士に裏金が渡った事にする。後はそれを取締役級の誰かにわざと発見されるように仕向ければいい…』
常務『発見したのは私だ。それで経理部長を問い詰めたら、会社の利益に繋がると思い独断で裏金を渡したと言いおった』
マモル『なるほど。それで仲本常務はこの案件を経理部長個人から取締役会マターの物へと移し、何とか隠し通そうとした…と、そういう時ですね』
常務『その通りだ。本当は隠蔽などしたくなかったのだが、この事が明るみになれば会社が傾いてしまう。言い訳になってしまうが、社員やその家族を路頭に迷わす訳にはいかなかったのだ』
社長『そうか…全社を上げて事を隠蔽しようとした瞬間、我々に“弱み”が生まれたという事か』
マモル『仰有る通りです。同様にリコール隠しの場合も、納品先の会社に金を掴ませるなどして新型半導体に関してクレームの声を上げさせる。会社としては当然、その事を内密に調査しますよね?』
社長『ああ。調査の陣頭指揮を取ったのは私だよ。抜き打ちの形で製造部門に幾つかの検体を用意させ改めて調べたところ、製造部長が“設計段階での不具合があると知りつつ納品してしまった”と白状したのだ。ただ…その不具合のある半導体は営業一課と製造部が共同で秘密裏に正常な半導体との交換を進めており、それもほぼ交換し終え、納品先の会社とも話はついているという事だった。クレームをつけて来た会社は交換の済んでいない最後の会社だと言うので、私が直接赴いて謝罪し、交換の了承を得た…と、そういう経緯だ』
マモル『あちらのシナリオ通りですね。もともと半導体に不具合などなかったにも関わらず、社の上層部は不具合があると思い込まされてしまった…』
部長『えっ、それも偽装なの?』
マモル『そうです。納品先の会社に嘘のクレームを上げさせた後、調査チームに対し社内の人間が半導体の不具合を認める発言をする。検体となる半導体は予め不具合のある物を用意しておく。抜き打ち検査が入る事は判っているのですから容易に行えるでしょう。それで会社は、自分たちがリコール隠しをしていたと思い込んでしまう訳です』
常務『すると、製造部長は…』
マモル『はい、H&Hの協力者とみて間違いないでしょう。恐らく営業一課長も』
社長『そして我々はまた“弱み”を抱え込んでしまった…いや、そう信じ込まされた訳か』
〜続きは追記から〜。
マモル『ええ。現代は、一度信用を失えばどんな大企業でも簡単に経営破綻に追い込まれてしまう疑心暗鬼の時代です。これだけの事実が明るみになれば貴社と言えど屋台骨がグラつく事は必至。H&Hはそこに突け込み、諸々の不祥事について口を閉ざす事の見返りに、社長に対して持ち株の譲渡を要求するつもりだったのでしょう』
常務『何て奴らだ!』
三人が憤懣やる方ないといった表情を見せる。
マモル『しかし、もう大丈夫です。不祥事自体も偽装なら、それに対して隠蔽工作を行ったというのも社内の工作員による偽装。基本的に貴方がたに落ち度はない。落ち度があるように思い込まされていただけですから』
企業人として数多の修羅場を潜り抜けて来た筈の三人も、この複雑怪奇極まりない話の展開に言葉を失っていた。
社長『話は何とか理解出来た。しかし…君、いや、守田マモル君が何故そこまでして我々を助けようとするのかが判らない』
マモル『それはですね…貴社が大手企業としては稀にみるクリーンな会社だからです。大河原社長は天然なところはありますが、大らかで人望も厚い。仲本常務も多少短気なのが玉に傷ですが、部下の失敗は全て自分が被るといった男気がある。小谷部長も気の弱い性格ながら、その分、繊細な気遣いの出来る方だ。守田マモルは、この会社を現代資本主義の下らないマネーゲームから守りたいと考えているのです』
守田マモル(ダミー)の言葉に、三人はすっかり感じ入ってしまった。
部長『なんか…真面目にやって来た事が報われた…そんな気がします』
何時の間にか、“守田マモル”が“さん付け”になっている。
常務『今回の件は完全に守田さんに助けられた。礼を言わせて貰う』
社長『それにしても…我々の預かり知らぬところでそんな動きがあったとは』
マモル『陰謀というのは何時でも目に見えない所で進行して行くものです。これからは、もう少し用心深くされた方が宜しいでしょう。“堤も蟻の穴から崩れる”という諺もある事ですし』
社長『…そうだな』
マモル『では、用件も済んだ事ですし僕はこれで失礼させて頂くとします。…因みに、二枚目のディスクにはH&Hと繋がっている人間の名前と裏工作の手口についての詳細が書き込んでありますので、今後の処理にお役立て下さい』
そう言って守田マモル(ダミー)は席を立った。
社長『ちょっと待ってくれ。ここまでして下さったのだ、何かお礼をしたいのだが…』
マモル『では…今まで通り、クリーンな社風を保ち、真っ当なビジネスを続けて頂きたい。それに勝るお礼はないのですから…と守田マモルは言っています。それでは…恐らくもう二度とお目にかかる事もないでしょうが…皆様どうかお元気で』
そう言い残して守田マモル(ダミー)は面接室を後にした。勿論、入って来た時と寸分違わぬルートを取って。
マモルが出て行くや否や、部屋に残された三人はほぼ同時にネクタイを緩めた。
常務『全く…前代未聞の面接でしたな』
社長『ああ、本当だ。それにしても…守田マモルとはいったい何者なのだろう』
小谷部長が二人の顔色を伺うように言う。
部長『あの…私、ちょっと思ったのですが…』
常務『ん、何だね?』
部長『今の彼、自分は守田マモルの使いの者だと言ってましたけど…実は、彼こそが正真正銘、守田マモル本人なのではないでしょうか?』
常務『…どういう意味だ?』
部長『初めに守田マモル本人だと思わせておいて、自分はダミーだと告白する。しかし、そのダミー発言こそが本当のダミーで、実はダミーを装った本人だという…彼ならそれぐらいやっても不思議ではない気がするのです』
常務『…有り得るかも知れないな。何せ、相手はあの守田マモルだ』
部長『彼は守田マモルの声を奥歯に填めた超小型の骨伝導スピーカーから受け取ってそれを私たちに伝えたと言ってましたが…それにしては会話がスムーズに運び過ぎていたように思うのです。指示を聴き終えてから伝える、そのタイムラグが殆んどなかった』
社長『…確かに、そう言われてみると不自然だな。…しかし、あの用心深い守田マモルがこんなに簡単に我々に素顔を晒すものだろうか?』
部長『それは…確かにそうですね。…私の考え過ぎかも知れません』
常務『うーむ……考えれば考えるほど判らん』
社長『どちらしても、これからが大変だ。色々と処理しなければならない問題が山積みだからな…』
部長『…そうですね』
常務『力を合わせて何とかこの危機を乗り切っていきましょう』
社長『守田マモルのように用心深く…か?』
部長『ああ、さすがに…』
常務『あそこまで用心深くは…』
社長『…無理か』
二人『はい』
顔を見合わせて笑う。
社長『さて、行くとするか』
そして、三人は先程緩めたばかりのネクタイを再び締め直し、面接室を後にしたのだった…。
―エピローグ―
大河原たち三人と入れ違いの形で、34階フロアに上がったビル清掃員の田嶋ウメ(68才)は、面接受験者待機室のゴミ箱に奇妙な物が捨てられている事に気づいた。
『あら、何かしら?』
その肌色をした奇妙なゴミを手に取ると、グニャリとした感触がウメの手のひらに伝わってきた。ゴムかしら?それともシリコンの樹脂?くしゃくしゃになっているそれを広げたウメは思わず声を上げていた。
『えっ!?』
ウメが手にした物、それは男性の顔を型どったマスクであった。生々しい肌色。目と口、そして鼻にあたる部分には穴が空けられている。
『嫌だ、気持ち悪い!』
あまりの気味悪さに、ウメはそれをゴミ収集の大きな袋に投げ棄てるように放り込んだ。
そのマスクの顔が、つい先程まで面接室で大河原社長たちと相対峙していた守田マモルのそれである事をウメは知る由もなかった…。
〜完〜。
―――――――
【プチ追記】
いやはや…やっと終ったと言うべきか、思ったよりは早く終ったと言うべきか…何とも微妙なところではありますが、取り敢えず完結いたしました。
当初は、ひたすらに用心を重ねて行く男の姿を状況コント的に書いて行くつもりが…最後にいきなり企業サスペンス風になっているのが我ながら不思議です(/▽\)♪
結果的に黒澤明監督の【用心棒】に似た仕上がりとなりました(いやいやいや、全然似てないから!(|| ゜Д゜))
と言う事で、BGM はレイジーの「赤頭巾ちゃん御用心」で宜しくどうぞ。
私も、書いていて(ここからどう展開するのでしょう?)と完全に予測不能状態で、ある意味楽しかったです(笑)(/▽\)♪
マモルも【1】では“ホームアローン”とかけっこう緩くボケていたのが【5】では及川光博っぽいクールな男に変身してますからね〜♪ヾ(*T▽T*)
兎にも角にも最後までお付き合い下さり有り難うございます♪(*´∇`*)
天気も、暑さの方は大丈夫なのですが…湿度の高さが…なんか、蒸し風呂の中で生活している感じです┐('〜`;)┌
気がつけば企業サスペンス♪
むしろ、執筆状況が一番のサスペンス♪(笑)(/▽\)♪
バランス的に、マモルの異常な用心深さと拮抗するぐらいの陰謀を、と考えて最後を書いたのですが、説得力があると言って貰えたのは有り難いです(/▽\)♪
これからも様々なジャンルの物を書いていきたいと思っとります(゜◇゜)ゞ
こんばんは☆
1話では、なんとなくユルユルなイメージだったマモルなのに、ラストではメッチャかっこいい!!
方向転換してからの軌道修正がスピーディーで、後はラストまで一気に。
おもしろかったです♪ヽ(´▽`)/
予測不可能な展開が。
今日も暑かったですねー
雨も、大丈夫ですか?
執筆
お疲れさまでした(*^^*)
とても説得力ある内容でした
引き出しの多さにビックリ