話題:SS


その夜、首相官邸では或る特別な会合が行われていた。出席者は時の総理大臣と官房長官の二名のみ。それはつまり、この会合、と云うより会談が極秘である事を示していた。

選挙も間近に迫る大切な時期。一つの机を挟み、二人は難しい顔つきでツノを付き合わせていた。

総理『…と云う具合なんだが、君はどう思うかね?』

長官『総理…はっきり申し上げて宜しいでしょうか?』

総理『構わない。君の事は信頼している。遠慮なく意見を述べてくれたまえ』

長官『正直、これでは上手く行かないと思います』

総理の顔が曇る。

総理『…やはり再度調整が必要か…』

長官『お言葉ですが総理、調整程度では無理かと。恐らくは抜本的な改革が必要でしょう』

総理『抜本的な改革か…』

長官『はい』

総理は腕を組み天を仰いだ。

総理『それはつまり…』

総理の目が鋭さを増す。

総理『それはつまり…私の作ったスープがまるでなっていないと…そういう事かね?』

長官『はい、ダシからして鶏ガラなのか豚コツなのか魚介系なのか釈然としませんし、灰汁(あく)の取り方も恐らくは不十分』

総理『灰汁か…道理で臭みが抜け切らない筈だ。いや…ラーメン作りも、なかなかどうして難儀なものだな』

長官『私の案としては、この際、ダシに魚介系の素材を使うのは諦めて、鶏ガラか豚コツと香味野菜に絞るのがベストかと』

総理の顔に苦渋の色が浮かぶ。

総理『そうしたいのは山々なのだが…それだと選挙で漁業関係者の票が入らなくなってしまう』

長官『ならば、出馬する選挙区を変えてみては如何でしょうか?鶏ガラが絶対的に強い選挙区なら魚介系の票がなくても大丈夫でしょう』

総理『いや、流石に今から選挙区を変更するのは厳しい』

長官『確かにそれはそうですが…この味では…』

総理『ラーメン屋を名乗る資格は無いか…』

長官『はい。ですが…』

総理『ん?』

長官『煮タマゴはかなりイケてます。黄身のトロトロ加減といい、これは美味しい』

総理の目が輝く。

総理『よし、では、次の選挙のキャッチフレーズは【美味しい煮タマゴの国・日本】。これで行くか』

長官『ええ、それで行きましょう』

総理『もしも選挙に敗れるような事になれば、その時は閣僚のみんなでラーメン屋をやろうではないか』

長官『煮タマゴ推しの…ですね?』

総理『当然だ。…さて、そうと決まれば次の議題だ。【チャーシュー麺におけるチャーシューの枚数は何枚をデフォルトとすべきか?】…是非、君の考えを聞かせて欲しい』

長官『むむう…総理、それは難問中の難問です。五枚では物足りなく、“これでチャーシュー麺なの?”と文句をつけてくる奴が続出する事が予想される。かと言って、逆に三十枚とか大盤振る舞いするとチャーシューの有り難みが薄れてしまい、平気で残す輩が出てくる…』

総理『全く、大衆というのは我が儘な存在だな』

長官『取り敢えず、信頼のおけるシンクタンクを使って徹底的な市場調査を行う必要があるかと…』

総理『しかし、その為の費用はどうする?』

長官『公的資金導入もやむを得ないでしょう』

総理『それでは国民の反発を招く恐れがある』

長官『その時は国民の関心を他に逸らせば良いのです。…例の、取って置きの方法で』

総理『…あっ、アレか!』

長官『そう…国民栄誉賞を誰かに与え、お祭り騒ぎのどさくさに紛れて公的資金を導入する為の法案を可決させる』

総理『ついでにインフラも整備しよう』

長官『なるほど、もっと火力の強いコンロを導入するのですね』

総理『その通りだ。…それで、国民栄誉賞は誰に与えるべきだろうか?』

長官『それなのですが…やはりここは、“ラーメンの父”と呼ばれている【池袋大勝軒のオヤジさん】がベストでしょう』

総理『岡星の主人では駄目かね?』

長官『“美味しんぼ”のキャラに国民栄誉賞はちょっと無理があるかと』

総理『…そうか。まあ、それは追い追い考えて行くとして…あっ、しまった!』

長官『どうしました?』

総理『ネギラーメンにするつもりでネギを用意したのに、入れるの忘れてた…』


深夜の会談。数多くの議題と、総理がトッピングし忘れた白髪ネギは、なおも山積みのままである…。

【終わり】。