話題:連載創作小説

「おっ…どうした、何か用か?」

敢えて、ゆっくりと落ち着いた感じで誘拐犯が博之に尋ねる。

「喉が渇いちゃった」

何の事はない。如何に子供らしい、ごくごく単純な話である。確かに、あれだけ熱中してゲームをやれば喉も渇くだろう…。

「冷蔵庫に飲み物あるから、コーラでもコーヒー牛乳でも何でも好きなの飲んでいいぞ」

誘拐犯が小さく笑いながら冷蔵庫の方を指さすと、博之もニッコリと笑いながら言った。

「うん、判った。ありがと」

冷蔵庫には、このような状況―誘拐した後の軟禁―になる事を予め見越して、子供が好きそうな飲み物が何本も入れてある。ところが、誘拐犯の予想に反して博之が持って来たのは、誘拐犯自身が飲むつもりで買っておいたペットボトルの“緑茶”だった。特に驚くほどの事とも言えないが、軽く虚をつかれた形になっている誘拐犯に、人なつこそうな声で博之が言う。

「ねぇ…僕も、ちょっとだけテレビ観ていい?」 

天真爛漫な博之の態度に、思わず誘拐犯の気も緩む。騒々しくされるのは正直困るが、テレビを観るぐらいなら別に問題はないだろう。

「ああ、いいよ」

許しを得た博之が誘拐犯の横にチョコンと座るのと殆ど同時にコマーシャルは終了し、テレビ画面は再び現場からの中継に戻った。

雨の降りしきる【Kコーポレーション】の本社前は既に夕闇の暗さとなっていたが、上空を覆い尽くすように立ち込める黒い雲の異様に発達した姿が、この奇怪な事件をより一層、不気味に演出していた。

そこには相変わらず、多くの報道関係者や《立ち入り禁止》の黄色いロープを潜って行ったり来たり忙しなく動き続ける捜査員たちの姿が映し出されていた。他にも【Kコーポレーション】の関係者や失踪した社員らの家族らも多数押しかけている筈だが、恐らく彼らは別の場所に集められ、そこで捜査本部の人間に色々と事情を聴かれているのだろう。激しい雨のせいで、事件の大きさの割に野次馬の数が少ない事も手伝ってか、異様な緊張に満ちた雰囲気ではあるが、怒号が渦巻くといった感じの大きな混乱は見られなかった。

 
《続きは追記に》。