潜入捜査の心強い見方。


話題:SS



俺は潜入捜査官。コードネームは[コハダ]。日々危険と隣り合わせに生きている。この道十年のベテランだが、神経を磨り減らすような毎日に“慣れ”の文字はない。常に崖に張られた一本のロープの上を歩いているようなもの。ちょっとした風でバランスを崩せば一巻の終わりとなる。

俺の所属する潜入捜査班は警視庁、警察庁、法務省、厚労省、そして餃〇の〇将、ジャ〇ネットた〇たという省庁や民間企業、いわゆる官民の垣根を越えた越境タッグとなっている。……と言えば聞こえは良いが、潜入捜査が禁じられている今日(こんにち。これを“きょう”と読むようでは潜入捜査官は務まらないぜ)、あくまでも非合法の部署であり、表向きは存在しない事になっている。

よって、もし俺たちに何かあったとしても国家は一切関知しない取り決めになっている。つい先立ても潜入中の仲間の一人[コードネーム:ユビキタイ(湯引き鯛)]が対立する組織の子猿たちにカメリア―つまり―椿のあの堅〜い実を7、8個もぶつけられるという恐ろしい事態が起こったのだが、その際も上は救いの手を差し伸べようとはしなかった。否、餃〇の〇将は[餃子〇皿無料券]を進呈したらしいが、その辺りの詳細は不明である。

非情だ。割りが合わない。とてもではないが好き好んでやる仕事ではないだろう。が、それでも俺がこの仕事を続けているのはひとえに使命感と正義感――ではなく、潜入捜査官という言葉の響きがカッコいいからだ。更に、俺たち潜入捜査官はそれぞれコードネームを持つが、それらは何れもお寿司のネタとなっている。それも粋で鯔背(いなせ)でカッコいい。その二つが全てだ。他に理由などない。いや、要らない。名前の響きがカッコいい。それで十分だ。

とは言え、伊達や酔狂のみでこなせる仕事ではない。この危険な任務を続けて行けるのは、頼りになるバックアップチームの存在があるからだ。彼らは常に俺たちをフォローし(勿論ツイッターもフォローしてくれている)、後方から支援してくれている。

バックアップチームは複数ありそれぞれに別個の役割が与えられている。例えば、【チーム・お百度参り】。これは俺たち潜入捜査官の安全祈願の為に神社でお百度参りをしてくれる有り難いバックアップチームだ。彼らとの面識は全くないが、誰かが自分の為にお参りをしてくれていると思うと途端に勇気が湧いてくる。

そんな数ある後方支援チームの中で最も頼りになるのが、今、俺の目の前にいる男――[コードネーム:ポンセ]――が所属する【チーム・小道具さん】だ。変装用のつけ髭やカツラ、超小型のスパイカメラなど潜入捜査に役立つ様々な特殊アイテムを提供してくれるバックアップチームだ。007で言うところのQ、名探偵コナンでの阿笠博士を想像してくれればイメージは掴めると思う。因みに彼らのコードネームは伝統的にプロ野球の歴代助っ人外国人の名前がつけられている。

ポンセ「さて、コハダ、説明は済んだかい?」

俺「いや、あと一つ残ってる」

明日は俺に取って非常に重要な一日となる。俺の潜入している組織を始め、16もの秘密結社が十年ぶりに一同に会するのだ。《秘密結社対抗大運動会》。世紀の大イベントだ。そして、その現場に警視庁、警察庁、厚労省、法務省、そして餃〇の〇将、ジャパ〇ットた〇たの選抜チームが雪崩れ込み、全ての組織を一網打尽にする。間違いなく日本の裏面史に刻み込まれるであろう作戦の決行日、それが明日なのだ。

場数を踏んでいる俺でも経験した事のないような大作戦だ。恐らくは銃弾の雨嵐が降る事になるだろう。流石に身震いがする。こういう時、最も頼りになるのが【チーム・小道具さん】だ。明日の作戦に必要な便利グッズを用意してくれている筈だ。

俺「待たせて悪かった。一応説明は終わった」

ポンセ「話が長いのはハードボイルドには似合わないぜ」

俺「ソーリー。だが、俺には読者に対して説明する義務がある。どうか解って欲しい」

ポンセ「主役はつらいな。フン、まあいいさ。では本題に入ろう。お前さんの所望は、確か、防弾チョッキだったな」

俺「ああ。近頃の若い奴は防弾ベストなんて言ったりするらしいが、その呼び名は俺にはお洒落過ぎて似合わない。俺にとってベストってのは……」

ポンセ「洒落たBARのバーテンダーが着るもの……そう言いたいんだろう?」

俺「その通り。お洒落な呼び名は俺たちには似合わない」

ポンセ「ああ。タートルネックのスウェーターやハンガーでは胃の腑が落ち着かない。とっくりのセーターと衣紋掛けだ」

俺「フッ、また随分と可愛いネタから入ったもんだな。初歩中の初歩じゃないか」

ポンセ「少し物足りなかったか?」

俺「“水着”は?」

ポンセ「海水パンツ」

俺「長方形(ちょつほうけい)は?」

ポンセ「長四角(ながしかく)」

俺「うむ、それでこそポンセだ。俺たちみたいな古い男には古い呼び名がよく似合う。だから、防弾チョッキでいい。仕事が終わったあと“直帰”出来そうな雰囲気もあるしな。まあ、ベストも“ベストを尽くせそう”で惹かれるが。二兎を追う者は一兎をも得ず、だ。と言ったところで、いい防弾チョッキは用意出来たかい?」

ポンセが顔を少し曇らせる。

ポンセ「いや、それなんだがな……申し訳ないが防弾チョッキの提供は上に止められてしまった」

俺「……何故?」

先刻も言ったと思うが、明日は恐らく銃弾の雨が降る。防弾チョッキが命綱となる事は必定だ。

ポンセ「運動会に防弾チョッキを着て参加するのは不自然だ。それで身元がバレれば敵は警戒し身構えるだろう。逆に防弾チョッキ無しの方がお前さんにとっても安全、それが上の判断だ」

ふ〜むふむふむ。言われてみれば確かにそれも一理ある。だが……

俺「……防弾アイテム無しではとても不安だ」

するとポンセは何故かニヤリと笑った。

ポンセ「そう言うと思って特殊な防弾アイテムを用意した。お前さんの為に4億円も掛けて特別に作ったんだぜ。自分で言うのも何だが、こいつはスグレモノだ」

ポンセは自信満々の顔つきで持参した紙袋から小さな箱を取り出し、開けてみせた。透明で小さな円形の物が見える。

俺「これは?」

ポンセ「聞いて驚くな、こいつは最先端科学と俺の技術の結晶である防弾……コンタクトレンズだ」

俺「……防弾コンタクトレンズ!」

そんなもの見た事も聞いた事もない。

ポンセ「ああ。世界にたった一つだけのアイテムだ。対装甲車用の銃弾を受けてもビクともしない。それどころか、遠視、近視、乱視の全てに対応している上、瞳の潤いをキープする極めて高い保湿性を持っているスグレモノだ。これなら運動会で着用していても不自然ではないだろう」

確かに。コンタクトレンズはボディーチェックの対象とはならないだろう。

俺「成る程、考えたな。しかし……」

ポンセ「そうだ」

俺「まだ何も言ってないが」

ポンセ「長い付き合いだ。お前さんの言いたい事ぐらい解るさ」

俺「そうか。で、どうなんだ?」

ポンセ「お前さんの思っている通りさ。飛んでくる弾は必ず眼球で受けるようにしてくれ。そこだけはくれぐれも気を付けるように。あとは大丈夫だ。問題ない」

やはり、そうか。飛んでくる銃弾に対して素早く眼球を当てる……。かなり高いアジャスト能力が要求される。いや、ここまで来るとアジャパー能力かも知れないが。

俺「……」

ポンセ「あ、そうそう。それともう一つ。弾を受ける時は絶対に目をつぶらないよう気を付けてくれ。残念ながら目蓋はレンズの外側なのでフォロー出来ないからな」

ポンセ。ちょび髭のポンセ。パチョレックの相棒ポンセ。

俺「素晴らしい。非常に助かる。で、他にの防弾アイテムは無いのかな?」

ポンセ「姉妹品として、防弾シークレットシューズ――上げ底の部分が防弾になっていて誰にも気づかれずに身長が7センチアップするやつ――がある。という事でそいつも一応渡しておく」

俺「Thank You……と言っておこう」

ポンセ「幸運を祈る。マガジンラック」

俺「グッドラックな」

ポンセ「そう、それだ」

ポンセは指をパチンと鳴らして去って行った。

さてと、これにて全ての準備は完了した。明日は…………





俺「なるべく目立たないよう物陰にこっそり隠れてやり過ごすとしよう」




〜FiN〜。

馬鹿(うましか)市観光ガイド[2]美容室の名店。


話題:妄想を語ろう



地球人に成り済ましている宇宙人の間で大好評との噂もある《馬鹿(うましか)市観光ガイド》、第1回目の前回は市内屈指のパワースポットである【ロズウェルの丘】を紹介致しました。

さて、第2回目となります今回は、この世にオギャアと生まれたからには一度は足を運びたい美容室の名店【ビューチー毛呂山】を紹介したいと思います。

昭和の薫り漂うレトロな個人商店が軒を連ねる馬鹿(うましか)駅北口の目抜き通り(通称・二の腕ぷるんぷるん通り)を北へ直進してゆくと、商店街の中程に一際目を引く巨大で女性の顔絵が描かれたアーティスティックな看板を見つける事が出来ます。

看板の顔絵は確かに何処かで見たような顔ですが、思い出そうとしても決して名前は出て来ません。それもそのハズ、その顔は浅田真央さん、荒川静香さん、安藤美姫さん、伊藤みどりさん、渡部絵美さん、といった女子フィギュアスケートの有名選手五人の顔をベースに、スパイスとしてモナリザの顔を合成した非実在の人物のものだからです。この顔、長時間見つめ続けると造型の不自然さに少し気持ちが悪くなってくるので注意が必要です。

そんな看板からも判るように、ここのオーナー美容師である毛呂山毛呂子(けろやまけろこ)さん(45)は女子フィギュアスケートの元選手で、馬鹿市ではその存在を知らない者はいない程の有名人。親兄弟の名前はド忘れしても毛呂子さんの名前を忘れる事だけは絶対にないと迄言われる、まさに伝説的存在なのです。

毛呂子さんとフィギュアスケートの出会いは彼女が7才の時。偶然、観光で日本を訪れていたロシアのアレクサンドロ・ヘッポコスキー氏が馬鹿市営スケートリンクで滑る毛呂山毛呂子ちゃんの姿に一目惚れ、フィギュアスケート選手としての才能を一目で見抜いた彼は自らコーチ役を買って出た……それが毛呂子印の馬鹿(うましか)伝説の始まりでした。

当時の毛呂子ちゃんについてヘッポコスキー氏は次のように語っています。

「目の輝きが少女漫画を超えるぐらいキラキラとしていた。スケーティング自体はお世辞にも上手いとは言えなかったが、それを補って余りある目力の強さと表情の豊かさが彼女にはあった」

ヘッポコスキー氏は母国ロシアのみならず、ヨーロッパや北米でも指導経験のある人物で、そのコーチとしての実力は、「何人もの五輪メダリストや世界選手権代表を“輩出してもおかしくない程”」と迄言われています。

そんなヘッポコスキー氏の元で毛呂子さんは猛練習を重ね、次から次へと彼女ならではの独創的な技を編み出して行きました。例えば、ジャンプして一回転する間に8回もの瞬きを行う[ぱちぱちエイト]、スピンをしながら日光東照宮の三猿(見猿、云わ猿、聞か猿)の姿を真似る[三猿来](トリプルサルコー)など。それらは毛呂子さん体質や特性を見極めたヘッポコスキー氏が居たからこそ完成し得た技だと言えるでしょう。ただ、惜しむらくはいずれの技も加点対象とはならず、むしろ逆に減点されていた節もあり、順位に結びつく事はありませんでした。

結果、40才で引退するまでの33年間に渡る競技生活での最高順位は11才の時に参加した[馬鹿(うましか)市民大会]における36位という若干寂しいものであったが、それを踏まえてなお、ヘッポコスキー氏はこう熱弁する。

「あの目力の強さは、これまで私が見てきた全ての選手の中で間違いなくナンバー・ワンである」

その後、ヘッポコスキー氏は母国ロシアへと戻り、何人もの五輪代表選手を育て上げる事を夢見る生活を送っている。

皆さまも馬鹿(うましか)市を訪れた際には、女子フィギュアスケート界のレジェンド毛呂山毛呂子さんの美容室[ビューチー毛呂山]に足を運んでみては如何でしょうか。毛呂子さんの得意技を活かした名物〈イナバウアー洗髪〉は必見です。

ただし、イナバウアー状態になるのはお客さんの方なので毛呂子さんのイナバウアー姿を見る事は出来ません。悪しからず。


〜おしまひ〜。

おみくじを引きに(初詣よりも発毛で)。


話題:ネタだろ…www



お正月なので故郷の村へ帰省する事にした……と書くと当たり前に聞こえるが、事はそう単純ではない。私の実家はとんでもない山奥の秘境にあるのだ。無論、交通の便も最悪で、電車5本にバス3本、人力車、篭(かご)、馬、水牛と乗り継ぎ、最後は匍匐(ほふく)前進で進まないといけない。たかが帰省と言えど相当の覚悟が必要なのだ。去年は水牛の背中で心が折れ、東京へと引き返してしまった。

さすがに今年はそうはいかない。腹をくくるしかない。[腹]をググるのは簡単だが、腹をくくるのは大変だ。まず、“腹をくくる決意”をする為に腹をくくる必要がある。更にその決意をする為の決意が必要であり、それにも決意が必要となる。決意のマトリョーシカだ。

かくして断食三日(但し睡眠中のみ断食)と滝行(強めのシャワー)で決意を固めた私は何とか無事に帰省する事が出来た。

さて、そんな元日。正月ヨガ、正月縄跳び、正月バンジージャンプなどお正月には欠かせない行事を済ませた私は、両親と既に帰省していた二人の弟を伴い、子供の頃から慣れ親しんだ近くの神社に初詣に行く事にした。

訪れた神社は雰囲気がガラリと変わっていた。良く言えば現代的でお洒落に、悪く言えばチャラチャラした感じに。境内にはよく判らないゆるキャラの姿も見える。聞けば去年、宮司が変わったのだと言う。父親から息子へ。しかしまあ、基本的な造作はそのままなので細かいところは気にせず普通に参拝をする事にした。「今年も昨年までと同様、フサフサで、前髪をかきあげる仕草が絵になりますように」。

さて、参拝の次はおみくじ。初詣のちょっとした楽しみの一つだ。私たちは(良いのを引きますように)と軽く祈りながらそれぞれ自分のおみくじを引いた。おみくじの表側には明らかにピカチュ〇を意識したイラストが下手ウマなタッチで描かれていた。ポケモン人気にあやかろうとしたのだろうが、正直、逆効果な気がする。不吉な予感しかしない。

取り合えず、ニセピカチュ〇は気にせず、綺麗に折り畳まれているおみくじをゆっくりと開いていく。現れたのは……【吉】。まずまずと言ったところか……と思いきや、そうでは無かった。【吉】の後ろに更なる文字が連なっている。

【吉 幾三】

◇テレビもねぇ。
◇ラジオもねぇ。
◇車もそれほど走ってねぇ。
◇バスは一日一度来る。

何だこれは?【吉】と思わせて【吉幾三】氏の登場。ジョークと言うか、単なるウケ狙いではないか。

上の弟が開いたおみくじを私に見せる。【吉】……と見せかけての、

【吉川晃二】

◇サンクス。
◇サンクス。
◇サンクス。
◇サンクス。
◇モニカ。

これは酷い。酷過ぎる。

更に、下の弟のおみくじは、【吉】と思わせての……

【吉田松陰】。幕末かっ!

父親のおみくじもやはり、【吉】からの……【吉田照美】。てるてるワイドかっ!

母親のおみくじも当然、【吉】と来ての……【吉田拓郎】。オールナイトニッポン金曜日かっ!

納得出来ないので別のおみくじを引く。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、だ。

【吉】……【吉野家】。牛丼かっ!

【吉】……【吉宗評判記・暴れん坊将軍】。マツケンサンバかっ!

【吉】……【吉永小百合】。キューポラのある街かっ!

【吉】……【吉野ミッキー】。ゴダイゴかっ!……と言うより、ミッキー吉野だろう。

【吉】……【吉永正人とミスターシービー】。三冠馬かっ!

【吉】……【吉良上野介(こうずけのすけ)】。殿中でござるのかっ!

ああ、駄目だ。いつになったらマトモなみくじが引けるのだろう。もう、これ以上お金を使いたくない。……あ、もしかして、この変なおみくじはお金を使わせる為の作戦なのか。商売っけたっぷりの新しい宮司なら十分有り得る。ここで止めておこう。いや、最後にもう一枚だけ。私は最後の一枚を引いた。ラストチャンス。恐る恐る開いてゆく。最後のおみくじや如何に……。

【吉】……ではない!【大吉】だ!ついに当たりを射止めたのだ!……が、よくよく見ると……


【博多華丸・大吉】


オラ、こんな村イヤだ。

私は今一度参拝する事にした。

「どうか来年はこの神社がまともになりますように」。


〜おしまひ〜。

まるごとHOWマッチ


話題:無い ない


な、な、なんと![ケチョンパ]の情熱タイプが超特価の49万8千円!ただし、限定3個のみ。お求めはお早めに。

新聞の片隅に載っていた小さな広告に私の目は飛び出した。

安い!安過ぎる!ケチョンパの情熱タイプが50万以下で手に入るなどまず有り得ない。一生に一度のチャンスと言っていいだろう。これは是が非でも手に入れたい。

と意気込んだ良いものの……。給料日前というのも手伝い、手持ちの金がまるで足りない。カードは使えないみたいだし、定期預金には手をつけたくない。借金はなおさら嫌だし……という訳で、これを機に箪笥の肥やしとなっている鞄や時計などのブランド品を質屋に持って行き現金に換える事にした。幸い、よく通る道に「どこよりも良心的に査定、納得の価格に見積ります」との看板が掲げられた質屋がある。よし、そこに行ってみよう。

私は箪笥から数点のブランド品を出すと、象が入りそうなほど大きな紙袋に無造作に突っ込み、エイトマンのような勢いで家を出た。

《なんじゃもんじゃ質店》。よし、此処だ。店に入ると奥から眼光鋭い黒眼鏡の老人男性が出て来て「いらっしゃいませ。今日はどのような?」と声を掛けてきた。どうやら彼が店主のようだ。他に客はいない。

「色々とブランド物を持って来たので見積って貰いたいんですけど」と私が言うと、「質入れですか、それとも買い取りですか?」と訊いて来たので、「買い取りでお願いします」と答えた。

私は紙袋からまず最初のブランド品を出してカウンターテーブルの上に置いた。

「ルイ=ヴィトンのバッグなんですけど……」

「拝見させて頂きます」

店主は、品物を手繰り寄せると、特別製の自前のルーペで入念に観察し始めた。

「お幾らぐらいになりますかね?」

最低でも5万、出来れば7、8万は欲しい。そう算段していた。ところが、店主の弾き出した金額は全く予想外のものだった。

「えーと、80円になりますね」

は、は、はちじゅうえん?耳を疑う数字だ。どこよりも高値で見積ってくれるのではないのか?

「8万円ですか?」私が聞き直す。言い間違いに違いない。が……

「いえ、80円ですね」

「10円玉が8枚の80円?」

「はい。1円玉が80枚の80円です」

とても承服出来る額ではない。当然の如く鼻息も荒くクレームをつける。

「釈迦に説法かも知れませんが、ルイ=ヴィトンのバッグですよ。しかも未使用の新品同様、それが80円というのは幾らなんでも」

店主が困ったような顔をする。

「大変申し上げ難いのですが、これはルイ=ヴィトンではありませんね」

「……偽物?」

「ざっくり言えばそうなりますか」

「いやいやいやいやいやいだひとみ、ちょっと待って下さい」当然、私は食い下がる。「このロゴ見て下さい。バランスも完璧でとても美しい。どう見ても本物でしょう」

「まあ確かに綺麗です。でも、それを踏まえたとしても、やはり、これはルイ=ヴィトンでは無いのです」

「でも、このバッグ、有名な老舗百貨店で買ったので、信用出来る品だと思います」

「何処の百貨店ですか?」

「新宿の伊勢丹です」

「えっ、本当に?」

「正確に言えば、伊勢丹の裏の路地を一本入ったところにあるリサイクル雑貨屋なんですけど」

「それ……伊勢丹ではないですよね」


《続きは追記からどうぞ》




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世にも珍奇な金貨の手品(こってり編&さっぱり編)


話題:SS




――【こってり編】――


小学生の頃、通学路の空き地に怪しげな物売りのオジサンが出没する事があった。現れるのは決まって日の暮れかかる下校時だ。古びた軽トラックの荷台に幌を広げ、学校帰りの子供たちを吸い寄せる。売っているのは聞いた事もないようなメーカーの玩具や手品グッズばかり。品物も怪しければ人物も怪しい。しかし、その胡散臭さは同時に魅力でもあり、一部の少年少女たちの怪奇趣味を満たすに充分な代物であった。

小4の秋の夕暮れ。校門を出た僕は、通りを吹き抜ける風に或る種の怪しい匂いを嗅いだ。そこで、いつもは真っ直ぐ進む文房具屋の十字路を右へと折れたのだった。その先には原っぱになっている空き地があり、その場所こそ件の物売りの出現ポイントに違いなかった。怪しい匂いはそこから吹いているように思える。煙草屋の、今はあまり見掛けなくなった旧式ノッポの赤い郵便ポストの角を曲がると怪しげな気配がますます強くなった。原っぱが目に入る。ふふん。果たして空き地の片隅にはくすんだ白の軽トラが停まっていた。

先客が二人いた。ランドセルを背負った小さな男の子、1年生か2年生だろう。二人の顔を見た私は一瞬ギョッとした。と言うのも、ちょうど同じ高さに並んだ二つの顔が全く同じ物だったからだ。双子の男の子。見掛けない顔だ。二人は私が近づくのを合図にでもしたかのように離れていった。この空き地はちょうど学区の境目あたりにあるので、もしかしたら隣の小学校の生徒かも知れない。空き地を去る二人の背中を夕陽が染めてゆく。この世の終わりを思わせるように空が真っ赤に燃えていた。電線には数え切れない程の烏がシルエットとなって浮かび上がっている。

指から出る魔法の煙、ドラキュラの入れ歯、荷台の上の商品たちは無造作に置かれているようでもあり、規則正しく列べられているかのようでもあった。混沌と秩序の不思議な同居。幌の隙間から中途半端に西日が射し込んでいるせいで目がチカチカしてくる。そこは日常から独立した黄昏色の夢の世界であった。球体のように閉じて独立した空間、時間も同じく茜色に燃える球体の中で完結している。

「なあ坊や、手品は好きかい?」

不意に話しかけられて僕は反射的にゴクリと唾を飲み込んだ。そして「うん」と小さく頷いた。「そうか、そうか」。物売りのオジサンは満足気な顔で先を続けた。

「実は面白い手品があるんだよ。とっても珍しいもので世界に3つしかない。やり方は簡単だけども誰もが吃驚(びっくり)する事受け合いさ」

それを聞いて僕の興味は一気に増した。世界に3個だって。それはすごい。幻のスーパーカー、ランボルギーニ・イオタだってもう少し数があった筈だ。

「オジサンは世界中を旅して、そのなかの2個を何とか手に入れたんだ。1つはシルクロードのガンダーラ仏跡、もう1つはポーランドの貴族の末裔のお屋敷で。で、1つはオジサンが自分で実演する為の物だから非売品だけれども、残りの1つなら売ってあげてもいいと思ってる」

オジサンはそこで言葉を切り、こちらの顔を覗き込むように見た。その時、僕はどんな顔をしていたのだろう。恐らくはキョトンとしていたに違いない。僕の反応がないのをみてとったオジサンは、柏手のようにポンと自らの手を打ち、こう言った。

「よし、判った。今からオジサンがその手品を実演してあげよう」

軽トラの横には粗末な感じの木のテーブルと椅子二脚が置かれており、僕とオジサンはテーブルを挟んだ対面に、喫茶店に来た親子のように座った。

「さあ、世にも珍しい〈コインの瞬間移動マジック〉の始まりだ」

そう言うとオジサンは、いつの間に懐から出したのか、一枚の金貨をテーブルの上に置いた。世界にも稀な手品だと言うから、もっと大掛かりな凄いものを想像していた僕は完全に拍子抜けしてしまった。けれども、オジサンはそんな事はお構いなしに、テーブルの上に両手のひらを上に向けて開くと、「さあ坊や、好きな方の手のひらの上にコインを載せてごらん」と言った。

僕は右の手のひら――僕の側から見れば左――の上に金貨をそっと載せた。

「こちらでいいのかい?」

「うん」

オジサンは両手のひらを握りこぶしに変え、上下の向きを逆さまにした。つまり、僕の目の前には手の甲が上になったオジサンの握りこぶしが2つ並んでいる訳だ。そのこぶしは意外にも綺麗で柔らかそうなものだった。オジサンの目は顔の大きさに比べて驚くほど小さく、あり得ないくらいまん丸である事に、その時初めて僕は気づいた。しかも瞳のすべてが黒目になっている。目が合うとまるで夜の深い井戸を覗き込んでいるような気持ちになる。

「さてと、坊や、コインは今どっちの手の中にあると思う?」

そんなものは判りきっている。僕はオジサンの右手の握りこぶしを指さした。

「はい、正解」

オジサンが握っていたこぶしを開くと、当たり前のように金貨があった。

「今のはただの確認。ここからが本番さ」

そう言うとオジサンは先程と同じように手の甲の側を上に向け、再び両手のひらを握り直した。と同時に、何やらヘンテコな呪文を唱え出した。

「はぷひれさなやらか〜」

唖然とする僕を尻目にオジサンの呪文は法華のお経のようにだんだん調子を上げてゆく。

「あっちゃぷれ〜」


そして………

「ひゃいっ!」

気合い一閃。ひときわ熱のこもったかけ声を上げると、にゃりと笑って言った。

「はい。たった今、コインは右手の中から左手の中に移動しました」

そんな馬鹿な話はない。僕はずっと見ていた。金貨を持ち換えた様子は全くなかった。両手の握りこぶしの間には15センチぐらいの空間が保たれている。移動は不可能だ。

「おや、その顔は信じてないね」

僕は自信を持って頷いた。

「では、コインが移動した証拠をお見せしよう」

オジサンがゆっくりと手のひらを開いてゆく。すると……。

「えっ?」

またもや僕は呆気にとられた。金貨は相変わらずオジサンの右手、僕から見れば左側の手のひらの上にあったのだ。金貨は移動なんてしていない。いったいこれのどこが“世界でも稀な手品”なのだろう。

「あれれ、オカシイな……どうやらオジサン、手品に失敗してしまったようだ」

そうだろう。明らかに手品は失敗している。にも関わらず、オジサンの口調がやけにわざとらしいのが気になる。

「……と思わせて、やっぱりオジサンの手品は大成功だ。コインはちゃんと右手から左手に移動している」

言われた僕はオジサンの両手を見つめる。けれども、やっぱり金貨は移っていない。僕が置いた時と同じ、オジサンの右手、僕から見れば左の手の中にある。僕は不可解と疑念のこもった眼差しでオジサンを見つめた。

「坊や、よーく見てごらん。コインはどっちの手の中にある?」

「右」

間髪入れず僕は答えた。するとオジサンは何やら含みのある言い方でこう言った。

「そうかな?もっともっとよーく見てごらん。コインが載っている手は“本当に右手”なのかな?」

よく見つめる。別の角度から。物理的に心理的に。そこでようやく僕は察知した。オジサンの手品はちゃんと成功していた事に。

「ほほ、どうやら判ったようだな」

僕は頷いた。間違いない。金貨のある、対面の僕から見て左の手、オジサンの右手は信じられない事に親指が外側についている。つまり、それは紛れもない“左手”だった。コインが移動したのではない。コインの空間座標はそのままに、オジサンの“手首から先”が入れ替わったのだ。右手だったものが左手に。

ここまでくると最早、発想の転換などという問題ではない。何という気味の悪い手品なのだろう。

「さてさて、世にも珍しいこの手品のタネがたったの千円ポッキリだ。どうだい坊や、買わないかい?」

オジサンは傍らから小さな箱を取り出してテーブルの上にコトンと置いた。箱の表面、透明なセルロイドの窓から箱の中が見えている。オジサンが握っているのと同じ金貨、針と糸、赤チン(消毒薬)の小瓶、そして、痛み止めだろうか?[イタミトレール]と書いたラベルの貼られた謎の錠剤の瓶。

ついぞ気づかなかったが、オジサンの手首には周囲をぐるりと取り巻くように縫い付けたような傷痕があるのが見えた。
僕はゾッとして背筋が冷たくなった。こんな手品、欲しくない。赤チンとか痛み止めが必要な手品など金輪際聞いた事がない。

「オジサン、明日からまた世界に行っちゃうから、この機会を逃したらもう永遠に手に入らないかも知れない。それが千円。買った方がいいと思うなあ」

オジサンの背後で夕陽が燃えていた。地平線に沈む寸前のひときわ強い光。間もなく日は沈み、町は闇に包まれる。

「お金持ってないから」

僕は半ば振り向きながら短く言い捨てると逃げるように空き地を後にした。決して振り向いてはいけない。そこには魔術師がいて、振り向いたが最後、きっと僕は何処か知らない世界に連れて行かれてしまう。きっとそうだ。そうして僕は陽の落ちかかる茜色の町を一目散に家まで駆け抜けたのだった。

夕飯の席でこの話を家族にした。次の日、学校で友だちにも話した。けれども、誰もまともに取り合ってはくれなかった。「何かの見間違いだよ」「夢でも見てたんじゃないの」。

そうかも知れない。常識的に考えて、瞬間的に手首から先を入れ換える事なんて出来る訳がない。けれども、あれは絶対に夢ではない。僕はしっかりとこの目で見たのだ。もしかしたら、あのオジサンは世界中を旅して回る本物の魔術師なのかも知れない。そんな事を思うようになった。

その後間もなく、空き地の原っぱは無くなり、怪しげな物売りのオジサンが出没する事も無くなった。

その日以来、僕は妙な癖を持つようになってしまった。右手と左手が気づかぬ間に入れ替わったりしていないか、無意識のうちに確認してしまうのである。

そして最後にもう一つ。僕の前に先客としていた双子の男の子。隣の小学校に通っている塾の友だちに訊いたところ、自分の学校に双子の生徒はいないとの事だった。もちろん、僕の小学校にも双子の子はいない。いったい、あの男の子たちは何処からやって来たのだろう。幾ら考えてみてもそれだけは解りそうになかった。



〜おしまひ〜。


《追記に【さっぱり編】あります》

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