話題:SS

‐シュール掌編週間『ケンちゃんと私』第4夜【栞と忘却】‐。



いつぞやの年の誕生日。どういう風の吹き回しか、それまでの誕生日には「おめでとう」の一言すらなかったケンちゃんが 誕生日プレゼントを寄越した事があった。

とは云ってもそれはたった一枚の青い栞で、普通に初めから新刊の文庫本などに挟んである物のように見えた。

ひきつり笑いを浮かべる私にケンちゃんは「まあ、そんな顔しなさんな」と外連味のない口振りで云った後、「人はすぐに忘れる生き物だからね」と然り気無く付け足した。

「まあ、忘れた事さえ忘れてしまえば幸せかも知れないけど…ほら、どうしても忘れたくない事ってやつもあるだろ?」

彼の言葉の真意を図りかねた私が少し困惑気味に眉をひそめていると、「いいから取っとけって」と半ば強引にプレゼントの青い栞を私の手に押し付けてきたのだった。

「この栞はさ…実は魔法が掛けられていてね、どんな物にでも挟む事が出来るのだよ」

また、そんないい加減な事を…。
私はすっかり飽きれ返ってしまった。

それでも、折角の好意を無にするのも悪いので、私は素直にプレゼントの栞を受け取る事にした。


しかし…


ケンちゃんの云った事は嘘ではなかった。現実、プレゼントされた青い栞はどんな物にでも挟む事が出来た。テレビの画面にも挟めたし、部長の口に挟む事も出来た。

そして現在、青い栞は私の人生の102頁と103頁の間に大切に挟み込まれている。

時おり私は珈琲片手にその頁を開いて、ただぼんやりと眺めたまま安らぎの時間を過ごす。

その頁に何が書かれているのかは読者諸氏の想像に任せるとして、

いいプレゼントを貰ったな。

今ではそう思っている…。

‐第4夜終了‐。