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Which is a dream that you want to see?

「〜〜!!」

「ーーー?」


聞こえない。何を話している?


「〜〜〜〜!!!!」

「〜〜!!」


まるで水の中にいるみたいだ。声が聞こえない。レイと黒兎が見えているのに、何かを話して、叫んでいるのに聞こえない。オレは、どうしたんだ?


『レ、イ……黒…兎、』


名前を呼んだ。2人の名前を。


「チッ!!…黒兎、撤退するぞ!!」

「でも、でも徨夜は!!」


あァ…。声が聞こえた。だが、撤退する?何から?オレを置いていくのか?何がいるんだ?教えてくれ、何が、なァ、


『殺して……レ、イ、殺して…殺して殺して殺して黒兎殺して殺して殺してコろして殺して殺してコロして殺してコロシテクレ!!!!』


「徨夜!!!!」


今のは……オレの…声、か?黒兎の甲高い声に応えられない。殺して?オレは(てし殺)まさか、そんな(てし殺)

ずるずると意識が別な物に蝕まれていく。頭に響くのは泣きそうな子供の声。まるでその言葉しか知らないかのように繰り返し、繰り返し叫び続ける。殺して(てし殺)(楽にして殺して殺して殺して死にたい楽になりたい。)


「黒兎!!!!聞こえてるのか!!」

「だって徨夜が!!」

「もうヤツは徨夜じゃない!!!!アレは「咎獣」だ!!分かったら早くしろ!!お前が殺されるぞ!!」


咎獣……咎獣?オレが?何故?そんな、アニムスは、オレの願いを叶えたのか?いつ?オレの願いは……願いは…なん、(殺して死にたい殺して殺して楽になりたい殺して死にたい殺して死にたい楽になりたい殺して殺して死にたい殺して死にたい楽になりたい殺して楽になりたい殺して死にたい殺して楽になりたい。)


『殺して……死にたい…終わりにしたい…眠りたい…』


――――どぷん


沈んだ。何もかもが見えない、もう戻れない。身体が勝手に動いているのを感じる。オレは、オレの願いは叶ったのだ。子供の声も、もう聞こえない
アニムスは何を求めているのだろう。アニマはどうした?
黒兎は諦めて逃げただろうか。それともレイと共に咎獣を殺すだろうか。殺せるだろうか。躊躇う必要はないが、簡単に殺せるワケがない。


『…眠りたい……終わりにしたい』


その言葉が浮上しようとする身体に、足首に纏わり付いて離れない。溺れる。溺れている。この昏い水はアニムスそのものだ。律儀にも2つの意味でオレの願いを叶えようとしている。1つは身体、2つは神経。
抵抗はしないぞ。だが、何かがオレを呼んで沈むのを邪魔するんだ。なァ、アニムス。誰がオレを呼んでるんだ?







――――――――――――――






「――!!――ゃ!!!!徨夜!!!!聞こえてるなら返事しろ!!」

「っ!?、あっつ!!!!あっっっつ!!!!」


レイの怒鳴り声に飛び上がり、バーナーで沸騰させていたビーカー(中には半分茹で上がった緑色の輪切り)を倒してしまう。もちろん、グツグツ煮込まれていた緑色の輪切り入り液体は徨夜の手に浴びせられた。


「あっっっつ!!!!あっちィ!!!!」


手を振り暴れる徨夜を尻目にレイがビーカーから緑色の輪切りを摘まみ、繁々と眺める。冷水で冷やすことなく戻ってきた徨夜が言う。


「あー……それ、ペヨーテ」

「は?」

「サボテン科ロフォフォラ属。メスカリンをはじめ、フェネチルアミン系アルカロイドを含む植物。」

「つまりは薬か?」

「んっんー……広い意味ではね」


机上に広げられた実験器具の中からシャーレを取り、レイが摘まんでいる緑色の輪切り(ペヨーテ)を回収する。次いでに鈍器にでもなりそうな程分厚い本を取り出してページを開き、レイの前へと置いた。


―ペヨーテに含まれる「メスカリン」はフェネチルアミン系幻覚剤(サイケデリック麻薬)である。 メスカリン体験には次のような副作用を伴うことがある。

快感を伴う副作用
目を閉じたままで創造的な視覚体験が得られる
新しい思考過程
夢のような展開
多幸感
神秘体験

中立的な副作用
散瞳
温感や冷感

不快感を伴う副作用
目眩
嘔吐
頻脈
頭痛
不安
死にそうな、絶滅しそうな感じ
通常の意識に戻れないという不安感
長時間にわたる知覚異常

身体依存はないが、精神依存があるとされており――



「麻薬じゃねぇか…」

「悪いモンではないぞ?そりャあ、用法用量を守れるなら、の話だが」


まるで服用した事があるかのような発言。どこか視点の合わない眼をして徨夜が続ける。


「幸せな夢を見るか、死にたくなるほど嫌な夢を見るか。それは服用前の精神状態に依るんだそうだ。Which is a dream that you want to see?」

「………」

「久々に見たから買ってみたが……さて、何に使うかね…」


返事はない。が、徨夜は特に気にした様子もなく、ペヨーテの入った袋を揺らした。


「お前は使ったのか?」

「んん?」

「使ったのか?」


いつもの様に口角を吊り上げたまま、徨夜は答えない。口を開いたと思えば、落とされたのは聞いたことのない無機質な声。


「何をしに来た」

「は…?」

「常であればこんな時間に此処に来るはずがない。分かるか、今は深夜でお前は書類仕事を終えて寝るはずだった。あァ、黒兎はもう寝てるみたいだな。普段であれば、真っ直ぐ寝室に行ったハズのお前は、何故此処にいる?」


無理に感情を乗せた徨夜の言葉は嘲りを含んで歪に響いた。眼はレイを見ない。レイを通り越して遠く、遥か彼方を見つめている。


「先日の咎獣討伐で負傷しただろ、具合はどうだ?」

「どう、とは?」

「だから…体調は悪くないか?先程も魘されていたぞ」


いつもであれば会話の先を読み、相手の欲しい情報と不要な情報を織り混ぜて話すが、今の徨夜はそれをしない。レイの聞きたい答えをまるで無視して敢えて無知のフリをする。それがどうもやりにくく、思わず下手に出てしまう。ケガの原因がこちらにあれば尚更。

先日請け負った依頼が、またしても「咎獣」討伐だったのだ。シャングリ・ラからレイ、黒兎、徨夜の3名。他のギルドの3名。計6名で迎え討った咎獣は素早さに特化したものだった。攻撃は当然避けられ、徨夜のゼロ距離からの魔術すらも歯が立たない。黒兎の補助魔術を付加した状態でやっと咎獣に追い付ける。どう見ても不利な状態でごり押しを重ねて、あと一撃。

止めを刺さんとレイが放った冷気を纏う斬撃が咎獣ではなく、他ギルドから来た2名を襲った。黒兎の驚愕に見開いた眼と、レイの叫び。その声に弾かれたように徨夜が斬撃の先に立ちはだかる。飛び散る肉片と鮮血。斬撃に抉り取られた脇腹を庇い、徨夜がアニムスを喚ぶ。影という影すべてから生える白い手に咎獣も為す術はなく、手に触れられた箇所から爆発して跡形もなく消えた。

満身創痍ではあるが、誰ひとり欠ける事なく「咎獣討伐」は幕を閉じた。6名の中でも重傷を負った徨夜は労りの言葉を掛けられる前に影へと落ちた。


それから2日、徨夜は姿を現さなかった。


「で、それだけか?」

「違う。いや、ケガも気になってはいるが…そうではない」

「躊躇う理由が分からない。お前はそんなに遠回しに言う人間だったか。単刀直入に言え。」


――オレが咎獣になる可能性を教えろ。と


徨夜が無感情に吐いた言葉で場の空気が凍った。レイが手慰みにしていた遮光瓶をテーブルへと静かに戻し、徨夜を見つめる


「………すまない。言いたくなければ言わなくても良い。ただ、お前が……咎獣に…」

「澱むな。」

「お前が咎獣になる可能性が、1%でもあるのなら―」

「躊躇わずに殺せ。」


ギラリと光る眼光と射貫くような視線。徨夜の足元に蟠る影が蠢いた気がした。


「咎獣になれば助からない。元に戻る事もない。
予想でしかないが、オレは「魔術特化」の咎獣になるだろう。が、救いはある」

「あるのか?」

「お前か黒兎が躊躇わずに「聖属性」で殺すか、国に見付かるか、血に溺れるか。どれかだな」

「…………」

「よろしく?ギルド長」


鋭い眼光は成りを潜め、ギザギザの歯を見せて徨夜が笑う。そして、塞がっていない方の手で退室を促した。


「少し疲れた。」

「あ…あぁ。遅くにすまん」

「いーえ。足元にお気を付けて♪」


扉を開けてレイを送り出す。閉まる直前、何かを言おうとレイが振り返った。半分は閉じられている扉の向こう、まるで菓子を食べるかのように大量のペヨーテを噛み砕く徨夜がいる。



レイが何も言えぬまま扉は閉じられた。足が勝手に自室へと進む。徨夜が見たい夢は誰にも分からない。

There is strong shadow where there is much light.

悲惨に焼け爛れた皮膚、裂傷、刺傷、打撲傷、etc.。見ている方の気分が悪くなる程の傷を負って、徨夜が2日ぶりに帰還した。
逃げるように後退りする徨夜を見て虐待された。と理解したレイが静かに問い掛ける。


「何に捲き込まれたんだ」

「………っ、―――!!」


徨夜の喉は声を生み出さずに呼吸の音だけ。
まさか喉を潰されたのか、とレイが更に近寄ると同じ分だけ徨夜も距離を取る。そのまま、殴られた際に切れたのであろう、赤黒い口角をこれでもかと引き上げて笑う。

近寄るな。

聞こえない筈の徨夜の声が錯覚として耳に届く。ジリジリと後退するその姿に既視感を感じて、ふと視線を外した。


「………手負いの獣…」


そう呟くと同時に、目の前に突き出された紙。
やけに艶かしく光る、黒いインク。


―着替えを取りに来ただけ。時間がない、すぐ仕事に戻る。責任を感じる必要はない。


「責任を…?」


レイの呟きに応える声は、当たり前だが無く。徨夜の姿は地下へと続く階段へと吸い込まれていく最中だった。風の動きに乗って、鉄錆の匂いが通る。それは握られた紙からも。まだ乾いていない艶かしく光るインクを指で擦った。

擦られたそれ、は黒ではなく黒味を帯びた赤。つまりは血文字。ハッとして徨夜の自室へと繋がる階段を降た。ポツポツと血の跡がある。しかし、もう徨夜はいない。血とその匂いが辺りに蟠っているだけ。


「……………」


降りたばかりの階段を上る。ギリリと奥歯が鳴るほど噛み締めて、レイは自らの執務室へと急いだ。

















―――――――――――――――――







「ァ、ぐゥうゥ、」


ばちん、ばちん。
まるで剪定をしているかのように鋏が鳴る。がらんどうの部屋に響く。重く、濡れた音を立てて美しく磨かれた床へ足指が落ちた。
宙吊りで痛みに脂汗を流す男、徨夜の切り落とされた指の断面へ金髪の、いかにも貴公子然とした男が舌を這わせる。


「ーっ!!〜〜!!!!」

「あっは。まだ死なない?死なないよね?もっと楽しませてよ。そうだ!!僕が飽きるまで死ななかったら支援金増やしてあげる♪欲しいだけ言って、強請ってよ。お金はあるに越したことはないでしょ」


封魔石と呼ばれる魔石を魔角の箇所、つまりは額と蟀谷(こめかみ)に結ばれた徨夜は無抵抗のまま、ともすれば消え入りそうになる意識を必死に繋ぎ止めた。

変態野郎とでも呼びたくなる目の前の男の言う通り、資金は余りあってこそ。身売りで痛む心など端から持ち合わせていない。


「……もっと、ちょうだい?」


媚を前面に押し出した甘えた声で誘う。その声に気をよくした男が後ろ手に隠していた注射器を徨夜の太股に突き刺した。針が刺さる痛みよりも、強制的に体内へ流れていく液体の方が痛い。熱い、痛い。


「あ、ァ……」

「どう?感じる?今射れたヤツ、αの血液なんだけど」

「くっ、ふゥ……あ、つ…」


熱さが痛みを凌駕した。括られた腕がギシリと戦慄く。体内を虫が這いずり回っているかのような不快感、脂汗ではなく冷や汗で服が湿る
潜在遺伝子学曰く、全ての頂点に立つαが持つ体液、特に血液はβには薬となりΩには毒となる。

この男は徨夜がΩだと知って資金援助の話を持ち掛けてきたのである。レイに話を通すのに骨が折れたが、何とか丸め込めた。あとは帰還するだけ。今日で期限の3日だ。この変態野郎を煙に撒いても良い、なんなら殺しても良い。早く帰りたい。


「君のギルド、こういう事はさせないのかと思ったよ?」

「はっ、そり、ャあ……目出度い頭だな、この、変態野郎が…」

「んん、言葉が悪いね。それとも追加のオネダリなのかな?」


男が微笑みながらもう1つの注射器を取り出した。やはり中には血液と見られる液体が。でもその前に、と
目にも留まらぬ俊敏さで小刀が右の肺へと突き刺さる。


「がっ、……は、…」

「あんまり痛くない?良い声で鳴いて欲しいのに。」


αの血液による熱と麻痺、肺を貫く小刀。ざあざあと土砂降りのような音が徨夜を苛む。帰りたい、還りたい。返り血を浴びた男は、おもむろに徨夜の首へ噛みつき、その反対側へと注射器を刺した。


「あっ、ああ、ァァァァああ゛っ!!」


刺された首の、皮膚が沸騰したかのように内側から爛れていく。咆哮は徐々に消えて、身体の至るところから血が噴き出す


「あはっ、あはははは!!やっぱりぃ?君ってば今までに遊んできたどのΩよりも面白い!!分かるとは思うけど、今射れたのは聖属性を得意とするαの血液だよ」


男は手を叩いて幼児のように喜んだ。それどころではないのは徨夜の方だ。死ぬ。死んでしまう。
封魔石が魔力の要である魔角を塞いでいては魔術を使う事はおろか空気中にある魔力を取り込み傷を癒す事も出来ない。しかも、常夜国の人間が忌み嫌う聖属性ときた。相反する属性は使用者を容赦なく滅ぼす。


「初日は水と暴力でしょー?昨日は電気と?細菌。今日で死んじゃう?あーあ、死んじゃうの?ギルドに忠誠を立てて?それってΩらしいね。可愛い!!犬、というよりも奴隷?あ、Ωって奴隷か。僕たちαの為の玩具でしょ?」


喘鳴を繰り返すだけの徨夜に、果たしてαである男の言葉は聞こえているだろうか。反応がないと気付いたのか、はたまた気が変わったのか。徨夜を吊っていたロープを切り落とした。

べしゃり。

まるで濡れ雑巾が落ちたかのような音を立てて徨夜が落ちた。酷使されていた両手首を労る余裕も、楽な体勢を取ることも出来ずにただ落ちたままでいる。


「ねーえ、聞いてる?」

「噫。聞いているとも。」


αの男の背後、布面を着けた男がひとり。影から抜け出してきたかのような黒を纏った得体の知れない男。それ、が徨夜へと足を進めた。


「やぁやぁいい姿だ。」

「貴様…それは僕の玩具だ!!」


ぐうるり。布面の男が騒ぎ立てるαの男へと顔を向けた。顔、だけを。


「囀ずるな。」

「ヒッ…」


顔だけがαの男を見たまま、身体は、腕は徨夜を難なく抱えあげた。布面の下で、口角が上がる気配がする。


「理不尽な世界よな。生物の頂に立ちながらも更にその上が居る。潜在遺伝子に意味は有りや?人間は歴史を繰り返すと聞くが、また始めようとしておるのか。何とも愚かな……」


布面の向きに合わせて身体が向きを変えた。ただ震えてばかりいるαの男への興味は失せたのかチラとも見ずに扉へと向かう。


「クソっ!!バカにしやがってぇぇぇ!!!!」


――ゴォッ!!


一面の火の海。
αの男が魔術を使ったのであろう、有り得ない勢いで燃え盛る火焔。αの男が何かを言っているが、それすらも分からない。


「やれやれ…」


どこか楽しそうに布面の男は抱えていた徨夜を火の海に投げ入れた。人形を捨てるかのように。


「!!??」


αの男が驚くのも無理はない。本当に、燃えているのである。意識のない徨夜が。肉の焼ける匂いが辺りに充満する頃、布面の男がぼそりと呟いた


「The cruelest lies are often told in silence.( いちばん残酷な嘘は、しばしば沈黙という形をとる。)」

「は…?」

「くっひひひ!!!!違いない!!」


突如、笑い声が燃え盛る火焔の音を凌駕した。海が紅蓮から黒へと色を変え、勢いを削がれて呑み込まれていく。笑いながら起き上がった徨夜を中心にして。


「Allerdings ist eine L ge n tzlich manchmal.(しかし、嘘は時として役に立つ)」


火焔が、炎の海が消えた。火焔を呑み込んだ中心にいた徨夜のコートからパチパチとまるで拍手のように火の粉が上がる。


「っ、!!??」


αの男が引き攣った声を上げるのを、蘇った徨夜がニンマリと笑いながら見ている。その、背から生えた1対の鹿角が翼を広げるようにざわめいた。


「あっはははは!!何その顔!!……笑える。」

「ば、化物!!来るなっ!!来るなぁ!!!!」


布面の男と、徨夜。2人に前後から包囲されαの男は後退る。火の海に落とされた事によって、魔角を封じていた封魔石は焼け落ちた。あとは本能のままに。魔角が辺りの魔力を手当たり次第(手はないので、角当たり次第。とでも言おうか)吸収し、散々痛め付けられた身体を再生させた。


ヒタッ…


「ひっ、ひぃぃぃぃ!!!!」


αの男の首へと絡み付く白色の手。振り解こうと藻掻くが、まるで蛇のようにキチキチと締め付けて外れない。


「さァ、報酬授与と行こうか?」

「放せ!!そしたら言い値を払う!!だから…ぐあ!?」

「言い値を?はっ、そんなの当たり前だろォ?良いかな、変態αよ。これまでにこの屋敷に招待して虐待死させたΩ、或いはβの人数と、死にはしなかったが取り返しのつかない所まで追い詰められたΩ、βの人数。如何に償うね?刑に処される?ないない、金を積めばすゥぐ出られるあんな場所に入れるだなんてとてもとても…」


憐憫を浮かべて首を振る。αの男は気付いていただろうか、白色の手が首に食い込み、侵食されている事に。布面の男の姿が手を残して霞のように薄れている事に。


――――――もし、この場でそれに気付いていたならば。




「金も貰うけど、お前も、貰うよ」

「ぎっ、ひ、がぁあああ!!!!」


αの男が奇声を発し白眼を剥き、口から泡を吐き出し始めた。それを褪めた眼で見ながら徨夜が口角を吊り上げ笑う。布面の男は居ない。

男の奇声は唐突に止み、ゆっくりと瞬きを繰り返して徨夜に微笑みかけた。


「ふむ……悪くはないな」

「あっはー♪それは良かったよ、アニムス」


声の、雰囲気の変わったαの男に垂れかかり徨夜が名を呼ぶ。

―アニムス―
それは徨夜のもうひとつのガーディアン。アニマと対を成す存在。正体不明の、布面の男がつまりはアニムスであったのだ。そしてαの男に憑依した。


「さァてと…レイが来ちまった」

「やれ、常の様にか?」

「だな。よろしュう♪」


そのやり取りの直ぐ後に扉が弾けんばかりに開いた。
銃剣を構えたレイが素早く辺りを見回して叫ぶ。


「徨夜!!」

「はァい♪親愛なるギルド長。今から帰ろうとしてた所さね♪」

「は…?」


レイが驚くのも無理はない。2日ぶりに帰還した徨夜は傷だらけで、誰が見ても虐待されたのだと思うほどの酷さだった。それが、どうだ。1日、たった1日で何事も無かったかのように傷が消えている。剰え、2人で優雅にティータイムを楽しんでいるときた。

疑わしげな視線を隠しもせずに、レイは徨夜を見る


「あ?あァ、傷?魔術の披露でちョいちョい。この貴族サマに如何に-シャングリ・ラ-が素晴らしく仕事をこなすか説明して、あとはお茶してたのよ♪」

「ケガをさせたままギルドに戻してしまい、大変申し訳ない。どうやら…要らぬ心配もかけさせてしまったようですし…」


貴公子然とした男がレイの持つ銃剣を一瞥し、苦笑いを浮かべた。


「いえ、此方こそ無礼をお許しく―――」

「んっんー♪そろそろ帰るかなァ」


レイの謝罪を遮って徨夜がイスから立ち、伸びをする。男も見送りのために席を離れ、レイに微笑みかけた後、扉を開けた。


「じャあねェ、貴族サマ〜♪」


レイに手招き、男に手を振り徨夜が出ていった。嵐のような徨夜に着いていけないレイは男に一礼して後を追いかけていった。


「やれ…あの男、我に刃を向けたままであったな…。」


貴公子然とした表情から一変。どこか徨夜に似た笑みを浮かべてアニムスが扉を締めた。
















その後、報酬はシャングリ・ラへと定期的に送られ続けた。




















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