スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

A lazy man turning into a woman.

タイトなパンツスーツを身に付けた女が周りに繁る木々を物ともせずに駆ける。目指すは夜闇に足を捕られながらも必死に前を走る2人の男。
紫水晶のような色をした瞳を輝かせて指笛を鳴らし、快活と歌う


「捕まえた」


























やや薄暗い広間で両手に花、どころか花に包囲されているとでも言えそうな黒髪の美丈夫と、こちらは壁の花を決め込んでいる整った顔立ちの金髪の男。とある貴族が主催の夜会に出席しているのだが、そこにこの2人の主人(仮)は見当たらない。というか、黒兎とその部下のハルならいる。けれども黒髪の美丈夫ことソリオンと金髪の男ことイリューシャとは離れて、むしろこの2人が居ることに気付いているのか怪しいところである。

早く終われ。とばかりにイリューシャが壁に背を深く預けて目を閉じれば周りの音、会話が止め処なく流れてくる。


―彼処にいるのはギルド シャングリ・ラの次席よな

―場違いにも程があるぞ

―ギルド長が出席するのが筋ではなくって?


「………くだらん」


そろそろ戻るか、とイリューシャが顔を上げるとすぐ隣に見慣れない女が1人。アッシュブロンドの長い髪をポニーテールにしてキッチリとしたブラックスーツを着ているので招待客ではなく主催者側の人間なのだろう。気配も音もなく現れた女は微笑むように紫色の瞳と口角歪めた。


「なにか?」

「……」


女はイリューシャの問いに答える事なく人差し指を立てて自らの唇に当てる。…つまり、


「黙っていろ、と?」

「………」


にっこり。
声を出す事なく意思を伝えて満足したのか女は壁から背を離して人混みへと消えていった。


それから暫くは何事もなく、相変わらずソリオンは麗しい花たちに囲まれ、黒兎とハルは他ギルドの知り合いと歓談し、イリューシャと言えば相変わらず壁の花を決め込んで渡されるグラスを次々と干して、其々が過ごしていた。


―カシャン


他の音に掻き消されてしまいそうなほど小さな音が何処からか聞こえた。それに耳聡く気付いたのはソリオンとイリューシャの2人のみ。花と戯れていたソリオンの顔に緊張が走ったのを後目に、バルコニーへと続く扉を潜るイリューシャ。眼前に広がるのは良く手入れされた広い庭と敷地と外とを隔てる垣根から続く森。

その垣根が、微かに揺れたように見えた。


「………」


イリューシャの背後ではソリオンが今の今までさんざ侍らせていた花々を言葉巧みに撒いて、此方へと歩いている気配がする。まぁ、それほど離れていた訳でもないので直ぐ隣に立たれた。


「やぁ、イリューシェンカ。楽しんでるか?」

「お前ほどではないがな」

「おっと、ご機嫌ナナメか?…それとも寂しかった?」

「もう酔っているのか?介抱してやらんぞ」

「やれやれ…相変わらずつれないねぇ」


いたって普通の会話をしているがソリオンがタイを弄ればイリューシャが耳を彩るルビーが填まったカフスを触り、そのまま思案するように唇に手を当ててふっと眼を伏せる。その動作から何かを察知したソリオンが口を開いた瞬間、



―ピィィ………ィィ…



庭の奥、垣根を越えた森のさらにその奥から聞こえた笛のような高い音。その音に開いたままの口を閉じて溜め息を吐いたのはソリオンで、隣にいたはずのイリューシャは既に室内へと引っ込んでいた。


「はぁ…」


ソリオンもイリューシャに続いて室内へと戻る途中、その指に填まっている金色の指輪を3度、撫でた。
途端にソリオンの無駄に秀でた容姿は跡形もなく崩れ、良くも悪くも平凡そうな男へと変わる。

誰にも気に止められる事なく広間から出たが、イリューシャの姿がない。廊下を見回しても、誰もいない。もしやと思って耳を澄ませても広間からの音楽が聞こえるのみ。


「猪突猛進、と言うんだったかな……」


普段は冷静沈着なくせに、いざ仕事になると周りも、ともすれば自分すらも見えなくなる。勇敢と無謀の違いを理解せずに、教えられずに今に至ったのだろうな。と同じ魔獣として哀れに思う。虐げられた気高き獣。


―おーい。考え事してねェでさっさと来てくれねェかな……。殺しちまいそうなんだが

「……」


ソリオンの脳内に直接響いた徨夜の声。今の今まで姿を見せなかったくせに偉そうな物言い。それに反応することなく外へと脚を進め、ちょっとした暗がりで容(かたち)を変えた。

闇色の豹

人の時よりも深みがかった青い瞳を油断なく光らせて庭を疾走する。やがては垣根を軽々と飛び越えてしなやかな尾の残像すら残さず森へと消えた。






*






生い茂る草木を物ともせずにイリューシャは走る。音の聞こえた方を真っ直ぐ見据えて、まるで猟犬のように。しばらくして視界の端に人影が映った。
3人。
地面に伏している者、首を締め上げられている者、締め上げている者。
そのどれかが徨夜かと思えば、そうでもない。
男、男、女。


「女…?」


伏しているのは男、締め上げられているのも男。つまり…


「はぁー、やっと見つけた…。お前少しは……ん?」


イリューシャの隣に立った黒豹が目の前の光景を見て固まった。そしてぼそりと


「怪力女は好みじゃないな」


と呟く。


「そりャあ誰だって好まねェだろうさ」


黒豹の呟きに帰ってきた返事は紛れもなく徨夜の声音、なのだがやはり姿はない。もしや、いや、まさかな…。と内心思いつつ容を変えたソリオンが呼んだ。


「徨夜?」

「あァ。…2人ともパーティーは楽しめたか?美味い酒は?イリューシャが好みそうな料理もあったが、食べたか?」


つらつらと低い男の声、もとい徨夜の声で話す女。ポニーテールにしていたはずのアッシュブロンドの髪は束ねていた紐を無くして縦横無尽に跳ねまくり、タイトなブラックスーツのジャケットもパンツも走っている時に枝にでも引っ掛かったのか所々が裂け、挙げ句の果てに所々が細かい裂傷で血塗れ。しかも裸足で草を踏み締めている。つまり、パッと見、乱暴にあった被害者にしか見えない。
まぁ、どちらかと言えば加害者なのだが。

華奢な女の手に締め上げられている男は泡を吹いて気絶しており、女、ではなく徨夜がぞんざいに投げ捨てた。


「ふィー。やっぱ慣れねェ事はするもんじャねェな」


腕が痺れていけねェや。と今まで上げていた腕を振りながらソリオンとイリューシャへと向き直る。その瞳の、透き通る無垢な紫色の違和感といったら。蕁麻疹が出るか、気絶したくなるくらいの度合い。普段の、男の、徨夜を知っているから尚更に。というか、化けるなら声まで変えてほしかった。何故そこだけ手を抜いたのか問い質したい。

でも、というか、流石の?徨夜でも女に化けての捕縛は勝手が違ったらしく、細やかな裂傷に紛れて首やら手首、足首にくっきりと相手の手の形が浮き、右の頬は殴られでもしたのかうっすら赤く腫れていた。
が、痛みは感じていないらしくケロッとしたまま2人を見上げる(そういえば女に化けた徨夜は小さい)


「…………」

「………」

「あー…。実はあと1人、癖の悪い女を捕まえてるんだが、屋敷に置いて来ちまってなァ…。コイツら頼んで…おい?」


返事も無ければ近寄ってすら来ない2人に眉を潜めて声を掛ければ瞬間で間合いを詰めたソリオンが徨夜の両脇に手を入れて持ち上げて、担ぐように抱えた。その反動でソリオンのスーツに血が跳ねた。


「ッ、んン゛!?」

「レディがそんな声を出すんじゃない。……イリューシェンカ、迷子になるなよ?」

「お前こそ送り狼にならんようにな。」

「は?え?何?」


担がれたままの徨夜には目もくれず、イリューシャは屋敷の方へと向かい、ソリオンは屋敷から出ようと歩を進める


「えっ…えェと?つまり…イリューシャが、女を引き取りに行くのか?」

「そうだな」

「場所分かるのか?」

「さてね?」

「いや、さてね?……じャねェから!!」


じたばたと肩の上(担がれたまま)で暴れる女の徨夜を物ともせずに、むしろ緊張した固い表情のままソリオンは言った


「無為に暴れるのじゃないよ。お前、肋骨折れてるんだろう?」

「………」

「痛覚が無いのは分かっていたが、まさかここまでとはね」


耳を澄ませても聞こえるかどうかというぐらいの呼吸音の違和感。徨夜自体は普段通りなので尚更に耳を疑ったであろう。


「でも。別に痛くもねェし…」

「痛覚と中身は別だろ。なんなら、もっと刺してやるか?」

「えんりょしときまァァァす。」


ケッ。と不貞腐れたように暴れるのを止めた徨夜を意外そうに見遣ってから、ようやっと屋敷の敷地から外れたのかひと息ついてからスキップの詠唱を始めた。










続きを読む
<<prev next>>