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The town of snow a nightmare.-4 or end

つまり、リスィが黒兎に射った薬も、黒兎が徨夜に撃った薬も同一の物であり、それの拮抗薬は


「これだけ……」


手にある5本。それを全て使ってどちらを救うか、どちらを殺すか。悩んでいる時間は無い。リスィは徨夜へと歩みを進め、黒兎は虫の息。


「私のアソシアード、私の反撃の柱、私の……。死んでしまっても離さないわ。黄泉へと堕ちても引き摺り上げるわ。私の大事なアソシアード……」


鳥籠が揺れる。ぎぃぎぃと耳障りな音を立てて口を開いた。徨夜とはまだ距離があるにも関わらず鳥籠は入り口を開いた。何も居ないと思っていた鳥籠には百舌鳥の仮面を付けた人形がひとつ。まるで絡繰人形の様に動きがぎこちない。が、その手には鋭く光る……あれは槍か?


「チッ、」


リスィを射殺さんばかりに睨み付けながらも、レイはシリンジを黒兎に射した。口を塞がない距離に手を翳して、血流に上手く流れていくようにゆっくりと。


レイは黒兎を選んだ。徨夜ではなく、黒兎を。それはフェイクではない。もう5本目を使い切ろうとしている。

振り向いたリスィの表情は奇妙に歪んでいた。歓喜と失望が綯い交ぜになった表情。鳥籠の人形が劈く。背には歪な翼を背負って、その翼で羽搏いて徨夜へと向かう。


「クー・ド・ヴァン・キャージュ!!!!」


黒兎の声に呼応して発生した巨大な竜巻。それに呑み込まれ、邪魔をされた人形はその中から出ようと必死に翼を動かす。が、


「クーペ!!」


竜巻の中で刃が飛び交う。人形は避ける術もなく無惨に解体されていった。リスィがほとんど無表情で地面を蹴る。瞬間、レイと黒兎の目の前に鈍く光る大鎌の刃。


ギッ、ギギギギギ…


刃は巨大な手によって止められていた。白い巨大な手。黒兎が恐る恐る手の出所を目で辿っていく。
その間もリスィからの斬撃は止まないが、次々と現れる手に防がれている。


腕は蛇のような長い胴体に繋がり、蛇腹状に組まれている。顔は、そう。顔は見えない。ただ真っ直ぐを見据えているのは分かる。リスィなど見てはいないのだ。


「アニマ……」

「これが、アニマ?え?手じゃないの?」


ただの巨大な蛇にしか見えない(蛇に手は無いが)。
なるほど、これだけ巨大な姿なら普段は手だけと言うのも納得できる。全体像は掴めないが。


「忌々しい!!異形の化け物!!」


リスィが一旦は攻撃の手を休めた。いくら戦闘に特化しているとは言え、体力に限界はある。アニマから距離を置き、もう一度鳥籠を出そうと赤子を探した。


「リアン……どこなの?リアン?」

「くっひひ♪なァ…、リスィ?お前の探し物はコレか?」


赤子を、リアンを抱き上げ笑うのは徨夜。白いコートではなく、夜闇を纏っているかのような黒い、黒いコートを揺らして笑う。右手にはリアン、左手には、


「アソシアード!!それだけは、それだけは許して!!リアンは、リアンは私の!!」

「黙れよ、媒介が無ければガーディアンも喚べないΩが」


左手に握られていたのは短剣。何の躊躇いもなくリアンの心臓を貫く。噴き出した鮮血。厭うことなくそれを浴び、仄暗い笑みを浮かべた。リスィの絶叫と、徨夜の哄笑

絶句したのはアニマに守られている2人である。

聞いたことのない、見たことのない、まるで知らない徨夜がそこにいる。リスィの絶叫がいつしか笑いに変わった。遠くからアルビレオ達の声がする。


「レイ、どうしよう、レイ、夜が明ける…。」


確かに辺りが明るくなってきたのが分かる。アルビレオ達の声がする方から、朝陽がこちらを照らす。途端に肉の焼ける匂いが風に乗るようになった。


「ぁが、がぁァァァァ!!!!」


激しく悶え、顔を隠すリスィ。徨夜は朝日に背を向けているが、リスィは違う。真正面に朝日があり、例え光が当たらなくとも視界には入る。


キュイ、きゅ、キュイ――――


奇妙な音が辺りに響く。それは、足下から。


「リスィ!!なにやってるんだ、そこは湖だぞ!!!!」


漸くレイ達と合流したミラが叫ぶ。雪で隠されているが徨夜とリスィが立っている正にその場所は、その下にはスティーリア国でも屈指の面積をもつ湖が。

その声に応えるようにリスィはきゅるりと笑う。焼け爛れた顔はただ真っ直ぐに徨夜だけを見て、おもむろに脚を振り上げ、凍結した湖面に叩き付ける。

1回、2回、3回、

繰り返す毎に亀裂は大きくなり、ついには徨夜の足元にまで達した。しかし、何故徨夜は見ているだけなのか。名前を呼ぼうとレイが口を開いた瞬間、背後にいたアニマが掻き消えた。


「リスィ!!!!」




例えば、沸騰した湯に一欠の氷を落としたような。熱した鉄板に肉の塊を置いた時のような。激しい蒸気と鼻を突く、えもいわれぬ臭い。

徨夜もろとも湖へと消えたリスィ。


伴侶の消えたアルビレオがミラの制止を振り切ってポッカリと口を開けた箇所へと走る。未だに蒸気は立ち上ぼり、異臭を放ち続ける。


「リスィ!!リスィ!!!!」


穴の縁にへたり込み、アルビレオは呼び続ける。伴侶を喪った悲しみに暮れているようだ。本当に?本当にリスィは死んだのか?徨夜は?


「そこの居心地はそんなに良いか、なぁ。」


ぽつりと落とされたレイの言葉に反応するように、分厚い氷の下で何かが轟く。黒く、長い、影。

レイは気付いていただろうか。氷下で蠢く影を見る度にその手に鎖が握られていたのを。そしてそれ、を緩く引いていたのを。



――――バキッ!!


アルビレオがへたり込んだ場所とはまた別な所に穴が開いた。一等分厚かったであろう湖面の氷は穴へと落ちていき、それに逆らうように黒々とした巨大な蛇が現れた。空中で蟠ると、爛々と光る緑目がこちらを睨む。


「なっ!?」

「アルビレオ、下がるぞ!!……おい、アルビレオ?」

「お前……お前がいなければ、お前さえ、来なければ、リスィは…リアンは………」


ミラの制止を無視してアルビレオは大蛇へと向かう。佩していた剣を振りかざした。憎しみに彩られた瞳は深緑色へと変わる。その色は、スティーリア国で崇められている木漏れ日を司る神と同じ色。


「リスィを、リアンを返せ!!!!化け物がっ!!貴様が!!貴様が来なければっ!!!!」


大蛇は抵抗せずに斬られるがまま、抉られるままでいる。何度目かの斬撃で大蛇は地に落ちた。朝日に照らされ、斬撃は、罵声は止まず、まるでボロ布のように大蛇は転がっている。それ、がしゅうしゅうと音を立てて人型へと姿を変えた。


臆することなく今は人へと姿を変えた大蛇に馬乗りになるアルビレオ。黒兎が放った2発の弾丸が弾かれた所を見るに、周りが手出し出来ないように何かしらの力が働いているようである。愕然とする黒兎を尻目にミラとレイが目を伏せた。彼ら2人には見えているようだ、アルビレオの背後に、金色の狼が控えているのを。


「っ、がっ、あァ、貴様、だったのか、」

「化け物が!!化け物が!!化け物が!!化け物が!!」


重傷を負った徨夜が血を吐きながら、剣を振りかざすアルビレオに言った。


「点灯屋、が、貴様、だったとはな。見抜けなかった」


ぐじゃり。心臓を潰すかのように左胸に剣が刺さる。当たり前に血を吐くが、絶命はしない。血の紅を纏った唇がVの字を描くようにつり上がる。


「何故だ?何故死なない?死ねよ、死ね死ね、早く死ね!!」

「簡単に、死ねたら、げふっ!!……あァ、楽だよなァ?」


徨夜から流れ出た血から無数の黒い手が生える。その手にはまるで標本を作るかのように針が握られていた。ひとつの針が、アルビレオの左手を穿つ。


「ぐぅ!?」

「げほっ、げほっ……。断罪の役目は向かないが、
いつまでも遊んでるワケには、なァ?」


ひとつの針が穿たれたのを境に、次々と針を持った手が伸びる。大した抵抗もなく、空中に磔になったアルビレオを一瞥して徨夜は観客に、レイや黒兎、ミラに仰々しく礼をしてみせた。

ごほん。咳をしてから、徨夜がギザギザの、鮫のような歯を見せて語り出す


―例えば、とある事故で妻子を亡くした絶望の真っ只中にいる男の目の前を、妻によく似た女が歩いていたら?男の絶望が深ければ深いほど、その女は一条の光に見えただろう。その女が何をやっていたにせよ、厳格なる神の民であれ人間であることには変わりないからな。女は男の絶望を埋めただろう?埋める処か、新しい喜びすら与えてしまった。ドラッグの流通さ。流通が楽しいのではない。ドラッグを使ったヤツらが破滅していくのが楽しい。それは無差別に見えて、ちャあんと意味があった。少なくとも、男にはな。

何処からドラッグの流通が始まったのか、を調べればこの男のやりたかった事が分かる。だが、男の意に反してドラッグは爆発的に広まった。誰も止められない。誰も止めない。男の意思で広まったと思っていたドラッグは、実は女の意志で広がったんだ。


滔々と紡がれる過去は男を断罪するに当たるか。そう問い掛けるように徨夜はミラ達を見詰めた。磔にされたアルビレオの周りにはまだ黒い手が針を手にしたまま漂っている。


「汝に断罪の意志は有りや?」


にぃ。と音がしそうな程の笑みを浮かべた徨夜が突如消えた。残されたアルビレオは磔の状態から解放されて、どこか安堵の表情を浮かべていた。目の前を、見るまでは。


「あぁ……」


溜め息と共に頭を垂れたアルビレオは消えた。何が起きたのか。ミラもレイも黒兎も、誰にも分からない。
血塗れの雪原だけが、残されたまま、何も解決しないまま、終わった。











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