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Let's go to the journey of the sea!

バタバタと慌ただしく走り回る気配を感じながら、珍しく日の高いうちから徨夜は動いていた。ギルドの屋敷、2階の最奥にある7つめの書庫。そこで先代、先々代のギルド長が苦労して手に入れたという複数の禁書をテーブルいっぱいに広げて眺めながらぶつぶつ何かを唱えている。


「まだ終わらないのか?」

「……お前はほんに堪えのない男だの」


スラックスとベスト姿の黒髪の美丈夫が、その男らしく筋肉の発達した腕いっぱいに本を抱えて徨夜に問うた。が、それに応える声は涼やかな女性のもの。しかも、美丈夫の後ろから聞こえた。


「これは失礼。Ms 皇」

「黙りやれ唐変木」


袴姿の、いわゆる和装の女が憎たらしげに声を尖らせて噛み付いた。面布で表情は見えないが、頭上に生えている長い兎の耳も美丈夫に刺さりたいのかと勘違いしたくなるほど鋭くなっている。彼女の名は皇。徨夜のファミリアにも同じ名前のウサギがいたが、まさにそのウサギが彼女である。
世の中ではとうの昔に滅んだとされる獣人と呼ばれる種族のうちのひとつ、ウサギの聴力と脚力を持つフラルパエン族の最後の生き残り。
何の縁か偶然か、普段はウサギの姿で徨夜のファミリアとして存在している


「ソリオン、その、それもう要らない。片して。皇、」


書面から顔を上げずに指示を出す。ソリオン、もとい黒髪の美丈夫は眉間にシワを寄せて棚へと戻っていく。皇は足元から伸びた白い手に持っていた本を渡すと徨夜の左側に落ち着いた。本を持った白い手は表紙を捲り、目次を追う。


「アニマ、その本の275ページ」



徨夜の声を聞きながら半ば自暴自棄のように、乱雑に返却された本を戻すソリオン。
耳聡い皇に聞かせるように、はぁ…。と大きく溜め息を吐いて首の関節を鳴らした。

皇いわく、ソリオンは根っからの快楽主義者。他者からの干渉を嫌い、つい先だってまでは相棒?のイリューシェンカと放浪の旅をしていた。
快楽主義というか、刹那主義とも言える。それについては本人も否定はしない。ならば何故、徨夜のファミリアになっているのか。ソリオン自身にも、徨夜にも分からない謎。

そして、ついでに言えば魔獣。性は黒豹。ここにはいないが、同時期に徨夜のファミリアになったイリューシェンカも同じく魔獣。今までシャングリ・ラにいる魔獣といえば、ギルド長であるレイのファミリアの大狼エヴィエルと、その子供たち。一気にギルド内の魔獣率が上昇したのは推して知るべし。

ちなみに、美しいものと愉楽に目がないソリオンは、あわよくばエヴィエルに人化の魔術をかけて楽しみたいと思っている。


「ソリオン、お前それ実行したらどうなるか分かってるよな?」


思惑を読んだのか皇が耳打ちしたのか(皇はウサギだけに聴力も良いが、何故か読心術も使える)。徨夜がトゲを刺した。


「なら、親愛なるご主人様?僕はいつ、この長ったらしくてムダな作業から解放されるのか教えてくれませんか?」

「さてねェ。君が昨夜、豪遊したことを反省するか、イリューシャが黒兎との鍛練を終えて新しい仕事を貰いに来るか、はたまた他の誰かが迎えに来るか、オレが本を見終わるか、だね。どれもこれもあり得ないけれど」


嫌味には嫌味を。本棚に凭れ掛かったソリオンには目もくれず、ふと、禁書から顔を上げて1つしかない扉に視線を向けた。

バタバタと廊下を騒がせている足音に混じって此方に向かってくるものがある。


「皇、」


徨夜の声と供に皇の姿が人からウサギへと変わっていく。別に人の姿のままでも問題はないのだが、万が一ということもある。皇が徨夜の頭に着地するのとほぼ同時に扉が開いた。


「こーやー、イリューシャありがとう?いい勉強させてもらったよ?」

「礼を言われるほどではない。」


ハイテンションな黒兎が金髪の男の低い声を消すように畳み掛けた。この、金髪の男がイリューシャ。徨夜の複数いるファミリアの内の1人。ソリオンと同じように魔獣。性はシロクマ。


「徨夜、」

「あのね?レイからの伝言があるよ?」


徨夜の広げた禁書を次々に閉じて出来たスペースに書類を3枚、並べた。黒兎とイリューシャからは見えない位置でソリオンが肩を震わせて笑っている


「げ……」

「拒否は認めないってさ。僕も一緒に行こうか?」


書面に列をなす字はレイの直筆。内容は思わず顔を顰めてしまうほどの


「シーサーペント退治?」

「観光船に乗れってか……」


クレアシオンから西、漁業が盛んな国として有名な海神国アトゥリプカ。四方を海に囲まれた離島国で、世界に流通している海産物の大半はこの国から輸出される。このアトゥリプカ国は海路を使っての輸入出、観光しか認められておらず、入国すれば魔術は実質使用できない。まるで鎖国のようであるが、離島であるから可能なのだ。

が、今回の任務は違う。徨夜が嘆いた通りに、クレアシオンの西にあるイリニ港からアトゥリプカへの海路途中で暴れている怪物を倒せと言う、重要かつ、失敗の許されない任務。


「ほー……ご丁寧にチケットまで同封されてら…」

「3枚あるね」

「だな。」


3枚のチケットを扇のように広げ、その隙間からイリューシャとソリオンを吟味するように見比べた


「僕は行きたくない」

「オレは行ってもいい」

「よしよし。皇も行くか」


ソリオンとイリューシャの意見など元から聞いていないかのように頭上の皇を撫でた。


「じャあ、黒兎。レイに伝言頼むわ。」




――この任務、謹んでお請け致します。




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