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Who is the child. Who can not sleep?

やァ。久しぶり。君の人生が成功に向かっていて安心したよ。いつぶりかって?そうだなァ、学び舎以来かな?ほら、忘れちゃった?アナスタシアで良くしてくれただろ?え、まさか本当に忘れちゃってる?
そんなに変わってないんだけど、ま、記憶なんてそんなもんだよね。オレも最近物忘れが激しくてさ、よく呆れられてるよ。
え?どこにいるかって?それは…ヒ・ミ・ツ・。
あはは、嘘だって。今はとあるギルドにお世話になっていてね?君は知らない?理想郷の名前のギルド。そうそう、まったく知らなかったけど、意外に有名なんだよね。そのギルド

で?何しに来たかって?うーん、簡単に言えば、シッターかな。寝ない子がいるんだって。その子を寝かしつけに来たのさ。まさか君の子供?あ、違うの?なァんだ。君の子供だったら見てみたかったのに。
でも嬉しいな、こんなところでバッタリ会うなんて、さ。他の同級生とは連絡とってる?へェ、音信不通?誰々?……あァ、そいつなら先週会ったよ。元気そうにしてたし、会えるんじゃないかな。間違いなく
ふふふ…。何を隠そう未来予知を覚えてな!!嘘だけど
いや、でも会ったのは本当だって。シッターしたもん。シッターだけに。いやごめんごめん怒んなって
でもさ、びっくりしたよォ?だって子供もいるんだもん。悪ガキってか性悪だったあいつがまさかねェ?
キレーなお嫁さんでした。はい。
君は?確かお嫁さんはいるんだよね?子供はまだ?産まれたら教えてくれよ?盛大にお祝いしてやるからさ。格安でシッター承ってやるよ

え?シッターしかやってないんじゃないかって?失礼だな。他の仕事もありますゥ
色んな国に行ったりとか、退治したりとか、護衛とかなんか色々。今日はシッターだけどね

そういえばさァ?アナスタシアでガーディアンのアレ、覚えてる?そーそー、君のガーディアンは見せてもらったけど、見せたことなかったなァって。どう?時間ある?君のヤツみたいに強くもないし、素早くもないんだけどね?でも自慢のガーディアンだし是非見てよ。


す ぐ 終 わ る し 



これが、ガーディアン。ちょっとばかし珍しい?んだけど、どう?確か君の血縁にガーディアンに詳しい人いたよね?解析してもらったほうがいいかな?ねェ?聞いてる?あ、あとさ、君が所属してる護衛部隊?最近うるさいんだよね。習ったろ?常夜には近づくなって。君だろ?アナスタシアでオレが常夜出身だってデマ流したの。ま、デマじャないんだけども。アレ、すっごい困ったんだァ。その場で殺してやろうかと思ったよ。でも、まだその時じゃなかったからね。仕方なくオレの学生生活を惨めにしてあげたじゃん?いじめって言うのかな?なんて表現するのか分からないんだけど、なにせ常夜にはそういう概念が無いからね。まァ、とにかくお礼を言わないとね。集る奴らにも価値はあったよ。でも、もう終わり。寝ない子誰だ。悪い子誰だ。シッターが承りました。

あーあー。こんなに汚しちゃって、やっぱここじゃダメだったか。
寝ない子はベッドへ。ふかふかのベッドでかくれんぼしよう?大丈夫、鬼はひとりだけど君はひとりじゃないよ。お嫁さんもみんなみんな連れてきてあげる。だからゆっくりお休み



大きな黒山羊を従えたシッターは謳う。


寝ない子だれだ。

Mermaid's secret.

病的なほどに青白い身体をゆうらり、ゆらりと遊ばせて、急ごしらえの水槽の中で青白く、それでいて黒い魚が満足げに笑った。

















ちゃぽちゃぽと水の音を立てながら上半身はシャツと紺のベスト、下半身はベストと同じ紺色に薄い白の格子模様と、薄黄色の斑点。いわゆる人魚ならぬ半ジンベエザメ化(サイズは人体と同じくらい)した徨夜が、人間の形をしている上半身だけを巨大水槽から出して気だるげに問うた


「なァ、黒兎くんよォ?」

「なぁに?魚爺」

「この水槽ガラスなんだけど、薄くねェ?…ってか、ca ong(カー・オン―)たァ言ってくれるねェ」


確かにジンベエザメの別称として「ca ong(魚爺)」もあるが、このジンベエザメ、もとい半ジンベエザメな徨夜は爺とは呼びたくない代物である。


「水槽は置いといてさ。どーして魚爺は魚爺になっちゃったの?」

「置いとくのね。…うん、まァ、それはなァ…」


三日月の形をした尾鰭をゆったりと揺らしながら徨夜は語り始めた











暇潰しで作った人体を魚に変える薬が色々な方面で色々な意味で飛ぶように売れ、その薬を気に入った顧客の1人が更なる効能を求めて依頼して来た所から話は始まる。

最初に作った薬は魚と言ってもメダカだとか金魚だとか鉢でも管理可能な小さなサイズのもので効果は半日。今回の依頼はそれよりももっと大きく、もっと長く。効能に作用する諸々は直ぐに揃えたが、肝心の魚の種類に明るくない徨夜は街中の書店、図書館に行っては魚図鑑を見比べ、用もないのに魚屋や博物館へと足を運び魚という魚を観察して回り、自室にも大量の魚の模型やらホルマリン漬けやらを並べていて、とても正気とは思えない気合いの入りようだった。

そうして出来た試薬を自ら飲み、ガーディアンたるアニマ=アニムス、のアニマの方に記録を頼もうと紙とペンを持たせて待機してもらっていた。
が、徨夜が服薬し魚へと姿が変わっていくのとほぼ同時に待機していたアニマが消えて徨夜だけが水槽に残されるというアクシデントに襲われ、ペンと紙が無情にも床に散らばった。
それを見ているだけしかなかった徨夜はソウギョとなって水槽の中で打ち拉がれ、底に沈んだ。

ちなみにとはソウギョとは鯉に似た姿の魚で、何処かの山奥にある川にしか棲息していない幻の魚である。というか化物である。

さて、この後どうなったかといえば……どうもならなかった。
基本的に徨夜の自室たる地下室に好き好んでやって来る者などいないので、きっと誰も徨夜がソウギョになった事など知らないだろうし、気付きもしないだろう。しかもファミリアにさえ放置される始末。ついでに、魚になった徨夜の微々たる魔力ではガーディアンのアニマ=アニムスが顕現することなど不可能で、割りと真面目に各方面から放置されていた。

「え…仲間とは…?」と不安になりつつ、ようやっと人間に戻った徨夜は覚えている限りでメモを取り、次は半魚形態で行こうと誓った。となれば魚を見直そう。確かどっかに海洋学者の知り合い?がいたはずだ。ソイツに話をさせて次の魚を決めよう。









「そォして、今に至ったのさ」

「海洋学者の知り合いなんていたっけ?」

「まァ…………いた」

「で?人魚ならぬ魚爺になった理由は?また試薬飲んだの?」

「んや。被った」

「…被った?なんで?」


ばしゃん。

黒兎の追及から逃げるように半ジンベエザメの徨夜は水に潜った。水面には黒兎の顔が波に揉まれて歪んでいる。
この水槽、急拵えではあるものの室内の大半を犠牲にした広さ、屋敷の基礎が心配になる床を消滅させてそこに埋める事で得られた深さ、意外にきっちりと管理されている水質に文句はなく、強いて言えばこの水槽、ガラスで出来ているのでうっかり尾鰭をぶつけようものなら大破しそうでヒヤヒヤするが、それ以外は満足。

水槽の縁に腰掛けていた黒兎が飽きでもしたか部屋を出て行く、扉の開閉の音。
しんと、途端に静かになる部屋には尾鰭が立てる水の音と、コポコポという呼吸の音しか聞こえない。広い水槽の中で1回転して、ひときわ大きな泡を吐くとそのまま息を止めた



―なァ、聞いてくれよ。学者に会った帰りに人を殺してきたんだ。それも1人じャねえ、両手でも足りないくらいたくさんの、無抵抗な人間を殺してきたんだ。気付いたら全身血塗れでなァ…記憶がないもんだから余計に慌てたさ。しかもその中に別れたばかりの学者も居やがった。なんつー嫌がらせだよ。徨夜のメンタルはもうゼロよ…!!ってな具合だ
でな、それだけじャ終わらんのだ、国に喚ばれてる。
国に喚ばれるってのは中々無いんだ。精々が点灯屋に喚ばれて国からの仕事を承るくらいなんだが…。嫌な予感がする。
他国と戦争するほどではないだろうが、それでも用心しといてくれ。


ゆらりと揺れる水面に突然影が現れたのは、徨夜が水面を見上げるような体勢になったのとほぼ同時だった。黒兎ではない、況してやレイでもない気配に威嚇するように体をくねらせた。


「!!!!!」


ガシャンッ!!

尾鰭が水槽の何処かを叩き砕いたようで勢いよく水が流れ出ていくのが分かる。影は?影はどこに消えた?


―いきましょう?私のアソシアード。

「おいおい…勘弁してくれよ…」


聞き慣れた声が、見慣れていた手が、忘れていた匂いが徨夜を抱え上げて、ループタイ(いつもの癖でしていた)を引き千切り、人の形ではない下半身を何の躊躇いもなく斬り落とした


「ぐっ!!」


バシャリ。水槽に落ちた徨夜の下半身だったものは夥しい量の血を出しては小さくなっていく。赤に染まる水槽に新たな色を足すかのようにボタボタと流れ出る深紅の血を、指を鳴らして消したのは影に抱えられた徨夜か、それとも影か。


「ど、うやって入りやがった…」

「そうね………。愛しい、と思ったら入れたわ」

「愛しい、だと、」


ふざけやがって。

反撃しようにも無駄だと理解している徨夜はちらと水槽の方を見て、諦めたように体の力を抜いて止血に努めた。どうせ行き先は変わらない。後はこれを操る本人が何処にいるか、だ。
そう。徨夜を抱えているのはあくまでも人の形をした影でしかない。声は頭の中に響いているだけで口はなく、目鼻すらないのっぺりとした顔の付いた影だ。
常夜に住まう者が使役する人形。ゴーレムよりも下等な物。

敷地の結界を変えるべきだろうな。と、どこか他人事のように思いながら人形に身を委ねた。













































「そろそろ戻ったー?…あれ?いない…?」

「どっか行ったんじゃないのか?」

「えー。依頼に着いてきてもらいたかったのに……あ」

「何かあったか?」

「水槽に何かいる!!アレ徨夜じゃないかな!?」


巨大な水槽には優雅に泳ぐ闇色の魚が1匹。





No Music. No Life.

〜♪〜〜♪〜………



朝早くから聴こえるヴァイオリンの音は、ここ、ギルド シャングリ・ラの長たるレイがファミリアにせがまれて(レイのファミリアがせがむかどうかは不明だか)毎朝行われてる儀式のようなものだ。
その音色はほぼ無人に近い屋敷中に響き渡り、数少ない住人である黒兎には目覚めを、地下を自室としている自分には朝を告げる。

静謐な調であるこの曲は彼の出自のものであろう。

どの国でも、どの街でも聴いたことのない曲。他の音に掻き消されてしまいそうに繊細で、しかし、腹の底、或いは心?に重く沈んでいく音色。

椅子に深く座り直し、眼を閉じて、呼吸を沈めて。
ほんの少しの間だけ名前も知らない曲に聴き入っていると、ビリビリと皮膚を裂かれているような痛みが国紋の捺された鎖骨から全身に広がっていく。
誰もいないからと遠慮することなく盛大に舌打ちをして、身体を起こし、書類やら空の薬瓶やら薬草やらが散在している机の上に場違いにも置かれている水の入ったグラスに向けて、お決まりとなった悲鳴を上げた。


「ぎャあああああ!!浄化されるゥゥゥ!!ジュワってるうゥゥ!!」


いつものセリフ。いつものタイミング。しばらくすればレイが演奏を止めてギルドは動き始め、それとは逆に自分は眠る。

いつまで経ってもあの美しい曲に聴き入ることすら許されないこの身体は生来のものか、或いは。


窓のない地下室の光源たる魔石のランプを消してしまえば瞬時に闇へと変わる室内。椅子に座り直して眼を閉じて、闇に融けるように意識を拡散させて微睡む。が、無意識に先程の旋律を歌う自分に驚いて眼を開き、自嘲するように鼻を鳴らしてまた眼を閉じる。


拡散した意識のどこかで聞きなれた女の声がした。



















「だーかーらー!!リラックスしすぎなんだってば!!」

「あァ゛?お前がリラックスしろって言ったんだろうがwww」

「確かにリラックスしてって言ったけど、徨夜のソレはリラックスしすぎ!!しすぎなの!!」


夕暮れ時の庭で黒兎と徨夜が騒いでいた。夕日の陽射しすら嫌う徨夜は日傘を差しながら、反対の手には新品であろうマウスピース。黒兎は愛用のトランペットと、それから外したマウスピースを手にしてぽこぽこ怒っている。


「いーい?マウスピースを宛てる前にリラックスしてアンブッシュを作る!!」

「アンブッシュ?」

「唇の形。口を軽く閉じて、イーってする」

「…………イー↑(ドヤッ)」

「どや顔……」


どうやら黒兎からトランペットの吹き方を習っているらしいが、あまりうまくいっていないようだ。


「もっかい!!どや顔しないようにね!!」

「どや顔つったってよォ……」

「つべこべ言わないの!!」

「へーへー。……………………イー↓(ニヤァ)」

「…………」


どうしてもアンブッシュの形にならない徨夜。どや顔というよりもいつもの口角だけを上げた笑みになっている


「…………まぁいっか。」

「いいんかいwww」

「じゃあ次はマウスピースを口に当てて……」

「ちョい待ち」

「んむ?」

「今更なんだが、なんでオレ、トランペットの練習してんの?」


まさに今更である。徨夜の事であるから場の空気、というか黒兎のやる気に、徨夜自ら流された結果としか言いようがない。しかし、新品のマウスピースを持っていた所を見れば教わるのが嫌などではなさそうで。


「え、だってマウスピース買ってたじゃん?」

「まァ……」

「僕の日課の演奏も聴いてるみたいだし」

「次はアイーダ行進曲で」

「えー難しいじゃんよ……。じゃなくて!!」

「ん?楽譜なら用意してあるぞ?」

「ほんと?じゃあ早速練習し……じゃなくてね?」

「ンン?」

「徨夜はトランペット吹きたいんじゃないの?だから部屋から出てきたんでしょ?」

「…………」


沈黙。さわさわと風に揺れる木々の音だけが聞こえ、得も言われぬ気まずい雰囲気を破ったのは徨夜のファミリアである大鴉のグラント。日傘を避けて我が物顔で徨夜の左肩へ留まり首を傾げた。


「よォグラント。夕方だから帰ってきたんだなァ?んー?報告があるってェ?よしよし部屋で聞こうなァ」

「あの歌通りなんだ……」

「つーことで黒兎よ。トランペットはそのうちな」

「あ、うん」


夕日に背を向けて屋敷へ戻る徨夜を見送って、もはや疑問符しか浮かばない黒兎。確かに声を掛けるまで徨夜の自室は真っ暗で、久々に寝ているのかと思いつつ誘ったのは自分だが、こうも簡単にあしらわれるとは。
腑に落ちないがまぁいいかな。と持ち前の切り換えの早さを発揮してトランペットを吹き始めた。

夕暮れの空にカラスの有名な童謡が響く。






























〜♪〜♪〜〜♪

Twinkle, twinkle, little star

How I wonder what you are

Up above the world so high,

Like a diamond in the sky……


皆々が寝静まった深夜、徨夜の自室、もとい地下へと繋がる階段からピアノの演奏とそれに合わせて歌う徨夜の声が微かに聞こえる。いつもの他人を煽る時のような安定しない声のトーンではなく、もっと穏やかで静かな声。
少し離れたソファで微睡む皇や白波、何処かの地図を広げては小さな手で目的地を指すスコットとミッシュを邪魔しない程度の声量で滔々と。


徨夜が、いつの間にか地下の自室に運び入れていた古めかしくも豪奢なピアノはその外見にそぐわぬ綺麗で澄んだ音を出す。調律は運び込まれる前の1度のみで、あとは気紛れで音を鳴らす程度だ。つまり、たまに音が出ない時がある。が、持ち主たる徨夜はそれについてどうも思わないらしく今日のように曲を弾くこともあれば1本指で単音を鳴らすだけの日もある。習い事のように毎日弾くわけではないから気紛れなピアノで問題ないらしい。

気紛れな持ち主に気紛れなピアノ。似た者同士が今宵奏でるのは誰でも知っている童謡。時折徨夜のアレンジが加わっているがそこはご愛敬、というかそれほど気にする面子ではない。



ー When the blazing sun is gone,
When he nothing shines upon,
Then you show your little light,
Twinkle, twinkle, all the night.
   
Then the traveller in the dark,
Thanks you for your tiny spark,
He could not see which way to go,
If you did not twinkle so.
   
In the dark blue sky you keep,
And often through my curtains peep,
For you never shut your eye,
Till the sun is in the sky.

As your bright and tiny spark,
Lights the traveller in the dark,
Though I know not what you are,
Twinkle, twinkle, little star.....




1806/J.T 「the star」

Clowns and Avengers.1

――いつの時代、いつの場所にも優劣は存在して、それはやがて差別へと姿を変え、万人の知らぬ間に命を奪う。
虐げられた劣性は胎に憎しみを宿しながら叶わぬ夢に涙を流す。

雌雄よりも潜在遺伝子。貧富の差も、発達の差も次の次に回されて何よりも大切なのはその人間の、その国人口の潜在遺伝子率。優位1位であるα人口が多ければ多いほどその国の長に8つの国の長たる「ホド」の座が譲られ、創造主たるファイエルン(エテルノ・クレアシオンを筆頭に残りの国を創造し直した神)に匹敵する権力を持つことができる。

今のところ「ホド」の座に就いているのは人種の坩堝となっているエテルノ・クレアシオンの国王だが、近年はどの国民も自らの潜在遺伝子を隠す風潮が見られており、それは数年前に起きた劣性の潜在遺伝子を持つΩが主体となった「咎獣討伐作戦」とは名ばかりのΩ大量虐殺を警戒しての事であろうと予測されている。


その作戦はとある国のα至上主義者達が自らの財力、権力を最大限活用して実行されたもので、当時、作戦立案者は他のα至上主義者に神のように崇められ、裏ではその主義に則って無数のΩを虐げた。
ちなみに、その当時ですら表立ってΩを差別すれば世間から糾弾される。が、何故かこの時ばかりはその声は小さく、反対に賛同の声ばかりが高らかに響いていた。それほど「咎獣」による被害は大きかったのだ。

社会的地位の低いΩではあるが、魔術が使える者や身体能力に優れている者、とαの特徴を1つだけ持っている者が大多数を占めており、国の名誉に関わるαを犠牲にするよりならば。と白羽の矢が立った。

そうして出来た指揮者のいない寄せ集めのΩ部隊は確実に咎獣を討伐していくものの、その数に反比例して犠牲者は100人を超え、世間も手のひらを返したようにα至上主義者達を批判し始めた。
この事から、立案者は作戦の見直しを余儀なくされ、「咎獣討伐」は休戦になり以前のように国民への被害(Ωは非国民とでも言いたげである。)が出るかと思われたが、時同じくして各国のギルドが力を持ち、Ω部隊に頼らずとも咎獣を討伐出来るようになってきた。その事からΩのみの咎獣討伐作戦は完全に頓挫し、立案者及び支援者は法に依って罰せられ、今日に至る。―――



すっ。と細められた眼は実に不愉快な史実をおどろおどろしく描いた絵画から、前を行くレイと黒兎に移った。
今歩いているこの屋敷の持ち主はα至上主義者達の生き残りで、刑にこそ伏したものの金にものを言わせて通常よりも早く釈放された所謂お貴族さまで、何を血迷ったかシャングリ・ラ(徨夜がΩだと知っていて)に依頼を寄越したのである。

当然、レイは猜疑した。依頼人の素性を知った黒兎ですら難色を示したくらいだ。
「3人で依頼内容を聞きに来い?」
このお貴族さまはギルドを何だと思っているのか。古参とまではいかないが、閑古鳥を招くほどではないギルドの3トップを呼びつけるとは。案の定、屋敷を尋ねれば門前で潜在遺伝子を問われ、αであるレイと黒兎はすんなり通されたが「Ω」だと正直に答えた徨夜は別の部屋へと連行され、しばらく経ってから額と両蟀谷(こめかみ)に封魔石を結ばれた状態で2人と合流した。


いつも以上に顔色の悪い徨夜を心配しながらもお貴族さまの執事と思われる初老の男に導かれるまま広間へと通された。大きな扉を潜れば眼に飛び込んでくるのは悪趣味な程に贅を尽くされた室内。10人以上掛けられそうな長いテーブルとそれを囲むように飾られている絵画。無数の絵画の中でも1番巨大な絵画の前にまるで王のように座っている中年の男こそが今回の依頼人であるナタージュ・アーネット元公爵。どうにも絞まりのない体型を緩い服装で隠してはいるものの、でっぷりと太った短い指で神経質にてらりと光る髪を撫で付けては不満げに舌打ちを繰り返している。
なんというか、色んな意味で典型的なお貴族さまである。
レイや黒兎は分別があるので、どのようなものを見ても平常心を保てる(もしくは保てるようにしている)が、徨夜は違う。真っ青を通り越して灰色になっている顔が強張って視線を泳がせて最終的には床を見詰めることにしたらしく、タイミングを見計らってレイが元公爵へと声を掛けた


「お初にお目にかかります。ギルド・シャングリ・ラが長レイと右がシャングリ・ラ次席、黒兎。左が…」

「結構。…穢らわしい劣種に興味ない」

「…………」

「座りたまえ」


場が凍ったにも関わらずナタージュは座るように身振りした。レイ達の前に置かれた椅子は2つ。その意図に気付いた黒兎が抗議するようにナタージュを睨むが、レイは知らん顔で着席し、徨夜に至っては椅子の真後ろに従者のように控えた。


「黒兎、座れ」

「でも」

「なァに。偶々椅子出すの忘れただけなんだろうよ。……というか立ってた方が幾らか楽だから、あとは、早く話聞いて帰ろうぜ」


徨夜が軽く黒兎の背中を押して着席を促す。押す、というよりももっと弱々しく撫でる、に近いような力加減で、いつになく徨夜が病んでいるのが分かる。
蟀谷と額の封魔石はその澄んだ色味からしてかなり値の張る高ランクの物を結ばれており、相手が筋金入りのΩ嫌悪者であることが窺えた。


「さて、今回君らに依頼したいのは――――」

























「ぃ、――徨夜、……おい、大丈夫か」



レイの声がぼやけた意識を引き戻した。ゆっくりと瞬きをすれば不安そうな黒兎と眼が合い、ハンカチを渡された。それを訝しげに見ているといつの間にか滴っていた血が着ている服に落ちる。血は、封魔石を結ばれた箇所から流れ出していた。拭いながら場の空気を窺うに、ナタージュの話はとっくに終わっており、部屋の扉近くには先程誘導した執事が此方を見ていた。


「…………あァ」

「ならいい。屈め」

「は……ァ?」


レイが指を床に向けて、さらにもう1度「屈め」と言う。
訳も分からず、レイに向けて頭を垂れる格好になった徨夜の額と両蟀谷の封魔石へ指が伸びた。


「グゥッ…」


まるで獣が呻くような潰れた声を物ともせずに指は結ばれている紐を解き、その手のひらに封魔石を納めていく。
都合3つ。カラコロと軽い音を立てる石を視界に納めながらも脇で控えていた黒兎に徨夜を連れて行くように合図して、扉が閉まると同時にテーブルへとそれらを叩き付けた。紐は反動で床へと落ち、封魔石は砕けている。
無礼ともとれる行動にナタージュが口を開こうとした瞬間、吸った息が気管を越して肺を冷やした。
吐く息は白く、今まで適温であった室内が凍り付いたように冷えたのだ。


「貴方の主義主張はどうでもいいが、それをこちらにまで押し付けないでいただきたい。Ωだろうがαだろうが、もちろんβとて人間には変わりないのですから。…気に障ったようならば、今回の話は無かったことにしても宜しいですよ。ナタージュ・アーネットさま」


室温と遜色ない程に冷えきった声でレイは言い、猫のように細く尖った瞳孔を隠すように眼を細めて笑った。ナタージュはただただ震えて無言のままだ。その震えは寒さからのものか、それとも恐怖からか。

同じαでも格と呼ばれる「ギフト(純優性)」がある。
持っているαの数こそ少ないが、それはα同士にしか分からないもので、αがギフトを持つαを見つけ、そのギフトを理解してしまった場合、劣ったαは生涯そのギフトを持つαに勝つことは出来ない。という格付けのような性質があり、今まさにナタージュはレイの「ギフト」を理解し、自らを貶めてしまった。


「では、お返事をお待ちしておりますね」


半ば呆然としているナタージュに構うことなくレイは部屋を出た。廊下には黒兎しかいない。屋敷内を抜けて敷地の入り口に見慣れた馬車の影を見つけると黒兎が口を開いた


「お疲れ」

「あぁ。」

「…………」

「依頼が流れたらすまんな」

「んや。別に。僕は流れたら良いなぁって。でも、これってノルマ変動なしだよね?徨夜、ドンマイだな」


馬車に乗り込みながら明るく振る舞う黒兎にそう言えば、と徨夜の所在を問う。どうせいつものようにアニマに連れられて帰還したのだろう。愚問だったな。と言いかける前に黒兎が言った


「多分、帰ったと思う」

「多分?」

「うん。…アニマ見えなかったから、多分、自力で帰った、んだと思うよ」


馬車の外では馬が嘶き、ゆっくりと歩き始めた。歩調に合わせて揺れるレイのピアス、黒兎のチョーカーに付いたシルバー。小さな声が、そこから聞こえた


―ウィ。オレはとっくの昔に帰還済みだぜェ……。


そういえば、ピアスにも、シルバーにも通信魔術をかけているんだった。やや雑音が混じっているが確かに徨夜の声だ。


「依頼が流れたら」

―へーへー。ノルマノルマ。

「分かってるなら良いがな」


そう締め括るとピアスもシルバーも静かになった。
果たして依頼の返事が来るかどうか、それだけが気掛かりだが仮に返事が来たとして、徨夜をどうするか。
黒兎も同じ事を考えていたらしく、視線がぶつかった。馬車内で話す話題ではないがまぁ良しとしよう。



が、その話し合いが無駄だったと知るのはそれから4日後のことであった。














ナタージュの屋敷から戻って早4日。待てど暮らせど返事が来ないので依頼の書類やら何やらを処分しようとしていると、ギルドの窓口担当であるレイの部下のネーヴェが来客を告げた。なんでも、ナタージュの遣いの者であるとか。

わざわざ人を寄越すとはよっぽどレイのギフトが恐ろしかったんだろうなァ?と口角を上げたのはやっとノルマを達成して書類提出に来ていた徨夜で、黒兎はそんなに怖いんだぁ、ちょっと見てみたいな。とレイの自室に庭で咲かせた桜を飾っている

ネーヴェが主であるレイの返答を待つ


「……応接室に通してくれ。」

「かしこまりました」


書類を見るのを諦めたのか机の片隅にまとめて置き、黒兎に付いてくるように目配せする。それを見た徨夜は小さくガッツポーズしてネーヴェに続いて部屋を後にした。

それを見送って2人も応接室へと向かう。











A lazy man turning into a woman.

タイトなパンツスーツを身に付けた女が周りに繁る木々を物ともせずに駆ける。目指すは夜闇に足を捕られながらも必死に前を走る2人の男。
紫水晶のような色をした瞳を輝かせて指笛を鳴らし、快活と歌う


「捕まえた」


























やや薄暗い広間で両手に花、どころか花に包囲されているとでも言えそうな黒髪の美丈夫と、こちらは壁の花を決め込んでいる整った顔立ちの金髪の男。とある貴族が主催の夜会に出席しているのだが、そこにこの2人の主人(仮)は見当たらない。というか、黒兎とその部下のハルならいる。けれども黒髪の美丈夫ことソリオンと金髪の男ことイリューシャとは離れて、むしろこの2人が居ることに気付いているのか怪しいところである。

早く終われ。とばかりにイリューシャが壁に背を深く預けて目を閉じれば周りの音、会話が止め処なく流れてくる。


―彼処にいるのはギルド シャングリ・ラの次席よな

―場違いにも程があるぞ

―ギルド長が出席するのが筋ではなくって?


「………くだらん」


そろそろ戻るか、とイリューシャが顔を上げるとすぐ隣に見慣れない女が1人。アッシュブロンドの長い髪をポニーテールにしてキッチリとしたブラックスーツを着ているので招待客ではなく主催者側の人間なのだろう。気配も音もなく現れた女は微笑むように紫色の瞳と口角歪めた。


「なにか?」

「……」


女はイリューシャの問いに答える事なく人差し指を立てて自らの唇に当てる。…つまり、


「黙っていろ、と?」

「………」


にっこり。
声を出す事なく意思を伝えて満足したのか女は壁から背を離して人混みへと消えていった。


それから暫くは何事もなく、相変わらずソリオンは麗しい花たちに囲まれ、黒兎とハルは他ギルドの知り合いと歓談し、イリューシャと言えば相変わらず壁の花を決め込んで渡されるグラスを次々と干して、其々が過ごしていた。


―カシャン


他の音に掻き消されてしまいそうなほど小さな音が何処からか聞こえた。それに耳聡く気付いたのはソリオンとイリューシャの2人のみ。花と戯れていたソリオンの顔に緊張が走ったのを後目に、バルコニーへと続く扉を潜るイリューシャ。眼前に広がるのは良く手入れされた広い庭と敷地と外とを隔てる垣根から続く森。

その垣根が、微かに揺れたように見えた。


「………」


イリューシャの背後ではソリオンが今の今までさんざ侍らせていた花々を言葉巧みに撒いて、此方へと歩いている気配がする。まぁ、それほど離れていた訳でもないので直ぐ隣に立たれた。


「やぁ、イリューシェンカ。楽しんでるか?」

「お前ほどではないがな」

「おっと、ご機嫌ナナメか?…それとも寂しかった?」

「もう酔っているのか?介抱してやらんぞ」

「やれやれ…相変わらずつれないねぇ」


いたって普通の会話をしているがソリオンがタイを弄ればイリューシャが耳を彩るルビーが填まったカフスを触り、そのまま思案するように唇に手を当ててふっと眼を伏せる。その動作から何かを察知したソリオンが口を開いた瞬間、



―ピィィ………ィィ…



庭の奥、垣根を越えた森のさらにその奥から聞こえた笛のような高い音。その音に開いたままの口を閉じて溜め息を吐いたのはソリオンで、隣にいたはずのイリューシャは既に室内へと引っ込んでいた。


「はぁ…」


ソリオンもイリューシャに続いて室内へと戻る途中、その指に填まっている金色の指輪を3度、撫でた。
途端にソリオンの無駄に秀でた容姿は跡形もなく崩れ、良くも悪くも平凡そうな男へと変わる。

誰にも気に止められる事なく広間から出たが、イリューシャの姿がない。廊下を見回しても、誰もいない。もしやと思って耳を澄ませても広間からの音楽が聞こえるのみ。


「猪突猛進、と言うんだったかな……」


普段は冷静沈着なくせに、いざ仕事になると周りも、ともすれば自分すらも見えなくなる。勇敢と無謀の違いを理解せずに、教えられずに今に至ったのだろうな。と同じ魔獣として哀れに思う。虐げられた気高き獣。


―おーい。考え事してねェでさっさと来てくれねェかな……。殺しちまいそうなんだが

「……」


ソリオンの脳内に直接響いた徨夜の声。今の今まで姿を見せなかったくせに偉そうな物言い。それに反応することなく外へと脚を進め、ちょっとした暗がりで容(かたち)を変えた。

闇色の豹

人の時よりも深みがかった青い瞳を油断なく光らせて庭を疾走する。やがては垣根を軽々と飛び越えてしなやかな尾の残像すら残さず森へと消えた。






*






生い茂る草木を物ともせずにイリューシャは走る。音の聞こえた方を真っ直ぐ見据えて、まるで猟犬のように。しばらくして視界の端に人影が映った。
3人。
地面に伏している者、首を締め上げられている者、締め上げている者。
そのどれかが徨夜かと思えば、そうでもない。
男、男、女。


「女…?」


伏しているのは男、締め上げられているのも男。つまり…


「はぁー、やっと見つけた…。お前少しは……ん?」


イリューシャの隣に立った黒豹が目の前の光景を見て固まった。そしてぼそりと


「怪力女は好みじゃないな」


と呟く。


「そりャあ誰だって好まねェだろうさ」


黒豹の呟きに帰ってきた返事は紛れもなく徨夜の声音、なのだがやはり姿はない。もしや、いや、まさかな…。と内心思いつつ容を変えたソリオンが呼んだ。


「徨夜?」

「あァ。…2人ともパーティーは楽しめたか?美味い酒は?イリューシャが好みそうな料理もあったが、食べたか?」


つらつらと低い男の声、もとい徨夜の声で話す女。ポニーテールにしていたはずのアッシュブロンドの髪は束ねていた紐を無くして縦横無尽に跳ねまくり、タイトなブラックスーツのジャケットもパンツも走っている時に枝にでも引っ掛かったのか所々が裂け、挙げ句の果てに所々が細かい裂傷で血塗れ。しかも裸足で草を踏み締めている。つまり、パッと見、乱暴にあった被害者にしか見えない。
まぁ、どちらかと言えば加害者なのだが。

華奢な女の手に締め上げられている男は泡を吹いて気絶しており、女、ではなく徨夜がぞんざいに投げ捨てた。


「ふィー。やっぱ慣れねェ事はするもんじャねェな」


腕が痺れていけねェや。と今まで上げていた腕を振りながらソリオンとイリューシャへと向き直る。その瞳の、透き通る無垢な紫色の違和感といったら。蕁麻疹が出るか、気絶したくなるくらいの度合い。普段の、男の、徨夜を知っているから尚更に。というか、化けるなら声まで変えてほしかった。何故そこだけ手を抜いたのか問い質したい。

でも、というか、流石の?徨夜でも女に化けての捕縛は勝手が違ったらしく、細やかな裂傷に紛れて首やら手首、足首にくっきりと相手の手の形が浮き、右の頬は殴られでもしたのかうっすら赤く腫れていた。
が、痛みは感じていないらしくケロッとしたまま2人を見上げる(そういえば女に化けた徨夜は小さい)


「…………」

「………」

「あー…。実はあと1人、癖の悪い女を捕まえてるんだが、屋敷に置いて来ちまってなァ…。コイツら頼んで…おい?」


返事も無ければ近寄ってすら来ない2人に眉を潜めて声を掛ければ瞬間で間合いを詰めたソリオンが徨夜の両脇に手を入れて持ち上げて、担ぐように抱えた。その反動でソリオンのスーツに血が跳ねた。


「ッ、んン゛!?」

「レディがそんな声を出すんじゃない。……イリューシェンカ、迷子になるなよ?」

「お前こそ送り狼にならんようにな。」

「は?え?何?」


担がれたままの徨夜には目もくれず、イリューシャは屋敷の方へと向かい、ソリオンは屋敷から出ようと歩を進める


「えっ…えェと?つまり…イリューシャが、女を引き取りに行くのか?」

「そうだな」

「場所分かるのか?」

「さてね?」

「いや、さてね?……じャねェから!!」


じたばたと肩の上(担がれたまま)で暴れる女の徨夜を物ともせずに、むしろ緊張した固い表情のままソリオンは言った


「無為に暴れるのじゃないよ。お前、肋骨折れてるんだろう?」

「………」

「痛覚が無いのは分かっていたが、まさかここまでとはね」


耳を澄ませても聞こえるかどうかというぐらいの呼吸音の違和感。徨夜自体は普段通りなので尚更に耳を疑ったであろう。


「でも。別に痛くもねェし…」

「痛覚と中身は別だろ。なんなら、もっと刺してやるか?」

「えんりょしときまァァァす。」


ケッ。と不貞腐れたように暴れるのを止めた徨夜を意外そうに見遣ってから、ようやっと屋敷の敷地から外れたのかひと息ついてからスキップの詠唱を始めた。










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