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Even experts can make a mistake.

「オーマイ……ジーザス…」


神は死んだ。と真顔を通り越してニヤケ顔で言いそうな雰囲気を常日頃醸し出している徨夜が、とある人物を目の前にして言った。徨夜の神、居ったんか(笑)
そのとある人物は思いっきり、ギュッと、ギチッと音がしそうな程眉間にシワを寄せて舌打ち…はしないものの、足早に立ち去ろうとする


「やァやァ。なにも取って喰うワケじャねェんだから、そんなに嫌がりなさんな」

「……僕は、お前…失礼。貴方が、大嫌いです」

「なんだァwww慧人くん、出会い頭に大嫌い宣言するとか最近の若者は怖いねェwwwこれがいわゆるジェネレーションギャップってやつかァいwww?ぼかァ付いて行けそうにないなァwww」


慧人くん。とは、つまりレイの部下にしてシャングリ・ラに所属している2人目の情報屋。(1人目は徨夜である)
情報屋と情報屋が屋敷の廊下ですれ違う。そこで繰り広げられるのはネタの披露などではなく、ちょっとした嫌味の応酬でもなく、ただの拒絶。

然もありなん。慧人はレイに惹かれて、レイの情報を集めていたらいつの間にか情報屋として認識されていただけで、まぁ、確かにレイ以外の情報で生計を立ててる感はあっただろうが、あくまで慧人はレイにお熱だったのだ。
叶うなら黒兎や徨夜のように、レイの隣に立ちたい。
それを知っているのかいないのか、ただ暇なだけなのか眼を眇めて徨夜は笑う


「君を見付けたのは我らが親愛なるギルド長だったそうだにャあ?君がお熱だったから見付けやすかったんだと」

「………何が言いたいんですか」

「そのままお熱で居てくれると、助かるなァって」

「は?」

「いやいや深い意味はないけどねェ?何せ親愛なるギルド長サマったら眼を離すとすゥぐ走って行っちャうじャない?」


黒兎程ではないけども。と続けた徨夜の声色は聞いたことのないもので。視界に入らないようにと敢えて床を見ていたのに、そのあまりにも真剣で切実な声色に思わず顔をあげてしまった。


「だから慧人くんやらが重石になってくれればなァって」


射貫くような眼差しに慧人が怯んだのを気付かないふりをして、懐から取り出したタスキを慧人に掛けた。


「…と、いうことで。今日から君にお願いしようかにャあ」


ガラリと纏う雰囲気を変えて、眼を細めて笑う徨夜を他所に、慧人はタスキを見た。
そこには「ギルド随一の情報通です」と書かれている。


「は……?」

「それ、魅了魔術とは名ばかりの傍迷惑な磁力魔術かかってるから。しかも、人間にしか作用しない」

「人間に?磁力、魔術?」


慧人が首を傾げるのも無理はない。磁力魔術とは普通、物体を引き寄せる、弾く、の目的で使われている魔術で人や動植物には作用しない。はずだが?


「んやァwww曰くモンって聞いたから試しに買ったら本当に曰くモンでさァ?処分に困ってたんだにャあwww」


さっきから語尾がイラッとする。のはさておいて、曰く付の物を寄越すとは何事か。いよいよ舌を打って掛けられたタスキを外そうとするも、お約束のように外れない。服に縫い付けられているかのようにしっかりくっついている


「外せ!!今すぐ外せ!!」

「んっんー♪3日後に勝手に外れるよ」

「3日っ?!」

「なんか予定あったかァ?そりャあスマン事をしたにャあ」


だから語尾がイラッとする。が、その後に続いた悪びれもない言葉は慧人をゾッとさせた。


「君のコミュ障を強制的に矯正してやんよ」

「こっ、コミュ障じゃない!!!!」

「いやいや、歴としたコミュ障だからwww…それに、レイもそう思ってる」

「っ!?」

「ほォら、聞こえるだろォ?たくさんの足音。こっちに向かって来てるだろォ?」


パタパタ、カツカツ、コツンコツン。姿は見えないのに足音だけが2人のいる方へと向かってくる。ふと、慧人の脳裏に過るのは、早朝にレイに言われた

−今日、この屋敷にいるのはお前と、黒兎だけだ。まぁ、いるか分からんが徨夜もいる。何もないとは思うが、注意はしておいてくれ。

という、申し訳無さげな言葉。しかも、だ。徨夜に会う前に慧人は黒兎に会っている。ちょっと出てくるね〜♪と声をかけられた。


「じャ、オアトは若い者同士で〜♪」


バチンと可愛くもないウィンクをひとつ慧人にお見舞いして徨夜は影に沈んだ。
その場に根が生えたように立ち尽くす慧人。足音はどんどん近付いてくる。黒兎の足音ではないのは火を見るより明らかで、目まぐるしく動く思考はどれも空回ってばかりだ。もう、すぐ、廊下の角を曲がって、足音の正体が分かる。人間であってヒトではないもの。




*





それからしばらくしてレイが冷気を纏って徨夜の自室を訪れたのは分かりきっていた事とはいえ、のんびり寛いでいた部屋主は大袈裟に驚いて見せた。


「やァwwwお外は暑かったのかい?」

「お前、人の部下で遊ぶのも大概にしろ。慧人に何をした、あのふざけたタスキはなんだ。」

「やれやれ。本人から説明はァ?」

「聞いたが、要領を得ん。今は安定剤を打ったから静かにしているが…」

「チッ。なんたるお豆腐メンタルだ」


苛立たしげに顔をしかめて「出ていけ」と暗に手を振る。いつもであればこのまま引き下がるはずのレイが、更に纏う冷気を強くしてその手首を捕らえた。
途端に上がる煙と、肉の焼ける不快な臭い。息を呑んだのはほぼ同時で、次いで頸動脈スレスレに沿わされる刃と、喉奥での唸り。前者はレイ、後者は徨夜。

刃の主は徨夜のファミリアにして最後の獣人、皇。いつの間に現れたのかは分からないし、布面で表情は窺えないが、今にも刃を引いて鮮赤の花を散乱させてしまいそうなくらい緊張している。まぁ、そうなる前にレイのガーディアンであるグラシエルに殺されるか。
レイが瞬時に考えられたのはそこまでで、後は痛みに声を上げた徨夜に遮られた。

中々見ることのない徨夜の苦痛に歪む顔。ただ単に捕らえた手首を外すタイミングを損ねただけなのに、この反応。何故だ?そう首を捻る前に

バシンっ!!!!

徨夜の自由な片方の手が本の背表紙でレイの手を打った。鈍い痛みに手首を離すと徨夜は焼けたそれを庇い、周りの書類や本を撒き散らして部屋から飛び出した。

残された皇は散らかっている書類を物ともせずにレイへと退出を促しつつ、次いで毒を吐く


―無意識で聖属性を纏うとはな。妾の主も嫌われたものよ


ゆっくりと閉じられていく扉に術を施しているようで、皇の声は殆ど聞こえなかった。術の薄ぼんやりとした光を眺めて、レイはその場を離れる。階段を上りきった廊下の先には周りをキョロキョロ見回す慧人。その顔に怯えはなく、ついでにタスキも消えていた


「取れたのか」

「はい。」


3日後、と言ってはいたがどうやら解除法を知っていたようだ。と安心したのも束の間、慧人が言った。




―あの人はしばらく戻って来ないでしょう。でも、僕はそれで良いと思います。



嬉しそうに慧人は微笑んだ。まるで何かに憑かれたような澱んだ、しかし鏡のように反射する瞳で。






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