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Unwanted pregnancy.

折角の雨降りで、お出かけ日和だというのに何だか体が重い。いつも着ているベストもシャツも何だか苦しく、ループタイに至っては首に食い込みそうなので無意識に投げた。しかも、脚も縺れるし、腕も満足に上がらない。周りの音(自室は地下なのだが、地上の音がくぐもって聞こえる程には耳が良い)もやけに響いて聞こえる。

それより何より、極めつけは―


「薬品くせェ…」


いつもはこんなに薬品の匂いがしただろうか。鼻に突き刺さるような液体薬品の刺激臭、胸中がムカムカする薬草の匂い。勿論薬品も、薬草もしっかりと専用のビンに入れて保管している。にも拘らず匂いがする。それ、から引き出される様に頭痛までもがやってきた。
こんな部屋に居てられない。ズキズキ主張を始めた頭痛をなんとか堪えながら、地上へと繋がる階段を上がる。
約30段もある階段に舌打ちをしながら(これもいつもならしない)扉を開ければ雪崩込んでくるありとあらゆる匂い。反射のように嘔吐くのを手で隠してゆっくりと歩き出す。

とにかく、匂いのしないところへ。


「チッ……」


探せば探すほど、匂いにぶち当たって頭痛が酷くなっていく。もういっそのこと外に出てやろうか。とまで考えた瞬間


―ゴツッ?


「い゛っ!?」


腹の内側で何かが動いた。思わず呻いて踞れば、何かを訴えるように連続して腹を蹴られる


「う、そだろ……」


腹が、脹れている。自室を出たときには無かった脹れ。腹を見下ろしながら記憶を探って、類似を探す。…そうだ。この脹れ、何処かで見た餓鬼の絵のよう、もしくはクワシオルコルになった子供のようだ。が、絵や子供と違うのはその腹の中身。この、蠢く腹に何がいる?いや、正体は理解している。しかし、何故今になって?

くるくる、ころころ、ズキズキ

前者2つは腹の中で、後者は頭の中で。
今のところ廊下には自分しか居ないが、見付かったら洒落にならない。何とかして隠れなければ。
でも、何処に?


「はっ……」


息を吐けば次は吸う。吸ったら匂いもやって来る、でも呼吸をしなければ死ぬ、けど、頭痛も酷くなる。マイナスのループに陥った所で、廊下の向こうから嗅ぎ慣れた清廉な匂いが流れてくる。それに反応したのか気紛れか、腹の中身が暴れた。えげつない暴れ方をしているようで腹がベコボコ膨らんでは凹んでいく。


「あ、ァ…ヤバイ、ヤバイっしョ、こりャあマジでヤバイ…ヤバイ…」


ヤバイを言い過ぎてゲシュタルト崩壊しそうな頭を抱えたら、ちょうど背後にあった扉が運良く開いた。いつもであれば開かないはずの(不法侵入を防ぐ目的の、そういう魔術がかけてある)部屋に転がって、小さく息を吐いた。


「うェっ、埃臭い……」


でもまァ…、さっきのよりは我慢出来る。手首噛み千切って血を流してそれを嗅げば更に落ち着く。数回、血の匂いで深呼吸をして頭の中を整理する。

あの匂いは間違いなくレイで、見付けられたら困るのはオレ。この腹を見て何のリアクションもしない。ってのも考えられるけど、むしろそっち方向で考えたかったけど、無理。ってなったら隠れてやり過ごすのが最適。


「ははっ……」


乾いた笑い声が口から落ちた。
何故隠れるかって?何故腹が脹れたかって?腹に何がいるかって?
大体の答えを持ってるが、全部の答えを知らないな。
いつ、どこで、だれが、なにを、なぜ、どのように?
Whodunit(犯人は誰なのか)、 Howdunit(どのように犯罪を成し遂げたのか)、 Whydunit(何故、犯行に至ったのか)。

頭痛と腹の蠢動で思考がバラけていく。 足音が近付く。息を殺して、気配を消して、ついでに眼も閉じて視界をシャットダウン。
真っ暗な中で反響するように聴こえたのは、女の声。甘やかでいて毒々しい、懇願するようでいて此方を服従させる、声。


―わたしのアソシアード。いつでも見ているわ。貴方はわたしのたからもの。いつでもみまもっているわ。


「うぐっ??」


腹が突き破られるかと思った。女の声に反応したのか、偶然か。それより何より、バレることなくレイをやり過ごせたようで、浅く早い呼吸を繰り返しながら腹を擦る。良くはないが、良かった。お前を曝さずに済んだよ。
…あァ、そうさな。この腹に居るのは次世代の常夜の駒だ。つまりは赤子。常夜の人間は性別問わず2度、赤子を産む。原理も仕組みも分かりたくないが、まァ、うん。何というか……魔術と薬品の合わせ技で作られた薬を打たれると、腹の中に部屋が1つ増えて、そこに薬で強制的に宿った赤子が育って、時が経てば腹を開いて…………。

それは良いとして、オレはこれで2度目の出産になる。1度目の赤子は喰い殺したのでこの世には居ないわけだが、1度ならず2度も宿った駒を殺せば、流石に言い逃れのしようがない。かといってこの場で産むわけにもいかない。
でも、動けない。ちょっと情けない話だが腹の中身(赤子)が暴れすぎて脚に力が入らないし、頭痛か他の要因かで目眩が酷い。これでは立ち上がるどころか体勢を変えることすら儘ならない。
となればレイもやり過ごせた事だし、ここにもう少し隠れていよう。

眼を閉じて、ゆっくり体を横にする。脹れた腹を抱えるように丸くなって、……眠るように意識を失った。















「って言う夢を見た」

「えぇ……何それ…」

「マジでな」


雨降りの午後、談話室のロッキングチェアに揺られて徨夜が笑った。
たまたま談話室の前を通った黒兎が、まるで老人のように窓辺のロッキングチェアに揺られる徨夜を見付けて、声を掛けた事から始まった徨夜の夢物語。現実のようで非現実的なのは夢だからか。
滔々と夢を紡ぎながら、そしてそれを語り終わった今でも無意識に腹を擦っている徨夜をゾッとしながら見ている黒兎の眼に、ふと、赤い点が映った。

徨夜がゆったりと揺れるのと同時に見え隠れする青白い首に、それはあった。



まるで、何かを打たれたような赤い点が。












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