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Reality and nightmare.

―管理番号0016000915、召喚致しました。

―ありがとう。下がって良いわ。


場違いにも女の声が響く。周りは重暗く、縄を引かれて連れて来られた拘束衣の男は斬首刑を待つ罪人のように項垂れて椅子に座っている。


―0016000915番、貴方にはご褒美をあげましょうね?そう、痛覚と恐怖を。きっと気に入るわ


男の額に触れる手つきは、まるで母親が子を慈しみ愛しているかのような錯覚をさせるようだった。
次いで先程と同じ所に唇を当てる。途端に眼を見開き、苦しみ悶える男。椅子を蹴り飛ばし、まるで長虫のように弛緩と伸縮を繰り返している

金と橙、少しの蒼が入り交じった眼が女を映した。黒壇の髪、眼は燃え盛る紅蓮、穢れを知らない純白のドレスを纏った


―陛下、女王陛下、ご慈悲を、

―嫌よ。だってあなたは私の駒を食べたでしょう?酷いわ、何も全部食べることないじゃない。そうでしょ?赤の女王陛下もそう、言ってたわ。


小さな、子供。その足先に男は唇を寄せる。足の甲、爪先。隷属と崇拝。繰り返し寄せるが陛下と呼ばれた子供は歳にそぐわない笑みを浮かべたまま。


―ねぇ?ヴァニタス?何も怖くないわ。私はご褒美をあげるって言ったのよ?何を怖がるの?


ヴァニタスと呼ばれた男。女王は笑みを浮かべたまま薄暗い部屋から去った。訪れるのは静寂と、見慣れたはずの闇。

自分の息遣いしか聞こえない静寂。ふと、視界の端に浮かび上がる白いなにか。
きゃあきゃあと、まるで赤子の様に声をあげこちらに近付いてくる


―嘘だ、嘘だ、止めて……白陛下っ!!白の女王陛下っ、!!お願いしますどうかご慈悲を!!


張り上げた懇願は部屋を満たす闇に呑まれた。赤子の声は止まず、それに被るようにシャリシャリと刃物を研ぐような音、ガラスを叩き割る音、耳障りな羽虫の羽ばたき、赤子の声、誰かの叫び声、研磨、ガラス、羽ばたき、声、声、研磨、ガラス、羽ばたき、ガラス、ガラス、声、羽ばたき、声、声、声、声、声、声―――――



−ぎ、ァァ、あは、ふひひ……ひひっ、ひひひ、あはははっ、


のたうち回る男はまるで壊れたかのように笑い続けた。しかし周りには何もない。白いなにかも何も。収監された部屋すらがらりと変わり、今は何もない部屋になっている。もちろん、男は拘束すらされておらずただただ何もない部屋を笑い声で満たしていた。

夢。

男が見ている、夢。

男の見せる夢。

そして周りは闇に包まれる




――――――――――――――



バチン、とバネ仕掛けのおもちゃのように目が開く。荒い呼吸のまま、周りを見回せばそこは常と変わらぬ自室。ギルド シャングリ・ラの屋敷の一室。

夢の精査をする暇を与えず、寝室の外扉が激しく叩かれた。


「レイ!!レイ!!起きてるよね!?居るよね!?」


ギルドのメンバーである徨夜が消えてから早一週間が経とうとしている。依頼の合間に探してはいるが、何の情報もなく途方に暮れている所であった。


「レイ!!夢見たよ!!徨夜は生きてる!!」

「あぁ…。夢が現実ならな。」

「ぐっ……」

「とにかく、今日も依頼が立て込んでる。」

「でも、手掛かりかもしれないのに…」


尚も食い下がる黒兎に畳み掛けるようにレイは言った。支度をしつつも目は冷ややかに窓の外を見据える


「仮に手掛かりだとして、お前に分かるか?夢から場所が特定出来るか?」

「………でも、レイなら、」

「なぁ、黒兎。オレがいつ、お前と同じ夢を見たって言った?」

「えっ、」

「以上。朝食を食いっぱぐれたくなければ20分以内に着替えてこい。朝食が済み次第移動する。コートを忘れるなよ」


正装であるロングコートを抱え、レイは自室を後にした。渋々と黒兎も後に続き、自室へと向かう。


食堂への道すがら、レイは小さく溜め息を吐いた。
夢を見ていないなんて嘘だ。確かにあの夢にいた男は徨夜だ。間違いない。

しかし、何故?

あの夢は?見せた意味は?分からない。
助けを求めている?徨夜が?あの黒い手には襲われていない?それとも、襲われたからこそ、助けを?

悩むだけ無駄か、考えるだけ無意味か。

目を閉じて深呼吸をひとつ。
仕事の時には、常得意の前では平静でいなければ。今日の一番の大物である勘の鋭い、尚且つ顔の広い老人。だからこそ、気付かれてはならない。黒兎にも注意しなければ。

そうと決まれば朝食を作るのみ。いつの間にか食堂への扉を潜り抜けていたらしく、長い深呼吸を終えてレイはキッチンへと立った。





―――――――――――――



朝食も済み、それぞれの部下へと留守中の指示を出しているとたった今帰還したばかりのレイの部下が地下室が騒がしいとのこと。念のためを考え部下はその場に残してレイと黒兎は地下へと降りていった。


徨夜が戻ってきたと浮き足立つ黒兎を余所に、床を見ていたレイが小さく唸る。何かを引き摺った跡、液体。暗くてよく見えない。そうこうしているうちに扉が目の前に現れた。跡もここで途切れている。


コンコン


「徨夜?お前、怪我してるのか?」

「徨夜!!ここ開けてよ!!心配したんだからね!?徨夜ってば!!」


返事はない。最悪の事態も考えられる。お互いに顔を見合せ、頷きあう。声をかけながら黒兎がドアノブへと手をかけて、一気に開ける。


「徨…夜……………?」

「居ないな…」


がらんどうの部屋。扉が閉まる風圧で室内に積もった埃が舞う。それに噎せたのか、黒兎が小さく咳をした。

途端、扉の影から塊が飛び出す。


「う、ぁ…?」

「くっ、何だ……」


飛び出した塊は2人へと素早く襲い掛かり、首へと針を突き立てた。抜こうと足掻くも余程深く刺されたのか簡単には抜けず、そうこうしている内に仕込まれていた薬が体内を巡った。


「、だれ、なんだ……?」

「……………」

「こ………ゃ…?」


黒兎が倒れた。それに折り重ならないようにとレイは
もがく。黒く塗り潰されていく視界の中で見えたのは、人形。眼に光は無く、しかし唇は三日月を描いた酷くアンバランスな表情の、男。

遠くで、笑い声が聞こえた。




………………………

……………………

…………………

………………

……………

…………



「やっほー。親愛なるギルド長と、黒兎♪寂しかったァ?」

「………………は?」

「んれ?徨夜!?」

「寂しかったァ?いやァ、ごめんねェ♪」


オレってば意外に仕事溜め込んでてさァ?お前たちが来てからすぐに会場を離れちャった♪ま、無事で何よりだよ♪敵は何だっけ?手?見とけば良かったなァ、勿体ないことしたかも。あ、あと今日の依頼はあの爺以外後回しにした。だってびっくりしたんだぜ?お前ら2人ともオレの部屋の前で寝てんだもん。お陰様で両腕がプルプルだわwwwwww


相変わらずよく回る口である。レイと黒兎に口を挟む暇すら与えず、徨夜はニヤニヤ笑っている。しかも後ろ手に隠していたであろう不気味な液体を2人へと差し出し、ウィンクをひとつ


「徨夜印の万能薬だぜ〜♪変な薬射たれてるかもしれねェからな。ま、飲めよ♪」

「…………」

「………」


手渡されたのは見るからに怪しい薬液。色は透明で匂いも無く、水だと騙されて飲んでしまいそうである。レイが徨夜を睨むが特にこれといった効果はなく、ニヤニヤした徨夜と薬液とを交互に睨み付ける楽しい2人組の図が出来上がった。

ふと、徨夜が何かを思い出したかのように立ち上がり横になっていたレイの鼻をおもむろに摘まむ


「ぐっ!?」

「くっひひひっ♪」


薬の抜けていない体では反撃出来ず、レイは酸素を求めて口を開けた。


「はい、どーん」

「むがっ!?」

「!?」


黒兎が声もなく絶叫した。それもそう、レイが、薬液を、飲んでしまったのである。徨夜の作った得体の知れない薬液を。あわあわと反応の鈍い体で騒いでいるとレイの掌底が徨夜の鳩尾に決まった。

今度は徨夜が声もなく悶え、リビングの床を転げ回っている。一方でレイは体に異常が無いかを確かめ、黒兎にゴーサインを出した。飲め、である。


「うぅぅぅぅ…」


手に持ったビーカー(in徨夜の手作り薬液)を嫌いな食べ物のように睨み付けてから一気に飲み干した。


「うんうん。じャ、オレはまだ仕事残ってるから♪じャあね〜♪」


今の今まで悶えていた徨夜はすんなりとリビングから出ていった。あまりの早さにレイも黒兎も開いた口が塞がらない。色々言わなければならない事があったはずだが、最早どうでも良くなったのかレイは首を振り、ソファーへと座りなおした。



何を言わなければならなかったのか。
何を言うべきだったのか。
2人の記憶からは、言うべきであった何かの記憶がごっそり抜け落ちていたのである。






斯くして幾つかの騒動は終わりを告げた。


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