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Mermaid's secret.

病的なほどに青白い身体をゆうらり、ゆらりと遊ばせて、急ごしらえの水槽の中で青白く、それでいて黒い魚が満足げに笑った。

















ちゃぽちゃぽと水の音を立てながら上半身はシャツと紺のベスト、下半身はベストと同じ紺色に薄い白の格子模様と、薄黄色の斑点。いわゆる人魚ならぬ半ジンベエザメ化(サイズは人体と同じくらい)した徨夜が、人間の形をしている上半身だけを巨大水槽から出して気だるげに問うた


「なァ、黒兎くんよォ?」

「なぁに?魚爺」

「この水槽ガラスなんだけど、薄くねェ?…ってか、ca ong(カー・オン―)たァ言ってくれるねェ」


確かにジンベエザメの別称として「ca ong(魚爺)」もあるが、このジンベエザメ、もとい半ジンベエザメな徨夜は爺とは呼びたくない代物である。


「水槽は置いといてさ。どーして魚爺は魚爺になっちゃったの?」

「置いとくのね。…うん、まァ、それはなァ…」


三日月の形をした尾鰭をゆったりと揺らしながら徨夜は語り始めた











暇潰しで作った人体を魚に変える薬が色々な方面で色々な意味で飛ぶように売れ、その薬を気に入った顧客の1人が更なる効能を求めて依頼して来た所から話は始まる。

最初に作った薬は魚と言ってもメダカだとか金魚だとか鉢でも管理可能な小さなサイズのもので効果は半日。今回の依頼はそれよりももっと大きく、もっと長く。効能に作用する諸々は直ぐに揃えたが、肝心の魚の種類に明るくない徨夜は街中の書店、図書館に行っては魚図鑑を見比べ、用もないのに魚屋や博物館へと足を運び魚という魚を観察して回り、自室にも大量の魚の模型やらホルマリン漬けやらを並べていて、とても正気とは思えない気合いの入りようだった。

そうして出来た試薬を自ら飲み、ガーディアンたるアニマ=アニムス、のアニマの方に記録を頼もうと紙とペンを持たせて待機してもらっていた。
が、徨夜が服薬し魚へと姿が変わっていくのとほぼ同時に待機していたアニマが消えて徨夜だけが水槽に残されるというアクシデントに襲われ、ペンと紙が無情にも床に散らばった。
それを見ているだけしかなかった徨夜はソウギョとなって水槽の中で打ち拉がれ、底に沈んだ。

ちなみにとはソウギョとは鯉に似た姿の魚で、何処かの山奥にある川にしか棲息していない幻の魚である。というか化物である。

さて、この後どうなったかといえば……どうもならなかった。
基本的に徨夜の自室たる地下室に好き好んでやって来る者などいないので、きっと誰も徨夜がソウギョになった事など知らないだろうし、気付きもしないだろう。しかもファミリアにさえ放置される始末。ついでに、魚になった徨夜の微々たる魔力ではガーディアンのアニマ=アニムスが顕現することなど不可能で、割りと真面目に各方面から放置されていた。

「え…仲間とは…?」と不安になりつつ、ようやっと人間に戻った徨夜は覚えている限りでメモを取り、次は半魚形態で行こうと誓った。となれば魚を見直そう。確かどっかに海洋学者の知り合い?がいたはずだ。ソイツに話をさせて次の魚を決めよう。









「そォして、今に至ったのさ」

「海洋学者の知り合いなんていたっけ?」

「まァ…………いた」

「で?人魚ならぬ魚爺になった理由は?また試薬飲んだの?」

「んや。被った」

「…被った?なんで?」


ばしゃん。

黒兎の追及から逃げるように半ジンベエザメの徨夜は水に潜った。水面には黒兎の顔が波に揉まれて歪んでいる。
この水槽、急拵えではあるものの室内の大半を犠牲にした広さ、屋敷の基礎が心配になる床を消滅させてそこに埋める事で得られた深さ、意外にきっちりと管理されている水質に文句はなく、強いて言えばこの水槽、ガラスで出来ているのでうっかり尾鰭をぶつけようものなら大破しそうでヒヤヒヤするが、それ以外は満足。

水槽の縁に腰掛けていた黒兎が飽きでもしたか部屋を出て行く、扉の開閉の音。
しんと、途端に静かになる部屋には尾鰭が立てる水の音と、コポコポという呼吸の音しか聞こえない。広い水槽の中で1回転して、ひときわ大きな泡を吐くとそのまま息を止めた



―なァ、聞いてくれよ。学者に会った帰りに人を殺してきたんだ。それも1人じャねえ、両手でも足りないくらいたくさんの、無抵抗な人間を殺してきたんだ。気付いたら全身血塗れでなァ…記憶がないもんだから余計に慌てたさ。しかもその中に別れたばかりの学者も居やがった。なんつー嫌がらせだよ。徨夜のメンタルはもうゼロよ…!!ってな具合だ
でな、それだけじャ終わらんのだ、国に喚ばれてる。
国に喚ばれるってのは中々無いんだ。精々が点灯屋に喚ばれて国からの仕事を承るくらいなんだが…。嫌な予感がする。
他国と戦争するほどではないだろうが、それでも用心しといてくれ。


ゆらりと揺れる水面に突然影が現れたのは、徨夜が水面を見上げるような体勢になったのとほぼ同時だった。黒兎ではない、況してやレイでもない気配に威嚇するように体をくねらせた。


「!!!!!」


ガシャンッ!!

尾鰭が水槽の何処かを叩き砕いたようで勢いよく水が流れ出ていくのが分かる。影は?影はどこに消えた?


―いきましょう?私のアソシアード。

「おいおい…勘弁してくれよ…」


聞き慣れた声が、見慣れていた手が、忘れていた匂いが徨夜を抱え上げて、ループタイ(いつもの癖でしていた)を引き千切り、人の形ではない下半身を何の躊躇いもなく斬り落とした


「ぐっ!!」


バシャリ。水槽に落ちた徨夜の下半身だったものは夥しい量の血を出しては小さくなっていく。赤に染まる水槽に新たな色を足すかのようにボタボタと流れ出る深紅の血を、指を鳴らして消したのは影に抱えられた徨夜か、それとも影か。


「ど、うやって入りやがった…」

「そうね………。愛しい、と思ったら入れたわ」

「愛しい、だと、」


ふざけやがって。

反撃しようにも無駄だと理解している徨夜はちらと水槽の方を見て、諦めたように体の力を抜いて止血に努めた。どうせ行き先は変わらない。後はこれを操る本人が何処にいるか、だ。
そう。徨夜を抱えているのはあくまでも人の形をした影でしかない。声は頭の中に響いているだけで口はなく、目鼻すらないのっぺりとした顔の付いた影だ。
常夜に住まう者が使役する人形。ゴーレムよりも下等な物。

敷地の結界を変えるべきだろうな。と、どこか他人事のように思いながら人形に身を委ねた。













































「そろそろ戻ったー?…あれ?いない…?」

「どっか行ったんじゃないのか?」

「えー。依頼に着いてきてもらいたかったのに……あ」

「何かあったか?」

「水槽に何かいる!!アレ徨夜じゃないかな!?」


巨大な水槽には優雅に泳ぐ闇色の魚が1匹。





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