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The town of snow a nightmare.-3

「っ、ぐ、ぅえっ……」

「ふっ、………ここまで離れれば…安心…か?」


スキップを重ねに重ねてようやくコーマリアルドの街門に辿り着いた。傍らのアルコルは凄惨な景色から遠ざかった事によって気が緩んだのか踞って嘔吐く。

未だに夜は明けきらず、街門は冷々とまるでこちらを拒むようだった。


「グラシエル、町を頼む」

―お気をつけて。決して油断召されませんように。


レイの周りに漂っていた冷気が応え、徐々にその形が見えてくる。蒼い大きな鳥。グラシエルと呼ばれるレイのガーディアン。

アルコルの肩を2度、軽く叩いてからレイは詠唱を始めた。肩を叩かれた彼が傍らに立つグラシエルに気付く頃には、もはやレイの姿は消えていた。





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周りの空気が変わった。鉄臭い風がレイの頬を撫でる。戻って来たのだ。あの凄惨な景色の広がる雪原へ。

レイがこの場に現れたというのに、黒い2人組はまったく気にした様子がない。まぁ、離れた場所にスキップしているので気付いていないのか、徹底的に徨夜を潰そうとしているのか。しかし肝心の徨夜が見当たらない。


「まさか、な……」

「キュィィィ!!」

「ぅ!?おい!!」


やけにひょろ長いイタチのようなものが懐の何かを掠め取った。小瓶だ。徨夜に渡された小瓶を盗られた。
そのイタチのようなものが走る先に、眼を疑った。黒兎がいた。何かぐにゃりとした物を抱え、背には何かを背負い、敵に銃口を向けている。

2人組はゆっくりと距離を縮め、黒兎へのプレッシャーをかける。もしや、黒兎が抱えているのは徨夜ではないだろうか。そしてあのイタチのようなものは徨夜のファミリアのスコット(カワウソ)では…?


「チッ!!」


レイは駆け出した。届かないと分かっていても魔法によって強化した短剣を飛ばし、注意を引こうとする。
あと少し、もう少しの距離で黒兎が消えた。ゆうらりと揺れる赤と白のまだら模様。眼にも留まらぬ早さで2人組の顔を鷲掴みにしてそのまま飛ばした。

蛍光の緑が閃く。鷲掴みにした時に取れたであろう2人組の付けていた仮面が握り潰された。双頭の鴉に、百合と彼岸花。常夜国の紋章。


「徨夜!!」


消えたはずの黒兎の声。そして、突如現れた巨大な蕾。よく見ればそれは蕾などではなく1対の手だと分かる。それが花開き、中から黒兎を押し出した。


「何で居るんだ」

「心配になったから。大丈夫だよ、部下にちゃんと言ってきたもん」


レイの溜め息は獣の咆哮に掻き消された。最早人間の面影も無いほどに引き裂かれ、咬み千切られた死体がひとつ、徨夜の姿形した化け物の手から落ち、その惨たらしさを離れていたレイと黒兎に見せ付けるように雪上を転がる。

死体の下半身は骨が飛び出し、上から零れ出た内臓で奇妙に飾り付けられている。肋は力尽くで開かれ、心臓は握り潰され、肺と肝臓はとっくの昔に踏みつけられてただのペーストに。死体の落下地点に胃だけが原型のまま雪原に取り残されていた。

緑目の化け物。人の皮を被った、嫉妬に駆られた憐れな獣。残ったもう1人を捕捉して駆ける。


ガチン!!


固い音が響く。傍らにいた黒兎が、専用ケースに入れて背負っていたライフルの銃口を徨夜に向けた。足元に転がる2つの空瓶のラベルにはエトルフィン、アセプロマジン、それぞれが記されている。

目視距離は1.5kmほど。普通のライフルでは届かない距離だが、魔法で強化された物に不可能はない。黒兎の視線の先にはついにもう1人を地面に叩き付けて吼える徨夜。普段は見えない魔角も出ているので最早人間には見えない。


「レイ、僕が撃ったらすぐにこれ、徨夜に射してね」

「は?」


照準を合わせながら黒兎がポケットから薬品の入ったシリンジを渡す。その数5本。ラベル(シリンジにラベル?)には徨夜の字で拮抗薬ナロキソンと書かれている。拮抗薬?何の拮抗薬?


「走れってか…」

「うん。じゃないと徨夜死んじゃうもん」

「死……」


絶句するレイを尻目に薄く笑みを浮かべた黒兎は狙いを定めて引き金を引いた。1発目は腕を掠め、2発目はこちらを向いて吼えた徨夜の、本能的に出された障壁に阻まれ失敗。ペロリと唇を舐めて更に笑みを深める黒兎。

パァン!!

3発目が見事に徨夜の肩を貫いた。


「ぐっ、がァァぁぁ!!!!」


叫び声をあげた徨夜が倒れ、喉を掻き毟り悶え苦しむ。まさかこれ程の威力とは。拮抗薬を握り、走り出そうとしたレイの傍らで何かを詠唱していた黒兎が小さく息を飲んだ。続いて、女の声


「あらあら、同僚を撃つだなんて酷い人ね?」

「っ、レイ!!!!」



振り返るとそこには――


「お前、リスィ…?」


確かにそこにいたのはアルビレオの妻であるリスィ。赤子を抱えてはいるものの、町で見たような柔らかさは感じられない。


「可哀想な私のアソシアード。今でも馴染めずにいるのね…。今の名前は何かしら?教えてくれる?」


まるで我が子をするように黒兎の頭を撫で、露出している首を擦る。黒兎は蛇に睨まれた蛙のように微動だにしない。ただし、目線は伏している徨夜とレイを交互に往復していた。


「チッ……」


徨夜が伏してから、5分以上が経った。まだ間に合うのか?まだ生きているのか?遠すぎて呼吸の動きが見えない。レイの焦りを見てとったのかリスィが笑みを深めて、黒兎の首に針を刺した


「あ、」

「うふふ。貴方も同じ目に遭うと良いわ。私のアソシアードと同じ目にね」

「貴様っ!!」


反射的に生成された氷の刃がリスィを貫く。ぐらりと揺らいだ黒兎を抱え、鮮血を流し続けるリスィを睨むが、当の本人は全く気にした様子がない。痛覚が無いのか。


「私のアソシアード。可愛い可愛いアソシアード。私たちの、反撃の柱」


歌うように言葉を連ねて、リスィは徨夜の元へ向かう。ゆっくり、ゆっくりと。抱いていた赤子は姿を変えていく。巨大な鳥籠へと


「黒兎!!おい、黒兎!!」

「う、あ、あぁぁぁぁ!!!!」


黒兎も徨夜と同じように苦しみ始めた。まるで溺れているかのように手足をバタつかせ、喉を掻き毟る。その声を聞いてリスィが笑った


「さぁ、選びなさい。救うのは貴方、救えるのはどちらかひとり。」



――甘くて苦くて目が回りそうな絶望を。
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