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fool or sage.

得物である傘をくるりと回して、この鬱蒼と茂る森の何処かで合流を待つ黒兎とレイの嫌そうでいて、心配そうな表情を思い浮かべる。確か、合流場所は…調読(つくよみ)の丘だったかな。神が降り立ったと言われている神聖なる丘。

が、眼前にはお目にかかりたくなかった、同胞の姿。国紋の描かれた仮面から覗く瞳はガラスのように無機質で感情は読めない。いや、読むべき感情を持ち合わせていない。の間違いか。


「さっさと終わらせますかねェ」


明るい声とは裏腹に射貫くような鋭い眼光で地面を蹴った。









*





ギルドに来た依頼の中に「調読の丘でのみ自生している薬草の採取」という何とも楽な依頼があったのでこりャあ行くしかないと鼻歌を歌いながら承諾書を書いていたら暇だったのであろう黒兎がお供を買い、そこから芋づる式にレイまでもが参加することになった。まぁ、 行くのは深夜だしタイミングよく本日は名月なので月見も兼ねて。だったはずだ。

出発の数時間前にファミリアのグラントが不穏を告げなければ。

胸にループタイの模様を持つ大鴉。それが徨夜のファミリアのグラントで、普段は街に下りて普通の鴉に溶け込んで見張りをしている。何の見張りか?それは想像にお任せするが、人語を話はしない代わりに良く視える眼で徨夜に異変を告げたのである。

良く視える眼の、それを見て徨夜はすぐにギルドを離れた。レイや黒兎への伝言は入れ違いで2匹だけの旅行から戻ってきたカワウソのスコットとハリネズミのミッシュに頼んで。
余談だが、スコットとミッシュは魔獣ではなくただのファミリアでグラントのように人語を話したりはしない。が、理解はしているようでこうやって伝言を頼まれることはままある。魔獣とファミリアの違いはまた別の機会にでも。

余談終了。


レイや黒兎に気付かれる事なく屋敷を抜け出した徨夜は敷地から出た瞬間に霞となって消えた。行き先は


「調読の森」


そうして冒頭に繋がる。






*




地を這う刃をひらりと避けて翻ったコートの陰から短剣を飛ばす。が、その行動すら読まれていたのかあっさりと短剣の軌道を変えられて、流石は暗殺国家の人間だよな。と感心しながら口の端を歪めた。
今のところは相手からの攻撃も避けきれているし、体力も余裕。何よりまだ夜は明けない。が、レイと黒兎に気付かれるのは避けたいので、いつまでも遊んではいられない。しかし喜ばしいことに相手は魔術を使えないようで、こちらの魔術を手にしている双剣で無理やり相殺している。最近の同胞には魔術使用不可のβ-も居るんか…。としみじみしていたら頬を斬られた。剣先が掠めた程度なのでうっすらと血が浮かぶくらいだろうと適当に拭って、やれやれめんどくせ…と溜め息を吐きながら足下から炎の壁を巡らせて手にしている傘に視線を落とした。徨夜を保護するように囲う炎壁に構うことなく同胞は双剣を奮っている。

なァにやってんのコイツ…。なんて考える暇もなく周囲の木々が剣撃に負けて炎壁を崩した。ひとつ言い訳をするとすれば、徨夜は滅多に戦闘に出ないし、レイや黒兎のように近接攻撃をしたりしない。いや、魔術での超近接攻撃はするが、あれは相手の動きなど見ていないので…つまりは経験不足なのだ。実戦慣れしているレイや黒兎ならまず間違いなく壁など作らないし、よしんば作ったとてそこに留まりはしない。

炎壁が崩れると同時に斬りかかってくる同胞を闇夜でも燐光を放つ無数の青白い手が遮った。黒塗りの爪の中心に紅色の目玉紋様。


「ありがと、アニムス」


傘の柄を回し、仕込んでいた細身の剣を抜く徨夜を中心に花開くように蠢く手はアニマのものではなくアニムスのそれ。アニマ=アニムスは2体1対という珍しいタイプのガーディアンでアニムスの性は「奪取」
そのガーディアンを持つ者の末期もあって、あまり良いイメージを持たれないガーディアンではあるが持ち主である徨夜にしてみれば興味ないからどうでもいい。らしい


ふむふむ。


足を鳴らすのが癖なのか鼻を鳴らすのと同じリズムで地面を踏み、柄を胸の高さまで上げて剣を体と平行に構える。アニムスの無数の手によって往なされていた同胞が距離を取るように後ろへと飛んだ。


「ムダ、なァんだけどね」


そう言って剣で空を突いた。

何もない空間を突いた剣はひたりと寄り添うアニムスによって回収され、武器である剣を仕舞った徨夜はもはや丸腰でいつでも仕留められる状態にあるというのに、同胞は動かない。


「good-bye judas」


背中を向けた徨夜の背後で、ちょうど空を突いた位置と寸分違わぬ箇所を中心に同胞が何かに吸われるようにして蝕まれ、消えていく。後に残ったのは同胞の得物であった双剣と手のひらに収まる大きさの半透明な魔石だけ。魔石はコートの内ポケットに、双剣は仔細を調べるかのように柄から刃先へと視線を移す。

あまりにも普通にしているが、徨夜が術式も何もなしに発動した技は無闇属性のもの。その属性は存在自体があまり知られておらず、ただ漠然と「邪悪な術」もしくは「有聖と対をなす魔術」としか書籍には残されていない。


「……徨夜…?」

「んー?」


奥から聞こえた訝しげな黒兎の声に、さして驚く事もなく双剣を後ろ手に隠して声の方へと向かう。焼けた木々を数本過ぎれば心配そうな表情の黒兎。その後ろにはレイが控えており、どうやら探しに来たようだと合点する。

やれやれそんなに遊んだつもりはないんだがなァ…。と欠伸をすればいつも以上に鋭いレイの眼光にぶつかる


「なん?」

「何を隠している」

「……」


疑問ではなく確信。痛さを感じそうになるほど鋭い眼からわざと目線を逸らして、まるで悪戯が見付かった子供のように後ろに隠した片手を見せた。

その手にあったのは


「ちェっ。珍しい虫居たからファミリアにしようかと思ってたのによ……」


成人男性の手首と同等の太さのミミズ。それを素手でガッチリ(潰さない程度に)掴んでいる。しかも2匹。とても元気よく徨夜の手の内でのたうち回っている。


「うわぁ……」

「黒兎、お前のファミリアにどうだ?土壌改良出来るぞ」

「嫌だ」

「マジかwww即答かwwwってかお前がミミズ従えてるとかオレも嫌だわwww」


心底嫌そうな黒兎に冗談だと笑いながらミミズを地に戻す。粘液まみれの手を暫く眺めてからレイを見る。正しくはレイの衣服を。


「止めろ」

「まだなァんも言ってないwww」

「拭く気だろ」

「服だけに?」

「……」

「…………」

「あれ?」


自信満々ドヤ顔で言い放った徨夜を迎えたのは沈黙。これでも本人は面白い事を言ったつもりでいるから質が悪い。何で何でと首を捻る徨夜の手をそっと拭っているのはアニムス、ではなくアニマ。アニムスと同じように黒塗りの爪に目玉模様があるが、アニマは蒼色である。

溜め息を吐きながらレイは黒兎に目配せをして歩き出す。それを追う黒兎と未だに納得していない徨夜。ぼんやりとした月光が3人を照らし出した。

しばらく歩けば森が開け、目の前には息を飲む美しさの満月。あまりにも大きく、視界全てを覆うので3人の動きが止まった。ややあって徨夜が足元を見ると月光によって銀色に輝く花があちらこちらに群生している。
この花こそが、今回の依頼品である薬草。試しに1本摘めばピリピリとした痛みが生じる。ただしそれは徨夜にしか感じられないらしく採集に夢中な振りをしてレイと黒兎から離れた。

触れれば触れるほど痛むのは摘む指先ではなく国紋の捺された鎖骨。裏切り者を詰るように痛みは強くなる。

内ポケットに忍ばせた魔石を口に含んで思い切り噛み砕く。痛みを誤魔化す程の魔力は無いが、まァ良いか。と摘んだ薬草を抱えて月を仰いだ。












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