2015-3-13 00:54
「うわぁ……。そろそろこの景色も飽きてきたなぁ〜。ね、ウーちゃん」
「くぅん…」
窪んだ水晶の柱に腰掛けながら茶色い大型犬と話すのは赤髪(前髪の1房だけが銀灰色)の青年。首元で黒革のチョーカーに付いた翼を持つ虎を象ったシルバーが揺れる
「うーん……。あの新入り君は無事に帰れたかなぁ…心配だなぁ…」
ウーちゃんと呼ばれた犬(犬種的にはラブラドール)の頭を撫でながら零した。そう、この赤毛こそが迷子の黒兎である
上を見れば空を覆い尽くさんばかりの水晶柱。ガーディアン(守護獣)を喚ぼうにも魔法が使えない(というよりは柱が魔法を反射してしまうので二次被害が及ぶ)のでどうしようもない。因みに黒兎の傍らにいる犬はファミリア(使い魔)である。
どこからともなく笑い声が響く。
「わっ…また五月蝿いの来た。……行こう」
慌てて立ち上がり、その場を後にする。迷子はその場で動くな。とは有名な鉄則であるが、黒兎はこのムダに華々しい笑い声から逃げて森の中を巡り歩いている
だから見付からない。黒兎には預かり知らぬ事であるが、ちょうど反対側にいるレイも徨夜も黒兎を探して森に入っているのに、すれ違いでもしているのかまったくもって見付からない。
笑い声も五月蝿いし、もういっそのこと森自体を壊してしまおうか…(徨夜の見よう見まねで出来るはず)と考えていると傍らのウーちゃんこと初芽(うぶめ)が耳を澄まして遠くを見ている
「ウーちゃん何か聞こえる…?」
「きゅぅぅぅぅ…」
「きゅぅぅぅぅ?」
「きゅぅぅぅぅ(U´・ェ・)」
「きゅぅぅぅぅってなに?」
「わん!!」
「ま、いっか。」
まったくもって良くない。犬のファミリアは忠犬ハチ公よろしく飼い主に忠実、危険察知もなんのその。人気の一番高い種類である。が、人語は理解すれども話しはしない。つぶらな瞳で飼い主を見つめ、いわゆるアイコンタクトで意思の疎通を図る。ちなみに、モップの様な犬種のファミリアだとか、目が隠れている系の犬ファミリアとの意思の疎通もアイコンタクトと言われている。
「あーあー…。お腹すいたなぁ…」
腹部を摩り、黒兎が呟いた。
平気な顔をして迷子をエンジョイしている黒兎だが、森の外の時間ではもう3日が経っている。何故かこの森だけは外の時間と切り離されていて、森に入った者は皆、亀を助けて竜宮城に行った事で有名な彼状態である。そりゃ腹も空く。
「うぅぅぅ……お腹すいたよ!!」
「わん!!」
「ウーちゃんも?」
「わわん!!」
「だよねぇ……。」
口に出すと余計に空腹へと意識が向く。しかも悲しいかなあまり宜しくない足音が複数。初芽が低い唸り声を上げ、注意を促す
「面倒くさいなぁ……。」
余談ではあるが、ギルドの中で一番の平和主義は意外な事に徨夜である。
ギルド長のレイもリミッターが大破するとバカでかいクレーターを大量生産してくれ、その際に磁場が狂うのかミステリーサークルも大量発生されたりする。
黒兎は常識人ではあるが(もちろんレイも)楽しい事があると一目散。眼前に好物をぶら下げられた犬の如く。
ミステリーサークルは大量発生しないが、黒兎の武器である双銃が荒ぶる。あとはあまり使われないブーメラン。何かのモンスターの骨で出来ているらしく当たるとかなりとても痛い。飛行タイプのモンスターにはよくブーメランを使い、(わざと)取り損ねて戦闘に参加しない徨夜の後頭部を狙い打つ。
見た目に依らず黒兎は腹黒で、レイは怒らせると厄介で、徨夜は特に何もない。
果たして何が言いたいかと言うと…。
「邪魔なヤツは撃ち殺す!!」
「バゥ!!」
黒兎以外に人間が居たのが運の尽き。どうやら先程の足音は同じように迷い込んだ………まぁ、素行の宜しくないヤツ(複数系)らしい。
だが、どうにも様子がおかしい。こちらが武器を出せば向こうも威嚇の意味で武器を出すはずだが、何故かそれをしない。しないままでどんどん近付いてくる。
「あ……ヤバい…。屍人かも…」
屍人とは読んで字の如く。アンデット系モンスターのいわゆる中級種に当たるモンスターである。屍と死の違いは第三者の介入があるかどうかに尽きる。
屍者>屍人>死者>死人の順にランク付けされているが、屍者にエンカウントする機会は奇跡に近い。
倒す方法として下級(死人、死者)は頭を飛ばす、二等分にする(何をとは言わないが、二等分である)、完膚なきまでにみじん切りにする(時間と労力がある場合のみ)である。中級(屍人)に関しては魔法が良いとされ、特に上級位の火焔系魔法、もしくは使用術者の少ない聖魔法である。
「うわぁ……不利だよ…」
ぽつりと落ちた言葉は確かに黒兎の落胆を雄弁に湛えていた。それもそう、黒兎の得意魔法は風と地である。火焔系魔法を使えなくもないが流石に上級位の魔法は使えない。聖魔法に関しても同じく。徨夜とレイがいれば話は別である
「とりあえず……撤退〜!!」
くるりと踵を返す瞬間、ちらりと見えた青白い肌、廃墟の様な目。そしてその目がこちらを捉えた。
「あ、ヤバい……」
今やっと気付いたかのように屍人が一斉に黒兎を標的とした。隣にいた初芽をクリスタルに戻し、走りながら詠唱する
「止めどなき地脈の力を貸し給え、止むことなき風の速さを貸し給え。如何なる敵をも凌げる壁を!!!!」
唱え終わると同時に、指で地を撫でる。(走りながらである)触れた地面は黒兎が組み上げた術式において、壁のように迫り上がり、吹き上がる風は寄る外敵を弾く役割を果たす。はずだった
ここが水晶の森でなければ、の話である
「うわぁぁぁ!!忘れてた!!」
―水晶の森の要注意点を確認したい。
―ん。水晶の森は古に滅んだ聖なる龍の遺骸が長い時間をかけて森になった。だよね?
―Amazing♪さらに詳しく言うと、その聖なる龍ってのは鏡って別名がある。曰く、天の邪鬼(あまのじゃく)だったみたいで常に何かを反対にしないと気が済まないらしい。死ぬ間際、魔術で死んでやろう!!と叫んだ、ら、あの森はあァなったよォ〜♪龍の骨は水晶と金剛にこそ変わりはすれ、別名の性質やら龍の持つ力やらは途絶えずに継続中。
―つまり魔法は使えない?
―いや。使えない訳ではない。が、どうなるかが不明だからな。
―なんなら試しにホラ、部下連れて行くだろ?そん時に実験しちまえば良い
―徨夜、黙れ
―部下は実験台じゃないよ!!
―へーへー。失礼しました
―とにかく、魔法だけは気を付けろよ
―了解。
すっかり忘れていた会話が頭を過った。次いで、弾丸が右手スレスレを通る。十中八九、屍人の仕業であろうが、まさか銃を使うとは思ってもみなかった。しかも発動させた魔法は反転し、行く先に壁が、目を開けていられない程の強風が黒兎へと襲い掛かる
「あぁぁ!!もう!!ウザいっての!!」
叫ばずにはいられない。例えそれが自業自得だったとしても。強風で周りも見えず、音も判別し難い。黒兎が強風域へ突入したことにより屍人達も同じように煽られている。そして、その上を過る大きな影がひとつ
―無事か!!
―うっへェ……。魔法使ってやがる…
その影から声が落ちる。やっと黒兎を見付けたレイと徨夜(巨鳥)だ。が、肝心の黒兎には聞こえていないらしく苛立ちを全面に出したまま叫んだ。
「らんらんるー!!!!」
が、何も起こらない。埒が明かないと踏んだレイが下降を指示する(お陰で徨夜の羽根が数枚毟り取られた)翼を折り畳み、ほとんど墜落するかのような勢いで黒兎の背後へと落ちる。
「黒兎、無事か」
「え、あ、え?」
黒兎と背中合わせになったレイが声をかける。迫り上がる壁と強風は黒兎の前に降り立った、徨夜のコートに呑まれるようにして消えた。
ニヤニヤしたまま裾の埃を払う。そしてそのまま屍人に眼をキラッキラさせながら突撃した(徨夜は常々思っていた。屍人が欲しいと)
「屍人Fuuuuuuuuuuuuuuuuuuu!!!!」
「るっせぇんだよ貴様は!!」
黒兎に異常はないかと心配げに見ていたレイが叫ぶ。
次いでに忍ばせていた短剣を徨夜に向けて飛ばす。徨夜に向けて、である。
「ふひ、ひひひっ!!」
見えていないはずの短剣を容易く避け、剰えその短剣に炎を灯す。短剣は更に勢いを増して一番近くにいた屍人の喉に突き刺さる
「なんで……徨夜は魔法使えんの…?」
「変人だからだろ。…さて、もうひと踏ん張り出来るか?」
「もちろん。」
レイは剣を、黒兎は双銃を構え屍人へと向かう。
先陣を切った徨夜は何やら不満げに傘を打ち鳴らした。その足元には黒い水晶の破片が散らばっている
「つまらん!!つまらんつまらんつまらん!!!!」
総勢7名(体)ほどいた屍人が最早3体だけになっていた。と言っても屍人はそう簡単に倒せるほど弱くない。仮にもアンデット系の中級種、物理は効かず魔法でごり押ししての1体討伐がざらである。だのに眼前で繰り広げられる漫才にも似たこれは…。
「emeth(真理)、emeth、emeth、emeth、meth(死)」
徨夜の言葉に反応して屍人が寄る。死臭はしないが、見た目はあまりよろしくない。例えば筋繊維がはみ出ていたり、皮膚が焼け爛れていたり、内臓が見え隠れしていたり。しかも徨夜が陽炎を身に纏うので近付く屍人が途端に軽快な音を立てて燃えていく
「あ、」
遠く、徨夜から距離をおいている1体の屍人が銃口を此方に向けた。レイが短剣を投げるよりも更に速く、黒兎の双銃が狙い撃つ。
1発、2発、3発
双銃から計6発。すべて的中してはいるのだがしかし屍人は戦意喪失にまで至らない。やはり物理は不利である。黒兎が撃っている間にレイは距離を詰め、今はもう1体の屍人と火花を散らしている。
それぞれが屍人と交戦(徨夜は遊んでいるだけ)しているまさにその時、何やら重そうな音が上から聞こえた。次いで、徨夜の絶叫
「ぎャああああああああああ!!!!!!」
「ん?」
「なんだ?」
何かが落ちたらしく、ズゥゥゥンと地面が揺れる。
辺り一面の砂埃。何やら巨大な影と、その下敷きになっているのか、ものっすごい勢いでじたばたしている徨夜。
「F**k you!!」
「………何あれ…」
「……………鏡…か…?」
骨董市にでもありそうな古めかしい鏡(しかしサイズはかなり大きい)が予想通り、徨夜を下敷きにしている模様。そして運良く徨夜と戦っていた(遊んでいた)屍人も下敷きになり、こちらは二等分の末の地面との正面衝突でいろいろと……飛び散っている。いろいろと。ついでにそのいろいろな飛び散ったものの恩恵を徨夜は一身に浴びた。
「Fuck!!fuck!!fuck!!fuck off!!」
ここで、ふと考えていただきたい。周りには巨大な水晶の柱、太陽はまだ落ちる気配もない。そしてこれまた巨大な鏡。ジリジリと何か(じたばたする徨夜)が焦げている音がする。
「黒兎、知ってるか」
「ん?」
「収斂火災(しゅうれんかさい)ってのが、世の中にはある。」
「んむ?」
「虫メガネやら鏡やらで太陽光を集め、照射。すると照射先にある物が燃える現象だ」
「あ、知ってる。」
「つまり、それだ」
そう言うが早いか、視線の先にいる徨夜が発火した。
衣服が燃え、熱さに身悶えている。
「え、…………えぇぇぇ!?」
「アレが、収斂火災だ。」
突然の発火にも屍人は反応しない。流石はノラの屍と言うべきか。屍人はまだ2体残っているが、興味無さげにレイがヒラリと手を振り、背を向けた。
「徨夜、遊んでないで仕留めろ」
「え、…え?助けないの?」
「…………黒兎、よく見ろ。アレを見てもまだ同じ事が言えるか?」
「?」
黒兎の視線の先、ウゴウゴと身悶えていた塊が急に背を丸めた。纏う炎は勢いを増していく。不思議と肉の焼ける匂いはしないが、不気味な、グジャグジャという濡れた音が聞こえる。そして、塊は翼を広げた