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The town of snow a nightmare.-2

ウィル・オー・ドラッグは正式名をコンフェシオン・ドラッグ(自白剤)と呼ばれる元は合法のドラッグである。製作者は不明だが一昔前までは一般流通していた(依存性が高いドラッグなので一般流通させる他なかった)。が、悪用が多発しすべての国で販売、使用禁止。今では裏マーケットでしか手に入らないという希少価値の高い物となった。

裏マーケットで流通しているコンフェシオン・ドラッグは粗悪品ばかりで副作用が報告されている。症状としては軽、中、重の3段階があり、軽では服用者の発熱、脱水、嘔吐。中は軽度の目眩、睡眠障害、意識混濁。重では植物状態もしくは自我崩壊。どの段階にしても命の危険がある。


しかし、それだけには収まらない。

前後不覚、もしくはそれに準ずる事態になった依存者ないしドラッグ使用者に暗示を掛けて犯罪を。という何とも後味の悪い事件が多発。各国で売人の摘発が活発化したが、あくまでもそれは首都周辺に限られている。今回のコーマリアルドの様な末端になればなるほど摘発は難しく、自治会が国からの補償金もなしにギルドに頼むしかないのが現状。


依頼状に書いてあった通りの訴え。コーマリアルドではウィル・オー・ドラッグでの犠牲者が6人。どの犠牲者もドラッグへの依存が認められており、隔離していたのだが隔離した翌日に皆、喉を引き裂いて死亡していた。隔離していた部屋には凶器になるような物は一切なく、自力で引き裂いたと見られる。同時に、町には見慣れない複数の男が出入りしていた。恐らく、その男達が売人。そして、その売人は今夜町から消える。



「………なるほどな」

「他の町でも被害は出ております故、ここで捕まえておかねば…」

「犠牲者を少しでも減らしたいし」

「つまり、売人の捕縛がメインでよろしいか?」

「そうなりますね」


昨夜と同じように席に着いていた3人に囲まれるようにしてレイが座り、作戦を練る。最年少のアルコルは徨夜にしたようにレイにも出身を問うた。不思議に思いながらもレイはここ、スティーリアと答える。という一連の流れが最初にあった。


「あなた方に門を固めてもらいたい」

「分かりました。」

「3ヶ所か…」

「夜は門を閉じているから、問題はないな」


話し合いの途中、何度もアルビレオの妻がこちらを不安げに見てきた。いつの間にか外は暗く、作戦開始の時間まで残り少ない。まさか徨夜が忘れているとも思えないが。別動のアルビレオ、ミラ、レグルスはもういないのだ。この場に残っているのは無事を祈っているリスィと今は揺りかごに揺られている赤子のリアン、レイ、と、行動を共にするアルコル。

時間がない。アルコルに合図をして出発する。
門を固めている3人からも特に動きはなく、売人はまだ町内に居ると見られる。最後のひと稼ぎか、或いは…。


今夜は降雪もなく、痛いほどの寒さがあるだけ。星は美しく瞬き、地上の雪は月明かりを反射する。


「Buonasera. Si tratta di una buona notte. (こんばんわ。良い夜ですね)」


急に掛けられた声にアルコルが飛び上がる。男だ。積もる雪と大差無い白いコート、プラチナブロンド、緑と青が混じったような色合いの瞳。見掛けはレイやアルコルと変わらないスティーリアの国民のよう。


「Bonsoir. Il est une bonne nuit.(こんばんわ。良い夜ですね)」


レイが男と同じ挨拶をした。すると男は目を細めて笑う。ワケが分からないアルコルは苛立ったように男を睨めつけ歩き出した。


「おい、若いの。そっちじャねェよ」


男はにんまり笑う。口から出た声は紛れもなく徨夜のもの。しかし形が違う。化けたとしか思えない。その男が手で人の歩きを表現しながら(よく子供がやるような人差し指と中指を交互に動かすアレ)惜しげもなく言葉を吐いた


「ヤク中が死んだのは売人どもが暗示の効果を確認したかったからだな。粗悪薬と侮るなかれ、ってヤツ。それと、もうひとつ。ここの国民は良かれ悪かれ目立ちすぎる。流すにしたって足がつくし、手元に置くしかないァな。つまりここのヤツらがヤク中になったのは売人どもにとっては誤算。いらん荷物を捨てたかったんだろ」

「いらない、荷物だと……?」


アルコルが怒りに任せて踵を返し、徨夜の胸ぐらを勢いよく掴んだ。特に驚いた様子もなく徨夜は掴まれたままでまた話し出す。


「スティーリアの国民は短気なんだな。そこのレイとは正反対。こりャ付け込まれるに決まってる。お前の兄も短気だったろ?恋人がヤク漬けにされて怒り狂った兄はたった一人で敵地に乗り込んだ。が、返り討ちにされて恋人と同じようにヤク漬けにされた。はっ、下らねェな。」

「っ、」

「徨夜、そこまでにしろ。売人どもはどこだ



レイの静かな声に驚き、アルコルは握ったままの手を下げた。それに引かれるように徨夜のコートも、シャツも引かれ首元が顕になる。

右の首根に捺された模様が見えた。双頭の鴉、それを囲う百合と彼岸花。それは紛れもなく常夜国の紋章。見られているのを気付いていないのか、徨夜は笑みを浮かべたまま右手でレイの手首を掴み空いた左で指を鳴らした。

景色が溶ける。





―――――――――――――




例えば、溶けた景色の先に見知った顔があったとしたら。その見知った顔が、胴体を失って転がっているとしたら。それ、が複数、夥しい数、目を背けたくなる程の量が転がっているとしたら。


徨夜の胸ぐらを掴んだままのアルコルが周りに転がる首に気付き、駆けた。どの首も銀髪。小さい町とは言えコーマリアルドの人口は約5万人弱。転がっている首は目視で100以上。真っ赤に染まる雪原を何の感慨も無しに歩く影が2つ。アルコルは影に気付かずに首を改めていく。


「名前を呼ばないでくれ」

「………ん?」

「何があっても、名前を呼ばないでくれ」


得物である銃剣を構えたレイの傍らでアルコルの行動を眺めていた徨夜がおもむろに言った。懐から札を取り出しそれを剣に変える。


とん、ととん。ととん。


ステップを踏むように徨夜が足を鳴らす。影がもう直ぐアルコルに届く。傍らの徨夜が消えた。

途端、何者かに飛ばされたアルコル。幾つかの首も一緒に飛んでいる。剣撃の甲高い音が響いた。2つの影と1つの白が火花を散らして雪原を踊る。加勢しようとレイも切り口を探すが、どうやらあの2つの影は普通の人間ではないようだ。


「チッ…」


今は徨夜に気をとられているが、いつその切っ先がアルコルに向かうか分からない。レイは茫然と立ち竦むアルコルを連れてこの場を後にした。あの2人の正体を知らぬまま…。




The town of snow a nightmare.

白銀の町、コーマリアルド。
氷聖スティーリア国の外れにある小さな町。隣国、エテルノ・クレアシオンからの玄関口としても有名である。辺りは万年雪に覆われていながらも町としての機能を働かせていた。

その、コーマリアルドへの街道に1匹の黒い豹が現れたのは深夜のことだった。路肩の雪に埋もれながらも雪を漕いで街門から少し離れて止まった。
門と言っても差ほど大きくはなく、助走をつけた黒豹が軽々と飛び越せる……精々が25mくらいの高さである。いや、普通の黒豹は飛び越せないが。しかも飛び越した先、民家の屋根に衝突する前に空中でくるりと一回転をして白い鴉へと姿を変えた。


家々の看板が雪で埋もれている。が、気にせずに白い鴉は一軒の家へと向かった。入り口に老人が立っている。スティーリア国民特有の瞳の色。ただし髪の色だけは違う。プラチナブロンドではなく、銀髪だ。
その老人が扉を開け、鴉を誘導するように会釈した。


「んん。どうも」


室内に入った鴉が礼を言う。男が扉を閉めて振り返ると鴉は溶ける様に姿を変え、ガタガタと寒さに震える男に変わった。白い翼は残したまま、まるでタオルケットのように体に巻いている


「ようこそおいでくださいました。なんとお礼を言えば良いか…」

「謝礼は後から来るギルド長に言ってくれ。予定では明日の朝に来るはずだ」

「かしこまりました。」


短いような長い廊下を終え、酷く重厚な扉を開けた。そこから漏れる暖かな光、温度。扉の真正面に雪国ならではの大きな暖炉がある。


「ほゥ…」


暖炉前のテーブルには既に3人、どれも銀髪で氷色の目をしている。何やら雑談しているがお構い無しに男は暖炉へと向かう。巻き付けていた翼はいつの間にか消え、同色のロングコートに変わっていた。テーブルの更に奥、暖炉の火を眺めていられる距離に1人掛けのソファーが2つ。そのうちの1つ、右側のソファーに人影が。


「あぁ、そちら私の妻と娘です。」


雑談していた男のひとりが嬉しげに話しかけてきた。男の声に反応したのかソファーに座っていた女が腕に赤子を抱いて会釈する


「リスィと娘のリアンです。初めまして。」

「……………よろしく」

「あぁ、紹介がまだでしたな。こちら――」


奇妙な沈黙を破り、老人が身振り手振りで室内に居る男達を紹介していく。テーブルにつき、雑談していた銀髪3人衆のうち、妻と赤子がいるのをアルビレオ、腰から魔石を下げているのがミラ、この中で一等若いアルコル。老人はレグルスという。


「徨夜だ。基本的に作戦だの話し合いだのそこら辺は明日来るレイに言ってくれ。ただし、ひとつ確実なのは売人どもの動きだな。明日の夜、どうやらここを発つらしい」

「なんでそれを…?…なぁ、……アンタ、どこ出身だ?」

「はっ。答える義務がない」


若い銀髪が徨夜に絡む。心底どうでも良い、興味がない雰囲気を纏って徨夜が口を開いた。


「若いの、無駄な質問をするんじゃない。ちなみに、お前は見るからに年齢は17、姉か兄が居たが……消えたな?出身を聞くのは、あー、兄か。兄が消えた原因を探しているから。しかもその原因が今回のウィル・オー・ドラッグ絡みとくれば居てもたってもいられない。そこにいるアルビレオ?だったかの家に居候。で?お前は何が出来るんだ?」


圧巻である。言い当てられた若いの、もといアルコルは豆鉄砲を当てられた鳩のよう。場が凍った。


「間違いを正すチャンスは幾らでもあるが、今回は降りた方が身のためだぞ。兄のようになりたいなら、話は別だが」

「徨夜さま!!どうか、この老いぼれに免じて、けして邪魔はさせませんゆえ」

「レイに言え。全ての決定権はギルド長にある。では。」


来たばかりの部屋を後にする。扉の閉まる音が凍りついた場の解凍の合図のように暖炉の薪が弾けた。窓の外は吹雪。徨夜の姿どころか隣家の形すら見えない。
一体どこに消えたというのか。








――――――――――――――――





翌日。どうやら集会場であったあの家に徨夜は戻らず、そうこうしているうちにクレアシオンからレイがやって来た。傍らには愛馬であるミリアムもいる。
昨夜の吹雪から一変してよく晴れている。雪が光を反射して、レイには見慣れた景色が広がっていた。

集会場の扉前に昨夜と同じように老レグルスが立っている。申し訳なさそうな表情を浮かべてレイを出迎える。


「レグルス老、でしょうか?」

「お待ちしておりました、レイさま」

「………あー、徨夜という男は来ませんでしたか?」

「申し訳ありませぬ、レイさま。私の配慮の至らなさでございます」

「オレがどうかしたか?」


レグルスが深く頭を下げようとした瞬間、見計らったかのように徨夜がレイの傍らに降り立つ。白いコートが靡く。


「フィールドワークしてきたぜ〜」


懐から何やら怪しげな液体の入った小瓶を取りだし、にんまり笑う。徨夜に気をとられていたレグルスだが、思い出したかのように集会場への扉を開いた。


「ささっ、立ち話も何ですのでどうぞ中へ」

「ではお言葉に甘えて……おい、何やってんだ、行くぞ」


レイが余所行きの顔でレグルスに応えた。隣に居たはずの徨夜はおらず、レイの愛馬であるミリアムを札に戻している


「おい、」

「用事済ませてくるわ〜♪」

「は?用事?」


レイに小瓶とミリアムの札を投げ、いつのまに喚んでいたやら自分の持ち馬である黒馬(名前はキーツ)に跨がる。雪道に馴れていないキーツがまるで雪を嫌がるかのように足踏み(ピアッフェ)をして馬上の徨夜を揺らした。


「それじャ、夜にな〜♪」

「お、おい!!」


レイの制止を無視して黒馬は走り去る。呆気に取られているレグルスがふと雪に覆われた地面に視線を落とし小さく息を飲んだ。
黒馬へと、徨夜へと続く影がやけに長い。何か途轍もなく巨大な蛇が泳いでいるように見える。

もしや、あの男は人間ではないのか。得も言われぬ恐怖に身を竦めていると、痺れを切らしたのか集会場の窓からこちらを見ている。昨夜と顔触れは変わらない。

ふと、レイを見たリスィが目を見張るのが見えた。何に対する緊張か、何に対する警戒か。分からないが、気にしている暇などない。ドラッグの売人は今夜動くのだ。

全てが今夜決まる。



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