2015-8-16 10:50
白銀の町、コーマリアルド。
氷聖スティーリア国の外れにある小さな町。隣国、エテルノ・クレアシオンからの玄関口としても有名である。辺りは万年雪に覆われていながらも町としての機能を働かせていた。
その、コーマリアルドへの街道に1匹の黒い豹が現れたのは深夜のことだった。路肩の雪に埋もれながらも雪を漕いで街門から少し離れて止まった。
門と言っても差ほど大きくはなく、助走をつけた黒豹が軽々と飛び越せる……精々が25mくらいの高さである。いや、普通の黒豹は飛び越せないが。しかも飛び越した先、民家の屋根に衝突する前に空中でくるりと一回転をして白い鴉へと姿を変えた。
家々の看板が雪で埋もれている。が、気にせずに白い鴉は一軒の家へと向かった。入り口に老人が立っている。スティーリア国民特有の瞳の色。ただし髪の色だけは違う。プラチナブロンドではなく、銀髪だ。
その老人が扉を開け、鴉を誘導するように会釈した。
「んん。どうも」
室内に入った鴉が礼を言う。男が扉を閉めて振り返ると鴉は溶ける様に姿を変え、ガタガタと寒さに震える男に変わった。白い翼は残したまま、まるでタオルケットのように体に巻いている
「ようこそおいでくださいました。なんとお礼を言えば良いか…」
「謝礼は後から来るギルド長に言ってくれ。予定では明日の朝に来るはずだ」
「かしこまりました。」
短いような長い廊下を終え、酷く重厚な扉を開けた。そこから漏れる暖かな光、温度。扉の真正面に雪国ならではの大きな暖炉がある。
「ほゥ…」
暖炉前のテーブルには既に3人、どれも銀髪で氷色の目をしている。何やら雑談しているがお構い無しに男は暖炉へと向かう。巻き付けていた翼はいつの間にか消え、同色のロングコートに変わっていた。テーブルの更に奥、暖炉の火を眺めていられる距離に1人掛けのソファーが2つ。そのうちの1つ、右側のソファーに人影が。
「あぁ、そちら私の妻と娘です。」
雑談していた男のひとりが嬉しげに話しかけてきた。男の声に反応したのかソファーに座っていた女が腕に赤子を抱いて会釈する
「リスィと娘のリアンです。初めまして。」
「……………よろしく」
「あぁ、紹介がまだでしたな。こちら――」
奇妙な沈黙を破り、老人が身振り手振りで室内に居る男達を紹介していく。テーブルにつき、雑談していた銀髪3人衆のうち、妻と赤子がいるのをアルビレオ、腰から魔石を下げているのがミラ、この中で一等若いアルコル。老人はレグルスという。
「徨夜だ。基本的に作戦だの話し合いだのそこら辺は明日来るレイに言ってくれ。ただし、ひとつ確実なのは売人どもの動きだな。明日の夜、どうやらここを発つらしい」
「なんでそれを…?…なぁ、……アンタ、どこ出身だ?」
「はっ。答える義務がない」
若い銀髪が徨夜に絡む。心底どうでも良い、興味がない雰囲気を纏って徨夜が口を開いた。
「若いの、無駄な質問をするんじゃない。ちなみに、お前は見るからに年齢は17、姉か兄が居たが……消えたな?出身を聞くのは、あー、兄か。兄が消えた原因を探しているから。しかもその原因が今回のウィル・オー・ドラッグ絡みとくれば居てもたってもいられない。そこにいるアルビレオ?だったかの家に居候。で?お前は何が出来るんだ?」
圧巻である。言い当てられた若いの、もといアルコルは豆鉄砲を当てられた鳩のよう。場が凍った。
「間違いを正すチャンスは幾らでもあるが、今回は降りた方が身のためだぞ。兄のようになりたいなら、話は別だが」
「徨夜さま!!どうか、この老いぼれに免じて、けして邪魔はさせませんゆえ」
「レイに言え。全ての決定権はギルド長にある。では。」
来たばかりの部屋を後にする。扉の閉まる音が凍りついた場の解凍の合図のように暖炉の薪が弾けた。窓の外は吹雪。徨夜の姿どころか隣家の形すら見えない。
一体どこに消えたというのか。
――――――――――――――――
翌日。どうやら集会場であったあの家に徨夜は戻らず、そうこうしているうちにクレアシオンからレイがやって来た。傍らには愛馬であるミリアムもいる。
昨夜の吹雪から一変してよく晴れている。雪が光を反射して、レイには見慣れた景色が広がっていた。
集会場の扉前に昨夜と同じように老レグルスが立っている。申し訳なさそうな表情を浮かべてレイを出迎える。
「レグルス老、でしょうか?」
「お待ちしておりました、レイさま」
「………あー、徨夜という男は来ませんでしたか?」
「申し訳ありませぬ、レイさま。私の配慮の至らなさでございます」
「オレがどうかしたか?」
レグルスが深く頭を下げようとした瞬間、見計らったかのように徨夜がレイの傍らに降り立つ。白いコートが靡く。
「フィールドワークしてきたぜ〜」
懐から何やら怪しげな液体の入った小瓶を取りだし、にんまり笑う。徨夜に気をとられていたレグルスだが、思い出したかのように集会場への扉を開いた。
「ささっ、立ち話も何ですのでどうぞ中へ」
「ではお言葉に甘えて……おい、何やってんだ、行くぞ」
レイが余所行きの顔でレグルスに応えた。隣に居たはずの徨夜はおらず、レイの愛馬であるミリアムを札に戻している
「おい、」
「用事済ませてくるわ〜♪」
「は?用事?」
レイに小瓶とミリアムの札を投げ、いつのまに喚んでいたやら自分の持ち馬である黒馬(名前はキーツ)に跨がる。雪道に馴れていないキーツがまるで雪を嫌がるかのように足踏み(ピアッフェ)をして馬上の徨夜を揺らした。
「それじャ、夜にな〜♪」
「お、おい!!」
レイの制止を無視して黒馬は走り去る。呆気に取られているレグルスがふと雪に覆われた地面に視線を落とし小さく息を飲んだ。
黒馬へと、徨夜へと続く影がやけに長い。何か途轍もなく巨大な蛇が泳いでいるように見える。
もしや、あの男は人間ではないのか。得も言われぬ恐怖に身を竦めていると、痺れを切らしたのか集会場の窓からこちらを見ている。昨夜と顔触れは変わらない。
ふと、レイを見たリスィが目を見張るのが見えた。何に対する緊張か、何に対する警戒か。分からないが、気にしている暇などない。ドラッグの売人は今夜動くのだ。
全てが今夜決まる。