スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

WONDER BOX

鼻に詰め物をしたまま、ふがふがと徨夜が弁明した。


「あー、親愛なるギルド長の部屋で騒いだのは……めっちャソーリー。黒兎の状態が知りたいんだが、面会謝絶?ダメ?アカンやつ?」

「当たり前だ。」

「だっ!!酷い!!薬学の進歩を足蹴にしてると痛い目見るぞ!!知らない内に薬学は未来レーンを独走ぶっちぎりで走り抜ける、ごふっ!!ん、だからな!!」

「貧血を独走ぶっちぎりしてるのはお前だがな。自業自得か」


鼻だけでは飽きたらず、口からも血が溢れ出す。端から見ればちょっとしたホラーだが、レイの言う通り徨夜の自業自得である

事の始まりは数日前に起きた、ギルド長の不在(原因は徨夜)での、黒兎と徨夜の何でもない口喧嘩である。ただし、いつもであれば。の話だが。


「折角こっちが画期的な拷問方法を考えて頭の中で再現してたのに手が止まってるだのちャんとやれだの締め切りに間に合わないだのこの文章意味わからんだの喧しいんだよ!!」

「…………」

「確かに親愛なるギルド長に検証途中の薬品を投げたのはめっちャソーリーだなァ。って思ったけどよ!!オレだって驚くの!!ノミの心臓なの!!咄嗟にペンチに手が行くようになってんの!!本能!!分かる!?本能やで!!出る杭は出る前に根本から断つ派なの!!つまりオレは悪くない!!」


ガタン!!と大きな音を立てて椅子が倒れた。勢いよく立ち上がり目眩に襲われたのかテーブルにしがみつく徨夜(血塗れ)。しばらくもがいてから、足元に置いていたビーカー(血入り)を引っ張り出し、傍らに漂う白い手にメモを録らせる。


「服薬から4日経過現在、出血量は200ml/hに激減。成人男性の総血液量…………何か?」

「………いや。普通なら死んでるな、と」

「んん。普通ならな。……さて、体重50kgの総血液量は大体、4.0l。その半分になるには…この効き目だと10時間だな。アニマ、メモして。」


アニマと呼ばれた白い手が、まるで頷くように手首を振り、紙に字を書いていく。それを目で追いながらビーカーの中身を空にした。


「お前、―――――」

「は?」




急にレイの声が聞こえなくなった。周りの景色もぼやけ、傍らの白い手だけがはっきりと見える。音が、その場にそぐわないノックの音が、夜明けを告げる鐘のように響き渡った。こちらを呼ぶ声もする。

パチリ、パチリと瞬きの間にぼやけた景色は鮮明に、目の前にあったはずのビーカーも、傍らのアニマも消えて、そこにあるのは開かれたままの本。まるで読書の途中に寝てしまったかのようにページの隅には折れた跡があった。夢から醒めたかのように辺りを見回す。床にはポツポツと続く血痕、来客用のソファーの背には血と土埃に塗れた黒いコート。眼を擦ろうと眼前に出した手は赤茶色の、元は液体であったであろう塊や粉に塗れていた。

こちらを呼ぶ声に返事をしながらも、ふと、開きっぱなしの本に視線を落とす。


―Amami poco. ma continua


1つの文章だけを残し、後のページは全て白紙になっていた。それを一瞥しただけで、徨夜は本への興味を無くし、何かを口のなかで唱えると柏手ひとつで部屋を綺麗にした。血痕も汚れたコートもない。部屋の出来にニンマリと笑みを浮かべて部屋を後にする。

振り返らずに部屋を後にした徨夜は気付かない。白紙のページへ残されていた1つの文章が変わっていたことに。どこか神経質そうな細い字で


―Be careful what you pretend to be because you are what you pretend to be.


と書き換えられていた。

/ Memorizzato nella nel libro








――――――――――――――――――――――










バーカウンターの背後に並ぶ、色とりどりの酒瓶を見てニンマリと笑う。カウンターの向こう、ちょっとした広間ではレイが部下達に挨拶をしていた。


「ようこそ、新人諸君。あまり堅いことは言いたくな――」

「 はいはーい♪シャングリ・ラ次席やってる黒兎でっす。今日は無礼講だから、みんな楽しんでねぇ♪」

「おい…」

「あっ…あは、は。ごめんね、レイ」


レイに睨まれた黒兎が恥ずかしげに頬を掻きながらテーブルへと戻る。場の緊張が消え、和やかになる。咳払いをして話を続けた


「 前も言ったと思うが、ギルド長のレイだ。今日は歓迎会だからはしゃぎ過ぎるな、の前に……どこぞ実験バカにはくれぐれも気を付ける様に。ああ、はしゃぎ過ぎるなとは言うが、今日は存分に楽しんでくれ」

「あ!!あと、そこに居る眼鏡のニンマリしてる人が徨夜だからね♪」


全く話す気配がないので黒兎が指で徨夜を指した。レイや黒兎の古参の部下や、新入達からの視線を一身に浴びつつ、ひらひらと手を振る。何かを言うのかとレイが徨夜を見るが、口を開く気がないのかニンマリ笑ったままである。


「と、まぁ…そんな感じだな。分からないことがあれば先輩方に聞いてくれ。先輩方、よろしく頼んだぞ。……では、」


黒兎がグラスの行き渡り具合を確認して頷く。それを見たレイがグラスを掲げた


「ようこそ、ギルド シャングリ・ラへ!!」


カチン


あちこちで響くグラスの音。ワイングラスに紅茶色のカクテル。キールと名前の付いたそのカクテルは度数も然程高くないので食前酒としても出される事がある。レイが作ったパーティ料理に合うようにと、黒兎の協力のもと、調整されたキール。

立食パーティだが堅苦しくならずに馴染みやすく。レイはいつも以上に腕を奮ったと見える。料理の置かれたテーブルに人波が流れ、カウンターに近付くのはレイと黒兎の2人のみ。黒兎はニコニコと笑ったまま楽しそうにカウンターに寄り掛かった


「何で眼鏡?」

「何となく」

「ロング。」

「おォい、それしか飲まないつもりか?」


ウォッカの瓶とジンジャーエールの瓶を取り出してそれぞれを銅製のマグカップに入れていく。カップは真夏に触りたくなるほど冷やしておけば、氷を入れる量が減る。軽く混ぜてからライムの輪切りを乗せて、モスコミュールの完成。


「ロング……?モスコミュールじゃないの?」

「これ、はモスコミュール。さてはギルド長め、この後に仕事が控えているな?」

「締切は待ってくれないからな」


やれやれ。これだから仕事人間は。と言わんばかりに目を細め、黒兎に向き直る


「なに?」

「んや?」


おもむろに細長いグラスを取り出し、青い瓶の中身をソーダで割る。青空のような色のカクテルはラズール・リッキーと呼ばれ、グレープフルーツの爽やかな味と、ソーダの炭酸が喉に楽しいカクテルだ。


「わぉ……。何で分かったの?」

「くっひひひ♪」


その内グラスを空にした部下達がポツポツと徨夜の元へやってくる。それぞれを首を傾げて一瞥しただけでカクテルを作り上げるから不思議だ。女性であれば度数が低く、甘い物を。男性は少し度数が高めの、さっぱりした物を。アルコールに弱いのも瞬時に見抜き、本人のプライドを傷付けないようにそれとなくノンアルコールの物を渡していく。


カンパリ・ソーダ
ストロベリーミルク
ルジェ・アップルソーダ
ティフィン・レモンソーダ
ブラッディ・メアリ
パナシェ
マティーニ


次々にサーブされるカクテルを各々が手に取り、談笑へと戻っていく。波が捌けていくと、やっと自分の分を作り、レイと黒兎にグラスを掲げる。


「Good bye. judas.」


透明なカクテルを一気に煽り、満足げに唇を舐める。
喉を灼くジンのアルコールと爽やかなライムの香り。
ギムレット。


「お前はまたソレか」

「ギルド長に言われたくないね」


レイに新しいカクテル(カリフォルニア・レモネード)を出して、徨夜が笑う。黒兎は酒よりも料理が良いらしく、カウンターを離れて部下と談笑しながら食べている


「…………」

「お前が、こういう場でキールを出す理由も……飲む酒がギムレットなのも分かっているつもりだ」

「ほァ?」

「忘れろとは言わん……むしろ不治の傷としろ。オレには重すぎる」


それは5年前にこのギルドで起きた忌まわしい事件。
まだ新人であったレイ、黒兎、徨夜の3人だけが助かった咎獣と呼ばれる化け物の襲撃。
それによってギルド シャングリ・ラはほぼ壊滅。2代目ギルド長、以下9人が死亡。辛くも生き残った3人も其々が重傷を負い、咎獣の討伐に成功。

ほぼ、ゼロからのリスタート。レイはギルド長に、黒兎は次席に。残る徨夜はフラリと姿を消し、1年間、戻って来なかった。2人だけのギルドが軌道に乗り始めた頃、姿を消した時と同じようにフラリと現れた徨夜。
レイの射貫くような視線も気にした様子はなく、1年のブランクを無視した振る舞い。レイや黒兎の部下に対しても、何も思っていないのか名も名乗らずに酒を振る舞った。その酒が、キールである。あの酒は徨夜を庇って死んだ男がよく振る舞っていた。それを引き継いだように徨夜はキールを作る。そして自分が飲むのはギムレット。

気まずい沈黙を徨夜の笑い声が破った。


「くっくっ…。デゼルト(荒野)が徨夜を呼んだ。だったか?」

「お前を庇って死んだんだぞ」

「そうな。…………迷惑だ」


真っ直ぐにレイを射貫く徨夜の眼。青みがかった瞳孔がいつもの細さを忘れ、まあるく膨れている。それが見せる錯覚か、徨夜が泣いているように見えた。


「何々?見つめあっちゃってヒミツのお話しぃ?僕を抜きでぇ?」

「くっひひひ♪黒兎、お前酒弱いのな」

「んふふふ♪よぉし、こーや!!ショットガンしよう!!準備してー♪」

「あいよー♪」


テキーラの瓶、2つのショットグラス、くし切りにされたライム、岩塩。黒兎がグラスにテキーラを並々と注ぎ、ライムをかじる。徨夜にもグラスを渡すと、同じようにライムをかじり、ニンマリと笑ったままテキーラを煽った。


「んぐっ……」

「あァ゛……。やっぱ美味ェなァ…」

「はーい♪もういっぱぁい♪」


渋い顔をしたのも一瞬で、黒兎がケタケタ笑いながら徨夜のグラスを回収する。回収されて手持ちぶさたになった徨夜が岩塩を一欠、黒兎の口に投げ入れた


「岩塩忘れんなァ。飲み方教えただろ?」

「教えたのか」

「くっひひひ♪ショットガンは1人でやるもんではないのよ」


レイの呆れを他所にグラスは進んでいく。数えて5杯目で黒兎が潰れ、ナメクジのようにカウンターになついた。徨夜はまた、ギムレットを飲み始める。もうカクテルは作らないのか、サーブされるドリンクは全てノンアルコール。飲みすぎるな、ということか。(確かに2人でショットガンをしている最中にも徨夜はかなりの数のカクテルを提供していた。)

宴もたけなわ。

部下達の笑い声と、カウンターでむにゃむにゃ言う黒兎と。今宵の宴も大盛況である。


/Kir or Gimlet





<<prev next>>