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Seven Deadly Sins

煙るような雨が辺りを覆っていた。こんな不可解な雨はモンスターが跋扈してくれる。向かう足を止めたくはないが、命は惜しい。背の鞄を下ろし、奇妙に枝を巡らせた木へと身体を預ける。

この奇妙な木は遠くへ旅立つものへの祝福だ。


―この木は不殺の術がかかっているそうですよ?だからモンスターは襲ってこない。むしろ、モンスターにとっても都合が良い。手負いでも襲われない。ふふふ、旅のお方。ご存知でしたか?


驚いた。まさか自分ひとりではないとは。確かに自分ひとりだと思っていたのに。いや、しかしこの男(声は噎せかえる様に甘いが、眼は猛禽のように鋭い)全く濡れていない。煙る雨の中やって来たのならば自分と同じように身に纏う黒いコートが濡れているはずである。だが、濡れていない。もしや魔術師かと声を返してみる


―貴方も旅をされているのですか?もしや、魔術師では?

―ご名答です、旅のお方。いやはや、まさか降られるとは思ってもみませんでしたよ。


なんだ、やはりそうなのか。仲間だ。雨に降られた仲間。雨影に高じてやってくるモンスターを恐れる仲間なのだ。しかし違和感は拭えない。普通、魔術師は個人で動かない。剣士やらと徒党を組み、動くはずである。まさか仲間を捨ててきたとも思えずただただ横に立つ魔術師の動きを探るしかない


―ふむ。しかしこうなってはヒマですなぁ。旅のお方、世間話でもしませんか?お荷物を見るからに貴方は色々な国を巡っていそうですし。


ニッコリと錯覚で聞こえそうな笑み。雨が止むまでの時間潰しである。隣の魔術師はもはや聞く体勢でこちらを見てくる


―あまり語るのは得意ではないのですが………。あれは陽の美しい陽告(ヨウコウ)国で見ました。






世界の東側にある国。どの国よりも先に朝日の恩恵を受ける楽園。そこに住まう人々は皆明るく、争いも少ない。
だが、そこで見てしまった。あれは白夜の夜、何とはなしに宿の外を眺めているとすぐ隣の道を走り去っていく人影が見えたんですよ。最初は、そう。大通りに面した宿だったんで、お使いを頼まれたのかなぁ。なんて思ってたんですが、良く良く考えてみたらそれはおかしいんですよね。何せ時間が時間だったのでお店は何処もやってない。なのにお使い?それはない。しかもあの国では夜間に出歩くのを止められるんですよ?魔術師さん、知っていますか?陽告国には恐ろしいマフィアがいるんですって。私はこの道の先にある首都エテルノ・クレアシオンに住んでいるので噂話しか聞かないのですが、陽告国のマフィアのボスはその眼に煉獄を宿した恐ろしい男なんですって。燃え盛る朱の瞳。眉唾物ですが、その男は大昔に滅ぼされた強欲の悪魔の一族の末裔らしいのですよ。でもその人影、あれは子供だったのかな?その子も私の見間違えでなければ朱瞳だったような……。いや、きっと見間違いですね。


そうだ。強欲の悪魔といえば、常夜国にもいるそうですね。悪魔が。魔術師さんは何処のご出身で?肌を見る限りは陽告国ではなさそうですが。もしかしてスティーリア国ですか?スティーリア国には傲慢の悪魔がいたそうですが、やはり滅ぼされたのでしょうね。ご存知ないですか?悪魔が世界を壊そうとした時、真っ先にスティーリア国に神が起たれたのです。その神は傲慢の悪魔を殺し、スティーリア国を聖都に定めようとした。けれども聖都はエテルノ・クレアシオンになった。それはどうしてなんでしょうか?魔術師さん、何かご存知ですか?



それは、そうですね。史書では悪魔の血族が多すぎた為。と記されておりますよ。



まだ雨は煙る。しかし魔術師は笑みを浮かべたまま今にも踊り出しそうな勢いである。


魔術師さん?どうしました?まだ雨は止んでいませんよ?

いえ、いえ、良いんですよ。私は嬉しいんです。まだ生きている。少なくとも血族がいる。こんな所で雨が止むのを待つのは無駄だ。私は嬉しい!!早く探したい!!行商人殿、陽告国に居たのですね?強欲が!?嗚呼!!オレは嬉しい!!先に陽告国へ行かねば。スティーリア国は次にしよう!!なんて吉日!!



興奮しているのか、魔術師の口調が定まらない。その内に木が悲鳴を上げるかのように軋んだ。魔術師のコートが風もないのに揺れる。


ま、魔術師……さん?

よろしければ行商人殿、貴方のお名前をお聞きしたい!!行幸だ!!恵みだ!!あぁ、そうだ失礼の無いように言っておくと私は何物も受け付けず、大嘘つき。私は水から産まれた。行商人殿。貴方のお名前は?いや、名前はこの際問題じゃないな。行商人殿、私の名前を呼んでくれますか?早く早く、行商人。早く呼べ!!!!


表情が変わりすぎて着いていけない。喜んでいるのは一貫して変わらないが一喜一憂が激しすぎる。そして止まない軋み、はためき。いよいよ魔術師が行商人の前に立ち微笑んだ。


な、名前……?

えぇ。名前を。 Please call me name.


名前など教えられていない。ただ説明のような、訳の分からない詩を詠っていただけでは?私は水から産まれた。私は何物も受け付けず、大嘘つき。繰り返す度に目の前の魔術師が嬉しそうに眼を細めていく。瞬きの合間に煌めく緑の閃光。



私は水から産まれた、私は何物も受け付けず、大嘘つき………煌めく緑の閃光。名前を呼んで……。あぁ、そんな、バカな……魔術師さん、貴方のお名前は………レヴィアタン……


殆ど最後の方は声が掠れて、自分でも聞き取り難い。
だが、はっきりと口は紡いだ。古に滅ぼされた悪魔の名を。呼ばれた魔術師はその声に応えるように一度だけ尾を揺らした。尾を?

闇を溶かして形作ったような色をした尾が見える。魔術師のコートではない。それとはまた別に、尾が、ある。魔術師の身体が不気味に震える。笑い声、口は裂け、喉にまで達する。身体が溶ける。人の身体を途轍もない熱湯で溶かしたらこうなるのだろうか。それまで魔術師が立っていた場所には黒々と光る翼無きドラゴン。陽告国の絵画にあった龍と呼ばれる神聖な生き物の様にも見える。震える声で、私はまた呼んだ


貴方は……レヴィアタン…なのですね…?


悲鳴にも怒声にも似た声でドラゴンは応えた。蜷局を巻いていた身体を撓らせて、あろうことかドラゴンは上空に消えた。


曇天に紛れて黒い尾が見え隠れする。泳ぐように雲を掻き分け、姿を消した。


嫉妬の悪魔。滅ぼされていない。そして、他の悪魔も。大罪が世界を闊歩している。だが、しがない行商人の私が騒いだところで世界が変わる事はない。



雨はまだ煙るのを止めない。








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