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桜舞う随想【三十七幕 根源討伐の刻】







「本当に、其れで宜しいか?」

上座に座る若き総将が、目の前に座る一人の男に問う。

男は黙って頷く。

「構わないよ。十分過ぎる程、『毛利』は織田に抵抗した。もう、私にはどうこう出来る策は持ち合わせていない。」

男は、お手上げの仕草をしながら、織田に逆らう気持ちは更々無い事を示した。

「元就殿、聡明なる御英断、痛み入る。」

総将は、深々と頭を下げる。

「頭を上げてくれ、信忠殿。貴方は織田家の御当主。軽々しく下の者に頭を垂れてはいけない。威厳を保つ為にも、偉そうにふんぞり返っていないと。」

男・元就は、慌てて総将・信忠に助言する。

「それに、御英断、と言っても、そんなに誉められる程じゃないよ。保身と毛利家存続の為に、織田に全てを売ったに過ぎないよ。」

「それでも、その決断で是以上、人が死なずに済む。其れだけでも織田に降った事には意味がある。」

信忠は、元就の謙虚な決断を力強く肯定する。

「では、元就殿。」

「了解だよ。西国の抑えは僕に任せて。」

信忠の言葉に、元就が力強く頷く。

信長が『討たれ』、信長を『討った』政宗が直政の手で捕縛されたという情報が流れ、信忠が織田家を継いだと同時に、元就が信忠に謁見したい、と信忠に申し出て来た。

其の機会(タイミング)が余りに良過ぎた為、信忠は元就の智謀を疑った。

全てを『悟った』上で、敢えて降って来たのではないか、と。

だが、元就は、

「どんなに悟ったにしても、全ては憶測にしか過ぎないからね。」

と意味深な笑みと共にそう信忠に告げた。

信忠自身、まだ、何か言いた気だったが、元就のニヤけた笑みを見ると、是以上は『墓穴』を掘る事に成りかねない、と判断して信忠は口を閉じた。

そして、元就が降り、信長を妨げなければ、理由は何であれ、善しとしよう、と信忠は自身にそう納得させた。










「どうやら、話合いが付いた様だな。」

佐助からの情報を受け取った信長が、深い笑みを作り、目の前に座る信之達にそう告げた。

「はい、もう、大丈夫です。父上も幸村も救われ、敵味方に別れ戦う事になった上田城の合戦も起こらずに済みました。後は…‥」

「全てを掌握し、日ノ本を間違った『泰平』へと導いた家康だな。」

信長の言葉に、信之はゆっくりと頷く。

「だが、良いのか?信之。過去の事とは言え、一度は卯ぬが盟主だった相手であろう?」

その信長の言葉に、信之は真っ直ぐに信長を見つめた。

「其れは、もう、過去の事です。其れに…‥家康には幸村や父上を救う等、眼中に全く無かった事を知った今、家康に未練等御座いません。寧ろ、私の様な、合戦後、家康から全てを奪われた諸将達の様な者達を生み出さない為にも、家康を倒します。」

「そうか。卯ぬが覚悟、しかと見届けた。」

信之の言葉に、信長は力強く頷いた。

変える前に起きた合戦は、歴史を変えてしまった為に、起きなかったものがある。

関ヶ原合戦が其の一つだ。

恐らく、勝頼も義元も健在で、尚且つ、信長が家康の盟友では無くなった事が起こらなかった原因の一つだろう。

関ヶ原合戦が起こらなかったのだから、勿論、幸村と昌幸が流刑になる出来事も起きる事は無い。

流刑先で、昌幸が亡くなる事も無くなった。

となると、家康は自らが建城した江戸城に居ると言う事になる。

つまりは、未来では大坂城が最終戦だったが、変えてしまった後の最終戦は江戸城という事になる。

「是で全ては終わります。」

「そうだな。」

昌幸の言葉に、信長が皆に気付かれないように少し切な気に笑って頷く。

そして、信之も。

恐らく、家康を討てば、自分や信長は『未来』へと帰って行く。

信之と信長は、その事に気が付いている。

気付いているからこそ、信長は最後の『大仕掛け』を江戸城に施すつもりでいた。










「昌幸と幸村は、安土城へ残れ。」

軍議後、信長は昌幸にそう告げた。

もう、是で昌幸と幸村、そして、今までに救った人達に会うのは最後だと信長は感じていた。

だからこそ、信長は昌幸達を合戦へと連れてはいけない、と思った。

「大丈夫なのか?」

「ああ、大丈夫ぞ。信之も一緒故。其れに、頭主を退いたとは言え、予までもが城を留守にする訳にもいかぬであろう?」

「其れもそうだが…‥」

信長の言葉に、昌幸は中々納得しない。

「必ず、戻る。」

突然発した信長の声に、昌幸は顔を上げる。



――――そして、初めて見る信長の優しい微笑み。



暫く、唖然と見つめていたが、昌幸もまた笑みを浮かべた。

「…‥分かった。貴方を信じよう。必ず戻って来い。」

「ああ、約束しよう。」

昌幸はそう告げ、信長の返事に満足気に頷くと、そのまま背を向け、安土城を防衛する為の策を練る為に部屋を出て行った。



そして、その背中を見送りながら、信長は心の中で別れの言葉を投げ掛けた。










「…‥辛いだろうが、予等は未来からの異邦人。是以上の過去の干渉は許されぬ。下手をすれば、未来へすら戻れなくなる。」

信長は、寂しそうな笑みで説明をした。

そして、その説明に信之は頷く。

「大丈夫です。信長公と共に過ごし、貴方からは沢山の幸せを貰いました。其れと、自分の両手では抱え切れないくらいの思い出も沢山貰いました。だから、大丈夫です。」

信之はそう言うと、切な気に笑う。



未来に戻れば、信長や昌幸達の居ない生活が待っている。

でも、過去を変えた今、未来がどうなっているかは分からない。

でも、其れでも、彼が、彼等が生きている未来なら、信之自身消滅する未来でも後悔は無い。



信之は、信長に頷いてみせる。

信長もまた信之に頷いてみせた。

そして、二人はゆっくりと、家康の待つ江戸城へと向かい、馬を走らせた――――










多くの死が、多くの悲劇が、青年の傍らを通り過ぎて行った。

信之は、『生』と同時に、『死』を見つめてきた。

其れが誰にでも等しく訪れるものだ、と彼は知っている。



――――だから、信之は未来を変える事を怖いとは思わない。



「大丈夫ぞ。その気になれば、取り戻せないものなんて、殆ど無い。」

信長は思い詰める信之にそう励ました。

どうしようもない事は幾らでもある。

だが、絶望と同じ様に希望もある。



視線を向けた先に、大広間の襖が現れた。

「此の先に、家康が居られまする。」

銀鎧に身を包んだ武士が二人を案内する。

「…‥忠勝、良いのか?」

「構いませぬ。どうか、御気遣い無く。」

忠勝は、真っ直ぐに迷いも、偽りも無い、眼差しを信長に向け、はっきりと言い切った。

江戸城に辿り着いたと同時に、信之と信長は、其のまま、家康の居る江戸城内へと侵入した。

「…‥信長公、信之殿、此方に。」

侵入と同時に、二人に声を掛ける人物が居た。

其れが忠勝だった。

忠勝は、徳川への帰参は叶わなかった。

彼を客将として預かっている旨と、此方には忠勝をどうこうしようとする気持ちは更々無い旨を、家康に打診していたが、家康からの返事は待てど暮らせど全く無く、最終的には『好きせよ』とたった一言だけの文が届いた。

信長は、家康に憤りを感じながら、忠勝に自らの領地にある空き家を与え、暫くは静かに暮らせ、と薦めた。

其の薦め通り、忠勝は表から姿を眩ましていた。

其の忠勝が、家康では無く、信長達に味方する為に目の前に現れた。

「忠勝殿、貴方の忠は…‥」

「全ては我が御心が命ずるままに動いたまで故、御気に召されるな、信之殿。」

忠勝は目を細め、小さく笑って信之の言葉をそっと止める。

「忠勝殿、案内頼めるか?」

全てを悟った様に、信長は忠勝にそう告げた。

「承知。」

信長の言葉に、忠勝は力強く頷いた。

「信長公、信之殿。」

「構わぬ。此処までの案内、御苦労だった。」

信長がそう礼を告げると、忠勝は深々と頭を下げ、ゆっくりと踵を返して、其の場を立ち去った。

そして、忠勝を見送った後、信長と信之は互いに頷き合い、天守に続く襖を開けると、天守の上座に家康が其処に居た。

遠い過去、同盟を組んでいた時と違い、家康が纏う力は、余りに圧倒的過ぎて、呼吸することさえ、困難だった。

過去が少し変わっただけで、こうも人間は変わるものか、と信長は肩をすぼめて小さく笑った。

家康は、鋭い瞳で、信長達を見下ろす。

「邪魔立て致すか?天下泰平を望む、この日の我が願いを。」

「そう簡単にはいかぬ。」

信長が刀を抜き、真っ先に攻撃を仕掛ける。

「信長殿、今川に主家を滅ぼし掛けられた貴方ならば、儂の気持ちがお分かりになるであろう?」

キン、と互いにぶつかる金属音が響く。

「人質扱いされ、今まで、今川の為、苛烈に駆けたにも関わらず、居場所を失われ、行き場を無くした徳川家の者共や儂に付いて来た我が家臣達の気持ちが。」

「居場所等、求めるものではない。無い物強請りする前に、自分が何処に立っているのかを知るべきぞ。何処に居ても、何をしても、予は予だ。」

嘗て、日ノ本に対して抱いていた思いが、今の信長には無い。

誇りの為に、死に向かうつもり等、更々無かった。

信長は、揺るぎ無く、家康の刀に立ち向かった。

家康の刃先を弾き返し、尚且つ、家康の肩を斬り裂く。

信長は、滑る様に家康に再び迫る。

踏み込みと同時に、半回転しつつ振り抜いた大蛇麁正が家康を捕らえる。

そして、そのまま無数の剣劇が叩き込まれる。

舞い散る剣撃の中から、信長の刀が繰り出される。

揺らぐ家康は、刀を構え直し、切っ先を信長の心臓に狙いを集中させる。

刃が信長に向かってくる直前に、その刃の前に影が立ち塞がる。

愚かしい程、突出した位置に立ち、信之は陰陽刀で、家康の刃を余さず一人で受け止めた。

「信之よ、己の身とその力に虚しさを覚えぬか?お前の有する智謀を畏れ、人間達は何時か、お前は迫害を受けるだろう。」

家康の言葉に、信之は静かに微笑む。

「そうかも知れません。其れでも、私は皆が、信長公が好きです。」

偽りの無い純粋な心を信之は口にした。

「だから、皆を、信長公を傷付ける貴男を許しません。」

そう口にした信之は、陰陽刀で家康の刀を払い弾き、そのまま懐に滑り込み、陰陽刀が踊る様な華麗な動作で翻った。

陰陽刀が、脇を斬り裂くと共に、家康がよろめいた。

「おのれ…‥っ」

自分の理想を否定され、喚く家康に、信長はゆっくりと大蛇麁正を向けた。

「何故、魔王と呼ばれ、無慈悲無情に駆けながらも、朝廷の味方に付くのだっ!朝廷から受けた仕打ちを忘れた訳ではあるまいにっ!」

「予は、自身を信じた未来の為に、卯ぬと戦うのだ。朝廷に受けた仕打ちがどうとか、そんなもの関係有らぬ。」

「貴男を倒す事は、私達が選んだ道の結果に過ぎません。」

信長が、信之が、断言した。

そして、信長は、信之と共に家康に迫った。

二人が、大蛇麁正と陰陽刀を同時に引き抜く。

信長は、右下から左上へ。

信之は、左下から右上へ。

十字を斜めに傾けた形で、それぞれ斬り刻んだ。

「あああぁぁぁ…‥!」

絶叫が響く。

仰け反り、傾いて、家康の身体が崩れていく。

そして、家康と信之がゆっくりと崩れていく家康の身体を見据えながら、静かに佇んでいた――――










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