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未来への道標 8







「此処は…‥」

輝元に案内され訪れたのは、人里離れた場所にひっそりと建つ寺院。

「よくぞ、参られましたな、茶々様。」

迎えたは、其の寺院の住職。

「此処は、大寧寺。我が主・大内義隆様と、我が祖父・毛利元就が眠る菩提寺で御座います。」

「え?元就公の眠る御寺は別にあるのでは?」

幸村が最もな疑問を抱く。

「はい、別の寺院にも叔父上の御墓が御座います。」

「では、何故?」

「答えは簡単ですよ、幸村殿。義隆様は叔父上にとって『絶対主』だからですよ。我等、毛利家は意地汚くも、強者に頭を垂れて生きて来ました。どんなに、罵られようと、批判され罵倒されようと、私達は生き方を変える事は致しませんでした。そして、もう一つ、変えなかった事が『真』の主です。時代の流れを読み、代わる代わる主を変えました。ですが、毛利家の真の主は唯一人、大内義隆公なのです。」

輝元は、真っ直ぐに迷い無く、はっきりとそう言い切った。

「故に、表向き叔父上の菩提寺は、豊榮(とよさか)神社と野田神社(現・山口県山口市に隣接して鎮座する神社)でありますが、真の菩提寺は此処、大寧寺なのです。」

「でも、此処には大内家縁の墓石しかありませんが…‥」

「……………‥」

「……………‥」

茶々の言葉に、輝元と住職が黙り込んだ。

「……‥?」

突然黙ってしまった二人を茶々と幸村は互いに顔を見合せ、首を傾げた。

「国外不出…‥だから、ではないですか?」

信之が可能性を口にする。

「………‥流石はあの謀将と唱われた昌幸殿の嫡男で在らせられる。」

輝元が感嘆の声を上げた。

「其の通りです。此の大寧寺には国外不出の未開の地が存在します。『彼の場所、何人たりとも足踏み入れる事罷り成らぬ。故遭って場所知りし者、国外に情報持ち帰る事罷り成らぬ。永久機密罷り候うなり。』…‥是が元就公の遺言故。」

住職が険しい表情でそう茶々達に告げる。

「約結び(約束という意味)出来ますかな?」

「…‥もし約綻び(破ると言う意味)なれば?」

「…‥口封じの為、致し方無く…‥」

「…………………‥」

住職は、其処まで言うと口を結んだ。

其れを見た信之は、全てを語らずとも何を意味するか理解出来た。

「貴方方を元就公が眠る未開の地へ御案内する事は簡単です。ですが…‥」

「其処に行けば、父上に御会い出来るのですか?」

住職の言葉を遮り、永姫がもう一つの疑問を投げ掛ける。

「……………‥」

住職は永姫の問いに答える事はせずに沈黙を守った。

「…‥黙秘は『会える』と判断致すが?」

「…‥先程も申しましたが、国外不出の情報ですので、私の口からは、何も御答え出来ませぬ。其れに、貴方方はまだ『約結び』をしておられませぬ。」

「故に、語れぬ、と?」

「だが、輝元殿は、叔父上が待っている、と…‥!」

「…‥『待っている』と申されただけで、輝元公は『会える』とは申されてはいないでしょう?」

「だが、会いにいこう、とも…‥っ!」

「会いに『往こう』でしょう?『行こう』では御座いません。」

住職の言葉に信之は、『確かに』と頷く。

其れを見て、茶々は『屁理屈だ』と思ったが、余計な事を口走って、もしかしたら、信長に会えるかも知れない、という可能性を自ら摘み取ってしまっては、遥々此処まで来た意味が無くなってしまう。

そう思い、茶々は口から飛び出しそうになる言葉を必死に呑み込んだ。

すると、信之の隣に居た永姫が突然、其の場に座った。

そして、懐から短刀を取り出す。

そして、一つに結わえた髪紐をほどき、おもむろに短刀を宛がう。

「っ!?御永っ!!」

信之は永姫の行動に驚きの声を上げた。

「私は、否、私達は約結び致します。此の国で見た事は、硬く口を御結び致します。其の証として、我が御櫛を…‥」

「御永っ!何も、髪を斬る等…‥っ!」

現在では、女性が髪を切る事は然程、重大な事では無く、自由に髪型を変える事が出来るが、此の頃の時代は女性が髪を切る事は『切る』とは言わず、『斬る』と言い、武士が切腹する事と同じ意味合いとなる。

故に信之は『命』を断とうとする永姫を必死に止めようとする。

だが、永姫の表情に迷いは無い。

父・信長に会う為に、此の髪を失う事等、永姫にとっては軽き事。

逆に信長に会えぬ事が永姫にとって生きるよりも辛く苦しい事。

「…………‥」

輝元は、黙って永姫を見つめる。

永姫は迷う事無く、髪に短刀を滑らせる。

瞬間、永姫の手首を輝元が掴む。

「御よしなさい、御永の方。信長公に会う為に其の麗しい黒髪を犠牲にして会ったとしても、信長公は喜びませぬぞ。」

「ですが…‥っ!」

「もう、十分です。貴方方の覚悟の程は理解致しました。」

「では…‥」

「ええ、御案内致します。」

輝元は、小さく笑って、そう永姫に声を掛けた。

永姫は、其の言葉に、嬉しそうに柔らかく、ふわり、と笑った。

「では、参りましょうか、皆さん。」

住職がそう声を掛け、皆を誘導する様に、ゆっくりと歩き出したーーーー…‥










※御詫び※

本来なら、此の時点で文章にすべきなのでしょうが、冒頭にも書きましたが、『国外不出』の情報の為、詳しく文章にする事が出来ません。

歴史研究者によりますと、山口県には大寧寺の様に、未だに未開となっている地が沢山あるのだそうです。

言葉を濁して書く事も考えましたが、幾ら濁して書いても地元の人ならば、直ぐに『ああ、彼処か』と見当を付ける可能性がある、と判断した為、書く事を致しませんでした。

歴史研究者は語ります。

『山口県に住まう人達は、400年の間、沢山のものを背負わされて来ました。時には謂(いわ)れの無い罪。時には謂れの無い侮辱。汚いものばかりを被せられ、何を弁解してもなしのつぶて。400年経った今でも、未だに『冤罪』は晴れていません。だからこそ、山口県の人々は簡単に他人を信用しません。山口県の方々の信頼を得る為には、根気と粘りが必要となります。』

との事。

皆さん、もし旅行等で山口県に行く事がありましたら、興味本位や好奇心だけで触れてはいけない事を聞かない様にして下さい。

『もう、400年経っているのだからいいじゃん』と御思いになるでしょうが、山口県の方々にとって、他かが400、然れど400です。

背負ったものや、護って来たものが大きければ大きい程、其の責任は重大さを増してきているのですから、軽い気持ちで、現代人が400年を語る事は控えて下さい。

重いものを現在まで背負って来た地元の方達の気持ちを重んじ、皆さんも楽しい観光を楽しんで下さいませ。

因みに、豊榮神社には元就公の義隆公への思いを謳った唱があるそうです。

では、スクロールして、続きをどうぞ。










辿り着いた場所は、人界から切り離された空間の様だった。

人を拒む様に、周りの木々が生い茂り、日の光は木々の隙間から零れる光のみ。

其の木漏れ日を浴びて、ひっそりと佇む三体の墓石。

其の一つに茶々と永姫はそっと近付く。

「叔父上…‥」

「父上…‥」

「…‥真ん中の義隆公を挟んで左が元就公、そして、右が信長公の墓石です。」

住職の説明を聞きながら、永姫は墓石に描かれた織田家紋を指先で触れる。

「やっと…‥やっと、御会い出来ましたね、父上。」

墓石に手を合わせ、はらはら、と涙を流す。

信之が永姫の肩に手を置く。

「『未来で待つ』。今、其の意味が分かった気がします。」

永姫は、す、と顔を上げ、信之を見る。

「源三郎様、父上に触れてみて下さい。」

「私が?」

「はい、さすれば、輝元様の御言葉の意味が分かります。」

永姫がそう告げると、信之の手を取る。

そして、信之が墓石に触れる。

「ーーーーっ!!」

其の刹那、信之の中から触れた手を通じて墓石へと何かが流れ込む。

淡い光を帯び、墓石がぼんやりと光る。

「な、何が…‥?」

「…‥どうやら、信長公が貴方を蝕んでいた『穢れ』を全て取り込んだ様ですな。」

住職が事の成り行きを見つめながら、そう告げる。

「穢れ?」

「はい、貴方が抱え込んでいたもの、徳川によって抱え込まれたもの、其の全てを信長公が取り込み、自らの『穢れ』に変えられた様です。」

「では、真の意味での解放と言う意味は…‥っ!」

信之の言葉に、住職は黙ってこくり、と頷いた。

すると、信之が信長の墓石を振り返り、

「いけませんっ!!」

と慟哭した。

其れを見た永姫が、信之が何を言いたいのか、直ぐに悟った。

だが、茶々は、何故、信之が激昂したのか分からず首を傾げた。

「源三郎様、御怒りはごもっともです。ですが、其れが父上なのです。」

「だが…‥っ、死しても尚、穢れる事等…‥っ!」

信之は唇を噛み締める。

「…‥父上は、幼き頃より領主による権力の圧力に屈する民達や其の家臣達を見て育ったそうです。自由に発言出来ず、全ての自由を縛られる。そんな家臣達を見ているだけしか出来なかった自身に苛立ちを覚えたそうです。」

「…‥だから、其の自由を縛する領主では無く、自由を与える領主になろうと?」

「はい、そうです。だから、離反や謀反を起こした者ですら赦し、来る者拒まず、去る者追わずを貫き通したのです。そして、全ての戦で非情で苛烈に戦う事で自身の『卑劣』さを世に知らせしめ、自身の『正しさ』を巧妙に隠し、敵国側に『正しさ』があると思い込みをさせた。」

「つまり、離反や謀反を起こされた原因や戦が起こった原因は全て自らにあり、自らを『悪』とし、柵を無くし、解放していた、という事ですか?」

幸村の問いに永姫はこくり、と頷いた。

「…‥其れでは、後世では…‥」

「はい、暴君として言い伝えられるでしょう。」

永姫の言葉に、信之は更に唇を強く噛み締めた。

そして、幸村もまた、血が滲む程に掌を握り締めた。

「…‥義隆公もまた、同じです。叔父上に『私は愚将として死のう』と伝えたそうです。自身を『悪』とし、叔父上を『正義』としたのです。」

輝元がそう皆に伝えた。

「…………‥」

永姫と輝元の言葉を聞き、信之は静かに目を伏せた。



ーーーーそして…‥



信之は、決意したーーーー…‥










ーーnext

未来への道標 7







「茶々様、幸村殿、良く御出なさりました。」

幸村が放免され、茶々は直ぐに西へと足を向けた。



信長の『未来(さき)で待つ』と言う『未来(さき)』が西を差している、と茶々から話を聞いた信之がそう先読みした。

過去、義隆が信長が茶々と約定を結ぶと『未来(さき)』を視た様に、信長もまた、茶々と幸村が、自身の約定を守り、『西』に向かう事を視たのではないか、と信之は考えたのだ。

ならば、是から向かう先は『西国』で正解なのでは、と。



そんな信之の言葉に、茶々は迷う事無く西に向かった。

そして、信之の読み通り、周防国の境にある関所に茶々達が辿り着いた時、二人を迎えたのは、輝元だった。

其の表情は、もう全てを把握している、全てを熟知している、という表情だった。

「…‥其の表情は、全てお見通し、と言う事だな?」

茶々の言葉に、輝元は目を細めて笑った。

視線は、茶々の隣に控える幸村と、其の後ろに控える『二人』に向けらた。

「…‥矢張り、御屋形様の読み通りですね。」

茶々は、後ろをちらり、と見た後、輝元を見た。

「私が連れ出したのです。此のまま、徳川に残っていては、何れ、源三郎様(信之の諱)は徳川に殺され兼ねない、と判断したが故です。」

「ふふ、分かっております、御永の方。」

「…‥私に、選択肢は無かった。ただ、急に『離反しますよ!』と一喝されて強引に…‥」

「源三郎様は、十分に肥溜め狸に尽くしました。もう、自由になるべきです。」

「…‥と言い、後は引かれるままに、幸村達に同行したまでです。」

新たな同行者・信之と永姫。

輝元に同行した理由を苦笑いしながら信之は説明をした。





全ては、茶々が幸村を連れて旅立ちの挨拶に訪れた時だった。

最初は、信之と幸村達の会話を黙って聞いていた永姫だったが、茶々達が別れの言葉を口にした瞬間、

『源三郎様、離反致しますよ。』

と口を開いた。

是には、幸村も信之も驚いた。

『急に、何を…‥っ』

『何時まで、あの肥溜め狸の肥やしになっているおつもりですか!幸村を奪われ、幸村と家を守りたい、と言う源三郎様の純粋な思いを弄び、挙げ句には、徳川に是でもか、と言うぐらいに尽くしたにも関わらず、源三郎様に与えられたのは、感状(今で言う褒美の事)では無く、他の有地への転封!沼田城を追い出したにも関わらず、源三郎様の扱いは玩具と同様!否っ、其れ以上です!其れでも、源三郎様は徳川の為、身を粉にして働くと仰有られるか!源三郎様っ、今こそ御決断の時!此の時を逃せば、源三郎様は徳川から離れられなくなりまする!』

流石は、信長の末子。

伊達に、あの信長の血を曳いていない。

有無を言わせぬ流語り。

所々に家康や徳川を貶す言葉が混ざってはいるものの永姫の言葉は、反論出来ぬ真言であった。

『……………‥』

信之は、永姫の言葉に思案する。

『…‥兄上、進言を許されるならば…‥』

口を開いたのは、幸村だった。

『私も御永の方の御意見に賛同致します。私も、兄上は十分、家康…‥いえ、肥溜め狸に尽くされました。もう、良いのではないのですか?御自身を解放されても。』

『幸村…‥』

『ああ、もうっ!男っぷりの煮え切らない源三郎様ですねっ!此処で『漢(おとこ)』を出さずして何時出すのですかっ!!』

『Σお、御永っ!!?Σ( ̄ロ ̄lll)』

突然、信之の手をがしっ、と掴み、永姫はぐい、と腕を引っ張る。

そして、其の信之の手を引っ張ったまま、つかつか、何処かへと向かい出した。

『伯芍iの方、ど、どちらへっ?!』

幸村は驚き、永姫に行き先を訪ねる。

『沼田城ですっ!!此のまま、大人しく肥溜め狸に離反しては今まで源三郎様を好き勝手にしてくれた手前、私の気が済みませぬ!』

永姫はそう叫ぶと、されるがままの信之を連れて、屋敷を出て行った。

そして、永姫は、沼田城に残された検地資料などの重要書類を焼き捨てた上で、さらに上田城へ移動し、植木や燈籠などを全て引き抜き、持ち去ってしまった。

『御永…‥ιιこ、是では、上田城、沼田城の城主とされた者達が…‥ιι』

『勝手に困れば良いのです!!源三郎様をこき遣った仕打ちです!!散々困り果てて、其のまま、勝手に朽ち果ててしまえば良いのですっ!!!』

『………‥ιι( ̄∇ ̄;)』

信之の言葉を遮り、綺麗に両断した。

其の後も、永姫の腹いせ行動は続き、此の行為は、後世に『転封に不満を持った信之が徳川に行った嫌がらせ』として語り継がれる事となるのである。





「……………‥ιι」

「……………‥ιιさ、流石は義姉上ιι」

沼田城へと向かった後の永姫の行動の経緯を聞き終えた幸村と茶々は、絶句していた。

「肥溜め狸を殺せないなら、徳川が築き上げたものを壊せば良いのです。私達が貯えたものですら、徳川家臣達に好き勝手されるぐらいなら、自らの手で破壊致します。」

永姫は、まだ、晴れていないのか、少し不満気を表情に表しながら、淡々と語った。

「幸村殿の言う通り、伊達に、信長公の血を曳いていませんね。」

ふふ、と輝元は笑う。

「…‥だって、私はずっと見て来たんですから。父上が信頼して褒美に、と与えた物を離反し、謀反した者達が存外に扱って来た光景を…‥冬姉様や徳姉様と…‥何も出来ない腹立たしさと悔しさをない交ぜにさせて…‥ずっと…‥ずっと…‥っ」

「………………‥」

茶々は、悔しそうに唇を噛む永姫を見て、自身の父親も永姫の言う存外に扱った一人である事を思い出す。

信長から貰った品々は、完全に決別する為に、父・長政が全て処分した。

茶々は、自身の頭に手を伸ばす。

指先が触れたのか、しゃら、と凛とした音が響いた。

信長から貰ったもので、唯一、残ったのは、此の藤の花を象った簪だけだった。

是は、髪が伸びた、と言った茶々に『是で、髪を纏めるがよかろう』と茶々に贈ったもので、信長は決まって何時も何か贈り物をする時、三人平等に、喧嘩にならぬ様に、と必ず同じものを贈っていた。

簪も、初が葵、江が緑、そして、茶々が薄い赤と色違いではあったが、三人共に簪は同じ藤の花が象ったものだった。

姉妹は、簪を気に入り、何時も肌身離さず片時も簪を髪から外した事等無かった。

長政が謀反し、信長と完全に決別する為とは言え、長政が信長からの贈り物を、一方的に処分する事に、茶々達は心から憤りを覚えた。



消えていくーーーー…‥

叔父である信長の信頼の証が、無惨にも全て『無かった』事になっていくーーーー…‥



悔しかった。

何も出来なかった。

叔父の証が消えていく様をただ黙って見ている事しか出来なかった自身を心から呪った。

だから、だからこそ、是だけは何があろうと、死守しようと思い、必死に抗った。

「分かっている、御永。御永は、ただ、私を信長公の様な思いをさせたくは無かっただけだろう?」

信之の言葉に、永姫は俯いたまま頷く。

「家康が行う政は、徳川家臣や徳川に縁がある者達には『優しい』でしょう。ですが、私達の様に一度は徳川に刃を向けた者には『残酷』でしょう。良いのです。『其れ』も我が御屋形様は視透(みとお)しておられました故。だからこそ、信長公の言う『未来(さき)』へと案内する役目を私が担ったのですから。信之殿、貴方の判断は間違ってはおりません。茶々様と共に信長公に『会い』に往きましょう。会った瞬間、信之殿は真の意味で徳川から『解放』されるでしょう。では、往きましょう、茶々様。そして、皆様。『とある』場所にて、貴女の叔父上はお待ちしておりますよ。」

輝元はそう声を掛けると、自身の馬に跨がり、馬を走らせた。

茶々達もまた、輝元が用意した馬に跨がり、走り出した輝元の後を着いて行ったーーーー…‥










ーーnext

未来への道標 6







――――大坂の戦から、三年の月日が流れた…‥



茶々は決断し、輝元と共に傷付いた幸村を連れ、家康の前へと姿を現した。

屈辱ではあったが、降伏する代わりに幸村を助けて欲しい、と家康に頭を下げ、嘆願した。

だが、家康はそんな茶々に何も答える事はせず、無言で部下達に何かを命じた。

家康に何かを命じられた部下達は、幸村を支えている茶々から、無言で幸村を引き剥がした。

「なっ!?何をっ!!」

茶々は、抵抗したが、忠勝に取り押さえられた。

茶々は必死に忠勝を引き剥がそうともがくが、忠勝の力は緩む事は無かった。

そして、幸村はあのまま、連れて行かれ、そのまま江戸城の地下に幽閉されてしまった。



――――幽閉されただけで無く、鎖に繋がれて…‥



そんな家老達と家康の幸村の扱いに、信之は怒りを覚え、家老達に抗議した。

「貴方達は、幸村が、秀頼殿が『危険異端者』だと言う。ならば何故、秀吉殿が生きている内に豊臣を断滅し、父上が生きている内に真田を断滅してしまわなかった!?」

「お主に知る必要の無い事っ!」

「幸村を幽閉して、元康殿と同じ様に『無かった』事にするおつもりかっ!?」

「儂等の決定に、けちを付けるつもりかっ、信之っ!!」



――――信之達の話は平行線を辿っていた…‥










――――そして、話は平行線のまま、更に月日は経ち…‥



「あれから、どうなりました?」

一人の女性が信之に声を掛ける。

「幸村達を国外へ永久追放と言う事で、家老達や家康様を納得させた。」

信之は深い溜め息を吐き、肘掛けにもたれ掛かった。

「…‥説得に五年掛かってしまったがな。是だから、年寄りは…‥」

「そんな事、言わないで下さい。私に着いて来た家臣達も説得に協力して下さったんでしょう?」

「そうだがな、御永。あんなにも分からず屋を相手にしていたら、身体が幾つあっても足りん。」

「お疲れ様です。」

そう愚痴る信之に女性・永姫は苦笑いする。

「其れに、御永が淀の方と秀頼殿の助命嘆願を強く願ったのだから、説得を諦める訳にもいかないだろう。」

「だって…‥」

「分かっている、御永。茶々は、父君である信長公の妹の忘れ形見、そして、秀頼は茶々の一人息子。義父上、信長公が御健在なら、必ず二人を護る筈、と言いたいのだろう?」

信之の苦笑いを浮かべながらの言葉に永姫はこくり、と頷いた。

「其れに…‥幸村は義理とは言え、私にとっては大切な義弟(おとうと)。家族を護りたいと思うのは当たり前でしょう?」

「ふ、そうだな。」

歯に噛みながら、そう告げる永姫に、信之は小さく笑って目を細める。



信之は、永姫と過ごす温かくも優しい空間が好きだった。

信之が永姫と初めて出会ったのは、長篠の戦いの後、真田が織田に降り、信長との謁見の為、安土を訪れた昌幸に付いて行った時だった。

客間で父・昌幸を待つ信之達の前に現れた幼い一人の女性。

其れが永姫だった。

信之達は、冷たく罵られるのを覚悟していたが、彼女は罵るどころか、父譲りの智謀を持つ信之と、同じく父譲りの槍武を持つ幸村に興味を持ち、あれやこれやと聞いて来た。

一言一言に一喜一憂する永姫に信之は惹かれた。

幸村も永姫を気に入り、直ぐに仲良くなった。

此の出会いを境に、信之達は安土を訪れる度に、永姫と遊ぶ様になった。

時には走り回り、時には悪戯をしたり、信之や幸村にとっては経験した事の無い遊びを永姫と楽しんでいた。

信之は、此のまま楽しく穏やかな日々が続くのだ、と思っていた。

だが、信長が光秀に討たれ、永姫もまた行方知れずになり、信之達と永姫は疎遠状態となった。

信之は、生きる事をあきらめずに戦い、永姫は必ず生きている、と信じて真田家を護り続けた。

何時しか、信之は家康に魅入れられ、家康は稲姫との婚姻を強く望んだ。

が、信之は永姫との婚姻を強く望んでいた為、はっきりと断った。

が、家康は永姫の事を持ち出し、脅しに近い事を言われた為、信之は永姫を護る為に、婚姻を仕方無く承諾した。

だが、其れでも信之は、永姫を忘れた事は一度も無かった。

徳川との繋がりを持った後も、永姫の捜索に手を緩める事もしなかった。

其の甲斐遭って、織田を裏切った前田家と絶縁をして、信長亡き後、前田家に保護された織田家臣達と共に、北之庄城より越前に向かって逃れていた永姫を見つける事が出来た。

そして、家康の反対を他所に稲姫と強引に離縁し、信之は改めて永姫を正式に自らの正室として迎え、共に在った織田家臣達も自らの家臣として迎え入れた。

永姫との生活は、強引に婚姻させられた稲姫と共に在った頃の様に全てに監視されている様な重苦しい空間とは違った。

永姫は、父・信長に負けず劣らずの気丈さを持ち合わせつつも、自身に惜しみ無い愛情を与えてくれる健気さをも持ち合わせていた。

気丈で完全なる硬気さを持ち合わせ、男性より誇り高く、男性より『下』に見られるのを強く嫌う稲姫とは真逆な女性。

其れが永姫だった。

稲姫の様に気丈さを見せ、周りの将達を恐れる事無く同等に異論し、退く事をしない強さを見た時、信之は永姫も稲姫と『同じ』か、と一瞬考えた。

だが…‥

信之に反発する将を見た時、永姫は其の将と信之の間に割り入り、

『出て行きなさい』

とたった一言だけ進言しただけだった。

其れを見た将は、永姫を睨み付けたが、永姫も恐じずに其の将を睨み返した。

信之を背に永姫は、しっかりと将から視線を逸らす事をせずに睨み続けた。

そんな永姫の言動と行動を見た瞬間、信之の其の考えは四散した。

彼女は、自身と家族を護る為には、自らの命すら全てを擲つ事が出来る女性だ、と信之は確信した。



「そう言えば、茶々様は?」

「幸村の所だ。説得出来たから、幸村は事実上、釈放されたからな。その報告と鍵開けだ。」

信之はそう言うと、静かに笑みを浮かべ、障子窓の外に視線を移した――――










「幸村、大丈夫か?」

「茶々様、はい、大丈夫です。」

「そうか。」

幸村の返事を聞くと、茶々は鍵の束を取り出し、牢の格子を開けた。

「幸村、信之と永姫の働きで、放免となった。出られるぞ。」

「…‥そうですか。」

幸村は、静かに目を閉じた。

「幸村…‥」

「御側に居ります、茶々様。そう誓いました故。」

「…‥そうか。」

幸村は、茶々の言葉を遮り、そう告げた。

(全てお見通しか。)

茶々は、ふ、と笑った。

折角、家族と再び再会したのだ。

家族と共に水入らずで、余命を過ごせ。

そう茶々は告げようとした。

だが、幸村から先回りされ、杭を打たれてしまった。

「往かれるのでしょう?」

「勿論だ。私はまだ、叔父上に逢えてすらいないのだから。」

「なら、尚更、お供は必要でしょう?」

「ふふ、そうだな。では、幸村。改めて、私に着いて参れ。」

「はい、茶々様。何処までも、お供致します。」

茶々の言葉に、幸村は柔らかく笑って静かに立ち上がった。



そして、二人はゆっくりと歩き出した。



此の道の最果てに、信長が待つと信じてーーーー…‥










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