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「此処は…‥」
輝元に案内され訪れたのは、人里離れた場所にひっそりと建つ寺院。
「よくぞ、参られましたな、茶々様。」
迎えたは、其の寺院の住職。
「此処は、大寧寺。我が主・大内義隆様と、我が祖父・毛利元就が眠る菩提寺で御座います。」
「え?元就公の眠る御寺は別にあるのでは?」
幸村が最もな疑問を抱く。
「はい、別の寺院にも叔父上の御墓が御座います。」
「では、何故?」
「答えは簡単ですよ、幸村殿。義隆様は叔父上にとって『絶対主』だからですよ。我等、毛利家は意地汚くも、強者に頭を垂れて生きて来ました。どんなに、罵られようと、批判され罵倒されようと、私達は生き方を変える事は致しませんでした。そして、もう一つ、変えなかった事が『真』の主です。時代の流れを読み、代わる代わる主を変えました。ですが、毛利家の真の主は唯一人、大内義隆公なのです。」
輝元は、真っ直ぐに迷い無く、はっきりとそう言い切った。
「故に、表向き叔父上の菩提寺は、豊榮(とよさか)神社と野田神社(現・山口県山口市に隣接して鎮座する神社)でありますが、真の菩提寺は此処、大寧寺なのです。」
「でも、此処には大内家縁の墓石しかありませんが…‥」
「……………‥」
「……………‥」
茶々の言葉に、輝元と住職が黙り込んだ。
「……‥?」
突然黙ってしまった二人を茶々と幸村は互いに顔を見合せ、首を傾げた。
「国外不出…‥だから、ではないですか?」
信之が可能性を口にする。
「………‥流石はあの謀将と唱われた昌幸殿の嫡男で在らせられる。」
輝元が感嘆の声を上げた。
「其の通りです。此の大寧寺には国外不出の未開の地が存在します。『彼の場所、何人たりとも足踏み入れる事罷り成らぬ。故遭って場所知りし者、国外に情報持ち帰る事罷り成らぬ。永久機密罷り候うなり。』…‥是が元就公の遺言故。」
住職が険しい表情でそう茶々達に告げる。
「約結び(約束という意味)出来ますかな?」
「…‥もし約綻び(破ると言う意味)なれば?」
「…‥口封じの為、致し方無く…‥」
「…………………‥」
住職は、其処まで言うと口を結んだ。
其れを見た信之は、全てを語らずとも何を意味するか理解出来た。
「貴方方を元就公が眠る未開の地へ御案内する事は簡単です。ですが…‥」
「其処に行けば、父上に御会い出来るのですか?」
住職の言葉を遮り、永姫がもう一つの疑問を投げ掛ける。
「……………‥」
住職は永姫の問いに答える事はせずに沈黙を守った。
「…‥黙秘は『会える』と判断致すが?」
「…‥先程も申しましたが、国外不出の情報ですので、私の口からは、何も御答え出来ませぬ。其れに、貴方方はまだ『約結び』をしておられませぬ。」
「故に、語れぬ、と?」
「だが、輝元殿は、叔父上が待っている、と…‥!」
「…‥『待っている』と申されただけで、輝元公は『会える』とは申されてはいないでしょう?」
「だが、会いにいこう、とも…‥っ!」
「会いに『往こう』でしょう?『行こう』では御座いません。」
住職の言葉に信之は、『確かに』と頷く。
其れを見て、茶々は『屁理屈だ』と思ったが、余計な事を口走って、もしかしたら、信長に会えるかも知れない、という可能性を自ら摘み取ってしまっては、遥々此処まで来た意味が無くなってしまう。
そう思い、茶々は口から飛び出しそうになる言葉を必死に呑み込んだ。
すると、信之の隣に居た永姫が突然、其の場に座った。
そして、懐から短刀を取り出す。
そして、一つに結わえた髪紐をほどき、おもむろに短刀を宛がう。
「っ!?御永っ!!」
信之は永姫の行動に驚きの声を上げた。
「私は、否、私達は約結び致します。此の国で見た事は、硬く口を御結び致します。其の証として、我が御櫛を…‥」
「御永っ!何も、髪を斬る等…‥っ!」
現在では、女性が髪を切る事は然程、重大な事では無く、自由に髪型を変える事が出来るが、此の頃の時代は女性が髪を切る事は『切る』とは言わず、『斬る』と言い、武士が切腹する事と同じ意味合いとなる。
故に信之は『命』を断とうとする永姫を必死に止めようとする。
だが、永姫の表情に迷いは無い。
父・信長に会う為に、此の髪を失う事等、永姫にとっては軽き事。
逆に信長に会えぬ事が永姫にとって生きるよりも辛く苦しい事。
「…………‥」
輝元は、黙って永姫を見つめる。
永姫は迷う事無く、髪に短刀を滑らせる。
瞬間、永姫の手首を輝元が掴む。
「御よしなさい、御永の方。信長公に会う為に其の麗しい黒髪を犠牲にして会ったとしても、信長公は喜びませぬぞ。」
「ですが…‥っ!」
「もう、十分です。貴方方の覚悟の程は理解致しました。」
「では…‥」
「ええ、御案内致します。」
輝元は、小さく笑って、そう永姫に声を掛けた。
永姫は、其の言葉に、嬉しそうに柔らかく、ふわり、と笑った。
「では、参りましょうか、皆さん。」
住職がそう声を掛け、皆を誘導する様に、ゆっくりと歩き出したーーーー…‥
※御詫び※
本来なら、此の時点で文章にすべきなのでしょうが、冒頭にも書きましたが、『国外不出』の情報の為、詳しく文章にする事が出来ません。
歴史研究者によりますと、山口県には大寧寺の様に、未だに未開となっている地が沢山あるのだそうです。
言葉を濁して書く事も考えましたが、幾ら濁して書いても地元の人ならば、直ぐに『ああ、彼処か』と見当を付ける可能性がある、と判断した為、書く事を致しませんでした。
歴史研究者は語ります。
『山口県に住まう人達は、400年の間、沢山のものを背負わされて来ました。時には謂(いわ)れの無い罪。時には謂れの無い侮辱。汚いものばかりを被せられ、何を弁解してもなしのつぶて。400年経った今でも、未だに『冤罪』は晴れていません。だからこそ、山口県の人々は簡単に他人を信用しません。山口県の方々の信頼を得る為には、根気と粘りが必要となります。』
との事。
皆さん、もし旅行等で山口県に行く事がありましたら、興味本位や好奇心だけで触れてはいけない事を聞かない様にして下さい。
『もう、400年経っているのだからいいじゃん』と御思いになるでしょうが、山口県の方々にとって、他かが400、然れど400です。
背負ったものや、護って来たものが大きければ大きい程、其の責任は重大さを増してきているのですから、軽い気持ちで、現代人が400年を語る事は控えて下さい。
重いものを現在まで背負って来た地元の方達の気持ちを重んじ、皆さんも楽しい観光を楽しんで下さいませ。
因みに、豊榮神社には元就公の義隆公への思いを謳った唱があるそうです。
では、スクロールして、続きをどうぞ。
辿り着いた場所は、人界から切り離された空間の様だった。
人を拒む様に、周りの木々が生い茂り、日の光は木々の隙間から零れる光のみ。
其の木漏れ日を浴びて、ひっそりと佇む三体の墓石。
其の一つに茶々と永姫はそっと近付く。
「叔父上…‥」
「父上…‥」
「…‥真ん中の義隆公を挟んで左が元就公、そして、右が信長公の墓石です。」
住職の説明を聞きながら、永姫は墓石に描かれた織田家紋を指先で触れる。
「やっと…‥やっと、御会い出来ましたね、父上。」
墓石に手を合わせ、はらはら、と涙を流す。
信之が永姫の肩に手を置く。
「『未来で待つ』。今、其の意味が分かった気がします。」
永姫は、す、と顔を上げ、信之を見る。
「源三郎様、父上に触れてみて下さい。」
「私が?」
「はい、さすれば、輝元様の御言葉の意味が分かります。」
永姫がそう告げると、信之の手を取る。
そして、信之が墓石に触れる。
「ーーーーっ!!」
其の刹那、信之の中から触れた手を通じて墓石へと何かが流れ込む。
淡い光を帯び、墓石がぼんやりと光る。
「な、何が…‥?」
「…‥どうやら、信長公が貴方を蝕んでいた『穢れ』を全て取り込んだ様ですな。」
住職が事の成り行きを見つめながら、そう告げる。
「穢れ?」
「はい、貴方が抱え込んでいたもの、徳川によって抱え込まれたもの、其の全てを信長公が取り込み、自らの『穢れ』に変えられた様です。」
「では、真の意味での解放と言う意味は…‥っ!」
信之の言葉に、住職は黙ってこくり、と頷いた。
すると、信之が信長の墓石を振り返り、
「いけませんっ!!」
と慟哭した。
其れを見た永姫が、信之が何を言いたいのか、直ぐに悟った。
だが、茶々は、何故、信之が激昂したのか分からず首を傾げた。
「源三郎様、御怒りはごもっともです。ですが、其れが父上なのです。」
「だが…‥っ、死しても尚、穢れる事等…‥っ!」
信之は唇を噛み締める。
「…‥父上は、幼き頃より領主による権力の圧力に屈する民達や其の家臣達を見て育ったそうです。自由に発言出来ず、全ての自由を縛られる。そんな家臣達を見ているだけしか出来なかった自身に苛立ちを覚えたそうです。」
「…‥だから、其の自由を縛する領主では無く、自由を与える領主になろうと?」
「はい、そうです。だから、離反や謀反を起こした者ですら赦し、来る者拒まず、去る者追わずを貫き通したのです。そして、全ての戦で非情で苛烈に戦う事で自身の『卑劣』さを世に知らせしめ、自身の『正しさ』を巧妙に隠し、敵国側に『正しさ』があると思い込みをさせた。」
「つまり、離反や謀反を起こされた原因や戦が起こった原因は全て自らにあり、自らを『悪』とし、柵を無くし、解放していた、という事ですか?」
幸村の問いに永姫はこくり、と頷いた。
「…‥其れでは、後世では…‥」
「はい、暴君として言い伝えられるでしょう。」
永姫の言葉に、信之は更に唇を強く噛み締めた。
そして、幸村もまた、血が滲む程に掌を握り締めた。
「…‥義隆公もまた、同じです。叔父上に『私は愚将として死のう』と伝えたそうです。自身を『悪』とし、叔父上を『正義』としたのです。」
輝元がそう皆に伝えた。
「…………‥」
永姫と輝元の言葉を聞き、信之は静かに目を伏せた。
ーーーーそして…‥
信之は、決意したーーーー…‥
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