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桜舞う随想【十四幕・小田原崩落の刻】







「状況は?」

小田原に着いた信長が、光秀に聞く。

「は、再三に渡り、降伏を促してはいるのですが…‥」

「そうか…‥佐助。」

「はいよ。」

信長の呼び掛けに答え、佐助が信長の側に降り立つ。

「御舘の争いの時に、敵側に早川殿の縁者が居ただろう?」

「ああ、居たよ。確か、上杉の養子になった…‥」

「此処に連れて参れ。」

「え?連れてって…‥っ!?」

何かを言おうと顔を上げた瞬間、佐助は息を呑んだ。

息が詰まり、上手く息が出来ない。

佐助が見た信長の表情は、凍り付いていた。

感情もなく、静かに凍て付いた怒りを露にしていた。

恐怖、と一言で片付けられないぐらいの冷めた表情だった。

「…‥分かった。」

佐助は、乾いた喉を潤す様に、ごくり、と唾液を呑み込むと、小さく返事を返し、其のまま姿を消した。

そして、其を見送った信長は、顔を小田原に向け、殺気が隠った瞳で城を睨み付けた。










「上杉景虎、卯ぬは是から死んで貰う。」

「なっ?!貴様っ、突然、無理矢理連れて来て、何、勝手言ってるっ!」

「御舘の争いの時、予は卯ぬを処断するつもりでいた。だが、景勝と綾御前の嘆願で処断せずにいた。然し、再三の降伏の催促に卯ぬの身内が中々応えぬ故、見せしめに卯ぬを処断する事にした。」

上杉の相続争いの時、信長は景勝に味方した。

此の時、信長の元には景勝、景虎両名からの援軍要請が来ていた。

だが、信長は、迷わず景勝に着いた。

北条と敵対していた、と理由もあったが、信長自身、景虎の身勝手な言動や行動に憤りを感じていた為、どうしても景虎に味方する気が起きなかった。

そして、景虎の北条援軍への歓喜な態度に、皆が皆、不快感を感じていた。

一人、景虎の為、奮闘する綾御前に、景虎は振り向きすらしなかった。

其れに信長は、嫌悪感と煩しさをない交ぜにした感情を旨に秘めていた。

戦いが終わった後、信長は迷う事無く、景虎処断の決定を下した。

が、景勝、綾御前の必死の助命嘆願に、信長は渋りながらも、景虎の命を助けたのだ。

だが、其れでも、景虎は北条しか応えず、上杉を蔑ろにし続けた。

「何を…‥っ!!そんな事…‥っ!!」

「嫌だ、と申すか?では、死ぬが嫌ならば、卯ぬが早川殿等を説得するか?」

「しないっ!!誰がっ、貴様の下に降れ、なんて、姉上達に説得するかっ!!貴様に屈しろ、なんて、絶対に言わないからなっ!」

景虎は激しく信長に怒りを露にする。

「…‥煩い…‥っ」

景虎の言葉に、信長が舌打ちしながらそう呟いた瞬間ーーーー…‥



ーーーー空気が凍り付いた…‥



「ーーーーっ!?」

ぞくり、と首筋が栗立ち、身体が硬直した。

誰もが動きを止め、声すら上げる事も出来ない。

まるで、両足を鎖でがんじがらめにされた様に身動きが取れなかった。

「…‥貴様の自己満足なだけの正義論は聞き厭いた。北条の事だけにしか応えぬ卯ぬに、絆がどうの等と偉そうに語る権利等無いわ。」

「姉上達は、家族だぞっ!家族の事を考えて何が悪いっ!!」

「卯ぬは『北条』では無かろう?『北条』の性は捨て、『上杉』になったのではないか?」

景虎の激高に信長は冷静に返す。

「性が変わっておきながら、卯ぬは上杉ではなく、北条ばかりを気に掛ける。北条ばかりに応え、上杉には何も応えぬ。卯ぬが言う絆は、血族者のみの絆か?」

「そんな事…‥っ!」

「ならば、何故、上杉には応えぬ?綾御前は、実息を選ばず、卯ぬを選び、卯ぬと共に実息と刃を交えた。其の綾御前の命を懸けた覚悟に、卯ぬは応えたか?」

信長の容赦無い言葉責めに、景虎は次第に口数を減らしていく。

「家族だ、何だ、と喚きながらも、所詮、上杉は血も繋がらない『他人』故。命を懸けられても応えられぬ、という事か。」

くく、と冷たく笑う。

「ち、違…‥っ!」

「今更、言い訳か?遅過ぎる言い訳程、醜いものはないぞ?」

信長は、ゆっくりと麁正を構える。

「卯ぬの処断は、覆せぬ。卯ぬの正は此処で永遠に途絶える。」

そう告げたと同時に、景虎に向かって、麁正が降り下ろされたーーーー…‥










「…‥っ!!姫様っ、あれっ!!」

城の表門の前に居た甲斐姫が何かに気付き、早川殿に報せる。

早川殿が甲斐姫が指差す方向に視線を向けると、其処には人が倒れているのが確認出来た。

「ーーーーっ!ま、まさか…‥っ!」



否、倒れているのでは無い。



「そ、そんな…‥っ、嫌…‥っ!」



倒れているのでは無く…‥



「嫌っ、三郎っ、嫌ぁぁぁーーーーっ!!!」



ーーーー人の死骸だった…‥



早川殿は、顔を覆い、嗚咽を漏らす。

「何、あれ…‥っ、三郎様っ!信長の野郎っ!絶対っ、許さないっ!!!あんな非道極まりない行い、絶対、許しておけないっ!!!何があろうと、屈してなんかやらないっ!!!」

甲斐姫は怒りを露にしながら、激高する。

だが、早川殿は顔を覆い隠したまま何も言わない。

「姫様っ!あの極悪魔王にどんなに脅されても私達の家族の結束は破れる事は無いってとこ、見せ付けてやりましょうっ!」

甲斐姫はぐ、と拳を握り締める。

だが、早川殿はゆっくりと首を横に振る。

「姫様?」

「もう…‥止めましょう、甲斐。」

ぼそり、と呟いた早川殿の言葉に、甲斐姫は驚きの表情をする。

「なっ、何、言ってるんですかっ、姫様っ!!今、此処でアイツを…‥っ」

「抵抗を続けても、私達のせいでまた、誰かが殺されるだけよ。其れに私、思い出した事があるの。」

早川殿は、ゆっくりと顔を上げた。

「…‥思い出した事?」

「まだ、御父様が生きていた頃の話よ。あの頃は、信玄も謙信も生きていて、北条は武田と上杉相手に三つ巴の戦いを繰り広げていたわ。其の間に、織田の勢力が大きくなって、此のままじゃあ、織田は勢いに乗って、北条を攻めて来るかも知れないと皆が皆懸念していたわ。其の時、御父様がとった行動は、信長公との約定を交わす事だったの。」





『信長公と約定を交わす?』

『ああ、此のままだと、武田、上杉だけじゃねぇ。下手すると織田も交えて四つ巴になっちまう。そうなれば、北条はしめぇだ。そうならねぇ為に、魔王と約定を結ぶ。』

『…‥信長公が素直に約定結ぶかしら。』

早川殿が心配そうに、そう呟く。

『結ぶに決まってらぁ。魔王も俺等北条と同じで、本願寺に浅井、雑賀と敵対する奴ぁ山程居やがる。そんな状況で北条相手にしようもんなら、織田の損害も半端ねぇものになる。だから、魔王もきっと約定を受け入れる。』





「…‥そうして、御父様は、信長公と謁見した。そして、信長公は御父様の言っていた通りに、約定を受け入れ、其れを受諾したわ。」

「其の約定と、今回の事がどう関係があるのよ。」

甲斐姫は、言葉に苛立ちを示しながら、早川殿に問い質した。

「信長公はね、其の約定通り、北条が統治する領域に攻めて来なかったのよ。」

早川殿は甲斐姫の言葉に苦笑いしながら、そう答えた。

「織田が今川と武田と真田の三国と同盟を組んだ後も、全く攻めて来なかったのよ。力が強大になったにも関わらず、ね。普通なら、力が強大になったら、約定を破って攻めて来るのに、信長公は其れをしなかった。そんな信長公が今は私達を攻めて来て、残虐行為をしているのは、どうしてかな?って思ったの。」

「そんなの決まってるじゃない。御屋形様が亡くなって約定が事実上破棄された状態になったからよ。脅威とする御屋形様が亡くなったから、自分を脅かす存在が無くなったから攻めて来たのよ。浅はかな考えよね。」

はん、と鼻で笑って甲斐姫はそう信長を嘲笑う。

「もし、そうだとしたら、どうして、御父様が亡くなって直ぐに信長公は攻めて来なかったの?其れが理由なら、亡くなった後直ぐに攻めて来ている筈よ。でも、信長公は攻めては来なかったわ。」

甲斐姫の言葉に、早川殿は反論する。

「そ、其れは…‥っ」

其の早川殿の反論に、甲斐姫は黙り込む。

「私、信長公は根っからの悪い人だとは思わないの。」

「姫様っ!悪い人じゃないなら、どうして、八王子の皆は根斬りにされたのっ!?悪党じゃないなら…‥っ!」

「甲斐っ!!そうやって、頭ごなしに『そういう人』って決め付けるのは止めてっ!!」

「ーーーーっ」

甲斐姫は、早川殿の見た事の無い激昂に息を詰める。

「私は知ってるの。御父様との約束をずっと守ってくれて、私達の領域を侵さなかった誠実な信長公を。だから、私は一概に信長公は悪い人だと思えないの。」

早川殿はそうきっぱりと言い放った。

「だから、私、信長公の降伏勧告を受け入れるわ。」

早川殿は、目を細め、柔らかい笑みを浮かべた。

「姫様…‥」

「此処まで激しく抵抗したから、処遇は良いものじゃない事は分かってる。でも、でもね、甲斐、私、信長公を信じてみたいの。御父様と交わした約定をずっと破らずにいてくれたもう一つの顔の信長公を。」

「…………‥」

早川殿の有無を言わせない決意に、甲斐姫は何も言えずに、黙ったまま顔を俯かせた。

「信長公に使者を。私達、北条は織田に降伏する旨を伝えて来て。」

早川殿は、駆け寄って来た者に、そう伝えた。

「御父様…‥ごめんなさい…‥北条を守ってあげられなかった…‥」

早川殿はそう呟くと、静かに目を閉じ、亡き氏康を思い浮かべたーーーー…‥










ーーnext

桜舞う随想【十三章・血濡れの枷の刻】







其の日、空は紅く染まった。

川もまた、其の流れを止め、蒼く澄んだ色を紅黒く染めた。

此の場所が川だ、と分からないぐらいに死骸で埋め尽くされた。

命乞いをする者、逃げ惑う者、兵士から全て『生きて』いる者は処断された。

大地も、木々も、全て人の血を吸い込み、紅く、更に紅く染まり上がった。

吹き荒ぶ風に乗って、臭って来る硝煙と轟焔と沢山の人間から流れた血の匂い。



予には、其の匂いが良く似合う。



『痛む』心は無い。

『優しい』心は無い。

『悼む』心は無い。

『悲しい』心も。

『楽しい』心も。

『嬉しい』心も無い。



『心』で感じる感情は、何も無い。

予に在るは、『生』と『死』だけ。

人を殺す事に躊躇いを感じない。

全てを破壊するのに、躊躇いは無い。

予にとって『其れ』が当たり前。

戦う事だけが、破壊する事だけが、予の存在する理由。



そして、そんな予に戦場で付けられた銘は、『第六天魔王』――――…‥










周りは、先程まで人間だった屍。

血が流れ、地面は赤黒く染まっている。

人が生活していただろう建築は、全て破壊され、ただの瓦礫となっていた。

信長は、足下に転がる物言わぬ屍を、感情の篭もっていない表情で見つめていた。

ぽたり、と赤黒い血で染まった両手は其のままに、信長はじっと立ち尽くしたまま、物言わぬ屍と化した人間を冷めた視線で見下ろしている。

頬には、返り血がこびり付き、手にした麁正は何人の血を吸ったのか分からないぐらいに真っ赤に染まっている。

涙すら流さず、人を殺したと言う罪悪感すら感じていない様な表情。

僅かに生き残った人の身体は震え上がり、ある者は信長に命乞いをするものも居る。

だが、信長は常に無表情で、其の命乞いをする人達にも容赦無く刃を振り下ろす。



響き渡る断末魔。

『死にたく無い』と哀願する者にすら、一片たりとも感情が動かされる事は無く、次から次へと信長の手で屍へと変化していく。

「…っ、…おの…れっ、こんな…っ、…こんな…若造…一人に…我が…城が…‥っ」

そんな非情な光景を、此の城であった主であろう人物が悔し気に、声を搾り出す。

其の声すらも、信長は他人事の様に聞き、矢張り、無表情で振り返る。

其の人物が最後の力を振り絞り、信長の足を掴む。

だが、既に弱っていた者は、掴んだ瞬間に事切れて、手は其のまま力無く落ちる。

其れを感情無き表情で一瞥すると、信長はゆっくりと踵を返した。










「終わった様だな…‥」

昌幸は、ゆっくりと此方に歩いて来る信長の姿を目認すると、そう小さく呟いた。

そして、昌幸の周りに居た信之達も、信長の無事な姿を見て、ほ、と胸を撫で下ろした反面、信長の血塗られた姿を見て皆が皆、重々しい表情をした。

「また…‥御館様に…‥重い枷を背負わせてしまった…‥っ」

悔しげに、哀しげに、氏郷が表情を苦し気に歪め、ぼそり、と呟いた。

其の言葉に、昌幸も、幸村も、信之も、勝頼も、義元も、皆、顔を俯かせる。

(一体、儂は何の為に、織田と同盟を組んだのだ…‥っ、信長公に此れ以上、重い枷を背負わせない為の筈。なのに…‥っ)

昌幸は、唇を強く噛み締める。

自分には、優れた叡智がある。

其の叡智を駆使して、信長を再び『魔王』にせんが為に、味方を増やし、此れ以上、信長の手を人の血で穢さぬ様にしてきた。

だが、最後の最後に、信長は永久的に浄化されぬ大罪を背負ってしまった。

昌幸は自分の非力さを嘆いた。



後味が悪い戦。

そう片付けるのは簡単だ。

然し、此の惨劇を産み出したのは、信長自身では無い。

真に産み出したは、最後まで抗い続け、散々、信長の警告を無視し続けた北条家。

だが、甲斐姫や早川殿は、罪も無い領民を手に掛ける等、人道に反する行為だ、と信長に激しく抗議し、尚もまだ、信長に反発する姿勢を崩さない。

愚かな連中だ。



「昌幸…‥」

信長が昌幸の名を口にする。

其の声に、昌幸は思考を止める。

信長が再び何かを言おうと、口を開く。

と、同時に信長の側に佐助が降り立つ。

信長が佐助に視線を移すと、佐助は黙って頷く。

「信長、全て信長の読み通りだった。」

佐助はそう信長に報告すると、表情を苦し気に歪めた。

其の表情に、昌幸は少し首を傾げる。

「…‥度重なる抵抗。尽きる事のない兵糧。城の強硬と籠城保持。此れだけ長期に渡る戦続きぞ。佐助に農村と其の農村に住む民達の様子を探って来て貰ったのだ。」

佐助は信長の言葉に黙って頷いた。

「で、調べてみたら、酷いってもんじゃなかったぜ。男子(おのこ)等は、戦に駆り出されて居ないから、力が必要な仕事は全て放置されたまま。だから、田畑も耕されていないから荒れ放題。農作物も採れないから、女子供は録に食べていないから意気消沈で痩せ痩けてた。もう、見てられなかったぜ。」

佐助はそう告げると、くそ、と此処に居ない甲斐姫と早川殿に悪態を吐いた。

「…‥此の現実を甲斐姫や早川殿、そして、氏政等は知らぬ。知らぬから、抵抗を続けられるのだ。」

「だったら、見せ付けてやればいい。」

「恐らく、無駄だろうな。」

佐助の言葉に昌幸がぼそり、と呟いた。

「何でだよっ!」

「冷静にならぬか、佐助。冷静になって、良く考えよ。予は八王子城の者共を根切りにしてきた。其の後で、其れを見せれば、逆に、農村まで予が襲ったのだ、と思い込んでしまうであろうな。」

「あ…‥」

信長の言葉に、佐助は小さく声を上げた。

「彼奴(あやつ)等は、見る光景、観る惨状、全て自身の都合の良い解釈で納得する。故に全てを信長公に責任を押し付け、更にまた領民の仇、等と偽善論を掲げて、正義面をするだろう。だからこそ、信長公は敢えて、再び『魔王』となったのだよ。」

昌幸の言葉に、佐助は黙り込む。

「此の世に善悪等、存在せぬよ。様々な視点で善悪は変幻自在する。真に大事は、其の変幻自在な善悪の中にある『真』の善悪を見抜く慧眼よ。」

昌幸は、そう告げると、蒼く広がる空を見上げた。



善悪は見る者によって、解釈は変幻する。

だからこそ、争いは永久的に無くならない。

後に起こった世界大戦もまた、そうである。

国を護る為に若い者達に『死ね』と命じ、国の為に命を捨てさせ、米国と戦い続けた日本。

其の抵抗を止める為に、日本全土を焦土とさせ、最終的に、完全に戦意を殺(そ)ぐ為に、原子爆弾を投下し、日本を地獄絵図とした米国。

確かにお互いが行った行為は許される事では無い。

だが、間違ってはいけないのは、米国が悪い、日本が悪い、と言う事ではない。

大事なのは、何故、日本が、米国が『其れ』をしたか、である。

そして、戦艦大和も、完成が遅過ぎたせいで沖縄は、日本は救われなかった、ではなく、遅過ぎると、勝ち負けは覆せないと、沖縄と日本は救えないと、そう分かっていながらも何故、完成させたのか、が大事なのだ。

そして、もっと大事なのは、頭ごなしに戦争をするのはいけない、と全否定するのではなく、護る為の戦争もある、と理解する事である。

だからこそ、一概に駄目だ、と簡単に片付けはいけないのだ。

其れを踏まえた上で、今在る自衛隊が何故、武器を持ち、訓練を怠らないのか、を日本に住む現代人は知らなければいけないのである。



「そうなれば、此の戦、善と悪はどちらで、真の善悪は何であろうな。」

昌幸の言葉に、信長は信之達に意味深な言葉を続けた。

其の言葉を聞き、信之達は神妙な顔付きで遠くに佇む小田原城を見据えた。










小田原城陥落は、もう、目の前まで迫っていたーーーー…‥










ーーnext

桜舞う随想【十二章・伊達政宗決意すの刻】







「…………‥」

「…………‥」

此処は、奥州が米沢城。

城主は、冬姫曰く、豆っ子(豆っ子違うわっ!!by・政宗)事、伊達政宗。

此の城の天高い場所にある天守閣にて、其の冬姫と政宗が黙ったまま合間見えていた。

「…‥いきなり、前触れもなく押し掛けて来おって、無礼千万とは思わぬのか?」

「いえ、全く思いません。」

「……………‥」

政宗の激言に、冬はしれっと答える。

「貴様…‥っ」

「何をグダグダとお悩みになられておるのか分かりませぬが、周りの強将達の顔色を伺いながらの悩みなら、考えるだけ無駄ですので、即刻、其の豆頭から下らぬ考えを捨て去り下さいませ。」

政宗の言葉を遮り、冬姫は厳しい言葉を示す。

「な…‥っ!」

冬姫の言葉に、政宗は怒りを露にした。

「怒りましたか?憤怒する、という事は顔色伺いは事実と御理解して宜しいか?」

「……………‥」

冬姫の指摘に、政宗はまた黙り込む。

「何をお迷いになっておられる?私はあの時、進言致しました。『伊達家存続を望むならば、今は駆ける時ではない』と。そして、貴方は其れを理解し、父上の『協力者』となられ、父上の器量を見極めた筈。にも関わらず、迷いの中にあるのは何故か?」

冬姫は政宗に詰め寄る。

「…‥伊達家存続が掛かっておるのだ。そう簡単には…‥っ!」

「答えは出せましょうっ!!」

「…‥っ!!」

突然の冬姫の慟哭に、政宗は身体を強張らせる。

「迷えば迷う程、伊達家存続の危機は高まるばかりなのですよっ!貴方は、伊達家を滅亡させたいのですかっ!存続させたいのですかっ!どちらですかっ!」

「存続させたいに決まっておろうがっ!!」

「ならば、もう答えは決まっているでしょうっ!!煮え切らない、胆の小さい男ですねっ!!其れだから、頭の中身も背丈も豆な上に、小心のノミの心臓(度胸が小さいの意味)持ちの臆病者なのですっ!!!」

冬姫は、そう叫ぶと、だん、と畳を叩いた。

「どさぐさに紛れて、酷い言われ様じゃの…‥」

政宗は、冬姫の言い様に、口を尖らせ、ブツブツと愚痴いた。

「御決断下さりませ。今や織田は八王子城壊滅の決を下しました。時は待ってくれませぬよ?」

政宗は、冬姫の言葉に、口を閉ざす。

「此れまで言っても、まだ、お悩みになられるのであれば、此方にも考えがあります。御覚悟なされませ。」

冬姫がそう最終警告を告げると、す、と立ち上がり、襖に手を掛けた。

「待たれよ、冬っ!!」

政宗は、出て行こうとする冬姫を呼び止めた。

其の政宗の呼び止めの声に、冬姫は政宗を振り返り、ふ、と目を細めて笑ったーーーー…‥










「…‥決断したか?政宗。」

「ああ、決断した。」

冬姫は政宗を織田屋敷に連れて来た。

漸く決断した政宗を信長に会わす為である。

そして、政宗は信長と合間見えて、信長の問いに真っ直ぐに見つめ、迷いの無い返事を返した。

「…‥従者である片倉は納得していない様だが?」

「小十郎は関係無い。伊達家の行く末は、主である儂が決める。信長に付く事で伊達家が存続するのならば、儂は織田に付く。此れは、儂が独断で決めた事。」

政宗がそう告げれば、信長は其の答えに満足そうに頷いてみせた。

「卯ぬの苦渋の決断、痛み入る。予は其の決断を称賛する。」

信長はそう政宗に告げると、一つの書簡を政宗に差し出した。

「…‥?」

政宗は、首を傾げながらも、其の書簡を受け取った。

中身を見るか否か悩んでいると、くい、と信長が顎をしゃくり、見ろ、という意思表示をした。

其れを見た政宗は、書簡を開け、中身を拡げた。

そして、中にある文を読んでいくうちに、政宗の表情が驚愕へと変わっていった。

「此れは…‥っ!」

政宗が顔を上げると、信長は黙ったまま、こくり、と頷いた。

「卯ぬは、まだ、奥州平定を成しておらぬであろう?徳川、北条の抑えは予達でするが故、卯ぬは思う存分、父親の悲願であった奥州平定を成すがよい。」

「しっ、然し…‥っ!御主等も北条相手に苦戦しておるのではないのかっ!!其れなのに、伊達の援軍は皆無等と…‥っ!!」

「政宗、其れは心配に及ばぬ。冬が言っておらなんだか?『八王子城壊滅の決を下した』と。」

「あ、確かに申しておったな。」

「予は、八王子城に籠城しておる者、全てを根斬りにする。」

「!?」

信長の言葉に、政宗は更に目を見開く。

「そっ、其れは…‥っ!」

「言葉のままよ。兵士、女子供、容赦無く根絶やしにする。逃げる者も、な。」

「……………‥」

「全てを根絶やしにするのだ。大地も川の澄んだせせらぎも、人の血で紅く染まるであろう。殺された魂は其の場に留まり、刻を進める事を止め、予への終わらぬ恨みと憎しみを永久に繰り返すであろう。だが、此れは、誰かが、此の手を血で汚し、重い業を背負ってでも、やらねば成らぬ事。力を示し、北条共の戦意を完全に失わせねばならぬだ。其れをするには、絶対的な恐怖を心に埋め込むが得策であり、恐怖するに効果的なのは、大量虐殺が最適ぞ。」

政宗は、信長の決断を聞き、敵わない、と悟った。

そして、今の今まで、グダグダと悩んでいた自身が小さく見えた。

保身を考え、強将の顔色を伺い、簡単に頭を垂れる。

政宗は、自身の決意と、信長の決意を比べて、どれだけ、自身が小さい存在かが痛い程、理解出来た。

(此れでは、冬姫に詰られるのは当たり前じゃな…‥)

政宗は、苦笑いを浮かべた。

「…‥分かった。儂は奥州平定に専念する。じゃが、信長、負けるでないぞ。でなければ、儂が織田に付いた意味が無くなるからな。」

政宗は、信長の決意に敬意を心の中で称しながら、そう信長に告げた。

「…‥誰にものを言うておる。予は、第六天魔王、織田信長ぞ。」

不敵に笑い、信長はそう宣言する。

「ああ、そうじゃったな。御主は魔王であったな。そう簡単にくたばりはせぬか。」

其の言葉に、政宗も不敵な笑みを返しながら、そう言葉を返し、二人は互いに笑みを深くし、頷きあった。










「冬よ、儂は…‥」

「政宗殿、何も言わずとも良いのです。貴方が自ら決意し、此処に存在する、其れだけで十分故。」

部屋を出て、廊下に佇む冬姫を見掛けた政宗は、近くに歩み寄り、声を掛けた。

其れに気付いた冬は、政宗にそう切り返し、静かに笑みを浮かべた。

「ですが…‥」

冬は更に笑みを深くし、手を振り上げたかと思うと、突然、政宗の頭を力一杯、叩いた。

「Σなっ!?Σ( ̄□ ̄;)!!い、いきなり、何をするのじゃっ!!」

「政宗殿、父上の事、呼び捨てになさいましたね?」

「そっ、其れがどうかしたのじゃ?」

「どうもこうも御座いませぬっ!!!!父上は、貴方様にとっては此れからの伊達家を委ねる相手であり、其れを貴方は頼まれる立場にありますっ!!其の相手を馴れ馴れしくも呼び捨てとは言語道断っ!!!」

「盟友になったのしゃから、呼び捨てでも良かろうが…‥っΣ( ̄□ ̄;)!!」

再び、鈍い音と共に、政宗の頭に衝撃が走る。

「盟友と言えども、立場を考えれば、自ずと分かりましょうっ!!」

「儂とて、伊達家当主じゃっ!!」

「其の立場を申しておるのではありませぬっ!!この豆政宗っ!!!」

「Σどさくさに紛れて、呼び捨てっ!?Σ( ̄□ ̄;)!!」

「所詮、豆頭に今の貴方の立場を知れ、と申すのは酷で御座いましたか。」

はぁ、と大袈裟にため息を吐き、冬は頭を項垂れる。

「なっ!?貴様っ、何処まで儂を虚仮(こけ)にすれば気が済むのじゃっ!!!」

「虚仮にされたくなければ、今以上に賢くなられませっ!!!」

がし、と政宗の襟首を掴み、

「此れからは、此の私が、政宗殿に礼を弁えた男子(おのこ)が、何たるかを教え込んで差し上げましょうっ!!!」

「Σ!?Σ( ̄ロ ̄lll)」

と宣言し、冬は其のまま政宗を引き摺る様にして、連れ去ってしまった。

此の後、政宗がどうなったかは、誰も知る由は無かったーーーー…‥










「…………‥育て方、間違えた、か?」

其の様子を遠くで見つめていた信長が、小さくそう呟いた。

そして、其の呟きに信長の隣に居た昌幸が肩をすぼめ、小さく苦笑いをした。










ーーnext

桜舞う随想【十一幕・八王子城決戦の刻】







――――孤高の決意…‥



真実を伝える事が無くとも、戦士はその行動で輝きを示す。

真実に強く想いを馳せる者…‥

その瞳に迷いは無い。



迷う事は悪ではない。

失敗を糧とし、希望は生まれる。



迷い選ぶものが何か。

その答えが確信に変わる時、戦士はその剣で己の在り方を証明する。



――――在りし日の語り手が語って来た様に、迷える永遠の輪廻を解き放つ為…‥



貴男もまた此処に存在する――――










信長が討ち取られる過去は変えられ、信長の命は救われた。

信長が生きている事、光秀が謀反を起こさず、信長に対して、確実な忠誠心を表した事で、光秀が山崎で討ち取られる過去も変えられた。

信長が生き永らえた事で、武田の、今川の滅亡する過去も変わった。

そして、もう一つ変わった事は…‥

「信長公、御初にお目に掛かります。養母、伊井直虎が養子・伊井直政と申します。以後、お見知り置きを。」

伊井家が今川から離れる事なく、今川家臣で居続けた事。

其の事で、伊井家の養子になった虎松こと、直政が必然と織田家臣になった事。

流れ的には、義元の家臣になるのが、自然だが、直虎曰く、

「信長公は、義元様を救って下さいました。そして、傾いた今川家を再建する為、御力添えまでして下さいました。今、伊井家があるのも、信長公が今川家に尽力して下さったこそです。だから、其のご恩返しに直政をお仕え下さい。」

との事。

信長は少し困惑したものの、直政本人もまた、仕える気満々で自身と合間見えているのだから、無下に『要らない』とは言えず、結局、直政は其のまま、織田家家臣に着任した。

真田家もまた、織田との同盟も其のままで、上田城にて徳川と北条の抑えとして貢献していた。

今の今まで、徳川が大人しいのも、真田の睨みが効いているからと言っても過言ではない。

信長は、自身が討ち取られる前の時と同じ様に、長曽我部の抑えを四男・信孝に、毛利、本願寺、雑賀の抑えを秀吉に、上杉の抑えを勝家に任せた。

そして、新たに、北条、徳川の抑えに、勝頼、昌幸に添えた。

信長は、家康より早く、家康が頼りとする大名家を次々と抑え込んでいった。

信長は、過去とは違った身の回りの状況を即座に読み取り、家康ならば、こう動く、と熟知した上で、思考を巡らせていた。

過去に家康と同盟を組んでいたのだ。

家康の事を知らない筈は無かった。

案の定、信長の動きに、家康は焦りを覚え始めた。

今川、武田、真田が織田に着き、朝廷まで織田と条約を結んだ。

其の三家に、毛利、雑賀、本願寺、上杉と完全に抑えられ、今や家康が好しみとするのは、北条のみ。

伊達を頼りにする傾向があるが、当主である政宗は、冬の言葉のお陰で今、迷いの中にある。

(さて、どう動く?)

信長は、地形が描かれた地図を見ながら、ふ、と笑った。

「叔父上っ!」

考えに耽っていると、不意に声が掛かって来る。

(ん?此の展開、以前にも経験した様な…‥)

そう考えていると、背中に誰かがぶつかる様な衝撃に襲われる。

「………‥茶々様…‥」

其の背後から、矢張り、予想通りの声。

信長は苦笑いを浮かべながら、背中を振り返る。

と、矢張り、予想は当たっていた。

背中に張り付いていたのは、小谷城から保護した時より、大人に成長した信長から見れば、姪っ子に当たる茶々であった。

そして、其の後ろには、肩をすぼめて、あの時と同じ様に、苦笑いを浮かべた幸村が立っていた。

「叔父上、北条は徹底抗戦の姿勢を崩さないのですか?」

ちら、と信長の足元に広がる地図を見て、茶々がそう問い質す。

信長はそんな茶々に小さく頷いた。

「…‥北条は、領民達を死なせたいのでしょうか。」

幸村もまた、そう問い質す。

其の質問に、信長は黙って、筆と筆竹を、懐から半紙を取り出した。

「幸村、『守る』と『護る』では、意味合いが違って来る。」

信長は二種類の文字を半紙に描く。

「北条の言う『まもる』は、此方の『守る』ぞ。」

一つの文字を、円で囲む。

「…‥?」

幸村は、信長の言う意味が分からず、首を傾げる。

「『守る』は守る者が常に守られる対象の側にあり、行動を共にし、其の対象を守る事。此方の『護る』は対象を安全な場所に隠し、危険が其の対象に及ばない様に護る事を言う。」

「では、北条は守るべき対象を戦わせているから、此方の『守る』ですか?」

「御名答。」

幸村の問いに、信長は頷く。

「此の違いを表すなら、真田は此方の『護る』ぞ。」

信長は、指先でとん、と文字を示した。

「あ…‥」

幸村が信長の言葉の意味を理解し、小さく声を上げる。

「其の言葉の違いを解らぬ限り、北条に降伏は有り得ぬよ。」

「……………‥」

「徹底抗戦をする裏側には、矢張り、小田原城が堕ちぬから、というのもあるのでしょうか。」

茶々がそう呟き、地図を見下ろす。

「北条は、完全に城に『憑かれて』おるよ。人が『物』に頼る様になっては、もう、終いよ。」



例え、城が堅城でも、守るは『人間』。

城は、其の場に在り続けるのみである。

雑賀は、銃という『物』に依存し、自ら最強を持する。

城にせよ、銃にせよ、人が手を加えなければ、物云わぬ『物』に過ぎない。

人が力を与えているからこそ、銃は本来の力を発揮し、最強になり、城は強硬な堅城となる。

雑賀も、北条も、其れを全く理解していない。



信長は、そう告げると、ぴん、と指先で駒を弾く。

其の弾かれた駒は、別の駒に当たり、周りに散らばる。



『敵対したとは言え、実の妹や義弟まで殺す残虐さは、許すまじ行為よ。其れに、私はアンタが比叡山でやった事を忘れた訳じゃないわ。女子供を平気で焼き殺し、家族ですらも、其の手に掛ける慈悲も何もない化け物なんかの下に私は、いえ、北条家は、絶対に屈しないし、降らない。』

信長の降伏を促す言葉に、甲斐姫は力強く、そう反言した。

其の言葉に対して茶々が、何か反論しようとしたが、其れを信長は止めた。

茶々は、そんな信長に苛立ちを覚えたが、此処で何かを言ってしまえば、全ては向こうの思うツボになってしまう。

茶々は、唇を噛み締め、悔しさを堪えていた。



「あの者達は、もう既に守るべきもの、護るべきものが真に何なのかが分かっておらぬ。」

信長は、愁いを瞳に馴染ませ、嘆きに近い呟きを漏らした。

其の言葉に、茶々も幸村も黙り込んだ。

(…‥矢張り、強硬な絆を徹底的に潰すしかあるまいな。そうなれば…‥)

信長はそう考えを巡らせ、視線をとある一点に向けたーーーー…‥










「八王子城を完封無きまでに叩き潰す。」

信長は、皆が集まる中、そう宣言をして愛刀を八王子城が記された印に突き刺す。

周りが一瞬ざわめいたが、義元、昌幸、勝頼は冷静に信長の言葉を受け止めた。

「…‥矢張り、『そっち』に行くか。」

勝頼がそう呟くと、信長は勝頼に視線を向けた。

「真田、今川、武田の軍は、其のまま、小田原城を牽制し続けよ。」

「なっ!おいっ、まさか、全てをアンタ一人が背負おうとするつもりかっ!」

信長がやろうとしている事を理解した上で、勝頼は発言したのだが、信長の予想外の言葉に、勝頼が驚きの声を上げ、瞬時に、信長の意図を読み取り、更に食って掛かる。

「…‥誰かが、手を汚さねばならぬなら、予独りで十分よ。予ならば、此の手は、様々な業で汚し尽くされておる故。卯ぬ等はまだ完全に汚れてはおらぬ。其れに、『此れ』は卯ぬ等が背負うには重た過ぎる業ぞ。」

「だがっ!」

勝頼は納得出来ずにいた。

「甲斐姫が申しておっただろう?『実の妹や義弟まで殺す残虐さ』『女子供を平気で焼き殺し、家族ですらも、其の手に掛ける慈悲も何もない化け物』と。ならば、此の『業』を背負うのは、予が相応しいかろう?」

「……………‥」

信長の言葉に、勝頼は黙り込む。



此処に居る皆は知っている。

比叡山焼き討ちは、誰一人として焼き死んでいない、という事に。

建物は焼いたが、焼き討ちをした場所には、民は、僧兵は、女子供ですら何人も居なかった。

甲斐姫の言う事は、遠くから比叡山が燃える様を見ただけで、女子供が焼け死んだ、と自己判断しただけに過ぎない。

実際は、そうではないのだが、甲斐姫だけでなく、毛利、本願寺、雑賀は自己の解釈で、焼け死んだと思い込んでしまっていた。

だが、信長にとって、其の『思い込み』は好都合だった。

此の『思い込み』が、皮肉にも抵抗勢力の抑止力になり、信長に逆らう者は少なくなった。

然し、逆に敵対する勢力が増えてしまったのも、事実だった。



勝頼は、何も言えなかった。

信長は、再び魔王という異名を背負う事を選んだ。

勝頼は、否、勝頼だけでなく、昌幸も義元も、信長が再び魔王の異名を背負わない様にと、政も戦も惜しみ無く尽力してきた。

其のお陰で、信長から魔王の異名が薄れて来た。

にも関わらず、また、信長は魔王という異名を背負ってしまった。

皆は、魔王の異名を信長に再び背負わせてしまった北条を心底憎んだ。

「全ては、もう、既に決定済みぞ。皆の者、出陣致せ。」

信長は、そう皆に命令を下すと、踵を返し、部屋を後にした。

「くそ…‥っ!」

「勝頼様、此処は私に任せて頂けませんか?」

「昌幸?」

「私は、信長公の支えになりたい、と常に思っておりました。信長公が堕ちるというのであらば、私も共に堕ちましょう。信長公お一人に全てを背負わせません。」

「昌幸…‥」

勝頼は、昌幸の想いを知っていた。

知っているからこそ、昌幸の言葉は心に染み込んできた。

「…‥任せてもよいか?」

「はい、お任せ下さい。」

昌幸はそう頭を深々下げた。

そして、昌幸は静かに立ち上がり、部屋を後にした。










「父上、私も共に、堕ちまする。」

昌幸から、事の事情を聞き、信之は迷う事無く、そう答えた。

そして、其の信之の言葉に、光秀も、茶々も、幸村も、氏郷や冬、五徳、嫁いだ先が信長と敵対したと同時に離縁をし、織田に戻って来た秀子も、お犬も、永姫も、同じ気持ちだと言わんばかりに強く頷いた。

其の頷きに、昌幸は満足そうに頷き返した。

「後は…‥まだ、動きを見せぬ伊達が気掛かりだが…‥」

「昌幸様、其れには御心配は御座りませぬ。此の冬に考えがあります故。」

冬が目を細め、にこり、と笑う。

其の笑みに、昌幸は一抹の不安が過ったが、此処は、冬の言葉に従う事にした。

そんな昌幸の様子に、氏郷は苦笑いを浮かべるしか術は無かった。










貴方が堕ちると決めたなら、共に堕ちるが、真友と言うもの。

さあ、何処へなりとも、共にーーーー…‥










ーーnext

記憶の欠片

※また、書いてくれ、との要望がありましたので、書く事になりました(--;)

アプリのゲームストーリーは全く知らないので、vitaのFFDストーリーを軸に書かせて頂きました。

FFD内でのビビちゃんのライトさんびいきは半端無いです(笑)

てな訳で、若干、ライトさん受っぽい表現がありますので、駄目な方はご退場下さい。

大丈夫な方のみ、此のままスクロールして下さいませ。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆





『――――其れでも貴方は記憶を取り戻しますか?』










「あれ?」

キョロキョロと、とんがり帽子を被った少年が周りを見渡す。

「あれれ〜?」

こてん、と首を傾げて、更に周りをキョロキョロと見渡す。

「確か…‥こっちに来たと思ったんだけど…‥」

少年は、そう一人呟きながら、今度は、身体ごとグルグルと回り出した。

そう回って見ても、目的の探し人は何処にも居ない。

「……………‥」

少年は、俯きながら、とんがり帽子を両手で引っ張る。

「う〜っ、どうして、一人になりたがっちゃうのかな…‥」

此の世界に来て、初めて、其の人物に会ってからも、其の人は必ず仲間よりも離れて一人になる。

皆と一緒に行動した方が危険も少なくて、安全だと思うんだけど、と少年は考える。

「皆と一緒に居た方が、絶対、楽しいのに…‥」

少年は、唇を噛み締めながら、そう呟く。

「あ…‥そう言えば、僕、ライトお兄ちゃんの笑った顔、見た事無いや。」

そして、少年は、不意に思い出した事を呟く。



ウォーリアー・オブ・ライト。

真の名前は分からない。

今、名乗っている名前は、他の者に与えられた仮の名前。

自分が何者なのか、を自身は知らない。

自身の帰る世界はあるのか、も知らない。

友が居るのか、家族は居るのか、其れすらも分からない。

皆には、自身の世界、自身が何者なのか、家族、友の記憶がある。

だが、ライトには、其れ等が全くないのだ。

其のせいでもあるのか、ライトは仲間の中に居ても、独心を胸に抱く。

皆と親しく話す事は滅多に無く、口数も少ない。

否、ほとんど発言をする事は無い。

重要な事柄については口を開くが、其れ以外は黙視を貫く。





「記憶?」

少年は、仲間の一人であるシャントットに話を聞いていた。

「うん、シャントットお姉ちゃんは頭がいいよね。だから、何か知ってるかな、と思って。」

「そう。彼は記憶を失っているのね。だとしたら、自分が誰なのかと分からないのも頷けますわ。」

「で、実際の所は、どうなの?」

少年がシャントットに単刀直入に聞く。

「ええ、戻せますわよ。」

「本当?」

「ええ、私の魔力を持ってすれば。ですが、その彼が本当に其れを望んでいれば、の話ですが…‥」

意味有り気な言葉に、少年が眉を潜める。

「……‥どういう意味?」

「ビビさん、『記憶喪失』というものには、およそ二通りありますわ。一つは頭部等に損傷を受けた場合。二つめは、忘れてしまわなければ、自我が崩壊してしまう程の出来事に直面した場合。」

シャントットが其処まで言って、少年・ビビを真っ直ぐに見つめた。

ビビはそのシャントットを息を呑み、見つめ返した。

「…‥もし、彼が後者なら、無理に思い出させるのは、危険でしょうね。」

シャントットは目を伏せ、そう呟くとゆっくりと息を深く吐いた。

「其れに、もし、何らかのきっかけで過去を取り戻せたとしても、その瞬間『記憶喪失時の記憶』が全て消去されてしまうかもしれませんわ。ビビさん、貴方の事も全て――――…‥」





『其れでも、ビビさん、貴方は――――…‥』





「ライトお兄ちゃんが、皆や僕の事、忘れちゃうのやだな…‥でも…‥」

其れでも、自身の事が全て解るなら、戻してやりたい。

でも、自分達の事は忘れて欲しくない。

「複数の記憶を持つ事は脳に過度の負荷をもたらす事になる。だから、其の負荷を和らげる為に、人間は、古き事は『忘れる』ってシャントットお姉ちゃんは言ってた。だから、過去を取り戻せば、今、蓄積された記憶は忘れて、思い出した記憶を所有する…‥」

ビビは俯く。

「ライトお兄ちゃんにとって、どっちが幸せなのかな…‥」

ふにゃ、と顔を歪ませる。

すると、ビビの身体を覆う様に影が出来る。

「ビビ?」

そして、不意に声が掛かる。

其の声に、ビビはハッとして顔を上げる。

「あ…‥」

何時の間に自分の目の前に来たのか、顔を上げると、膝を付き、ビビと同じ視線に合わせて、自分を心配そうに覗き込むライトの姿があった。

「何度も名を呼んだのだが、俯いたまま微動だにしなかったから…‥どうかしたのか?」

くい、とビビのとんがり帽子の鐔を指先で上げながら、ライトが問いてくる。

「ううん、何でもないよ。」

ビビは、慌てて笑って、そう弁解する。

「……………‥」

ライトは、黙って、じ、とビビを見つめる。

ビビは真っ直ぐに自身を見つめて来るライトの視線に逃れたい気持ちになる。

だが、今、此処でライトの視線から逃れてしまえば、ライトは不信感を抱いてしまう。

逃れたい衝動をビビは必死で堪えながら、自身もライトを見つめる。

「そうか…‥なら、いい。」

暫くしてライトは小さく、そう呟くと、瞳を伏せ、ビビから視線を離す。

ビビは、ほ、と息を吐く。

静かに立ち上がったライトが、ビビに再び声を掛ける。

「…‥何か、用か?」

「え?」

「…‥私を探していた様だが。」

「ううん、別に用事は無いよ。ただ、ライトお兄ちゃんの姿が見えなかったから…‥」

ビビがそう告げると、ライトはちら、と離した視線をビビに戻した。

だが、直ぐに視線は逸らされた。

ビビは、視線が直ぐに逸らされ、自分達の事には興味が無い様な、用が無ければ、さっさと何処かに行ってくれ、とでもいう様なライトの態度に再び寂しさを覚えた。

(どうして…‥)

突き放す様なライトの態度に、ビビは泣きそうになってくる。

唇を噛み締め、泣き出すのを必死に堪える。

そして、俯いた事でライトと自分が立っている間に、近くに居るのに遠さを感じる距離が空いている事にビビは気付く。

其の距離間に、ビビは心にぽっかりと穴が空いた様な虚無感に襲われた。

此の距離が、ライトと自分の今の関係なのだ、と嫌でもビビは実感したーーーー…‥










どさり、と最後の魔物が息絶えて倒れ込む。

完全に息絶えた事を確認し、各々、武器を収める。

ほ、と一息吐き、誰もが一瞬気を緩めた。



刹那ーーーー…‥



「っ!!ビビっ、避けなさいっ!!」

仲間の一人、ヤ・シュトラが何かを感じ取り、ビビに向かって叫ぶ。

「え?」

ビビが其の声に気付き、後ろを振り返る。

すると、其処には、勢いを増してビビに向かって突進して来るヘビーモスの姿があった。

咄嗟にビビは魔法を詠唱するべく構えを取るが、一歩間に合わず、其のヘビーモスの突進を全身に受けてしまう。

小さい身体は、難なく宙を舞う。

舞っていく先には、錐だった崖。

「っ!」

其れを見たライトが咄嗟にビビに向かって駆け出す。

崖から投げ出され様としているビビを全身で受け止める。

が、二人は其のまま崖へと投げ出された。

「ちっ!」

ライトは、小さく舌打ちすると、

「クラウドっ!!」

と仲間の一人の名前を叫んだ。

其の叫びに、クラウドはライトの意図を読み取り、自身も駆け出した。

クラウドが駆け出したタイミングで、ライトは腕に抱き止めているビビを力一杯、宙に向かって投げた。

再びビビの身体は宙を舞う。

クラウドは、其の宙に舞ったビビの身体をスライディングキャッチで受け止めた。

上手くビビを受け止めたクラウドの姿を見たライトは、安心した様に小さく微笑んだ。

が、ライトの身体は、重力に逆らう事なく、其のまま薄暗い闇の中へと吸い込まれていった。










「ライトお兄ちゃんっ!」

薄暗い森の中、ビビは叢の中で静かに横たわるライトの姿を見つけた。

急いで駆け寄り、ライトの傍らに跪く。

「ライトお兄ちゃんっ!」

ビビが声を掛けるが、瞳は固く閉じられ、ビビの声に反応する様子はなかった。

じわり、と額から滲み出る血に、ビビは恐怖を感じた。



此の光景を僕は知っている。

あの時も、沢山の仲間が血を流して横たわっていた。

僕のせいで。

僕を助ける為に。

そして、今も。



「目…開けて…よぉ…‥っ」

晴れ渡った空の色の様な碧眼は今、閉じられた瞼の裏に隠されたまま。

何時もは、冷たさを感じない藍色の鎧兜も今は、其の冷たさを主張している。

固く閉じられ、身動きすらしないライトに、ビビは泣きそうになる。

「死ん…じゃ…っ、…ヤダ…‥っ」

此れ以上、自分のせいで誰かが死んで欲しくない。

其れが大切な人なら尚更だ。

「…っ、…ひく…‥っ」

喉を引き付かせながら、嗚咽を漏らす。

「…‥ビ…、…‥くな…‥」

「っ!」

不意に聞こえて来た弱々しくも力強い声。

ビビが顔を上げると、碧眼を細め、自分を見つめでいるライトの姿があった。

「ライトお兄ちゃんっ!」

「大丈…、…だ…、…くな…‥」

途切れ途切れの声だが、ビビにはライトが何を言いたいのかが分かった。

「うん…‥っ、…うん…‥っ」

頻りに『大丈夫だ』と繰り返すライトに、ビビも必死に頷く。

傷付き、痛くて、身体が動かすのも辛いにも関わらず、ライトはビビを安心させる様に、ビビの頭を優しく撫でる。

ライトが一番苦しい筈なのに、彼は自分の辛さを癒すよりも、ビビの悲しみを一番に癒そうとする。

どんな時も、自分より他人を優先するライトの優しさに、ビビは嬉しくもあり、哀しくもあった。

「……‥っ、」

「っ!も、もう、喋らないでっ!分かったからっ!」

ビビは、自分を安心させる為に、ずっと語り掛けて来るライトを止めた。



もう、十分に『大丈夫』が伝わった。

だから、もう、いい。



ビビがそう伝えると、ライトは碧眼をゆっくりと閉じた。

そして、深い息を吐き出し、身体から力を抜き、其のまま、再び身動きしなくなった。

今度は、ビビに不安は無かった。



ライトは生きている。

其れが分かったから。



ビビは、今まで自分の頭を撫でていたライトの手をしっかりと握り締めた。

ライトの温もりを、確かめる様にーーーー…‥










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