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昭和十八年、三月一日。
南太平洋トラック島より出撃した原忠一中将指揮する空母『千歳』以下第六航空艦隊は、合衆国海軍の奇襲攻撃を受け、実質的に壊滅した。
だが、是で終わったわけではなかった。
かの大日本帝国海軍航空隊が一方的に叩かれるだけで引っ込む等、考えられぬ事であったーーーー…‥
TG(任務部隊群)31.2所属、アトランタ級軽巡『オークランド』。
此のオークランドのレーダーが、複数の戦闘機を察知していた。
「フン…‥たった、此の数ですか……」
「その様だな…‥では、始めるかね…‥?」
「始めましょう…‥では、統制射撃開始…‥!」
近付く戦闘機に、攻撃命令を下す。
命令と同時に放たれる砲撃。
其の砲撃に怯む事無く、一点を目指して舵を切る。
「大した事はない。普通の砲火だ。此の程度なら雷撃成功は貰ったも同然だ。」
普通の砲火。
そう括っての突貫。
然しーーーー…‥
「今だ!ファイアっ!」
号令と共に再び放たれた砲撃。
「何っ!?何だ?!あの軽巡の砲撃はっ!?」
全ての砲口から放たれる容赦無い砲撃。
「嘘だろ!?文字通りの『弾幕』じゃないか!?」
予想を絶する程の苛烈な砲撃。
逃げる場所は無いぐらいに張られた弾幕。
『第二小隊、1番機破弾っ!』
『第二小隊、三番機破断っ!!』
『第二小隊、全滅っ!!』
「なっ、何だっ、是はっ!?」
次々に報告される被害状況。
其の報告に、悔しげに歯軋りする小隊長。
此の時の『オークランド』の射撃は苛烈を極めるものであった。
MK37射撃指揮装置によりレーダー統制された127o連装両用砲12門からは、弾丸重量24.5s、初速792メートル/秒、最大射程距離一万5829メートルというワイドレンジで5インチ砲弾が撃ち出された。
然も、其の砲撃に装着されていたのは、『VT信管』と呼ばれる敵機の近くを通過するだけで爆発する信管だった。
更に、MK51方位盤の射撃データに統制された4連装ボフォース対空機銃4基からは、初速881メートル/秒で装火重量315グラムの脅威的な威力の40o砲弾が撃ち出されていた。
『第三小隊、全滅っ!!!』
「ち、畜生!畜生っ!!!」
小隊長は悔しげに唇を噛み締める。
じわり、と唇から血が滲む。
ぎゅ、と握った操縦管を握り締め、暫く『オークランド』を睨む。
「…‥諦めまいぞ…‥っ!其の勇姿、しっかと目に焼き付けたぞ!」
そう呟くと、小隊長はゆっくりと旋回し、『オークランド』から離脱していったーーーー…‥
カロリン諸島沖、TG31.2旗艦空母『プリンストン』。
「フン、どうやら落ち着いた様だな…‥どうだ、被害の程度は…‥?」
「ジャップ(同時の日本の合衆国側の呼び名)の迎撃で『ベアキャット』三四機が撃墜。新型の『スカイパイレーツ』は十一機が撃墜されました。」
「思ったより、多いじゃないか。」
「ですが敵空母、重巡をそれぞれ一隻ずつ撃沈。残りの空母二隻も大破させました。そして、我が方の損害は、駆逐艦一隻が敵陸攻の雷撃で撃沈されただけです。」
かつ、と革靴を鳴らし、神妙に報告する。
「ま、何にせよ、是でVT信管の威力は確認された訳ですな。」
「指令部に打点だ。『ウィ・ウィル・ウィン』…‥我々は勝利する、とな。」
司令の言葉に、二人の将官は敬礼で返事を返し、其のままゆっくりと部屋を後にした。
「ドイツが動き出しました。」
とある部屋の中央の革椅子に座する者に一人の将官が報告に訪れる。
「無線傍受によれば、全艦艇が『U-666』の追撃を開始した様です。」
「そうか…‥ドイツの『U-666』の…‥」
「それから、合衆国海軍は大和型に匹敵する巨大装甲空母を実戦配備したようです。クラスネームは『エクセルシオール』。艦名は『ラングレー』です。」
「大和型に匹敵するヤツか…‥『上総ノ介』大佐はどう言っているのだ?」
「『向こうの指揮官がソレをどう使うつもりか。全ては其処に懸かっている』と。」
「相手の出方次第という事だな。」
「そういう事です。」
言葉を切ったと同時に、くるり、と革椅子を回す。
「ですが、宜しいのですか?日本の未来を、命運を、得体の知れない人間に…‥然も『過去』からやってきたとほざく人間に全てを委ねて…‥」
「確かに不安はある。だが…‥賭けるしかないのだ。あの男の『奇才』は『桶狭間の戦い』の奇跡を生み出した。あの『奇跡』の勝利を今度は、我が日本海軍にもたらして欲しいのだ…‥っ!」
司令の藁をも掴む様な言葉に男も黙るしかなかった。
疑いはあれども、男も信じていない訳ではなかった。
だが、軍人気質なのか、初めて見る人間には疑って接する癖は直らない。
「『信長』、全てを貴殿に託す。」
男は、どんよりと曇った空を眺め、そう小さく呟いた。
「『蝮』の裔(すえ)よ…‥誰(た)が汝等に来たらんとする御怒(みいか)りを避くべき事を示したるぞ…‥か。」
一人の美丈夫が、そう小さく呟く。
「…‥此の『時代』は興味深い、ですね、信長公。」
「そうさな、昌幸。此の時代は実に面白い。アメリカの立場、日ノ本の立場を鑑みると、益々、『桶狭間』よの。」
「まさか、世界相手に、とは思いませんでしたが。」
「だからこそ、劣勢を優勢に変えてやりたいのよ。」
美丈夫・信長はかつり、と革靴を鳴らし、昌幸を振り向く。
織田信長と真田昌幸。
此の時代に存在しない人間二人が静かに佇む。
信長は、本能寺の紅き焔に包まれた際に謎の光に包まれた。
昌幸は、九度山にて、自らの命が消えゆくのを感じ、最後の灯火が消える刹那、謎の光を感じた。
そして、気付いた時には、太平洋戦争真っ只中の日本の地に二人は立っていた。
最初は、見た事の無いものばかりで戸惑っていたが、此の時代に生きる海軍将校、山本五十六に出会い、全ての説明を受けた時、二人は自らが生きていた時代より、三百年(当時の時代から)未来の日本にやって来てしまった事を悟った。
此の時代にやってきたのは、何の為か。
何をすべきなのか。
迷いはあった。
だが、敵国であるアメリカに良い様にやられている日本を見続けていく内に、二人は此の状況を見過ごす事は出来ないと感じた。
そして、全ては、此の『大戦』にある。
此の『大戦』に負けるか勝つかすれば、自分達が此の時代に飛ばされた意味が分かる。
そう、信長は考えていた。
カチ、と扉が鳴いた。
振り向くと一人の海軍将官が立っていた。
「『信長』殿、電探書、興味深く読ませてもらいました。」
「で、あるか。今度、『長門』に載せた電探はハワイ沖で使ったものに比べると比較にならぬ程の高性能ぞ。」
「…‥まさか、ドイツの射撃管制用電探を其のまま持って来るとは…‥思い切りましたね。」
「日ノ本の資源不足は深刻ぞ。ならば、使えるものは、敵のものとはいえ、活用せねばな。『上手く使え』よ、五十六。」
信長は、男・五十六の言葉の返しに、五十六は自身の『策』に賛同したと解釈した。
「分かっております、必ず戦果を上げてみせましょう。」
「気負いするなよ、五十六。」
「して、私を呼び出した理由は?」
五十六は、そう信長に聞き返した。
「ああ、卯ぬに見せたいものがあってな。」
「…‥?見せたいもの?」
「付いて参れ。」
信長はそう五十六に告げると、素早く踵を返した。
そして、五十六もまた、慌てて信長の後を付いて行った。
そして、五十六は『其処』に存在するものに驚愕する事になるーーーー…‥
ーーnext