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その日を境に、二人は良く街の中で出会う様になった。
琥長は、ちょっとした事でも直ぐ興味を持ち、彼是と幸村に聞いていた。
色々な場所に行きたがり、街の外に出た時もあった。
泣いたり、笑ったり、時には価値観の違いから、喧嘩にもなった時もあった。
――――そんな時間を過ごす内に互いに互いを認め合い、信頼を得られる仲にまでなった。
最初は、この国の姫君と言う事で、一緒に居る内は自分の手で守ってやろうと使命感にも似た感情だったが、一緒に居る日が多くなればなる程、その感情は形を変えていった。
――――だが、この感情を自覚する訳にはいかなかった。
彼女は、この国の姫で、自分は主を持たない放浪の武士。
釣り合う筈も無い。
――――そう無理に、割り切ると、自らの感情を押し殺した。
想いが伝わらなくても、一緒に居られるだけでも満足しよう。
――――そう思う様になっていた。
――――が、そんな幸せな日々も長くは続かなかった…‥
「幸村、御願いがあるのだが…‥」
その日の朝、琥長は幸村が居る宿を訪れると、一人の女性を連れて、神妙な面持ちでそう切り出して来た。
「御願い?」
「はい、貴男を武士としての腕を信じての御願いです。」
真剣な琥長の態度に、幸村は返事を返せずに怪訝そうな表情をした。
「妾の妹、市を、隣国へと連れて行って欲しいのだ。」
「市?」
幸村がそう聞き返すと、琥長の隣に居た女性が前に出て来ると、幸村に小さく頭を下げた。
「どうして、隣国へ?」
幸村がそう聞き返すと、琥長の肩が小さく震えた。
「済まぬ…訳は聞かないでくれ。唯、黙って妾の頼みを聞いてくれ。」
琥長はそう幸村に言うと、頭を深々と下げた。
幸村は、聞きたい事はあったが、余りに真剣に頼み込む琥長に何も言えずに、唯黙って琥長の頼み事を頷いて受け入れた。
「…‥何も聞かないんですね。」
外に出て暫く歩いていると、不意に後ろから市がそう声を掛けて来た。
「聞いて欲しいのですか?」
「質問を質問で返すのは、狡いですよ。」
「…‥済みません。」
市の言葉に、幸村は肩を窄めて苦笑いをした。
「どうして、其れ程までの腕を持ちながら、特定の主を持たないんですか?」
「性に合わないからです。私は型に嵌め込まれ、縛られるのは、嫌いですから。」
市の質問に幸村はそう答えた。
「其れにしては、御姉様と長い間、一緒に居ましたよね?」
「…‥あくまで一国の姫君ですから。何か遭っては拙いでしょう?だからです。」
「そう。あくまで白を切るつもりなんですね。」
市は幸村の返答に、そう切り出して来た。
「私は、どう見ても、幸村様が御姉様に特別な感情を抱いていると思っているんですが?」
市の言葉に、幸村が少し反応を返す。
「特別…‥?」
「そう、特別。例えば――――男としての特別な感情。」
「…‥っ!」
市の鋭い指摘に、幸村は息を詰めさせる。
「違いますか?」
「…‥何故、其れを聞くのですか?」
「質問を質問で返すのは、狡いと言ってるんですけど…‥ま、良いでしょう。」
市は、深い溜め息を吐くと、ゆっくりと話始めた。
「御姉様、幸村様と会う様になってから、明るくなりました。貴男との事を楽しく笑って、良く話す様にもなりましたし。」
「…………‥」
「其れまでの御姉様は、部屋に閉じ込もって、誰とも話しませんでした。と申しますか、誰かと話したくても、外に出たいと思っていても、周りが体裁ばかりを気にして、其れを許しませんでした。」
市はそう言いながら、幸村を見上げる。
「そんな御姉様が、初めて『一度で良いから、外に出てみたい』と、私に仰有ったのです。だから、私は御姉様に協力したんです。」
「…‥その話と、私が彼女に抱いている想いと何の関係があるのです?」
「此処まで話して、まだ分かりませんか?御姉様は、貴男に対して、恋愛感情を抱いていると言っているのですっ!」
未だに白を切る幸村に、苛々しながら市は、幸村に叫ぶ様にそう告げた。
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