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桜舞う随想【閑幕11・桜哀愁の刻】







何処に居るのですか?

響き渡る無数の足音。



貴方の声を聞かせて下さい。

繰り返す呼吸。



届かない願いでも、私は叫び続けます。

漆黒の闇の中に、ただ一人。

此の胸がちぎれて、心抉り取られ。

其れでも、呟きは至福。



其れでも良いです。

私は、貴方を抱き締めたいのです。

恍惚たる真実。



「もう直ぐ、会えますね。」



例え貴方が色を無くし、夢になっても忘れません。

消せはしません。

身体中に刻んだ重ねた日を。

そっと触れて、感触を味わう。



「長かった…‥長ごう御座いました。」



漸く「アイシテル」と言えます。

語り掛ける語句は、紛れも無い愛の言葉。



「漸く、来ました。」

押し抱くのは、物言わぬ架空の貴方の虚像。



ただ一人の為だけに、過去(此処)まで来た。

貴方を、父を、弟を救う為、過去(此処)まで来た。



「もう、一人には致しませんから。」



取り戻して、貴方を温めたい。

そう呟き、駆け出す。



果ての無いかの様な過酷な道。

でも、そんな事は関係無い。



貴方の声は聞こえています。

必要なのは、たった一人の彼。



其の事に気付くのに、一体どれだけの時間を過ごしたでしょう。



失っていた時間の分、無駄にするつもりなんて無かったのに。

未来で、何よりも大切なものを失ってしまった。

貴方の命を守る為に戦って、流れ出ていく血の分、反対に重くなっていく身体。

其れでも走り続けるのは、失ったものを、取り戻して守りたいから。



「私はただ、二人で居たいだけなのです…‥そうです、是からずっと…‥」

邪魔する者は容赦しない。



だから――――…‥



「二人だけの時間を――――…‥」



――――貴方を踏み台にして生きる世界なんて要りません。



私は叫び続ける。

世界が、今こそ光輝く。



愛しています。

誰よりも、何よりも、美しい人。



「信長公…‥」

私は、そっと、心から愛しい貴方に手を伸ばした。



此の手は貴方を抱き締める為だけにーーーー…‥










漆黒の美丈夫は肩をすぼめて笑う。

「予は、『そんな事』を卯ぬにさせる為に、過去に戻した訳ではないのだがな…‥」

「『そんな事』等と仰有らないで下さい。」

「事実ぞ。予は『絶対悪』として、日ノ本の未来(さき)の泰平の為、死すべきだったのだ。」

「貴方を傀儡として得た泰平等、要りません。」

「信之…‥」

信長は、はっきりと自身の思いを口にする信之に、

(信之は、こうも自身の思いを強く口にし、一歩も譲らない頑なな男だったか?)

と未来での信之の姿を信長は思い返す。

とは言っても、真田家と深い結び付きを持ったのは、信長が長篠で武田を根絶やしにし、後ろ楯を失った真田が家を守る為に昌幸が織田を選び降った後の事。

故に、真田家の主である昌幸は、軍議、策議等、顔を合わせる機会が幾等かあったが、信之に関しては、昌幸が軍議で信之を連れ立った時ぐらいに顔を合わせていた程度の為、自身が信之の事を深く知っている訳では無い。

だが、少なくとも、積極的に自身からでしゃばる様な性格では無かったと信長自身の中では、そう認識していた。

「…‥私はもう、我慢する事を止めました。」

信長の考えを先読みした言葉を信之が発した。

「止めた、とな?」

「はい。当時、私は後に真田家を継ぐ身。そして、貴方は織田家を護る主。だからこそ、繋がりを深くしてはいけない、繋がりは互い『利』のみでなければいけない。…‥そう、自分に言い聞かせておりました。」

「………………‥」

信長は、ただならぬ信之の気配に気付き、険しい表情をした。

信之は、す、と手を信長へと伸ばす。

だが、其の手が信長の頬に触れようとした瞬間、信長が僅かに後ろへと下がった。

「信長公…‥?」

「成らぬ。『其れだけ』は成らぬぞ、信之。」

「………………‥」

信長の全てを語らぬ言の葉。

他の者が聞かば、首を傾げる言の葉も、賢い信之には信長が真に何を言いたいのか、瞬時に理解し、押し黙った。

「…‥貴方は何時もそうです。全てを語らせてはくれない。貴方は狡い御方です…‥っ」

信之は、苦痛の表情を浮かべ、苦しげに唇を噛む。

「…………………‥」

そんな表情を見て、信長もまた、憂いを帯びた表情を浮かべた。

「…‥貴方は、そうして、先手を打って、自らに近付き過ぎない様に、完璧な一線を引く。ですが…‥」

「…‥っ!?」

信之は素早く信長の腕を掴むと、自らの腕の中へと引っ張り込み、信長の身体をきつく逃れられぬ様に抱き止める。

「信之…‥っ!」

「信長公、私は先程、告げましたよ?『もう、我慢する事を止めました』と。」

「……………‥」

「貴方がそう仰有る事は既に、把握済みですよ。」

信之はそう告げると、信長の髪に顔を近付かせ、艶やかな黒髪に唇を落とした。

「…‥父上の事も幸村の事も、救いたいと願ったのは嘘ではありません。ですが、其れ以上に、私は貴方をも救いたい、と強く願っておりました。」

「………………‥」

信長は、信之が此の先、続けるであろう言の葉を聞いてはいけない、と悟った。

だが、信長は信之の言葉を止める事は出来なかった。

聞いてはいけない、と思いながらも、聞かなければいけない、と両方の思いが、信長の心を支配していた。

(昌幸の思いも受け入れたのだ。此所で信之の思いを拒否してしまっては、本末転倒だろうな。)

信長は、静かに目を閉じる。



幸村、信之、昌幸、三人引っ括めて嫌いの類には入らない。

寧ろ、好きの部類に入る。

人其々に凹凸を付けたがる人から見れば、八方美人過ぎると、節操無しと、非難されるだろう。

だが、幸村には幸村の、信之には信之のそれぞれ長所があり、残念な事に逆に短所もある。

仕方が無い、人間なのだ。

完璧人間は、此の世に居ない。

だからこそ、謀叛があり、離反があるのだ。

そして、完璧ではないからこそ、好き嫌いの感情が生まれ、好き嫌いの相違も生まれる。

同じ人間でも、好きだ、と思う人間も、嫌いだ、と思う人間も居る。

人の感情は人其々だ。

だからこそ、信長の様な感情を抱く人間が居て『当たり前』なのだ。



「信之。」

信長は、ふ、と小さく笑うと、信之の後頭部に軽く手を回すと、ぽんぽん、と優しく叩いた。

「…‥?」

「卯ぬは、矢張り、謀将の息子よの。予が張り巡らせた『罠』をことごとく嵌まる事無く破ってみせる。」

「信長公…‥」

信長は、ふ、と笑う。

「…‥予の策は、もう全て出し尽くした。卯ぬの好きにせい。」

半ば諦めに似た呟き。

だが、表情は晴れ晴れとしていた。

「信長公…‥はい、好きにさせて頂きます。」

信之は、信長の真意を即座に読み取り、華やかな笑みと共に、信長の肩に額を刷り寄せた。

是から先の事を考えると、是以上感情移入しては、『事』が起こった後、対処出来なくなるのだが…‥

(まあ、『現在(いま)』は『是で』良かろう)

と信長は、微かに障子窓から見える蒼天を見据え、信之に気付かれない様に、小さく、くすり、と笑ったーーーー…‥










今は、まだ、未来は霧掛かった灰色の中ーーーー…‥










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