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月夜の願い 後編(三成×信長)







――――匂いだ。



彼女からは、あの女性独特の『匂い』がしないのだ。

香水の匂いと、化粧の匂いが混ざった嗅覚が可笑しくなりそうなくらいの、あの嫌な『匂い』がしないのだ。

確かに外見は女の子らしい服を着ているのだが、匂ってくるのは、唇に塗っている口紅くらいだ。

俺は首を傾げて、稲に向かって鼻をヒクつかせる。

「ん?なーに?」

稲が不思議そうに、俺を見つめる。

「多分、匂いぞ。女性の独特の臭いがしない故、不思議に思うておるのだ。」

彼・信長が両手にマグカップを持ち、その一つを稲に渡しながら、そう説明する。

「あ、そっか。私はお洒落はするけど、化粧の類はしない方なのよね。香水もそう。何か、匂いや化粧で本当の自分を誤魔化してるみたいで私自身、嫌なのよね。」

稲は納得した様に、俺に説明してくれた。

その説明に俺は、稲に好感を持った。

その証しに稲の座っている膝に鼻頭を擦り寄せた。

「あら?気に入ってくれたの?有り難う。」

稲はそう言って、俺の頭を撫でてくれた――――



色んな人に会った。

信長の傍で色んな事を知った。

大好きで、ずっと一緒に居たいと感じられた人間。



このままずっと――――



――――でも…‥



人間と猫の寿命の長さは違うもので、別れの日は悲しいけどやってくる――――










――――俺は今、暖かい毛布に包まれ、小さな身体を横たえている。

その横で、信長が優しく俺の身体を撫でながら、悲しげな表情を見せている。



――――泣かないで…‥



そう言いたいのに、鳴き声一つ上げる事が出来ない程、俺の身体は弱り切っている。

自分の身体に何が起きているのか、其れは重々に理解していた。



――――別れの時が来たのだ…‥



優しく撫でる手が、僅かに震えている。



どうか泣かないで、愛しい人よ。

貴方の流す涙は見たく無いのです。

どうか、どうか、笑って下さい。

そして、永い永い旅路に付く私を笑って送って下さい。



――――私の大好きな貴方の笑顔で見送られながら『サヨナラ』したいのです。

どうか、私の最初で最後の御願いを聞いて下さい…‥



「…にゃぁ…‥」

この鳴き声が、俺の最後だった。

冷たくなって行く身体。

開かれる事の無い瞳。



――――俺の身体は、もう全ての機能が止まった…‥



夜空に浮かぶ月よ。



もし、俺の最後の願いを聞いてくれるなら、どうか――――










『        』










広い高台の上。

野原一面に、満開の花の絨毯。

柔らかく暖かい風が吹く。

その花に囲まれ、小さなお墓が一つ。

其処に、一人の男性が立っている。

「今日も、綺麗なお花が一杯咲いたな。」

男性は小さなお墓に話し掛ける。

「卯ぬが居なくなりて、早いものよ。一年が経った。」

男性は、小さな墓石を撫で上げる。

そして、静かに手にした花を墓前に供える。

「信長…コイツが、お前の言ってた…‥?」

その彼・信長の後ろで、青年が声を掛けて来る。

「ああ『三成』よ。」

そんな青年の言葉に、信長は笑って答える。

「………………‥」

信長の笑顔に、青年は複雑な表情をする。

「『自分』と同じ『名前』の猫を飼ってたと聞いていたが、実際に其れを目の前にすると複雑だな。」

「ああ…そうだな。が、予とて驚いたぞ。卯ぬと初めて会った時、名前が一緒だった故。」

信長も笑って答える。

「俺だって、吃驚したさ。初めてなのに、俺の名前を一発で当てたのだからな。」

青年もまた、そう言いながら、視線を墓前に移す。

「出会いは、偶然だったのだ。大学の帰りで、偶々、泥まみれの『三成』を見つけたのだ。」

「その名前は、誰が付けたんだ?」

「詳しくは解らん。が、付けてた首輪にその名前が書いてた故…」

信長の言葉に、青年は黙り込む。

「あの時の『三成』は、自分の大切な人を誰かに助けて欲しくて、走り回っていた様なのだ。然し、予が駆け付けた時にはもう…‥」

信長は、其処で黙り込む。

そして、青年も全てを聞かなくても、その人がどうなったかは、理解出来た。

「其れで、ソイツを拾ったのか…‥」

「ああ、きっと出会うたは何かの縁と思うたからな。」

信長は笑いながら、再び墓石を愛おしそうに撫で上げた。

「…………………‥」

「どうした?急に…‥っ!」

急に黙り込んだ青年を不思議そうに、声を掛けると、突然、後ろから青年が信長に抱き付いて来た。

「…‥本当に、どうした?」

「……‥ムカつく。」

後ろから抱き付いて来た青年に再び声を掛けると、たった一言、そう呟いた。

「ん?」

そんな青年の呟きに、信長は思わず、声を失い、墓前と青年を交互に見る。

そして、やっと青年の行動の意味を理解して、信長はクスクスと笑い出す。

「猫の『三成』に悋気してどうする、三成。」

青年・三成に信長がそう声を掛けると、三成は、益々面白く無い表情をする。

其れを見た信長は、更にクスクス笑う。

「そんなに、不機嫌になるな。今は三成が居る故、寂しくはない。」

信長はそう言いながら、三成の腕を握る。

「まあ、許してやるか。もしかしたら、お前と出会えたのは『コイツ』のお陰かもしれぬからな。」

三成もそう言いながら、抱き締めていた腕を解き、信長の手を握った。

「さぁ、行くか。」

三成はそう言うと、信長の腕を引き、家に帰るべく道をゆっくりと歩き出した――――



そして、その二人を見守る様に、広い野原に暖かい風が、二人の頬を優しく撫でて行った――――










夜空に浮かぶ銀のお月さま。

最初で最後の俺の御願いを聞いて下さい。



もし、願いを叶えてくれるなら、どうか聞いて欲しい。



今の俺は消えてしまうけれど

もう、彼の傍に居られなくなってしまうけれど



――――もう一度、強く願います。



どうか、生まれ変わる事が出来るなら

人間に生まれ変わりたい。



そして、もう一度彼と出会いたい。



彼と出会って、ずっとずっと傍に居たい。



どうか、俺の御願い聞き届けて。










――――是が、俺の最初で最後の『我が儘』だから…‥










――――彼が眠る野原に再び風が起こり、彼の墓石の周りの花が空高く舞い上がった…‥










――END

月夜の願い 前編(三成×信長)

●前書き●



完全パラレルです。



少し死にネタっぽい所があります。

もし嫌悪感を感じた方は、このまま本編へ進まずに、速やかに御退場下さいます様、切に御願い致します。



では、其れ以外の方は、このまま本編へとお進み下さいませ。
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傍に居るよ(信之+幸村×信長)

●前書き●



はい、ふと頭に浮かんだものを書き殴ってみました(笑)

義兄弟ネタになります。



はいっ、此処で義兄弟ネタと聞いて、嫌悪した方は即退場して下さいませっ!

あくまで遊びで書いてあるんで、設定は軽くでしか考えてません(笑)



因みに、信長さんは敢えて、幼名で表現しております。



其れでもオッケーよって方は、そのまま本編へとどうぞ( ・∀・)つ
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闇の中の光輝 後編(信之×信長)







そして、やっと微かに信長に触れる事が出来た。

「信長っ!」

信長の身体を揺さぶり、名前を呼ぶ。

だが、信長からの反応は無く、掌から熱さが伝わる。

「誰かっ!誰か、居ないかっ!」

気付けば、信之は大きな声で誰かを呼んでいた。

「兄上、何か遭りましたか?」

信之の叫びにいち早く反応したのは、幸村だった。

「信長が、倒れた。頼む、介抱してやってくれ。」

「信長殿が?」

信之の言葉に、幸村が聞き返し、信之の傍らで倒れている信長を見て、その傍らに跪き、額に掌を置く。

そして、顔を険しいものに変え、趣に信長を横抱きにして、幸村は信之の部屋の中へと入っていく。

「幸村?」

幸村が動く気配を感じ、信之は不安気に声を掛ける。

「詳しく診ないと分かりませんが、恐らく風邪かと思います。信長殿を休ませますので、兄上、部屋をお借り致します。」

「ああ、構わない。」

幸村の言葉に、信之は頷く。

その頷きに、幸村も頷き返し、早速、部屋に敷布を敷き、信長を休ませた――――










信長が倒れた原因は、疲労が重なった事による風邪だった。



敷布の上で静かに眠る信長。

その傍らに座る信之。

信之は静かに、掌を掛布の上に這わせる。



――――この時、信之は初めて目が見えない事が苦痛だと感じた。



気付かなかった。

ずっと傍に居たのに、信長の身体の変化に全く気付かなかった。

何時もなら、誰かの気配に敏感な信之。



――――だが、今回だけは気付く事が出来なかった。



情けない、と思う。

彼の手を握り締めたいと思っているのに、未だに掛布の上にあるであろう手を見付けられずにいる。

普段は、ゆっくりと宙を彷徨う自分の手を信長から握ってくれるので、信之は意図も簡単に信長の腕を捕まえる事が出来ていた。



――――が、今は違う。



今は、信長は意識も無く、力無く横たわっている。

彼の手が意図的に、自分の手を握り締めてくれる筈も無い。

やっと、探し見付けた信長の手を信之は力強く握り締めてやる。

手から伝わる温もりから、信長が此処に居る事が分かる。



――――何も出来ない自分がもどかしい。



目が見えない事が苦しい。

目が見えていれば、信長の変化にいち早く気付き、誰かに頼る事無く、自分が信長の看病をしていた。

だが、其れが叶わぬ今、自分に出来る事は、こうして手を握ってやる事しか出来ない。

信之は、信長の手を上げるとそのままその手を自らの頬に当てると、静かに目を閉じ、信長の温かさを全身で感じ取っていた――――










何だ…‥?

身体が軽い。

『信長』

誰かが自分を呼ぶ声が聞こえる。



静かに振り向くと、其処には信之が静かに微笑みながら、自分を見つめて立っている姿があった。

「信之。」

初めて会った時、道端にうずくまる様に座っていた彼。

其れを見た時、自分は彼が泣いているのかと思った。

そう思った刹那、気付いた時にはもう声を掛けていた。



――――顔を上げた瞬間、彼の目が全く見えていない事に気付いた。



開かれた瞳の色は碧。

でも、見えていないから、その碧が力強く輝く事はない。

(見えていたならば、恐らく、力強く鮮やかに輝くのだろうな…‥)

そう思っていた自分は、信之の手を取り、信之を帰る場所へと誘導していた。



何処か、他人を警戒している様な態度をしている彼。



恐らく見えないと言う事実が彼の中にある警戒心を強くさせているのだろう。



――――其れでも、彼と話がしたかった。



彼の心を解してあげたかった。

だから、仮とは言え、自分が彼の主治医になった事が素直に嬉しかった。



――――父親から聞いた事。



『信之様の目は、とある方法を用いれば、見える様になる。』



そう聞いた時、ずっと闇だった世界に光が射した気がした。



――――だが…‥



『だが、この方法は異国で用いられている医療だ。外国に対して未だに閉鎖的なこの日ノ本では、まだ、この医療が浸透しておらず、確立すらしていない。故に、この方法は、危険と隣合わせの医療だ。』



父は、そう言って、深刻な表情をした。

でも、信長の中に迷いがなかった。



――――彼に光を取り戻して欲しかった。

光を取り戻させてあげたかった。



『父上、その方法を教えてくれ。』

『然し…‥』

『光を取り戻す方法があるならば、目が見える様になるならば、例え、どんなに危険を孕んだ医療でも、見える様になると言う、その僅かな希望に縋りたい。』

そう言う信長を、信秀は暫く考え込みながら見つめた。

『…‥分かった。方法を教えよう。だが、何度も言う様だが、医療技術の発展が遅れている今の日ノ本では、この方法は危険を伴う医療だ。良く考えた上で決意をしろ。良いな?信長。』

『ああ、有り難い。』



――――予はもう覚悟を決めていた。



だから、答えは変わらぬ。










うっすらと、重たい瞼を開く。



見慣れた天井が視界に映り、重たい身体を起こした。

下半身に重みを感じ、視線をその場所に移す。

「信之…‥」

其処には、静かに身体を横たえ、安らかな寝息を立てている信之の姿があった。

無防備に放り投げられている手は、しっかりと自分の手を握っている。

そんな信之を見ると、目を細めて小さく笑った。

「ん…‥」

瞼が僅かに震え、光を持たない碧が覗く。

「信長?」

「ああ、信之。」

瞼を擦りながら、身体を起こす信之に信長は挨拶をする。

そんな信長の声を聞き、もう大丈夫だ、と判断した信之はホッと息を吐き、安堵の表情をした。

「疲労から来る風邪だと幸村が言っていた。もしかして、私の…せいか…‥?」

信長の頬を手探りで撫でながら、信之は不安気な表情でそう問い質す。

「あ、いや、そうではない。少々、色々とせねばならぬ事があった故、無理をしたのだ。決して、信之の責任ではない。」

信長は、不安そうな表情をする信之を見て、そう弁解をした。

「しなければいけない事?」

「ああ、信之の目を見える様にする為の下準備と言えば、良いか。」

信長はそう言うと、ゆっくりと信之を向き直った。

「見える様になる?」

信長の言葉に、信之の表情は驚愕に変わる。

「ああ、ある方法を用いれば。」

「ある方法?」

再び信之は首を傾げる。

そんな信之に、信長は真剣な表情で、そのとある方法の説明を始めた――――










全てを聞き終えた信之は、驚愕の表情をしていたが、次第に険しい表情をした。

「…‥私は、そんな事をしてまで、目を見える様にして欲しいとは思わない。」

信之はそう言うと、唇を噛み締め、顔を俯かせた。

「だが、予は信之の目に光を取り戻して上げたいのだ。故に…‥」

「だからとて、貴方の『片目』を犠牲にしてまで見える様になりたくはない!」

信長の言葉を遮り、信之は悲痛な叫び声を上げた。

「信之、予は卯ぬには、闇だけでは無く、光も知って欲しいのだ。卯ぬの…‥卯ぬ自身の目で光を感じて欲しいのだ。」

「…………‥」

信長は其処まで言うと、静かに黙り込んだ。

そして、信之もまた黙り込み、再び俯いた。

「…ん…で…‥っ」

沈黙を破ったのは、信之だった。

「?」

「何故、其処まで必死なんだ。私は今まで、目が見えなくても困る事は無かったし、不自由もしなかった。其れなのに…何故…‥っ」

「…‥大切、だからだ。」

「…‥っ!」

信長は、ぼそりと呟く。

「大…切…‥?」

「ああ、予は信之に好意を寄せておる。寄せておるからこそ、卯ぬの目を治してやりたいのだ。」

信長は、告白した事が恥ずかしいのか、僅かに顔を赤くして俯いた。




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闇の中の光輝 前編(信之×信長)







――――私の世界に、色は無い。

見渡す限り、黒一色だった。

そんな世界に、私は興味を示す事は、皆無に等しかった…‥










「兄上。」

「ん?何だ?幸村か?」

不意に信之が顔を上げ、幸村が居るであろう場所に顔を向ける。

「…‥今日も異常はありませんでした。」

「そうか、御苦労だったな。」

「では、私は是で失礼致します。」

「ああ、ゆっくり休め。」

幸村はそう言いながら、頭を下げ、信之の部屋を後にしようと襖に手を掛けた。



――――そして、ちらりと信之を振り向く。



信之は、そのまま襖に背中を向けて、座っていた。

身動きすらしない。

そんな信之を見て、幸村は溜め息を吐き、部屋を後にした――――










何時もと変わらぬ務めの後の報告。

そして、同じく何時もと変わらぬ信之の対応。

幸村は、歩いていた足を止める。



――――そして、ゆっくりと目を閉じ、物思いに耽る。



何時から、ああなってしまったのか。

考えてみると、其れは信之の瞳が完全に何も映さなくなった頃からだったと幸村は記憶する。

目にまだ『光』があった頃は、信之の表情や感情は豊かなものだった。



――――だが、永久に『光』を失ってから、信之は変わった。



信之は『光』を失ってから、部屋に隠りっぱなしになった。

最近では、部屋の襖が開かれるのを見た事がない。

そして、感情を示さなくなった。

笑う事は偶にあったが、其れは上辺だけの笑みで、心からの笑みではなかった。



――――幸村は、ゆっくりと閉じていた瞳を開く。



幸村は、部屋に隠りっぱなしになってしまった信之に、成る可く一人にならない様に、接する事にした。

そうする事で、信之が昔の様に、瞳に『光』を宿らせていた頃の様に、感情を取り戻してくれると信じていた。



――――だが、信之に感情は戻る事は無く、未だに務めが終われば、報告するだけの会話しかする事は無かった。



(…‥私は、無力だ。)

幸村は、何も出来ない自分に腹を立て、唇を噛み締めた。

だが、悲観する事は何時でも出来る。

(私は、まだ、諦めてはいない。何時か、きっと…‥)



――――信之は必ず『光』を取り戻す。



幸村は強くそう信じて、ゆっくりと止めていた足を進め、自らの部屋へと戻っていった――――










――――此処は、尾張にある小さな薬師所。



「信長、ちょっと来なさい。」

「何用か、父上。」

信長と呼ばれた青年は、自分を呼んだ人物を振り返る。

「沼田城を知っているか?」

「ああ、東信濃にある…‥」

「ああ、知っているなら、話は早い。是をその沼田城まで持って行って欲しい。」

その人は、小さな風呂敷を信長に渡すと、そう告げた。

「是は、薬か?」

信長は其れを受け取りながら、目の前の人に問い質す。

「ああ、あの沼田城に真田信之と言う人物が居る。その人のものだ。」

「何処か、加減が悪いのか?」

「ん?まぁ…な。兎に角、持って行ってくれ。」

「ああ、分かった。」

信長は、曖昧な言葉で話す彼に首を傾げたが、直ぐにそのまま沼田城へと向かうべく師所を出た――――










「ちっ…‥付いてない…っ」

信之はそう舌打ちした。

信之は暫く部屋の中で大人しくしていたが、偶には外の空気でも吸ってくるかと軽い気持ちで部屋を出た。



――――が…‥



矢張り、盲目なせいか、直ぐに自分が何処を歩いているか分からず、不覚にも迷ってしまった。

「こんな事なら、部屋で大人しくしておけば良かった。」

信之はそう溜め息混じりで呟いた。

そして、信之は人の通りの邪魔にならない場所に移動し、壁に凭れ掛かり、その場に座り込む。

再び溜め息を吐き、今度は空を見上げる。



見上げると言っても、自分は盲目なのだから、空の色を映す訳でも無い。



――――全てが闇だった…‥



見渡す限り、闇だけが広がっている。

何も見えない事に、恐怖を覚えている訳ではない。

だからと言って、見えない事で日常生活に支障を来している訳でもない。



――――唯、孤独感が自分を支配する事が時折ある。



この世界で、唯一人取り残された感覚を何時も覚える。

多分、周りの人から見れば、今の自分は情けない表情をしているかも知れない。



――――そう感じた信之は、趣に顔を俯かせ、長い髪で態と顔を隠す。



虚無感、悲壮感、孤独感、様々な思いが信之の心の中を支配する。

其れに居たたまれなくなり、急いでこの場所を離れようとして立ち上がろうとした。



――――すると…‥



「…大丈夫か?」

不意に掛けられる声。

信之は顔を上げ、声が聞こえた方向に視線を向けた。



――――見上げた所で、支配する闇は変わりないのだが…‥



「何処か、身体の具合でも悪いのか?」

耳障りの良い柔らかな声。

声色や声音で、自分を心底心配しているのだと言う事が理解出来る。

然し、信之は困惑していた。

道端に座り込み、然も何処の誰とも分からない人物に声を掛けてくる人は初めてだった。

(知らん顔して、物珍しさで、話の種にしている人は沢山居たが…‥)

こうして話掛けてくる人は、初めてだった。

「おい…‥」

「あ、ああ、済まない。何でもないから気にしないでくれ。」

信之がそう言って、声を掛けて来た人にそう答える。

「そうか、ならば、良い。――――立てるか?」

「え?」

是もまた信之は、不意打ちを食らってしまった。

まさか、更に気遣われるとは思っていなかったので、信之は直ぐに返事が出来なかった。



――――すると、不意に膝の上に置かれた腕に掛かる温かさ。



ふわりとその手を包み込む様に両手で腕を掴まれる。

「家は何処(いずこ)か?送る。」

信之は握られた腕にも驚いたが、その後に続いた言葉にも驚いていた。

その驚きで、暫く返事を返せずに居ると、声を掛けて来た青年(声音で男と判断した)が動く気配がした。

このまま、自分を置いて行くのだろうと思っていたが、青年は立ち去ろうとはせず、その場に立ち尽くしている。

そして、何かブツブツと呟きが聞こえて来た為、信之が聴覚に全ての神経を研ぎ澄ましてみると、

「歩いておる時に、足を怪我して、立てぬのか……‥?だとしたら、一人では無理故、誰かに…‥」

と、まだ立とうとしない信之の心配をしていた。



――――信之は、何度目か分からない驚きに支配された。



まさか、心配されるとは思っていなかったので、正直唖然とした。

だが、このままでは誰かを呼びに行き兼ねないと判断した信之は壁に手を置き、其れを支えに立ち上がった。

「心配させてしまって、済まない。唯、歩き疲れたから、座り込んで休んでいただけだ。だから、大丈夫だ。」

信之はそう言うと、城があるであろう方向を向き、そのまま歩き出そうとした。

すると、再び手に感じる温もり。

「手を貸す。」

青年はそう言って、優しく信之の手を握った。

「差し出がましいかも知れぬが、此処で会ったのも何かの縁(えにし)。送る。」

青年はそう言うと、驚きで硬直している信之の腕を引き、優しくゆっくりと歩き出した――――










誰かと一緒に歩く事は、信之にとって今日が初めてだった。



自分が盲目になってから、誰かが隣に立つのを信之は拒絶した。

拒絶した理由は至極簡単だった。

自分は盲目の為、相手との距離感が掴めない。

掴めないから、隣に居る者とぶつかったりするかも知れない。

もしかしたら、怪我をさせてしまうかも知れない。

そう考えると、信之は自然と人との接触を極力避けた。

沼田城に居る家臣達とも、話は疎か、顔を見合わせる事も殆ど無くなった。





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