・
魔王に浮き世の風は届かない。
戦場での冷たいその横顔を見て俺は言った。
「いつか剥ぎ取りたいねぇ」
「何をだ」
「魔王の能面さ」
あんたは自分を魔王だと笑う。
人の心など持っていない残酷な魔王だと不敵に笑う。
でも、そんなのは嘘だ。
あんたはただの人。
変わらない表情の下、冷たくされて失望してる。
罵られて絶望してる。
傷付けば血が出る。
戦だって本当は恐ろしくて堪らない。
それなのに、あんたは魔王の能面でそんな自分を騙してる。
騙して、人である自分を深く押し込んで、なかったことにしてる。
浮き世から離れて魔王になる。
天上の魔王なら、投げ掛けられる罵詈など鬢を揺らす風にもならない、そんな理由で。
本当の自分を無くして、人の心を亡くして、魔王に。
けれど。
「ほどほどにしねぇと、戻れなくなるぜ?」
「戻る?……ふん、戯れ言を。もとより信長は魔王である」
「違う。あんたは人だ。なぁ信長、どうしたらそれを認めるんだい?」
あんたは不機嫌そうに眉を寄せた。
「お喋りが過ぎる、ぞ。もう行け。行ってすべてを根から絶やせ」
「……了解した」
俺は戦場を見渡す。
前方に広がるのは魔王の敵だ。 棘々しい敵意は魔王へ向けられていた。
魔王に浮き世の風は届かない。
それならば今はまだ能面に守られるのも良い。
だが、いずれ必ず剥いでやる。
天上はいかにも遠い。
魔王のままでは浮き世の蜜言もまた、届かないのだ。
『おうまさんがほしい!』
『ほう…‥馬、とな?』
『うん!おうまさん!このうまがいい!』
『其れは、予の馬ぞ。誰にもやれぬ』
『でも、これがいい!』
『で、あるか。ならば、この馬は仔を宿しておる。産まれれば、其の仔を与えよう』
『ほんと!ほしい!』
『だが、条件がある。』
『じょうけん?』
『大事に育てよ。死なせば、厳密な罰を与える。仔の天命を全うさせよ。…‥出来るか?』
『うん!だいじにそだてるよ!さいごまで、うんとかわいがるよ!』
『うむ、其れで良い』
『ありがとう!のぶながさま!』
「大事に育てるに決まってるだろ。何せ、他の誰でもない、唯一のアンタから貰った馬なんだからな。」
魔王ではない、人である信長だけに、俺は言いたいことがあった。
――end