・
『…‥誰よりも、『未来(さき)』が見えるは苦痛でしかない。』
大寧寺の本殿に元就が姿を現したと同時に、義隆は寂しげな笑みを浮かべ、そう告げた。
『誰にも理解されぬ、不可解な言葉を発すれば、気が触れたと思われ、我の周りから人が一人、また一人と消えていく。そして、最後には『孤独』となるのだ。』
『御屋形様…‥』
遠い目をして更に悲しげな色を瞳に滲ませ、義隆は呟く。
『元就、御前に我が見えた未来(さき)を教えよう。』
『自身の他に何か?』
元就の言葉に義隆がこくり、と頷く。
『今、此処より東国で我と同じ力を持つ者が家督を継いだ。』
『東…‥?』
東と聞いて、元就は物思いに耽る。
そして、思い当たる人物に行き渡る。
『まさか…‥織田?』
元就の呟きに義隆はこくり、と頷く。
『まだ、齢18という若輩者でありながら、既に其の力は成熟しておる。そして、其の若輩者も我と同じく疎外者。ふふふ…‥面白い世の中よの、元就。』
『……………‥』
『我が消えようとする今日(こんにち)、別の所では、我に代わる変革者が誕生しようとしておる。』
『変革者?』
元就は、義隆の不可解な一つの言葉に反応を示した。
『そう、変革者だ、元就。また、あの若輩者の手で日ノ本は大きな変革を迎える。其の変革により、人の心の在り方も大きく変わる。面白い。実に面白い。』
義隆は、子供の様に無邪気な笑みを浮かべ、愉しそうに語っていたが、不意に其の表情から笑みを消した。
『面白いのだが、我は消える。面白い世の中を見れぬのは非常に残念だ。元就よ、我に代わり、其の若輩者の行く末を見守ってやれ。』
『私が、ですか?』
義隆の言葉に、元就は困惑する。
『そうだ。御前は見ず知らずの者をどうして、と思っておるだろう。だが、あの若輩者は、日ノ本の変革には必要な者だ。あの者無くして、日ノ本の未来は無し。』
『…‥もし、あの者が居なくなれば、日ノ本は?』
元就は、義隆に問い質す。
はっきりとまでは分からないが、元就の中で日ノ本は最悪な未来へと突き進むと言うざわめきが蠢いていた。
『…‥日ノ本は滅ぶ。』
『ーーーーっ!?』
義隆ははっきりと日ノ本存続危機を断言した。
『そ、其れ程に…‥』
『日ノ本の未来を左右する程の若輩者だ。若輩者の行動一つで日ノ本の未来は決まる。』
『…………‥』
元就は息を呑む。
『此の若輩者の名は『信長』。』
『っ!?名前まで分かるのですかっ!?』
『…‥是が特殊能力を持つ者が忌み嫌われる由縁だ。全てが見えてしまうのだ。全てが見えてしまうから皆から気味悪がられてしまうのだ。』
義隆は再び寂しげな笑みを浮かべた。
『そして、此の者は更に先の未来、我と同じ運命を辿る。』
『…‥っ、誰かに討たれる、という事ですかっ!』
『悲しい事よ。理解出来ぬから、理解しようと、慕う者達は努力する。だが、其の理解力の許容範囲を越えてしまえば、人は人として生きてはいけぬ。』
『…‥では、信長は人では無くなった者に何れ討たれる、と?』
義隆は、元就の言葉に応える事はせず、ただ、小さく笑っただけだった。
『………‥頭が良過ぎるのも問題だぞ、元就。頭が良過ぎる者は、『余計』な深読みをする。そして、深読みし過ぎると、到らぬ『疑念』が生まれる。』
義隆の言葉に元就は、信長を何れ討つのは、頭脳明晰な人物であると理解した。
疑念が強くなれば、疑念で生まれた『妄想感情』の出来事のせいで疑念を勝手に抱かれた者は、理由無く疑念を抱いた者に、消されてしまう。
『…‥其の信長、でしょうか?其の者を守るには、どうすれば良いのでしょうか。』
元就は、話を聞く内に、まだ見た事も無い信長を義隆と同じ運命を辿らせてはいけない、と強く感じた。
『簡単だ、元就。御前の身の周りで自身の手では負えない何かが起これば、『無条件』で信長を頼れば良い。』
『其れ、だけ?…‥で良いのですか?』
『『友』を頼るのに、理由はいるのか?』
『友?』
『そうだ。友になれば良いのだ。盟友ではなく、協力者でもない。何の利益も求めず、分け隔て無く無条件で助けるは『友』の役目。』
元就は、友と聞いて更に困惑した。
『…‥そう深く考えるな。是は我の願望なのだ。まだ見ぬ東の国に我と同じ力を持つ者が居る。其れだけで我の心は踊った。そして、思った。『友』になりたい、と。』
義隆の願望。
まさか、死ぬ直前になって、義隆自身の欲望を口にされるとは思っていなかった。
元就は、暫く考えたのち、小さく、だが、力強く頷いた。
『分かりました、御屋形様。私が友となりましょう。』
『『是非も無し』。…‥あの者の最後も、こう言える人生であれば良いのだが。』
元就の強き頷きに、義隆も満足そうに頷いた。
『言える人生に私がさせてみせます。』
『そうか、頼もしいな、元就。では、頼もしい次いでに、もう一つ未来を告げよう。信長は最後の瞬間、一人の女性と約定を交わす。そして、其の約定を強く受け止め、女性は約定通りに『未来(さき)』に進む。元就、其の約定を果たしてやる為に、『準備』はしておいてやれ。』
「『準備』…‥?…‥っ、はい、分かりました。お任せ下さい。」
一瞬、元就は頭を傾げたが、直ぐに義隆の言いたい事が分かり、再び力強く頷いた。
『最後まで頼もしい忠臣よ。…‥元就、本当に是が最後だ。』
『…‥っ、はい、御屋形様。』
『さあ、行け、元就。…‥振り返るでないぞ。』
元就は、唇を噛み締め、深々と頭を下げる。
『…‥御屋形様、『未来(さき)』でお待ち申しております。』
『ーーーーっ!…‥感謝する…‥っ』
義隆は、元就の言葉の意味を読み取ると、静かに笑い、感謝の言葉を込めた。
是から毛利家は、強者に頭を垂れ続け、意地汚くも生きていくだろう。
だが、元就の此の言葉には、例えどんなに他の強者に頭を垂れても、毛利家の、元就自身の真の主は最後まで大内義隆であるという意味が込められていた。
元就が静かに本殿の扉を閉じた。
義隆は、今から此の本殿で自害する。
是を切欠に、大内家は衰退していく。
元就は、空を仰ぐ。
後世は、此の誇り高く慈悲深い我が主をどの様に、語り継いでいくのだろうか。
愚将となる、と言った時点で喜ばしくもない中傷文がつらつらと綴られながら、後世に伝わるのであろうが、少しでも義隆は優れた人物であったという記述が残っていればよい、と元就は強くそう願ったーーーー…‥
二人は、押し黙った。
まさか、輝元の祖父が未来を考え、全てを『お膳立て』をしていただなんて思いもしなかった。
「…‥茶々様、如何致しますか?」
「え?」
突然の輝元の問いに茶々は首を傾げる。
「幸村殿ですよ。幸村は御覧の通り、重傷を負っております。此のままだと、幸村殿は怪我で思う様に動けず、私達の足手纏いになってしまいます。」
「見捨てろ、とでも?」
「いえ、そう言ってはおりませぬ。生きる為、未来に進む為、屈辱感を抱く覚悟は御在りか?…‥と言いたいのです。」
「………………‥」
茶々は輝元が言っている意味が分かっていた。
幸村を救う為、生き恥を曝し、勝者である徳川に救いを乞う為に頭を下げる。
是程屈辱的な事は無い。
だが、未来に進む為には幸村を生かす必要がある。
女身だけで秀頼を連れて、国外へと逃げる事等、危険極まり無い。
だからこそ、護衛の為、幸村は不可欠なのだ。
「茶々様…‥」
「成らぬっ!『其れ』は成らぬぞっ、幸村っ!!」
「………………‥」
幸村の言葉を遮り、茶々は激しく叫んだ。
幸村が言おうとしている言葉は容易に想像出来た。
心優しくも、意志の強い青年だ。
足手纏いになるなら、自刃する道を選ぶだろう。
だからこそ、茶々は叫んだのだ。
自身と共に未来に進むのは、幸村なのだから。
そして、共に進み、未来の終着点に在るであろう信長に、幸村も合間見えて欲しい。
茶々は、そう強く願っている。
「どんな結末になろうとも、死ぬ事だけは絶対に許さぬ。よいな、幸村。」
「…‥はい、茶々様。」
幸村の小さな言葉に、茶々は『其れで良い』と満足気に笑った。
「茶々様、どうされますか?」
「……………‥」
輝元が再び問い質した。
茶々は目を閉じ、考える。
そしてーーーー…‥
茶々は、決断したーーーー…‥
ーーnext