スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

桜舞う随想【二十八幕・上田城奪還の刻】







「出来るのか?」

「出来まする。儂を誰だと思うておいでか?上田城は我が城で御座りまするぞ?」

「其れはそうだが…‥」

皆が集まり、上田城奪還の策略を講じる為、光秀等が広間に集まった。

上田城は難攻不落の城。

誰もが奪い返すのは至難の技、と考える中、昌幸だけは『堕とす事は安易な事だ。』と余裕な言葉を吐き出した。

昌幸の此の反応は、上田城陥落を知った時、奪われた事に苦渋の表情をした信之に対して示した時に見せた信長の反応と同じだった。

そして、信之が昌幸の自信に疑問を示すと、昌幸はふ、と笑った。

「信之、儂はあの城の主ぞ。城の構図は熟知している。故に奪い返すのも容易だ。」

「ですが、父上…‥」

「信之、信長公から何と言われた?不安は迷いを招く、と言われなかったか?」

「…‥はい、申されました。」

「ならば、迷うな、信之。儂を信じろ。上田城は元服し、儂が城主となった時より永きに渡り共に在った城。必ず我が手に取り戻す。」

昌幸は、ぐ、と掌を握り締めて決意を露にする。

「父上…‥」

「儂は、信長公に天下を統べらさせてやりたいのだ。心半ばで命を落としてしまった信長公が再び生を受け、過去へと還って来た事に何の意味が在るのか儂には分からん。だが、信長公の働きにより、救われた命は沢山在る。そして、真田家が此処まで大きくなれたのも、織田家在ってこそ。ならばこそ、主君である信長公を脅かす敵は早々に消し去るが必定であろう?」

昌幸は、そう強く語る。

傾き、滅亡への道を辿っていた真田家を最初に救ったのは、武田信玄。

信玄の助力があり、真田家は滅亡を免れた。

そして、信玄死後、武田家は皮肉にも、今の昌幸達の主、織田信長の手で滅亡寸前まで追い詰められた。

だが、信長は最後には勝頼を助け、武田家を救った。

其れだけではなく、真田家にもまた救いの手を差し伸ばしてくれた。

(そんな信長公を誰が見捨てるか。見捨てて等なるものか。)

「そうですね。私も、もう幸村を父上を亡くした時の様な思いはしたくはありません。幸村の、父上の、そして、信長公の命を未来に生かす為に、私は再び過去に還って来た。」

「ならば、成すべき事は…‥」

「…‥信長公に刃を向ける輩全ての壊滅。」

「分かっておるではないか。」

信之の真っ直ぐで迷いのない言葉に昌幸は満足気に頷き、不敵に笑った。

そんな二人の言葉に、広間に集っていた勝頼達も昌幸と同じ様に頷き、清々しい笑みを浮かべた。

「さあ、昌幸殿、具体策を。」

「光秀殿、具体策ではない。『絶対策』だ。」

光秀の発言に、昌幸は否を叩き付けた。

「ふふ、そうでしたね。申し訳ありません。失言でした。」

昌幸の強い言葉に、光秀は小さく笑って謝罪する。

絶対に奪い返す。

其の思いで挑む城攻め。

普通は、奪い奪われるを繰り返す羽目になるのが分かっている城を攻めるは愚策とされている。

然し、上田城は昌幸達にとっては特別な城。

自らが築城し、自らが其の城の主となった城。

(家康に好き勝手されてたまるか。)

昌幸はそう決意し、掌を強く握ったーーーー…‥










「全てが整いました。」

軍議が終わり、昌幸は信之を伴い、信長へと謁見した。

「そうか。…‥其の表情は、野暮な事は聞かぬ方がよい様だな。」

「無論です。要らぬ心配は要りませぬ。」

「して、予に進言するは、織田軍の助力か?」

「流石、全てお見通しで有らせられる。」

信長の先読みを昌幸は感心の言葉を吐く。

「では、望む隊は何れか?」

「森成可殿、丹羽長秀殿、そして、信長公の嫡男で在らせられる信忠殿の部隊を御貸し頂きたい。」

「ほう…‥信忠の?」

信長は、昌幸の口から信忠の名が出た事に興味を引いた。

「此度の戦は、相手方に此方の策を気取られずに城内に潜入し、内側から城を奪還するのが目的。故に、何も伝えずとも、即座に自らの策を悟る事が出来、尚且つ、其の策が実行し易い様に動ける知恵者が必須。」

「故に此度の人選か。」

「はい。」

「確かに、成可も、長秀も、信忠も、予が伝えるが先に、予が望む働きを黙しておっても察し動く者達ぞ。失策にはならぬであろうな。」

信長は、昌幸の言葉に納得する様に頷く。

「あい、分かった。そういう事であらば、連れていくがよかろう。成可達に、昌幸の命を聞く様に申しておこう。」

「忝のう御座います。」

「気にするな。城を奪われ、勝者に好き勝手される屈辱感は予も経験しておる故な。」

信長は、小さく笑いながら、何やら物思いに耽った。

そんな信長の仕草に、義元と勝頼が少し肩をすぼめ小さく遠慮がちに笑った。

昌幸は、そんな二人の反応に自身も思い当たる出来事を思い出し、少し顔を伏せた。

「くく…‥気にするな。もう、過去の話だ。」

過去に勝頼に奪われた高天神城と長篠城は現在、徳川の所城となったが、義元に奪われた犬山城は現在、信長の四男に当たる信孝が、清洲城は信長の弟に当たる長益がそれぞれ城主となり、再び信長の手に戻って来た。

『だから、もうよい』と付け加えると、義元も勝頼もこくり、と頷いた。

「昌幸、義元と勝頼も連れて行け。二人共、一度は、城攻めを経験しておる。何らかの役には立てよう。」

「はい、承知致しました。」

「…‥必ず堕とす、と思わぬ事ぞ、昌幸。城攻め程、難儀な戦は無い。無理と感ずるば、引き際を見極め撤退せよ。よいな?」

「御意。」

信長の言葉に、昌幸は深々と頭を下げる。

だが、其の表情は信長の言葉とは裏腹な思惑が浮かんでいた。

(済まぬが、此度は其の御言葉、叛かせて頂く。)

家康を泳がせ過ぎた。

是以上の狼藉は、最早、見逃す事は出来ない。

(容赦はしない。)

昌幸は、瞳に激情を滲ませ、上田城奪還を改めて決意したーーーー…‥










ーーnext

未来への道標 5








『…‥誰よりも、『未来(さき)』が見えるは苦痛でしかない。』

大寧寺の本殿に元就が姿を現したと同時に、義隆は寂しげな笑みを浮かべ、そう告げた。

『誰にも理解されぬ、不可解な言葉を発すれば、気が触れたと思われ、我の周りから人が一人、また一人と消えていく。そして、最後には『孤独』となるのだ。』

『御屋形様…‥』

遠い目をして更に悲しげな色を瞳に滲ませ、義隆は呟く。

『元就、御前に我が見えた未来(さき)を教えよう。』

『自身の他に何か?』

元就の言葉に義隆がこくり、と頷く。

『今、此処より東国で我と同じ力を持つ者が家督を継いだ。』

『東…‥?』

東と聞いて、元就は物思いに耽る。

そして、思い当たる人物に行き渡る。

『まさか…‥織田?』

元就の呟きに義隆はこくり、と頷く。

『まだ、齢18という若輩者でありながら、既に其の力は成熟しておる。そして、其の若輩者も我と同じく疎外者。ふふふ…‥面白い世の中よの、元就。』

『……………‥』

『我が消えようとする今日(こんにち)、別の所では、我に代わる変革者が誕生しようとしておる。』

『変革者?』

元就は、義隆の不可解な一つの言葉に反応を示した。

『そう、変革者だ、元就。また、あの若輩者の手で日ノ本は大きな変革を迎える。其の変革により、人の心の在り方も大きく変わる。面白い。実に面白い。』

義隆は、子供の様に無邪気な笑みを浮かべ、愉しそうに語っていたが、不意に其の表情から笑みを消した。

『面白いのだが、我は消える。面白い世の中を見れぬのは非常に残念だ。元就よ、我に代わり、其の若輩者の行く末を見守ってやれ。』

『私が、ですか?』

義隆の言葉に、元就は困惑する。

『そうだ。御前は見ず知らずの者をどうして、と思っておるだろう。だが、あの若輩者は、日ノ本の変革には必要な者だ。あの者無くして、日ノ本の未来は無し。』

『…‥もし、あの者が居なくなれば、日ノ本は?』

元就は、義隆に問い質す。

はっきりとまでは分からないが、元就の中で日ノ本は最悪な未来へと突き進むと言うざわめきが蠢いていた。

『…‥日ノ本は滅ぶ。』

『ーーーーっ!?』

義隆ははっきりと日ノ本存続危機を断言した。

『そ、其れ程に…‥』

『日ノ本の未来を左右する程の若輩者だ。若輩者の行動一つで日ノ本の未来は決まる。』

『…………‥』

元就は息を呑む。

『此の若輩者の名は『信長』。』

『っ!?名前まで分かるのですかっ!?』

『…‥是が特殊能力を持つ者が忌み嫌われる由縁だ。全てが見えてしまうのだ。全てが見えてしまうから皆から気味悪がられてしまうのだ。』

義隆は再び寂しげな笑みを浮かべた。

『そして、此の者は更に先の未来、我と同じ運命を辿る。』

『…‥っ、誰かに討たれる、という事ですかっ!』

『悲しい事よ。理解出来ぬから、理解しようと、慕う者達は努力する。だが、其の理解力の許容範囲を越えてしまえば、人は人として生きてはいけぬ。』

『…‥では、信長は人では無くなった者に何れ討たれる、と?』

義隆は、元就の言葉に応える事はせず、ただ、小さく笑っただけだった。

『………‥頭が良過ぎるのも問題だぞ、元就。頭が良過ぎる者は、『余計』な深読みをする。そして、深読みし過ぎると、到らぬ『疑念』が生まれる。』

義隆の言葉に元就は、信長を何れ討つのは、頭脳明晰な人物であると理解した。

疑念が強くなれば、疑念で生まれた『妄想感情』の出来事のせいで疑念を勝手に抱かれた者は、理由無く疑念を抱いた者に、消されてしまう。

『…‥其の信長、でしょうか?其の者を守るには、どうすれば良いのでしょうか。』

元就は、話を聞く内に、まだ見た事も無い信長を義隆と同じ運命を辿らせてはいけない、と強く感じた。

『簡単だ、元就。御前の身の周りで自身の手では負えない何かが起これば、『無条件』で信長を頼れば良い。』

『其れ、だけ?…‥で良いのですか?』

『『友』を頼るのに、理由はいるのか?』

『友?』

『そうだ。友になれば良いのだ。盟友ではなく、協力者でもない。何の利益も求めず、分け隔て無く無条件で助けるは『友』の役目。』

元就は、友と聞いて更に困惑した。

『…‥そう深く考えるな。是は我の願望なのだ。まだ見ぬ東の国に我と同じ力を持つ者が居る。其れだけで我の心は踊った。そして、思った。『友』になりたい、と。』

義隆の願望。

まさか、死ぬ直前になって、義隆自身の欲望を口にされるとは思っていなかった。

元就は、暫く考えたのち、小さく、だが、力強く頷いた。

『分かりました、御屋形様。私が友となりましょう。』

『『是非も無し』。…‥あの者の最後も、こう言える人生であれば良いのだが。』

元就の強き頷きに、義隆も満足そうに頷いた。

『言える人生に私がさせてみせます。』

『そうか、頼もしいな、元就。では、頼もしい次いでに、もう一つ未来を告げよう。信長は最後の瞬間、一人の女性と約定を交わす。そして、其の約定を強く受け止め、女性は約定通りに『未来(さき)』に進む。元就、其の約定を果たしてやる為に、『準備』はしておいてやれ。』

「『準備』…‥?…‥っ、はい、分かりました。お任せ下さい。」

一瞬、元就は頭を傾げたが、直ぐに義隆の言いたい事が分かり、再び力強く頷いた。

『最後まで頼もしい忠臣よ。…‥元就、本当に是が最後だ。』

『…‥っ、はい、御屋形様。』

『さあ、行け、元就。…‥振り返るでないぞ。』

元就は、唇を噛み締め、深々と頭を下げる。

『…‥御屋形様、『未来(さき)』でお待ち申しております。』

『ーーーーっ!…‥感謝する…‥っ』

義隆は、元就の言葉の意味を読み取ると、静かに笑い、感謝の言葉を込めた。

是から毛利家は、強者に頭を垂れ続け、意地汚くも生きていくだろう。

だが、元就の此の言葉には、例えどんなに他の強者に頭を垂れても、毛利家の、元就自身の真の主は最後まで大内義隆であるという意味が込められていた。

元就が静かに本殿の扉を閉じた。



義隆は、今から此の本殿で自害する。



是を切欠に、大内家は衰退していく。

元就は、空を仰ぐ。

後世は、此の誇り高く慈悲深い我が主をどの様に、語り継いでいくのだろうか。

愚将となる、と言った時点で喜ばしくもない中傷文がつらつらと綴られながら、後世に伝わるのであろうが、少しでも義隆は優れた人物であったという記述が残っていればよい、と元就は強くそう願ったーーーー…‥










二人は、押し黙った。

まさか、輝元の祖父が未来を考え、全てを『お膳立て』をしていただなんて思いもしなかった。

「…‥茶々様、如何致しますか?」

「え?」

突然の輝元の問いに茶々は首を傾げる。

「幸村殿ですよ。幸村は御覧の通り、重傷を負っております。此のままだと、幸村殿は怪我で思う様に動けず、私達の足手纏いになってしまいます。」

「見捨てろ、とでも?」

「いえ、そう言ってはおりませぬ。生きる為、未来に進む為、屈辱感を抱く覚悟は御在りか?…‥と言いたいのです。」

「………………‥」

茶々は輝元が言っている意味が分かっていた。

幸村を救う為、生き恥を曝し、勝者である徳川に救いを乞う為に頭を下げる。

是程屈辱的な事は無い。

だが、未来に進む為には幸村を生かす必要がある。

女身だけで秀頼を連れて、国外へと逃げる事等、危険極まり無い。

だからこそ、護衛の為、幸村は不可欠なのだ。

「茶々様…‥」

「成らぬっ!『其れ』は成らぬぞっ、幸村っ!!」

「………………‥」

幸村の言葉を遮り、茶々は激しく叫んだ。

幸村が言おうとしている言葉は容易に想像出来た。

心優しくも、意志の強い青年だ。

足手纏いになるなら、自刃する道を選ぶだろう。

だからこそ、茶々は叫んだのだ。

自身と共に未来に進むのは、幸村なのだから。

そして、共に進み、未来の終着点に在るであろう信長に、幸村も合間見えて欲しい。

茶々は、そう強く願っている。

「どんな結末になろうとも、死ぬ事だけは絶対に許さぬ。よいな、幸村。」

「…‥はい、茶々様。」

幸村の小さな言葉に、茶々は『其れで良い』と満足気に笑った。

「茶々様、どうされますか?」

「……………‥」

輝元が再び問い質した。

茶々は目を閉じ、考える。



そしてーーーー…‥



茶々は、決断したーーーー…‥










ーーnext

桜舞う随想【二十七幕・上田城陥落の刻】







上田城落城ーーーー…‥



そんな知らせが届いたのは、本願寺軍が武装解除をして大坂から退去してから一年の後だった。

其の知らせを聞いた信之は、自身が知っている未来とは違う出来事が起こった事に驚きを隠せずにいた。

「…‥矢張り、予等が時の流れを変えたが為に、予等が知っておる未来とは違う未来へと日ノ本は進んでおる様だな。」

「ですが、『時代』の流れは変えてはおりません。」

「が、人の『心』が変化した。変化した為に、時代の流れで死ぬ運命であった予も、光秀も、勝頼も、義元も皆生きて『未来』に存在した。」

「あ…‥」

信長の言葉に、信之が気付く。

「死すべきだった人が未来に存在するが為に、本来歩むべく日ノ本全ての未来がずれたと言う事でしょうか。」

信之の言葉に、信長は黙って頷く。

「そして、政宗も徳川に着かずに予の傍らにある。上杉も、北条も、毛利も、また、然り。」

「………………‥」

「故に、未来は変えては否か、と問えば、其は間違いぞ。」

黙ってしまった信之の心境を読み取った信長がそう告げる。

「本来消えるのが必定だった『命』を救うが為の確変ぞ。其れなりの代償は伴うもの。変わるものが大きければ大きい程、其れ相応の代償は其れ同様に大きくなる。」

「確かにそうかも知れませんね。ならば、此の先、私が知っている未来通りに時は流れてくれない、と考えた方がいいのでしょうか。」

信之がそう言えば、信長もまた其れに賛同するかの様に強く頷いた。

「ですが…‥上田城が堕ちたは大きな打撃ですね。」

信之が眉間に皺を寄せて、苦し気に告げる。

だが、信長は其れ程、重々しく受け止めてはおらず、信之の言葉を受け流す。

「何故、重苦しく思考する?」

「何故と申しますと…‥?」

「城が堕ちた『だけ』ぞ。」

「上田城は難攻不落の城。奪われたからと言って、奪い返すは難しい…‥」

「『攻められない』では無く、攻めるが難し、『堕ちない』では無く、堕ちが難しだけぞ。」

信長は信之の言葉を遮り、そう告げる。

「堕ちないのであれば、何故、家康に奪われる?堕ちないが必定ならば、何故、家康は上田城を堕とす事が出来た?」

「……………‥」

信之は信長の言葉に黙り込む。

「信之、『人、城を頼らば、城、人を捨てる』ぞ。」

「人を…‥捨てる…‥」

「所詮、城は人の手で築城される。自身の力で建つ事叶わず。そして、守るもまた人の力。自身の力で守る事叶わず。」

「奪還出来るでしょうか。」

「『でしょうか』では無い。奪還『する』ぞ、信之。心に不安が残らば、成し遂げられる事も成し遂げられぬ。奪還する、と断言せよ。其の言の葉が出ぬ限りは、予は兵は動かさぬ。…‥家臣達に無駄死にさせる戦はさせたくはないのでな。」

「………………‥」

信之は、黙り込む。

信之は断言出来ない。

自身が知る時代の流れで、上田城が堕ちた事等無かった。

常に、父・昌幸に守られ、城は常に真田の城だった。

「…‥信之、城を築城する時、何故、より複雑に城を造るか理解出来るか?」

信長は、信之に問い質す。

然し、信之はゆっくりと首を左右に振った。

「簡単な事ぞ。守り易くするが為ぞ。城を複雑でない構造にすれば、守るには、どうしても多数の人の手を必要としてしまう。其の守る手を少なくするが為に、城は複雑に、より侵入し難く築城される。だが、予の城は違う。」

信長がそう告げながら、一つの城図を信之に見せる。

信長がとん、と指先で突いたのを合図に、信之が眼前に拡げられた城図を眺める。

「此の城図を見て、何かに気付かぬか?」

「何か…‥ですか?」

信長はこくり、と頷いた。

信之は、じっくりと城図を見つめる。

そして、気付く。

「武者返し、が無いですね。それに…‥惑曲も、土塁も無いですね。」

「此の造りを見て、信之は素早く『堕とし易い城』と思うたであろう?」

「あ…‥いえ…‥」

言い澱む信之を見て、信長はくすり、と笑った。

「全体を見てみよ。」

そう言われ、信之は全体図を見る。



構図は三層になっており、城は安土山の頂上の高台。

其の中枢は、農民や民が住む街並み。

其の下枢には、武家屋敷。

そして、其の全体を囲む様に、太鼓壁(鉄砲を撃つ為の穴がある石壁)が張り巡らせている。

更に、其の壁を囲む様に、掘りが、全てを守る様に囲っている。

武家屋敷は、此の太鼓壁の直ぐ近くに在った。



そして、信之は、農民達が住む街並みが、武家屋敷より上に在る事にも驚愕した。

武士は民より上、という考えを持つ者から見れば、信じられない造り。

「是は…‥」

普段、何気に歩いたり、城を訪れている時には気付かなかった安土城の全貌。

全てを見た信之は、絶句した。

「所詮、守るは『人間』ぞ。ならば、守るべきものは『内』に、其の守るものを守る為に戦う者は『外』に。さすれば、人が城に頼る事も無し。」

「……………‥」

城を頼らない構造。

安土を見た他の大名達は、呆れ顔で皆、囁いた。

信長は矢張り、うつけな上に只の阿呆だ、と。

こんな城、子の刻日(一日)と経たずに堕とせる、とまで豪語していた。

だが、信長はそんな囁き等気にも止めず、逆に大名達を煽った。

ならば、堕としてみせよ、と。

信之は、そんな信長を見て、どうして、そんなに堂々としているのか、と疑問に思っていたが、此の城図を見た今、全てが納得出来た。

「攻め難い城が『堅城』では無い。守り易い城が『堅城』なのだ。」

『難攻不落』では無く『守易不落』なのだ。

「皆、堅城の意味を履き違えておる。人が堕とされまいとして必死に守るが故に『堅城』なのだ。小田原城がそうであったであろう?北条共が必死に守護していたからこそ、『堅城』であったであろう?」

信長の言葉に、信之が頷く。

「確かに…‥」

「改めて聞く。信之、城は奪還出来るか?」

信之は、信長に向き直り、真っ直ぐに、迷いの無い輝きを持って、信長を見据える。

「出来ます。奪還…‥『します』。」

「よい。」

信長は、信之の迷いの無い断言に、目を細め、小さく満足気に笑った。

「では、昌幸と共に奪還する策を講じよ。昌幸は上田城の主。ならば、上田城の構図は熟知していよう。」

「そうですね、分かりました。私も上田城に居た頃は幼かったですが、断片的には知っております故。」

信長の命を受け、信之は力強く頷いた。

「予も、光秀達に上田城奪還の旨を伝えておこう。ある程度の策が講じる事が出来らば、皆を集め、軍議せよ。」

「はい、分かりました。」

信長の命令に、信之は即座に返事を返し、信長に一礼すると、静かに部屋を後にした。

信長は、一人残された部屋で、障子窓から覗く月を見上げ、小さく笑った。

「…‥家康、予は『解って』おったぞ。追い詰められた卯ぬが上田城を堕とす事はな。卯ぬの動きは手に取る様に分かる。上田を手に入れた卯ぬが次に狙うはーーーー…‥」

信長は、ふ、と笑う。

そして、何かを見透かす様に、信長は目を細めて小さく笑ったーーーー…‥










ーーnext
前の記事へ 次の記事へ
カレンダー
<< 2018年03月 >>
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31