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桜舞う随想【三十三幕 蝕む消滅への阻止】







「信之殿…‥其れは、誠か?」

一人の男性が心痛な面持ちで問い掛ける。

「はい、明智殿。誠で御座います。私自身、信長公の口から御聞き致しました。」

「………………‥」

信之の返答に光秀は、黙り込む。

「信長公は、一人の胸の内に秘め、天下統一達成されたと同時に我々に黙って消えるつもりでいたようです。」

「…‥信長公は…‥儂等の命が失われる未来を阻止出来た今でも、あくまで儂等を巻き込むまいと考えるか。人の心が変われば、未来も変わり、失いたくはないものですらも救えるというに。」

信之の言葉に昌幸が唇を噛み締めながら呟く。

「過去へ遡り、再び信長公に再会出来た時、信長公は『片方の流れだけでは、幸村と昌幸が卯ぬが知っている未来へ絶対に歩まぬと言う保証は無い。だが、互いが互いの流れを変えれば、必ず歩まぬと言う保証が出来上がる。』と私に仰有っていました。」

「ならば、其の信長公の言葉を借りるならば、信長公が消え行く運命は、自身の力では阻止出来ぬ事とならば、其処に儂等の力が加われば…‥」

「…‥阻止出来る、という事です。」

昌幸の言葉に信之が力強く頷いて答えた。

「そうか、其の為に俺達が集められたのか。」

勝頼が納得した様に頷く。

そして、勝頼達の他に伊達政宗、上杉景勝、直江兼続、早川殿、甲斐姫、毛利元就、小早川隆景が此の場に居た。

信之と昌幸は、政宗達に信長と信之が未来人である事や、未来を変える為に此の時代に存在している事を打ち明けた。

皆は、最初こそは驚いていたが、信之達が嘘偽りを言っていない事を知り、是が真実であると理解した。

「はい、命が救われ、消えなければいけない人が生きて存在する未来に変わり、日ノ本は私が『知っている』未来を辿ってはいない事は徳川が上田城を攻め、私が知っている未来では落城出来なかった上田城を落城出来た事で確信済です。」

「そうなれば、此の先の信之殿が『知らない』未来へ歩み出した日ノ本に、此の先、信長公の存在は絶対不可欠である事を『認識』してもらわねばならぬという事なのですね。」

信之の言葉に、光秀が真剣な表情で訪ねる。

「ああ、結論からすればそうなるな。」

「日ノ本に認識…‥か。難しいな。」

「そうだな。人相手なら認識させる方法は幾らでも思い付く。が、認識させる相手が『人』では無く、日ノ本という『国』なれば…‥」

「………………‥」

皆が黙り込む。

「…‥私が謀叛を起こさなかったが故に、信長様は…‥」

「其れは違うぞ、光秀。」

ぼそり、と呟いた光秀の後悔の言葉に、勝頼が叱責する。

「其れを言うなら、光秀や俺もそうだろ。『正しい』のは、俺は信長に、光秀は秀吉に殺されていなきゃいけない。そして、昌幸や幸村は、命を奪われる未来に進まなきゃいけない。なのに、二人共、死なずに生き残り、昌幸達は命を奪われる道を往く事はなくなった。共に時の流れに逆らい、曲がった未来を造ってしまっている。本来なら俺達の身体にも異変が遇っていい筈だ。」

「だが、時が経った今、儂達に其の変化は見られず、そして、勝頼様達に見られたのは、年を重ねなくなった、という事だけだ。」

「其れを踏まえて考えられる結論は、義元、勝頼、光秀、そして、父上、幸村は変化した日ノ本に存在する事を『認められた』事になる。」

勝頼の言葉に、昌幸と信之が付け加えた。

「ならば、信長公が日ノ本に『認められる』方法は皆無ではないという事になる。」

最後に、勝頼が断言した。

「…‥ですが、明確な方法は…‥」

「無い、訳では無い。」

光秀の懸念に昌幸が断言した。

其の断言に、皆が昌幸を振り返る。

「日ノ本に信長公の存在を認めさせる為には、もう一度、誰かに信長公を『討ってもらう』必要がある。」

「という事は、私が…‥?」

「いえ、其れでは意味がありません。」

「え?意味が無い?ですが、信長公は光秀殿に…‥」

昌幸の言葉に、幸村が首を傾げる。

「ああ、『あの当時』はな。」

「当時?」

幸村は昌幸の言い回しに益々、首を傾げる。

「成る程。『そういう事』ですか。」

昌幸と幸村のやりとりを聞いていた光秀が全て納得した様に頷いた。

「ええ、『そういう事』です。」

光秀の頷きに、昌幸が満足そうに頷き返す。

「ええいっ!意味が分からぬ!二人で納得しておらずに、儂等にも教えぬか!」

まるで除け者扱いされた気分になった政宗が焦れったくなり、苛ついた様に声を荒げた。

「ああ、申し訳御座いません。では、順を追って説明させて頂きます。が…‥」

昌幸はそう言い掛けてちらり、と天の井を見た後、周りを見渡した。

「大丈夫だぜ、昌幸さん。周りには『誰にも』居ねぇぜ。」

昌幸の視線に気付いた佐助が素早く反応して答えた。

そんな佐助の答えに、昌幸が黙って頷いた。

「先ず、信長公は長篠の戦いの後の秀吉殿の中国攻めを行っていた最中に、光秀の手によって討たれている事が正しい史の流れです。ですが、未来から過去へと遡って来た信之の手で阻止され、信長公は殺される事は無くなったので、時の流れが歪んだ史へと流れてしまいました。」

「それと同時に光秀の謀叛も阻止された事になってしまったのです。」

昌幸がそう説明に、信之が続きを語り、其の語りに合わせて、昌幸が手にした扇の先で、とん、と流れを止める様に畳を突いた。

「…‥そうなると、今更、光秀が信長公の命を狙ったところで信長公の消滅を食い止める事にはならない、という事だな。」

勝頼が二人の説明に頷く様に、自分なりの解釈を語たった。

その勝頼に、昌幸も信之も頷いた事で肯定した。

「では、光秀が駄目なら、誰が信長公の命を狙うのだ?」

「政宗公ですよ。」

「Σへっ?!わ、儂っ?!」

昌幸の突然の指名に、政宗は驚きで声を裏返した。

「『現在』の時代に生き、強い野心家と云えば政宗公しかおりますまい。」

「ちょっ、ちょっと待て!確かに儂は天下への野心はあった。じゃが…‥」

「分かっておりますよ、政宗公。今回の事で伊達家を滅亡から救い上げてくれた信長公への敬意こそあれ、信長公を討つ程の妬みは無い事は。」

信之が昌幸の代わりに答える。

「分かっておるなら、何故、儂が謀叛を起こすに相応しいと?」

「だから、先程、申し上げたでしょう?『現在の時代』に生き、と。」

「あ…‥、そうか。」

昌幸の言い回しに政宗も理解し、声をあげた。

「『現在』に生きる儂が信長公の命を奪えば、日ノ本に信長公を認めて貰えるのか?」

「はい、ですが、政宗公御一人だけでは効果は極めて薄過ぎます。」

「…‥其の為の儂か?」

「そうです、景勝殿。」

寡黙に昌幸達の話を聞いていた景勝が不意に口を開いた。

「上杉と伊達が手を組み、天下人である信長公に謀叛し、政宗公が天下人へと取って代わる。」

信之がそう筋書きを説明する。

「じゃが、其れでは、謀叛を起こす為の口実にするには、弱過ぎるじゃろ。」

政宗が疑問を口にする。

「…‥北条。」

ぼそり、と景勝が呟く。

「そうね、私達には八王子城の根切りの件があるわ。」

景勝の言葉に、早川殿が頷いて答えた。

「北条の恨み、伊達の天下への野心、上杉の伊達への協力。是で謀叛の筋書きが確固たるものになります。」

「昌幸さん、あの私達…‥」

「早川殿、『その件』も重々理解しておりますよ。」

早川殿が険しい表情で口を開いた。

其の言葉を昌幸は、途中で遮り、穏やかな表情で笑ってそう答えた。

「そう、良かった。」

「姫様、何の話?」

「うん、昌幸さんに私達は信長公に対して恨みつらみは持っていないって言おうと思って。確かに、八王子城の根切りの件は残酷なものだったわ。それで、信長公に憎しみを抱いて皆の仇を討つ事だって出来たわ。でもね、其れよりも、私は信長公がお父様との約束をずっと覚えててくれて、其の約束通り、私達を救おうとしていた事を知って、私、すっごく嬉しかったの。だから、是からは信長公の力になろうって今はそう思っている事を伝えたかったの。」

早川殿が笑顔で語る。

「それに、信長公の冷酷な行動は、余計な生き死にを増やさない為の優しさの裏返しだって、気付いたから。」

早川殿がにっこりと笑ってそう言葉にする。

其の様子を信之は目を細めて眺める。

自身が知っている未来では、信長の事は悪評しか伝えられていなかった。



討たれたは、自業自得。

謀叛を起こされて当たり前。

それ相応の残酷な事をして来たのだから、其の報いが倍となって返って来ただけ。



そう信長を噂され、真の信長を知っている信之は何時も悔しさで唇を噛み締めていた。

だが、今は違う。

勝頼も、早川殿も、甲斐姫も、皆、信長の本質を知って、信長の天下を支えようとしている。

其れは、信之にとって喜ばしい事だった。

「…‥具体策を。」

黙って聞いていた景勝が昌幸に真剣な表情で語り掛けた。

「承知した。では、具体的な事を話そう。」

そう昌幸が皆を見渡して、そう告げた。

そんな言葉に、皆が昌幸を見つめ、険しい表情で黙って頷いたーーーー…‥










日ノ本よ、信長公は決して消させない。

皆の決意が日ノ本という国を変える為に一丸となった。










ーーnext

桜舞う随想【三十二幕 蝕む消滅への時効】






――――時は戦国。



奪う国もあれば、奪われる国もある。

力ある国は前者で、力無き国は後者。

奪い奪われ、国は支配者を変えていく。



是は、まだ信之が過去に信長と初めて会った時の頃――――…‥










「予は、卯ぬ等真田家に同盟を薦めた。だが、盟約したくなければ、このまま予と別れて自由にしてくれて良い。」

そう告げるのは、一人の青年。

名は、織田信長。

長い黒髪。

黄金の瞳。

黒色を強調した甲冑に身に纏った屈強な青年。

彼・信長は、自分の住まう国の城主であると同時に、自らの部隊を率いる大将でもある。

だが、同盟を薦めたこの国は奪う側と奪われる側で言えば、奪われる側の国である。

奪われてしまうのも時間の問題の国と同盟を組んで何になる、と他の力在る国は、口々に密かに囁かれる。



然し、信長は言う――――

「予は、自分の信じたものの為、戦えぬ者の為にこの刀を奮っておる。国を守る、国を奪う、そんな大義名分の為に戦っている訳ではない。」

――――と。



そして、この強き心を未だへし折る者は誰も現れていない。

信長の言葉に、

「私は信長公に同盟を薦められた故に、同盟する訳ではありません。唯私は、自分の意志で同盟すると決めました。決めた事を実行するのが、私の望みです。」

と一人の青年が答えた。

青年の名は、真田信之。

栗色の瞳。

銀色の長髪。

彼は、主と其の服従する主の国を守る武士ではあったが、彼が服従する主の国はもう力在る国に奪われ、今は存在しなかった。

全てを失い、何もかもを無くし、真田家を存続する為の後ろ楯も失い、此の先、どうするか苦悩していた所に、この信長から、同盟を持ち掛けられたのだ。

信之は、言葉を続ける。

「私は、迷惑にならない様に頑張るつもりだ。然し、もし信長公が私の納得のいく主でなければ、例え、命が消されると決定される事になっても、同盟を破棄致します。」

そう答えた信之に、信長はくつり、と笑う。

どうやら、信長は信之の返答を気に入った様だ。

「自分に正直という訳か。」

信長の言葉に、信之は肩を竦め、正直と言われ序でに、こうも答えた。

「私は武術には自信がありません。私に力があるというのは誤解でしかありません。同盟は結びますが、何処まで役に立つかは、別問題です。」

信之が其処まで言うと、信長は笑った。

「謙遜で無ければ、卯ぬは卯ぬの力に無知なだけぞ。そうさな…‥。今後の戦の前に、卯ぬの力を知っておきたくもある。一戦、手合わせ願おうか。」

信長は、そう告げると、途中で道を変えた。



――――そして、辿り着いたのは、とある剣道場。



辿り着いたと同時に、信長は壁に掛かった木刀を手にし、静かに構えた。

気軽な口調ではあるが、構えたその姿からは、既に殺気が感じられる。

信長は本物の武士で、戦いの手を抜く事等出来ない性格なのだろう。

信之は肩を竦め、

(もしかすると怪我だけでは済まないかも知れない…‥)

と、頭の隅で思いつつ、自分も木刀を構えた。

といっても、戦いの手を抜くつもりは無い。

其れは信長に対して、余りに失礼だろう。

というか、そういう器用な事は、信之は出来なくもある。

戦う事そのものも、嫌いでは無い。

戦いに身を置けば、身体は自然と動き出す。



――――直ぐ様、戦いは始まった。



木刀を奮い、攻撃を避け、隙を誘い、再び木刀を奮う。



――――こうして、暫く戦いが続いた。



そして、戦いは、信長の木刀の突きを信之が後ろへ飛び退いた所で中断した。

「…‥今後は、自身に力が無いとは、言わぬ事だ。予は『へぼ』武士では無いつもりだからな。」

信之も戦いが始まって直ぐに其の事に気が付いた。



――――互いに相応の損害を与える事が出来ないまま、戦いが続いたからだ。



何時の間にやら、力を身に付け、其れに気付かないで居たらしい。

信之は少し笑って、小さく肩を竦め、其れを認めた――――










――――信之が信長の盟友となって、数年が過ぎた。



その間に、戦況が好転した訳でも無ければ、悪化した訳でも無かった。

だからと言って、この状態が続くのも、戦う者達にとって、苦しい立場にある。

さて、どうするか、と思案している信長の下に一人の兵士が慌ただしく駆け込んで来た。

兵士の話によれば、此方の国の者が、即位式の日に、恐れ多くも隣国の城主に斬り掛かったのだそうだ。

その為、その隣国が此方の国に報復行動に出たというのだ。

そして、急遽、信長達は、その戦を止める為、動く事になった。



――――だが、戦を止めると言っても実際にどうすれば良いのか…‥



信之にとって、皆目見当が付かなかった。

「戦うだけが、能ではない。頭を使うのも戦いのうちぞ。」

信長が信之に向かって、笑いながらそう答えた。

「そう、仮に、此処より西国と、此処より東国が同盟を結んで、攻め込んでくるという情報が入ったとしよう。このままでは、予達の国の負けは火を見るより明らかだ。では、負けない為にはどうすれば良い?」

信之は、突然の信長の問い掛けに戸惑いながらも、考えに耽った。

「両国を戦わせる…‥でしょうか?」

戦わせるには、どうすれば良いか、なんて事までは思い付かなかった。

そして、信長はそんな信之の答えに満足そうに笑って頷いた。

「そう、その通りぞ。此方が不利ならば、此方の手を汚さずに勝利を掴む、という方法も有りだという事ぞ。逆に此方の人数が少数なら、少数なりの戦い方を考えれば、絶対に『勝てない』戦いも、絶対に『勝てる』に変わる。」

そう説明をする信長に信之は真剣に耳を傾けていた。

(本当に、信長公からは、学ぶ事が沢山あるな…‥)

信之はそう考えながら、信長を見つめる。










信長の配下に入った当初から、信之にとっては初めて経験する事柄が多かった。

初めて尽くしで勝手が分からず、良く信長の足を引っ張っていた。

だが、信長はそんな信之を咎めるでも無く、怒るでも無く、今回の様に信之に分かり易く、信之が理解するまで、何度も何度も教えてくれた。



――――そんな信長に、信之は恩返しがしたいと思った。



路頭に迷いそうな真田家を拾ってくれて

様々な知識を教えてくれて

でも、自分は戦う事しか出来なくて



其れでも、沢山のものを自分に与えてくれた信長に、自分から何かを返したい。

信之は、常にそう考えながら、信長と共に戦ってきた。

国を守るとか、名誉だとか、そんなものは関係が無かった。



――――信之が常に考えている事。

其れは何時でも、信長の事だけだった。



彼が自分と共に在る。

其れだけで、信之は生きていけたーーーー…‥










夜空にぽっかりと浮かぶ月。

周りの闇を一際切り裂き、辺り一面黄金に染める。

そんな黄金の月と同じ色の瞳に月が映し出される。

じ、と月を見つめ、ふわり、と時折吹き抜ける風に自らの髪を流す。

心地好さに目を細め、冷たくも、暑くもない風に其の身体を微睡ませる。



日ノ本は確実に新しき未来へと時を進めている。



家康の手の内は過去に結ばれた同盟により、知り尽くしてはいる。

だが、想定外な出来事も起こっている今、家康が予想外な行動を起こす事も考えられる。

未だに家康に味方する者は居る。

大半は織田の手に堕ちたが、日ノ本は意外と広い。

日ノ本を完全統一するまで予断はならない。

上杉、伊達の両名に北の抑止力として動く様に指示はしているが、何時までも上杉、伊達のみに抑えを任せっ切りという訳にはいかない。

そろそろ鎮圧を本格的にしなければいけない。

「…‥さて、どう攻めるか。」

ぼそり、と呟き、美丈夫はこん、と床に広げた配置図を指先で叩いた。



するとーーーー…‥



「…‥っ!」

一瞬、景色が歪んだ。

美丈夫は、咄嗟に目頭を指先で押さえ、視界の歪みを修正する。

(…‥時は、待たぬか。)

美丈夫は、何かを悟った様な表情で寂しく笑んだ。

一つ、天下に近付く度に起こる時の『歪み』。

変わっていく日ノ本の未来に自身が残る事は許さぬ、とでも言う様に『歪み』ははっきりと美丈夫を捕らえる。

(予は…‥どの時代でも『異端』のようだ…‥)

ふふ、と美丈夫は笑う。

不思議と怖くはなかった。

寧ろ、消えてしまう事に抵抗はなかった。

統一された日ノ本を変えるのは、幸村や信之、勝頼に政宗、そういった若い者達なのだ。

年老いた自身等、飽汰されて当たり前の存在なのだ。

(予の役目は、苛烈に戦を無くす事ぞ。其れ以上でも其れ以下でもない。)

美丈夫は再び配置図へと目を向ける。

(まだ、まだぞ。天よ、暫し猶予を。全てが終わらば『そちら』に逝こうぞ。)

逝く事は怖くはない。

が、問題は昌幸達が『素直』に逝かせてくれるか、だ。

そう考えて、くすり、と笑った。

「…‥いや、あやつ等が素直に逝かせてはくれないのは明白、か。」

「『逝く』とか『逝かない』とか、何一人で物騒な事お考えか?」

予想通りの機会(タイミング)で現れた人物に、美丈夫は更に笑った。

「期待を裏切らぬ御出座しに、もう笑いしか出ぬわ。」

美丈夫がそう言いながら、くるり、と振り向くと、其処には眉間に皺を寄せて気難しい表情をした信之が居た。

「笑い事ではありませぬ。逝くとか逝かないとか、ただ事ではないと推測しますが?」

「うむ、何とか誤魔化したい所だが、見逃しては…‥」

「当たり前です。見逃すなんて出来ません。」

信之は、即答する。

「信長公、私に何か隠し事をしておられませんか?」

眉間に皺を寄せて、信之は不安そうに瞳を揺らした。

そんな信之を見て、美丈夫・信長は更に苦笑いを浮かべる。

「…‥知恵者は、全てに勘繰る故に厄介者ではあるな。」

信長は、少し皮肉を含めた物言いで小さく、寂しく笑った。

「戯れ言で誤魔化すのは止めて下さい。」

「誤魔化してはおらぬよ、信之。」

信之の咎めに、信長はそう神妙に言い返す。

「……………‥」

信長の言葉に、信之は口を噛み締める。

「そんなに強く唇を噛むでない。」

信長はそう言いながら、信之の唇を解す様に指先で軽く触れた。

刹那、信之が其の手を握り締める。

「信之…‥」

「私は、もう、嫌なのです。」

信之がぼそり、と呟く。

声音に愁いと畏怖が混ざり、再び唇を噛み締める。

「…‥卯ぬ等の為に、卯ぬ等が泰平になった日ノ本で何の障害も無く、政が出来れば、予は『悪』として消える事も厭わぬと思うておったが…‥」

信長がそう呟き、塞がれていない側の掌で信之の頭を優しく撫でる。

「そんな予の思いは、卯ぬを苦しめ、重く、深く重い『枷』にしかなってなかったのだな。」

「其れは、違います。」

信長の言葉に、信之は慌てて顔を上げる。

「貴方の思いは、私を苦しめてはおりません。逆に私を苦しめていたのは、貴方が私の側で『生きて』居ない事でした。」

信之はそう言いながら、ぎゅ、と信長の手を握っている自らの掌に力を籠めた。

「…‥予の思想は、思考は、万人に理解出来る事柄ではない。」

信長は、どんなに言葉にしても、どんなに行動で示してみても、自身の思想を理解出来ない者は永久的に理解出来ない現実を絶望的な程に垣間知った。

だからこそ、此の時代では自身は異端者だと悟った。

「あの時代では異端者だったとしても、自身が消える理由にはなりません。」

信之は枷が外れた様に急ききって語る。

「………………‥」

「何故、自身の『死』を選択したのですか?何故、私を頼って亡命して下さらなかったのですか?」

ずっと自問自答を繰り返していた事が次から次へと溢れてくる。

もう、止まらなかった。

一度、溢れた信之の想いを誰も塞き止める者が今、此の場に居なかった。

「…………………‥」

擦れ違い。

二人の思いは、擦れ違っていた。

「聞け、信之。」

意を決して小さく信長は語り出す。



亡命する、という選択肢が無かった訳では無かった。

ただ、信長は『先』を見てしまっただけなのだ。

自身が真田家を頼り、信之を頼り、亡命すれば、真田家にどんな悪影響を与えるか、を考えてしまったのだ。

素直に何も考えずに頼れば良かったのだが、信長は幼い頃から、裏切り、騙し騙されが当たり前の環境で育った故の『先読み』。

そんな性格が、今回、傷付けてはいけない者を傷付けてしまった。



「許せ、信之…‥予の気難しい性(さが)が卯ぬを傷付けしまった。」

信長は静かに目を閉じた。

「…‥ならば、是からは頼って下さい。一人で考えるから、最悪の結果しか生み出さないのです。」

信之は真っ直ぐに信長を見つめる。

「沢山の知恵が重なれば、最悪な結果は必ず回避出来ます。此度の幸村や父上の件が良い例です。貴方が協力して下さったからこそ、沢山の命を救う事が出来ました。だから…‥っ」

信之は其処まで言うと、言葉を詰まらせた。

そんな信之を見て、信長は少し考えを巡らす。

そして、小さく納得する様に頷くと、

「信之、少し長くなるが、良いか?」

と意を決した様に語り掛けた。

「…‥っ、はい。」

顔を上げ、信長の全てを吹っ切った様な表情を見た瞬間、信之は口元に笑みを浮かべて力強く返事をした。










信長は、信之に自身の身体に起きている異変を洗いざらい話して聞かせたーーーー…‥










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