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桜花(政宗×信長)







一斉に緑が芽吹く夏と、落ち葉の秋と、堅い蕾で耐える冬と、色付いていく光の増す春。



満開に咲き誇って、散って。

桜は好きだ。



政宗はぐいと朱塗りの杯を傾けながら思った。



特に散る様が美しい。

だから、無粋に桜を散らす存在を憎たらしく感じる。



(……よな、普通は)

また杯を満たしながら政宗は息を吐いた。

縁側から見上げるまさに満開の桜。

そこには、しかし、憎めない闖入者がいた。

「Hey!」

「………」

近付いて声を掛けると、応えの代わりに桜の花びらがはらはら落ちてくる。

枝が揺れているのだ。

信長の重みで。

「おっさーん。もう襲わねぇから降りて来いよ」

「死ね」

短くも酷い返事。

政宗はがしがしと頭を掻いた。

信長が子供じみた木登りに興じているのは政宗のせいである。

花見にかこつけて信長を城から近くの寺へ誘い出し、弱いと知っている酒に酔わせ、押し倒そうとした。

それは残念ながら未遂に終わったのだが。

(だからって何で逃げる先が桜なんだよ)

魔王の手から勢い良く投げつけられた杯を危うく避けて、政宗が視線を戻すと、投げた当人は桜の木に登っていたのだ。

さすがにそれを追い掛けてまで手を出す気は起きない。

(上手くいかねーな)

元々その気満々で浚うように連れてきたのに。

ぐすん、と政宗は心の中だけで小さく鼻をすすった。

信長はまだ少し酔っているのだろう。

政宗が話し掛けなければ、よじ登った枝の上で機嫌良さそうにしている。

根元にいる政宗からは着流しの奥まで見えそうで見えない、絶妙な角度の足の開き方。



目の毒だ。



「Shit!」

舌打ちをして、政宗は視線を杯へ逸らす。

ふと見ると、朱に浮かぶ白。

桜の花が杯の中に舞い落ちていた。

なかなかの風流だ。

ただし、花が花弁ごとでなければ。

桜というのは花びらが一枚一枚散っていく木。

花びら五枚、完全な形のままで落ちるのは珍しいな、と政宗はそれを摘み上げ、また視線を上げた。

「……おわっ」

ちゅん、と桜の中で信長が鳴く。

否、鳴いたのは信長ではなかった。

その肩に乗っている雀。

見回すと周りにもたくさん。

ちゅんちゅん。

雀が桜の蜜を啄んでいたのだった。

信長は彼らを追い払うでもなく好きに遊ばせている。



心和む画だ。

何も知らない輩は信長を暴君であると言う。

だが、信長は花を愛でる。

飽きもせず散っていく桜を眺める。



雀を見る信長の目は優しいんだぜ、と政宗は誰へともなく誇りながら杯を空にした。

「次生まれるときは……鳥になりてぇな……」










――end

桔梗(政宗×信長)







寄せられた数多の報告や陳情を吟味していたら少々疲れた。

今にも崩れそうな紙の山を横目で見遣り、政宗は溜め息を吐いた。

「止めだ、止め!」

言い放って立ち上がる。

いつもならそんな政宗を引き留める小煩い監視役が今は居ない。

従って政宗は何の障害もなく屋敷の離れへ向かう。

足取り軽く。

出入り口の馬廻りに手を上げ、部屋の中へ踏み込むと焚きしめた香が漂った。

政宗自身が纏う香と同じ匂いだ。

だが、そこに要るはずの部屋の主が居ない。

さては庭か、と目を向けた先の後ろ姿。

何のことはない、庭に咲いた花へ水を遣っている。

しかし政宗は浮き足立っていた思考が冷えて行くのを感じた。

「おい、何やってる」

低い声が出た。

部屋の主が政宗に気付き振り返る。

群青の着流しに身を包む、探し当てたのは政宗が燃え落ちる寺から苦労して奪った戦利品、織田信長だった。

信長は政宗の不機嫌を感じ取ったのか、一瞬だけ訝しむ表情を見せた。

政宗はそれが気に入らない。

持っていた杓を水の張った桶へ戻し静かに手を離すのも気に入らない。

「今日は随分早いのだな」

と、掛けられた声さえも。

「俺が来ちゃあ都合が悪かったか、信長。見られてまずいことでもしてたか」

「そのようなこと、ありはせぬ。ただ花に水を───」

「As if you didn't know!」

苛立ちそのままに政宗は庭へ駆け下りる。

視線は突然の激昂に身を竦ませた信長の背後へ。



そこに在るは、五芒を象る青紫。



膝丈ほどのそれは瑞々しく濡れた花弁を揺らす。

政宗は溢れんばかりの憎悪を抱き、まだ咲いて間々ないそれらを、信長が水を遣ったばかりのそれらを、乱暴に踏み潰した。

「あっ」

「ここは俺の土地だ。勝手は許さない。こんなもの育てやがって!」

「何を言うか、この花は」

「他に目を向けるのは許さねぇ。俺だけ見てろ。てめぇは───」

怒りに任せて信長の顎を取り口接け、短く宣告する。

「俺のもんだ」

無理矢理の接吻にも信長は抵抗しなかった。

ただ政宗のぎらりとした目に激昂の理由を探っていた。



見えるは嫉妬の嵐。



一つ、信長は瞑目すると、腰に回され身体を這う政宗の腕を掴む。

「……言われずともそんな事は承知している。だが続きは部屋の中だ。行け、足を拭いてやる」

視線を下ろせば土に汚れた政宗の足。

政宗はそれにようやく気付くのだ。










心地良い充足感の中で目を覚ました。

見慣れた離れの天井が視界に映り、昨夜を思い出して政宗は隣にあるはずの温もりを意識する。

だがいくら手を伸ばせども、届かない。

「信長?」

空を掴む不安に跳ね起きる。

「信長!」



まだ温かい。

どこだ。



一つ、思い至った場所は政宗の不安をより増大させ、充足感の失せた心は乱れる。



地に落とした五芒。

汚した紫。

信長を奪おうとした男を象徴する憎々しい花。



信長がその側に居たというだけで、政宗は逆上を抑えられなかったのだ。

吐き気さえ催すその忌々しい場所を、しかし、否定出来ずに唇を噛み締めた。

夜着を投げるように退け、ふらつきながらも立ち上がる。

数歩進めば中庭への襖。

伸ばした指先に触れるや否や勢い良く開け放った。

既に日は明けきり、光は政宗の隻眼へ眩しく飛び込んで来る。



果たして。

信長は、そこに立っていた。

危惧した通り桔梗の側に。



踏み荒らしたはずのそれが綺麗に整えられていたのを見てしまえば、あとは激情に任せて怒鳴るだけだった。

「何で……どうしてだよ!」



そんなにそいつが良いのか。

あんたは俺のもので、あんたも頷いたじゃないか。

何故俺を見ない。

俺だけを見ない。



「俺は、俺はっ……」

政宗は目の前の光景を凪払おうと腕を振るが、力を失いよろめいて膝を付いた。

信長が慌てたように駆け寄り、それを支える。

見上げた先の信長の顔が滲み、政宗は顔を歪め俯いた。

「……俺にはあんたしかいない」

ぼそりと零れた言葉は幼い子供の様で。

信長の指に頬を拭われ、政宗は伝い落ちる涙を知る。



何と女々しいことだろう。

これでは信長も鬱陶しく思うに違いない。

蔑むだろうか。

嫌うだろうか。



「悋気だけは一人前、か。奥州の竜の名が聞いて呆れる。貴様は何も分かっておらぬ」

だが、信長はそう言いながら政宗の背中へ腕を回した。

「過去は既にない。業火に消え失せたのだ。ないものについて考えることは出来ぬ、そうであろう?」

「じゃあ何であの花を大事に育ててんだよ」

政宗は嘘を許さない目で信長を見る。

信長はさらりと笑みを浮かべた。

「花はどうでも良い。大事なのは根だ。あれは薬になる」

言われて政宗は思い出す。

確かに桔梗根は喉に効くと書物で読んだ。



しかし本当にそれだけだろうか。

他意はないのだろうか。



「喉が痛いのか」

「……そうだ」

探る眼差しを向けると信長の視線はそっと逸らされ、何を考えているのか読めない。

それでも、信長は言った。

「他に何もない。貴様だけだ、政宗」

何時になく愛し気に名を呼ばれた政宗は、だから丸呑みする。

透明な涙を一筋、零しながら。










――end

子供その二(政宗+信長)







信長は迷子と出会った。

敵味方入り乱れた戦場で。

その子供は三日月を立てた兜を被って信長の前に現れたのだ。

そして、まだまだ成長途中の体を存分に使って信長に攻撃を仕掛けてきた。

信長は元気の良い子供が好きだ。

従って、その生意気盛りの子供も気に入った。

可愛い、と思った。

子供は信長の敵のようだったが、それに頓着しない性格には関係ない。

だから、次の戦場でまた三日月を見付けたとき、信長は思わずそちらに薄く笑みを向けた。

「うぬは確か迷子の」

そう言うと、しかし、迷子は何やら顔を赤くして怒鳴った。

自分は迷子ではないと言っているようだ。

信長は不思議そうに子供を見る。

ならば何なのだと問えば、子供は名乗りを上げた。

「だて、まさむね……である、か」

信長は見た目と同じく小生意気な名前に頬を緩める。



まさむね。

響きは良い。

が、少し可愛さが足りぬ。



唇に指を当てて暫し考えた信長は、子供に向き直る。

そして、子供をこう呼んだ。



「まー君♪」



子供は信長と刃を交えることなく逃げるように撤退していった。










――end

子供(政宗+信長)







男は女に言った。

「お濃。戦場に小さな子供がいる、ぞ」

女は軽く笑って男に言った。

「あら、本当ね。迷子かしら」

政宗はと言えば、その会話に眦を吊り上げていた。

当然である。

会話は政宗へ向けられたものであったが、政宗には小さな子供になった覚えも迷子になった覚えもなかったからだ。

揶揄と分かっていても黙っていられない。

対峙したその男だけには、何の力もない子供だと思われたくなかった。

何故か、政宗の矜持が我慢ならないのだ。

甘く見られた方が何かとやりやすいことは分かっていても、駄目だ。

実力を認めさせたい。

対等になりたい、と思う。

「儂はただの子供ではないわ、馬鹿め!」

走る勢いのまま、振り上げていた右の刀を男へ打ち込んだ。

左の銃は牽制弾を放つ。

男は笑った。

政宗の攻撃を去なし、軽々と避けていく。

それを何度か繰り返したとき。

「……何と愛い子供、ぞ」

男の小さな呟きが聞こえた。

どきり、と政宗はその声に驚愕する。

思わず笑みを湛えた男の顔に見入り、頬を紅く火照らせる。

攻撃の手を緩めて男へ詰め寄った。

「いいい、今、何て言った」

「子供」

「その前!」

「何と?」

「その間だ、馬鹿め!」

攻撃を止めてしまった政宗。

男は微笑んだまま小首を傾げた。

「……愛い、ぞ」

望んだ応えを聞いて、政宗はますます頬に血を昇らせる。

心臓の鼓動がうるさいほどに聞こえ、思考が回らない。

ただ、頭の中で男の言葉を反芻した。



愛い愛い愛い愛い愛い───。



充分だった。

何が充分か政宗は自分でもよく分からなかったが、とにかく充分だ。

後ろ飛びに男と距離を取って、刀を引く。

「今日は、こ、ここまでにしてやるわ、うつけ!」

政宗の精一杯。

乗り捨てていた愛馬に飛び乗り、身を翻す。

「で、あるか……」

「親が見つかったのかしら?」

あとには男と女が取り残された。










――end

矛盾(政宗×信長)







突然訪ねたにも関わらず、魔王が晴れやかな笑顔を向けて来たので、どうやら機嫌が良いようだと分かったが、儂の目はそれをまじまじと見るようには出来ていないようであった。

視線を逸らす。

否、それでは何事もならぬ、馬鹿め!と己を叱咤してもう一度目を向けてみるが、魔王はもうこちらを見ていなかった。

満面の笑みで何かを見ている。

儂の後ろを付き従っていた馬廻り衆その一、そいつが持っている手土産であった。

風呂敷袋に儂が作った何かが包んである。

匂いで中身が分かったのであろう。

そう、甘い菓子だ。

歓迎されたのは儂じゃない。

儂の手土産。



分かっておる。

べ、別に悔しくなぞないわ!



儂は馬廻り衆その一から手土産を引ったくった。

合図して下がらせる。



まったく、魔王の笑顔をじろじろと見つめよって。

貴様に笑ったのではない。

菓子だ、馬鹿め。



「……おい、うつけ!」

魔王の顔を菓子から儂へ向けてやろうと声を掛けた。

よう来たな、と魔王はようやく儂を見て花綻ぶように笑った。

「そろそろうぬが来る頃だと思うた、ぞ」

「ばばば馬鹿め、わざわざ美濃に来たのではない。堺へ行ったついでにたまたま通り掛かっただけだ」

目を逸らしながら“偶然”を強調すると、魔王は分かったような分からなかったような顔をして、ちらりと儂の持つ手土産に視線を走らせた。



何が言いたいのか。

御託は良いから早くこれを渡せとでも言いたいのか。

だとしたら、腹が立つ。



儂は手土産を持つ手に力を込めた。

魔王を喜ばせようと持って来た菓子であるのに、素直に渡すのが悔しくなった。

それは決して儂の食い意地が張っているせいとかではない。

菓子を持って来なかった場合に魔王がどのような態度を見せるか考えたからである。



きっとにこりともしない。

腹が立つではないか。



儂は表情を固くしながら呟いた。

「そんなに甘い菓子が好きか」

すると魔王はそれを聞き取ったのであろう。

また相好を崩して照れたように答えた。



好きだ、と。



その短い言葉に、たった三文字の言葉に。

儂は、心臓を射抜かれた。

腹を立てていたことなど忘れ去る。

顔が火照り、鼓動は早鐘を打ち、魔王を見ていられなくなった。

そして甘い菓子に強く激しい敵愾心が芽生えた。



異常事態。

酷い喉の渇きを覚える。

馬鹿め馬鹿め!

菓子に対して敵愾心だと?

どういうことだ。

下らぬにも程があるわ、馬鹿めっ!



己にもよく分からない感情を持て余し、儂は手土産を睨み付ける。



とりあえず茶だ。

茶が欲しい。



「おい、うつけ、甘菓子が食べたければ茶を出せ!」

言って菓子を持ったまま勝手に茶室へ向かうことにした。

後ろからは素直な信長の足音が付いて来た。










――end
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