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「最後の『仕掛け』です。本能寺全体が燃えている様に見える箇所は何処(いずこ)か?」
昌幸が皆に問う。
「天王山でしょう。あの場所は、本能寺に沿って直線上にあります。本能寺が燃えている様に見せるには、あの山が最適かと。」
「京都側から見える様にはせぬのか?」
「本能寺は京都のほぼ中心(当時)にあります。仮に燃える様に見せ掛けるには民家を一部焼かなければいけません。そうすれば、見せ掛けるどころか、逆に大騒ぎになってしまい、策そのものが台無しになってしまいます。」
政宗の問いに光秀が即座に答える。
「確かに。じゃが、本能寺が中心にあるのならば、尚の事、街並みが燃えておらねば、京都内に住む民達が怪しむのではないか?」
「政宗殿、京都内の民達は、嘗ての応仁の乱を筆頭に度々、混乱に巻き込まれています。街並みが燃えていなくても、本能寺に近い天王山が燃えているだけで、畏怖するんですよ。『また、京都が滅びてしまう』とね。」
昌幸は、手元にある陣印駒をこつり、こつり、と並べ、政宗に説明する。
「うむ、人間の心部に『思い込み』を埋め込むのじゃな。」
「其の通りです、政宗殿。では、天王山の一角を焼きましょう。」
「一角?山全体ではなく?」
昌幸の言葉に、再び政宗が首を傾げる。
「山全体を燃やしてしまっては、山そのものが燃えていると分かってしまいます。本能寺が燃えている、と思わせるには、本能寺と同じ広さと、本能寺本殿と同じ高さを燃やさないと意味が無いのですよ。」
昌幸の代わりに信之がそう答える。
「あ、そうか。そういう事か。そうじゃな、建造物が燃えている様に見せかけるのじゃから、山そのものを燃やしてしまっては意味が無いの。」
政宗が納得した様に頷いた。
「本能寺が燃えている様に見せた後は、佐助殿に『信長公が政宗殿の謀叛に合い、討死した』と噂を広めて頂きます。」
「ああ、情報操作はお手の物だから任せな。けど、徳川には半蔵が居る。少しでも疑われたら…‥」
「大丈夫ですよ。其処も『手を回して』おりますよ。ね、冬の方。」
「勿論です。簡単に悟らせたりさせませぬ。」
佐助の言葉を遮り、昌幸がニッコリと清々しいまでに笑顔を見せて冬姫に同意を求めた。
そして、冬姫も昌幸と同じ様にニッコリと笑って頷いた。
「…………………‥何故か、あの笑顔が物凄く恐ろしく見えるのは儂だけか?」
「………‥いえ、私も恐ろしく見えます。」
政宗が昌幸と冬姫の笑みを見て、畏縮し後退り、幸村もまた苦笑いを浮かべて肩をすぼめた。
「…………‥あの笑みから、情報操作だけで終わりそうに無さそうじゃな。」
「そ、そうですね。出来れば、お手柔らかにと思うのですが…‥」
冬姫と昌幸、そして、信之をちらり、と幸村と政宗は見る。
「「……………‥無理そうですね(じゃな)。」」
徹底的に痛め付ける、と言わんばかりの三人の表情を見て、二人ははあ、と溜め息を吐きながら、顔を見合せて苦笑いを浮かべた。
伊達政宗が、織田信長に対して謀叛を起こし、政宗の手で信長の命は奪われた。
そして、直ぐに井伊直政が軍を動かし、謀叛を起こした伊達軍を蹴散らし、政宗を捕縛した。
そんな噂は、早々に、思った以上に速く日ノ本中を駆け巡った。
一方、疑いを掛け、単独で動くかと思っていた半蔵の動きは成りを潜めていて、佐助は動きが無い事を不思議に思い首を傾げ、冬姫に疑問をぶつけた。
「腹太狸を気持ち悪いまでに崇拝するへっぽこ忍ですよ。腹太狸の悪口をこれでもか、と言うぐらいに広めたら、どう思い、どんな行動をするかお分かりでしょう?」
「うわぁ…‥(((・・;)」
「簡単に堕ちましたよwww腹太狸の悪口を言っただけで激情するなんて、忍としては失格ですよね?www」
「と、取り敢えず、どんな情報操作したのか聞いても…‥?」
冬姫の黒い笑みを見て、少し後退りながら佐助は疑問を投げ掛けた。
「腹太狸に仕えている部下には、統治している土地滅封、階級格下げ、給与減俸、諸々…‥腹太狸が統治している民達には、税率格上げに…‥其れと…‥」
「もういいです。聞いた俺が悪かった。」
止まる事の無い冬姫の情報操作に佐助はぐったりと肩を落とした。
「家康の周りを取り巻く者達は、民優先では無く、家康優先な者が多い。是では、仮に天下を取れたとして、弱き者の為の世の中造り等出来よう筈もありません。」
昌幸が家康と徳川家臣達の在り方を真っ向から否定する。
「暫くは『長く』は泰平を保っていられるでしょう。ですが、『永く』は保てません。劣化が始まっても、修復の為に素早く動けば良いですが、家康が非常事態に陥らなければ無関心な無能共です。劣化して崩れていく様等気付かないでしょう。全て崩れてからの修復では手遅れだと徳川家臣共が気付けば別ですが。」
「無駄。」
「Σ即答っ!?Σ( ̄ロ ̄lll)」
昌幸の言葉に冬姫が悩む事無く、一刀両断した。
「腹太狸の声しか真剣に耳を傾けない家臣達が泰平が綻び、劣化し、崩壊していく様等気付けよう筈はありません。徳川家臣達は、現実ですら見えてはおりませぬ。家康に進言する事すらせず、家康のする事全てが『正しき事』と心酔するイカれた集団です。正に本願寺と『穴の貉』です。」
冬姫が否定を断言した理由を一つ一つ説明する。
「国を造るのは民達です。腹太狸でもなければ、其の家臣達でもない。民が、民達が国を支え、国に携わり、国を造っていっているのです。民達を蔑ろにして、腹太狸達だけで国を在り続ける事等不可能です。」
「…‥全ては既に『手遅れ』といった状態にならなければ、気付かないでしょう。」
冬姫の言葉に昌幸が言葉を続ける。
「そんな徳川等、早々に滅ぶべきです。」
冬姫は憎々し気に顔を歪め、憎言を吐き出す。
「暫くは日ノ本は混乱に陥るでしょうね。」
信之がそう呟く。
「予が『討死』したのだ。暫くは落ち着かぬだろうな。」
信之の言葉に信長が呟き返す。
「是からの予の在り方は…‥」
「好きになされたら良いのです、父上。」
冬姫が父、信長の言葉を遮り、キッパリと言い放った。
「『討死』したのです。是で、織田家からも、天下人としての柵からも解放されたのです。好き放題になされたら良いです。何せ、父上は今や此の世に存在しない『幽霊』になられたのですから。」
冬姫は更にニッコリと清々しい笑顔を浮かべながら、そう言い切った。
「其の通りです、信長様。冬の方の仰有る通様に、ご自由になされたら良いのです。私達は其れに従います故。」
光秀が愉しそうに笑って信長にそう告げた。
「信忠殿を織田家御頭主として添えます。御指示は信忠殿を通して行いますが、実権は信長公に変わりはありません。好きに日ノ本を御統治して行って構いませんよ。」
昌幸もまた、愉しそうに笑って信長を説得する。
「儂も、一興乗るぞ!こんな愉しい天下取りは滅多にないからの!信長っ、思う存分、日ノ本を引っ掻き回せ!」
政宗も、身体をウズウズさせながら身を乗り出し、信長を煽る。
「ですが、政宗殿は捕縛された事になっておりますが?」
幸村が政宗のはしゃぎ様に、少し遠慮がちに声を掛けた。
「捕縛されただけじゃ!処断された訳では無い。」
ふんぞり反りながら、政宗はキッパリと言い切った。
「………………‥」
「………………‥」
「………………‥(´▽`;)」
「………………………………………‥阿呆ですね。」
「Σふっ、冬殿っ!?Σ( ̄ロ ̄lll)!!!!」
呆れて黙って皆が政宗を見つめる中、冬姫はぼそり、と呟いた。
沈黙が続く部屋の中で、其の呟きは清々しく響き渡った。
「阿呆でも良い。儂は早く此の忌々しくも、腹立たしい徳川をめっためたにしたいのじゃっ!!!」
ぐ、と拳を握り、徳川への憎しみを露にする政宗を信長は険しい表情で見返した。
「憎しみで徳川を討ってはならぬ。」
凛とした声が広間に響く。
「信長殿…‥」
「憎しみで討ってしまえば、新たな憎しみで卯ぬ等が討たれる。して、再び憎しみで徳川を討つ、と言う負の連鎖が続く。是が続けば、戦は永久に終わらぬ。」
「……………‥」
信長の言葉に、皆が黙り込む。
「だが、自身の志を貫く為に、人を『殺す』も事実。憎しみが無くならぬのも事実。然し、其れを『悪』か『善』かを決めるは予等では無い。其れを決めるは、後世に生きる者達ぞ。」
「私達は後世の者達に『聖者』として認められる為に戦を繰り返している訳ではありません。私達はどんなに『悪』と罵りを受けようと、日ノ本を泰平に導き、後世の世に戦の無い『平和』な国とする為に、全ての泥を被るのです。」
信長に続き、冬姫がそう告げた。
「是から過酷な戦が続く。人も数え切れぬ程殺すが故に、死人が日ノ本に溢れるであろう。憎しみ、恨みも数え切れぬ程、受けるであろう。後世では『大罪人』として、『極悪非道』の汚名が残るやも知れぬ。故に、今ならばまだ間に合う。もし、離反したい者が…‥」
「愚問ですよ、信長公。」
信長の言葉を信之が遮る。
「私は、覚悟を持って過去に戻って参りました。貴方を、父上を、幸村を救う為ならば、私は『悪』にでもなる。…‥そういう覚悟を。だから、『今更』ですよ。」
信之は清々しい笑みを浮かべ、信長に進言した。
「私も…‥覚悟は決めております。汚名を着せられるのも承知の上で御座います。」
幸村もまた、信之の言葉に続き、自らの決意を表す。
「私とて、伊達に『表裏比興の者』という異名が着いてはおりませぬ。信之と共に信長公の御味方に着いた時点で覚悟を決めておりまする。」
昌幸が目を細め、小さく笑う。
「其れに、何の為に貴方を日ノ本に認めさせたと御思いか?」
「全ては信長公を天下人にする為で御座います。」
昌幸が、信之が、真っ直ぐに信長を見つめ、真摯に詰め寄った。
「…………………‥」
「信長、儂は憎しみで敵を討つな、と言う意味が真の意味で理解出来ぬ。儂の戦の『始まり』は父上の敵討ちだったからじゃ。憎しみで敵を討った。其れが、儂の初陣じゃ。故に儂の戦は『父上に仇なす者を討つ』が当たり前になった。」
政宗は、そう信長に告げる。
「故に、儂は『憎しみで敵を討つな』と言う意味を知る権利がある。故に儂は信長から離れぬぞ。」
に、と政宗は笑う。
理不尽さを感じさせる言葉だが、誰も政宗を咎めはしなかった。
信長の側を離れない。
其の想いは此処に居る皆の共通点だった。
側に居たい、という理由は人それぞれ違う。
だが…‥
信長を独りに絶対にさせない。
此の思いだけは、皆同じだった。
織田家臣達もまた、同じ気持ちだった。
此処に、結束された家臣達と信之達。
其の結束力は、北条の家族の結束力よりも、徳川の強き忠臣力よりも、強く、確かなものになり、揺るぎ無いものになっていた。
信長は、ふ、と笑う。
「…‥ならば、また、新たな策を講じなければなるまい。予は、『死霊』となったのだ。徳川を討ち、日ノ本を泰平に導くならば、『生きた』策では、徳川に直ぐ勘付かれてしまうでな。」
「其処は、万事、抜かり無し。」
「全て想定内で御座いますよ。」
昌幸と信之が、ニッコリと笑いながら告げる。
「…‥要らぬ心配であったか。」
信長も二人の笑みを見て、ふ、と笑い、目を伏せる。
「手柔らかに、な。」
そして、無駄だと分かっていながら、信長は苦笑しながら、そう忠告するのだった。
ーーーー…‥天下分け目の戦いは、静かに、だが、確実に近付いていた。
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