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景色よとまれ

雀を自転車で轢いてしまう夢を見た。
それはさておき昼過ぎに起きると母から電話がかかってきた。今度こちらに帰ってくるという。父と喧嘩したこともその一因らしい。はいはい。

寝ぼけた頭でカーテンを開けるといやになるほど晴れている。春が来ている。
もうお昼だしどうしよう。とりあえず洗濯をして、とりあえずご飯を食べて、そこまでしか考えつかない。
海まで行く元気はない。

枕元にあった鷺沢萠の『帰れぬ人びと』をひらく。買ってそのまま置いていたけど何となく「川べりの道」だけ読んでみる。水のように透き通ったさらさらした言葉が読書をさぼっていた体の中にぎこちなく溜まっていく。この老成した、端正な文を、当時まだ十八の女子高生が書いたとはとても信じられない。どこかの好好爺が覆面作家として書いていた──と説明されても信じてしまう気がする。



長い川べりの道と、苺の盛られた硝子の器の冷たさ。苺のほうは無理だけど川べりのほうは実現できそうだと、本を閉じて散歩に出かけることにする。
風は強いけどもうコートはいらないほどの気温になっていて、知らないあいだに春の花がひらきはじめていた。へびの花、たんぽぽすいせん早咲きの桜、菜の花。
家の近くの道ならぬあぜ道から行こうと思ったら有刺鉄線が張られている。もうこの道を自転車で下ることはできないのかと残念に思った。

小さいころ通っていた細道もいまの小学生は通らないのか草がぼうぼうに生えていてとても歩くことができない。道路に車はいくつか通るけど歩いている人間の姿は滅多になくて少しだけ心細い。早く人気のない道に逸れたいとそればかり考える。
むかし仲の良かった子が「私もし家出したらここに来るね」と言っていた小さな神社や真夏に蛙の鳴き声を聴いていた田んぼの横を通る。このあたりはまだそんなに変化していない。少し道を外れると昔からあるような石垣や泥墓が残っていてそんな眺めが好き。
途中で子犬三匹に追いかけられる。めちゃめちゃ吠えていたけど彼らは野良だったのだろうか。

三十分ほど歩いてコンビニが見えてくる。ゲームをしていて街にたどり着いたようなそんな気持ちがする。コンビニでパンと牛乳を買ってそこから折り返し家に向かう。今度は違う道を使い、やっと川べりを通ることになる。

春になるとびっくりするほど桜が咲くその川べりの道は、いまはまだ花がつかず閑散とした風景だった。心なしか川の水もそんなに多くない。四月になればもう一度歩くことになるかもしれない。

時おり海へ行きたいと思うことがある。
川にずっと沿って歩けば海へ着くし、それが一日で可能だということも知っているし、いまの私には車という手段もある。
けど実際に行くことはそんなにない。

おそらく海へ行くことそれ自体が目的ではない。
ただ海という場所が一種の果てであるから目的地として定めやすいからなのだと思う。海を見るのは好きだけど。

交通機関が発達している街にいるとどこへでも行けてしまうけど、ここがそうでなくてよかった。目まぐるしく移りゆくのはそんなに得意でない。

帰って寝ていたらなんと夜の九時になっていて(やばい)洗濯物を乾かすとかそんな悠長なことが言えなくなっていた。
ランドリーを使うぞ!とお風呂に入ったあとまた出かける。
はじめて訪れたそのランドリーは、タイミングよく今月末で閉店してしまうそうだ。
だだ広い店内で寂しく乾燥機にコインを入れた。さよなら。

帰宅して、『帰れぬ人びと』の続きを読む。
表題作のタイトルの意味がけっこう重くて、胸が痛くなった。

全編通して八割くらいが風景の描写に費やされている。それがまた丁寧に、生々しく、細部までしっかり描かれていて影像のように頭のなかに浮かんでくる。
風景ありきの物語で、人の心情もすごく細やかにあらわされてはいるけどはじめにあるひとつの風景があって、そこに行き交う人間を描いているという感じ。
あとどの話もそこそこ(だいぶ)暗くてなおさら街に漂う生活感のような雰囲気が色濃く反映されているのよ。
「かもめ家ものがたり」だけは唯一可愛らしくて好きです。細かく見ると暗いけど読後感が爽やかなのはコウちゃんの性格のおかげかな?


「川べりの道」……時子お姉ちゃんがけっこう好きで、というかこういう張りつめた姉弟の物語がけっこう好きで。佐藤智加の『肉触』をなんとなく思い出す。


この本どこにも売ってないんだけどどうすれば手に入るんだ。
硝子の器に盛られていたのが「苺」っていうところがとても良いと思う。

「かもめ家ものがたり」……鮎子ちゃんかわいいけどラスト爽やかだけどよく考えるとちょっと不安になる。でも鮎子ちゃんはかわいい。少年漫画にできそう。

「朽ちる町」……ひたすら薄暗いけど嫌いじゃない。主人公の持つ引っ越し癖、まっとうなのに実は危ういみたいなのいい。(語彙力がない)
でも暗いですね。お金がないのも暗いし何より「町」の持つ生々しさがもっともよく活かされている作品だと思う。

「帰れぬ人びと」……ちょっと推理小説めいていてドキドキした。全編読むとこれが表題になるよね、って思うしよく出来ている。そして一番重かったね……。
これ読んだら母が家に帰ってくるのもめんどくさがるのやめようという気になったのであった。



歌で例えると「私生活」のような物語でした。



話題:本の感想



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