Rabbit&Crow&Snake&scorpion&hedgehog&otter&three horses.

ボーン、ボーン……


古めかしい柱時計が夕暮れを告げる。
地下室いっぱいに広がった何とも言えない薬品の匂いを纏って、そこの住人である男、徨夜が地上へと繋がる階段を上り始めた。


前の持ち主の名残か地下と地上を結ぶ扉はすべて頑丈な閂がされている。いつの時代も人前に出せぬモノは強固な部屋の中に仕舞われる。
約30段の階段を上り、途中で懐から取り出したキセルで扉を叩いた。

かつん、かつん、が、つん、

乾いた音に続き、重い音がひとつ。扉の前でぷかぷかとキセルを吹かす。
かちょん。とやけに頼りない音が階段を巡り、扉が開いた。


「うぅぅ…」


紅蓮に燃える夕陽、もしくは血のような夕焼け。
眩しさに目を細めた徨夜は煙を踊らせながら外へと足を向けた。




――――――――――――




遠くで黒兎がファミリア(大型犬4頭、中型犬1頭、ヤマアラシ1匹)と戯れている音が微かに聞こえた。ぷかりぷかりと煙は風に乗って空へと消える。


「…………」


キセルを銜えながら懐から札を出し、煙で飛ばす。次いで、奇妙な音階の指笛。特に何も起きない。が、札は違った。飛ばした順に地へと落ちた札を突き破るように次々とファミリアが飛び出した。ウサギ、鴉、蛇、サソリ、ハリネズミ、カワウソ。


「散歩に行くか。皇-スメラギ-(ウサギ)グラント(鴉)白波-シラナミ-(蛇)黒辿-コクテン-(サソリ)ミッシュ(ハリネズミ)スコット(カワウソ)。」


徨夜がキセルを仕舞いつつしゃがみ、手を差し伸べる。スコットと呼ばれたカワウソがハリネズミのミッシュを抱えてよたよた歩く。針が当たらないように最大限の努力をしているのかミッシュの小さな小さな手足がこれでもか、という程に広げられていた。

一方、鴉のグラントが白波と黒辿を掴んで離陸。徨夜の肩へと其々を降ろし、左腕へと止まる。


「皇、今日はお前が頭の上な。」


三角の鼻をひくひくさせてウサギが大きく跳ねた。着地点は徨夜の頭。上手く乗れたらしくポフンと小さな音がした。と、何やらぎゅわぎゅわきゅーきゅー言い争って(鳴き争って?)いるのが右腕付近に。


「スコット、そんなにミッシュを急かすなよ。お前と違ってミッシュはのんびりさんなんだぞ」


右腕、しかも肘辺りで騒がれると危ない。グラントが気を利かせて左腕から肩へと(先客の黒辿は邪魔にならないように襟内へと退避した)移動したので自由になった左手でミッシュを頭に乗せてやる。頭の先客であった皇は我関せずと鼻をひくひくさせただけであった。


「スコット、煩ェと歩かせるぞ?もちろん、一人でな」

「きゅ、きゅぅぅぅ!!」


右肩に辿り着き、小さな手で彼の首に巻かれた青いマフラーを握るスコット。彼最大の抗議の証らしいが、特に何の威力もない。むしろスコットの首が絞まるだけ……。


「首が絞まってるが?大丈夫か?」

「ぎ、ぎゅ」

「分かった。分かったっての゛っ!?」

「む゛ー、む゛ー」


スコットをあやして?いると脳天に重い一撃が。


「す、皇、」

「ぶー」

「お、おゥ。散歩な……」


皇の会心の一撃である。ウサギの脚力を1度でも目にしたことがあれば徨夜が涙目になるのも分かるはず。かなり痛いのだ。そりゃあもう地面にめり込むんじゃないかというほどの……は大袈裟だが、とにかくそれほど脚力が強い。

皇が急かしたおかげでようやく徨夜は歩き始めた。頭には皇、首に巻き付いて左肩の白波。それに乗る黒辿、反対の肩にはミッシュとスコット。緩く伸ばされた左腕にはグラント。奇妙に膨らんだ影がゆっくりゆっくり歩く。


「Queen of white will not kill us♪ Zhu Queen, eat us♪Daughter and son to stay in various places♪Killed by two people of the Queen, and is waiting to be eaten♪」


妙に殺伐とした歌詞を楽しげに歌う。遠くに聞こえていた黒兎のファミリアの声は聞こえず、世界から切り離されたような無音


「Queen of white will not kill us♪zhu Queen.eat us」


歌えば歌うほど世界が崩れていく。ついには色さえ消え失せて全てが白く、そして黒い。ネガポジの世界を歩き続ける徨夜。ファミリア達は何にも動じず身を寄せる。


「Killed by two people of the Queen.」


最後の一文字だけ、囁くように歌う。誰にも知られてはいけない秘密のように。踏み出した先、あるはずのない白い池が辺り一面を呑み込んでいる。実際の敷地にはない池。

見えていない。歩みは止まらない。


「Daughter and son to stay in various places.」


あと数歩の距離で池に無数の赤い眼が睡蓮の様に咲いた。こちらを見つめる眼。ぱくりぽくりと瞬きをして今か今かと待ちわびる。

無音の世界に響く蹄の音。3頭分の嘶き。
白馬と柔らかな茶色をした馬が切り取られた世界を踏み荒らし、色を音を匂いを取り戻す。

そして最後の1頭。勢いよく眼の咲く池に突っ込みおおよそ馬らしからぬ声をあげた。低い低い、地を這う声が生えている眼を破裂させ、そして池も消滅させた。

そして、そのまま


「waiting to be い゛ぃ!!??」


激突した。

徨夜の首根に馬の肩が追突。歌が途切れたのはもちろん、追突された首が変な音を立てた。他のファミリア達は何故か無事という奇妙さではあるが、そこは指摘されない。


「ぐへっ…キーツ!!お前はもう少し安全確認しろ!!」


名を呼ばれ、ついでにお叱りも受けてブルブルと不機嫌そうに鼻を鳴らした黒馬。他の2頭もしずしずと寄ってくる。


「ミリアム、コネリー。すまんな、助かったわ」


体も鬣も雪のように真っ白な雌馬のミリアム、体は柔らかい茶色、鬣はクリーム色の雄馬のコネリー。2頭の鬣を代わる代わる撫でながら気を取り直して歩き始めた。叱られたばかりのキーツも弾むような軽さで後を追う。



夕陽を背にして6匹と3頭+徨夜の散歩は続く。