Shangri-La of the last theorem 2-2

剣を、振り下ろしたはずだ。しかし、感触がない。目の前にいたはずの化け物も消えた。


「何処に消えやがった!!!!化け物がっ!!」


明らかに普段の冷静さを欠いている。無機質ばかりが残された会場にひとり、吼えたところでなにも変わらない。と、突き破らんばかりに扉が開かれた


「レイ!!大丈夫!?」


翼を持つ虎を従えて、黒兎がレイの元へと駆け寄った。上から下まで眺めて問題ないと判断したのか腕を取り、地下室を後にする。黒兎の傍らにいた虎は霧のように消えた。


「何処にいたんだ」

「幻を追い駆けてた」

「徨夜は…どうした?」

「分かんない。でも、レイが無事で良かった」


黒兎の手が微かに震えている。お前が勝手に行ったんだろう、とは言わないでおく。オークション会場であった地下に限らず、黒い手は城内を蹂躙したと見える。まるで廃墟のような静けさ。まぁ、実際的にも廃墟に変わりない


「………幻ってのは、」

「前に話した幼馴染み。」

「幼馴染みは、死んだんじゃないのか?」


ぎゅっ、と握られた手に更なる圧力がかかる。


「確かに僕の目の前で、その、」

「ならば何故?」

「見間違いだと思ったんだ。きっと僕の記憶がぐちゃぐちゃになって、だから、きっと、見間違いで、昴は、死んで…なくて」

「命が終わった者は蘇らない。死霊にしたいのなら別だが、あれは終わった者への冒涜だ」


地上だ。黒兎の手を取り直し、スキップ(空間移転)の詠唱を促す。辺りを見回すが徨夜はいない。黒い手に殺られたとは思わない。きっとギルドに戻っているはずだ。いつもの様に地下の自室でニヤニヤしているのだろう。きっと、そうだ。死ぬ訳がない。









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嗅ぎ慣れた匂いに目を開ければ屋敷の、レイの自室。
水の入ったグラスに声を落とす。黒兎の心配そうな顔がこちらを伺う


「おい、徨夜。無事か?」

「……」

「おい、聞いてるのか?」


返事がない。
徨夜は戻ってきていない。

黒兎の視線が刺さる。部屋を見て来てくれ、部屋にはいるだろう。譫言のように吐き出して黒兎を部屋から追い出す。

ふと、窓の外にカラスが。こちらを覗き込むように首を傾げている。その背後、忍び寄る黒い手。
そのカラスがギャアギャアと鳴き、手に呑まれ消えるのとほぼ同時にグラスから黒兎の声が響く。



―徨夜が、いない。




外ではカラスの羽根が未練がましく舞っている。