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A lazy man turning into a woman.

タイトなパンツスーツを身に付けた女が周りに繁る木々を物ともせずに駆ける。目指すは夜闇に足を捕られながらも必死に前を走る2人の男。
紫水晶のような色をした瞳を輝かせて指笛を鳴らし、快活と歌う


「捕まえた」


























やや薄暗い広間で両手に花、どころか花に包囲されているとでも言えそうな黒髪の美丈夫と、こちらは壁の花を決め込んでいる整った顔立ちの金髪の男。とある貴族が主催の夜会に出席しているのだが、そこにこの2人の主人(仮)は見当たらない。というか、黒兎とその部下のハルならいる。けれども黒髪の美丈夫ことソリオンと金髪の男ことイリューシャとは離れて、むしろこの2人が居ることに気付いているのか怪しいところである。

早く終われ。とばかりにイリューシャが壁に背を深く預けて目を閉じれば周りの音、会話が止め処なく流れてくる。


―彼処にいるのはギルド シャングリ・ラの次席よな

―場違いにも程があるぞ

―ギルド長が出席するのが筋ではなくって?


「………くだらん」


そろそろ戻るか、とイリューシャが顔を上げるとすぐ隣に見慣れない女が1人。アッシュブロンドの長い髪をポニーテールにしてキッチリとしたブラックスーツを着ているので招待客ではなく主催者側の人間なのだろう。気配も音もなく現れた女は微笑むように紫色の瞳と口角歪めた。


「なにか?」

「……」


女はイリューシャの問いに答える事なく人差し指を立てて自らの唇に当てる。…つまり、


「黙っていろ、と?」

「………」


にっこり。
声を出す事なく意思を伝えて満足したのか女は壁から背を離して人混みへと消えていった。


それから暫くは何事もなく、相変わらずソリオンは麗しい花たちに囲まれ、黒兎とハルは他ギルドの知り合いと歓談し、イリューシャと言えば相変わらず壁の花を決め込んで渡されるグラスを次々と干して、其々が過ごしていた。


―カシャン


他の音に掻き消されてしまいそうなほど小さな音が何処からか聞こえた。それに耳聡く気付いたのはソリオンとイリューシャの2人のみ。花と戯れていたソリオンの顔に緊張が走ったのを後目に、バルコニーへと続く扉を潜るイリューシャ。眼前に広がるのは良く手入れされた広い庭と敷地と外とを隔てる垣根から続く森。

その垣根が、微かに揺れたように見えた。


「………」


イリューシャの背後ではソリオンが今の今までさんざ侍らせていた花々を言葉巧みに撒いて、此方へと歩いている気配がする。まぁ、それほど離れていた訳でもないので直ぐ隣に立たれた。


「やぁ、イリューシェンカ。楽しんでるか?」

「お前ほどではないがな」

「おっと、ご機嫌ナナメか?…それとも寂しかった?」

「もう酔っているのか?介抱してやらんぞ」

「やれやれ…相変わらずつれないねぇ」


いたって普通の会話をしているがソリオンがタイを弄ればイリューシャが耳を彩るルビーが填まったカフスを触り、そのまま思案するように唇に手を当ててふっと眼を伏せる。その動作から何かを察知したソリオンが口を開いた瞬間、



―ピィィ………ィィ…



庭の奥、垣根を越えた森のさらにその奥から聞こえた笛のような高い音。その音に開いたままの口を閉じて溜め息を吐いたのはソリオンで、隣にいたはずのイリューシャは既に室内へと引っ込んでいた。


「はぁ…」


ソリオンもイリューシャに続いて室内へと戻る途中、その指に填まっている金色の指輪を3度、撫でた。
途端にソリオンの無駄に秀でた容姿は跡形もなく崩れ、良くも悪くも平凡そうな男へと変わる。

誰にも気に止められる事なく広間から出たが、イリューシャの姿がない。廊下を見回しても、誰もいない。もしやと思って耳を澄ませても広間からの音楽が聞こえるのみ。


「猪突猛進、と言うんだったかな……」


普段は冷静沈着なくせに、いざ仕事になると周りも、ともすれば自分すらも見えなくなる。勇敢と無謀の違いを理解せずに、教えられずに今に至ったのだろうな。と同じ魔獣として哀れに思う。虐げられた気高き獣。


―おーい。考え事してねェでさっさと来てくれねェかな……。殺しちまいそうなんだが

「……」


ソリオンの脳内に直接響いた徨夜の声。今の今まで姿を見せなかったくせに偉そうな物言い。それに反応することなく外へと脚を進め、ちょっとした暗がりで容(かたち)を変えた。

闇色の豹

人の時よりも深みがかった青い瞳を油断なく光らせて庭を疾走する。やがては垣根を軽々と飛び越えてしなやかな尾の残像すら残さず森へと消えた。






*






生い茂る草木を物ともせずにイリューシャは走る。音の聞こえた方を真っ直ぐ見据えて、まるで猟犬のように。しばらくして視界の端に人影が映った。
3人。
地面に伏している者、首を締め上げられている者、締め上げている者。
そのどれかが徨夜かと思えば、そうでもない。
男、男、女。


「女…?」


伏しているのは男、締め上げられているのも男。つまり…


「はぁー、やっと見つけた…。お前少しは……ん?」


イリューシャの隣に立った黒豹が目の前の光景を見て固まった。そしてぼそりと


「怪力女は好みじゃないな」


と呟く。


「そりャあ誰だって好まねェだろうさ」


黒豹の呟きに帰ってきた返事は紛れもなく徨夜の声音、なのだがやはり姿はない。もしや、いや、まさかな…。と内心思いつつ容を変えたソリオンが呼んだ。


「徨夜?」

「あァ。…2人ともパーティーは楽しめたか?美味い酒は?イリューシャが好みそうな料理もあったが、食べたか?」


つらつらと低い男の声、もとい徨夜の声で話す女。ポニーテールにしていたはずのアッシュブロンドの髪は束ねていた紐を無くして縦横無尽に跳ねまくり、タイトなブラックスーツのジャケットもパンツも走っている時に枝にでも引っ掛かったのか所々が裂け、挙げ句の果てに所々が細かい裂傷で血塗れ。しかも裸足で草を踏み締めている。つまり、パッと見、乱暴にあった被害者にしか見えない。
まぁ、どちらかと言えば加害者なのだが。

華奢な女の手に締め上げられている男は泡を吹いて気絶しており、女、ではなく徨夜がぞんざいに投げ捨てた。


「ふィー。やっぱ慣れねェ事はするもんじャねェな」


腕が痺れていけねェや。と今まで上げていた腕を振りながらソリオンとイリューシャへと向き直る。その瞳の、透き通る無垢な紫色の違和感といったら。蕁麻疹が出るか、気絶したくなるくらいの度合い。普段の、男の、徨夜を知っているから尚更に。というか、化けるなら声まで変えてほしかった。何故そこだけ手を抜いたのか問い質したい。

でも、というか、流石の?徨夜でも女に化けての捕縛は勝手が違ったらしく、細やかな裂傷に紛れて首やら手首、足首にくっきりと相手の手の形が浮き、右の頬は殴られでもしたのかうっすら赤く腫れていた。
が、痛みは感じていないらしくケロッとしたまま2人を見上げる(そういえば女に化けた徨夜は小さい)


「…………」

「………」

「あー…。実はあと1人、癖の悪い女を捕まえてるんだが、屋敷に置いて来ちまってなァ…。コイツら頼んで…おい?」


返事も無ければ近寄ってすら来ない2人に眉を潜めて声を掛ければ瞬間で間合いを詰めたソリオンが徨夜の両脇に手を入れて持ち上げて、担ぐように抱えた。その反動でソリオンのスーツに血が跳ねた。


「ッ、んン゛!?」

「レディがそんな声を出すんじゃない。……イリューシェンカ、迷子になるなよ?」

「お前こそ送り狼にならんようにな。」

「は?え?何?」


担がれたままの徨夜には目もくれず、イリューシャは屋敷の方へと向かい、ソリオンは屋敷から出ようと歩を進める


「えっ…えェと?つまり…イリューシャが、女を引き取りに行くのか?」

「そうだな」

「場所分かるのか?」

「さてね?」

「いや、さてね?……じャねェから!!」


じたばたと肩の上(担がれたまま)で暴れる女の徨夜を物ともせずに、むしろ緊張した固い表情のままソリオンは言った


「無為に暴れるのじゃないよ。お前、肋骨折れてるんだろう?」

「………」

「痛覚が無いのは分かっていたが、まさかここまでとはね」


耳を澄ませても聞こえるかどうかというぐらいの呼吸音の違和感。徨夜自体は普段通りなので尚更に耳を疑ったであろう。


「でも。別に痛くもねェし…」

「痛覚と中身は別だろ。なんなら、もっと刺してやるか?」

「えんりょしときまァァァす。」


ケッ。と不貞腐れたように暴れるのを止めた徨夜を意外そうに見遣ってから、ようやっと屋敷の敷地から外れたのかひと息ついてからスキップの詠唱を始めた。










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Familias conference

はい。皆さんお揃いですな。それでは第38回、ファミリア会議を始めたいと思います。





真夜中のギルド シャングリ・ラの四阿で、煌々と月光に照らされながら徨夜が言った。目の前にはファミリアの皇(ウサギ)、グラント(大鴉)、白波(白蛇)、黒辿(サソリ)、ミッシュ(ハリネズミ)、スコット(カワウソ)、炯(大ムカデ)と白馬のミリアム、栃栗毛のコネリー、黒馬のキーツ。
そして人型をとっている黒髪の美丈夫(ソリオン)と金髪の美形(イリューシャ)。

四阿のテーブルにはファミリアの契約時に使われるコントリアン(徨夜いわく、きびだんご)というペレットが複数の皿に山と積まれている。椅子に座っているのは徨夜と人型をとっているソリオンとイリューシャの3人だけで、その他はテーブルに直に座ったり、床に座ったりしている。

こほん。

咳払いをひとつして徨夜が話し始めた。


「最近、ギルドにニュータイプが入ったろ?それに対抗するためにオレもファミリアを増やそうと思う。ってか対抗とかどうでも良いからファミリア増やしたい。ネズミキツネザルかウォンバットかクォッカワラビーかクスクスかワオキツネザルかロージーメイプルモスも捨てがたい……いや、ホッキョクウサギも気になるし、いやいや!!皇よ、こりャ浮気じャないからなッ!!」


カリポリと草食ファミリア用のコントリアンを食べている皇にずずいっと顔を近付けて弁明をしたが、当本人(本ウサギ?)は喧しいと言わんばかりに頭を振って耳による往復ビンタをお見舞いした。


「oh…ありがと、…寛大だな。」


地味に痛かったらしく両手で顔を隠して着席すると、むかって左にいるミッシュがスコットと話ながらも徨夜へと視線をむけた。2人(匹?)とも見掛けに反して落ち着いた、壮年の男性のような低い声のトーンで会話している。


「仲間が増えるのは賛成だよ、ね?スコット」

「いいや!!僕は反対だね!!これ以上増やしてどうするつもりだ?えぇ?」

「ちョ、スコットや、落ち着けって…」

「まさか僕らの楽しみを奪おうと言うのか?」

「ンン……。そこまでは言ってないと思うけど……」

「ミッシュは黙ってろ!!」

「はいはい。」


スコットに噛みつかれんばかりに反論されたミッシュはその小さな肩をやれやれ、と竦めて皇の隣へと移動した。どうやらミッシュよりもスコットの方が少し幼いらしい。
そんなスコットが地団駄を踏みながら徨夜に抗議をするもんだからその首に巻かれている青いマフラーがゆらゆら揺れている


「大体、ニュータイプってなんだ!!あれはただの魔獣だろ!!」

「ニュータイプのな。」

「それならこちらにも居るだろう!!節操なしの両刃が!!」


小さな小さな手で、何処から持ち出したやら(徨夜のコレクション)お高いブランデーを飲んでいる黒髪の美丈夫、ソリオンを指差した。まるで指名のように徨夜とスコットの視線を受けて、微笑むように口角を上げたソリオンが言う。


「まぁ、否定はしないね。何たって僕は快楽主義だから」


グラスを少し傾けてウィンクをひとつ。隣のイリューシャはというと、ブランデーには目もくれず腕を組んで話を聞いている。それにすら噛み付こうとしたスコットを窘めるように嗄れ声が落ちた。


「お言葉だが、ソリオンとイリューシャは常に居るわけではないがね」


声の持ち主は大鴉のグラント。その大振りな翼を腕のように伸ばして羽繕いしながら言った。


「それに、君らとて常時居るわけではあるまいに。」

「然り。」


グラントに続いたのは鈴のように凛とした女声を持つ白蛇の白波。ここでそろそろ気になるのが、ファミリアの大半が人語を話しているということだ。普通、ファミリアは人語を理解しても喉の構造上話すことは出来ない。だのにこのファミリア達(ソリオンとイリューシャは魔獣なので論外)は会話している。
まぁ、徨夜お得意の魔術で会話出来るようになっているのだろう。まったくもって無駄に秀でた頭脳である。


「んー……。じャあ、スコットとミッシュの邪魔しないから増やしても良いか?」

「ぼくらのゴシゴシはまいにちだよ!!」


ブルルル、と鼻を鳴らしたキーツが言った。いやに幼い声である。


「ゴシゴシ……あァ、ブラッシングな。はいはい、毎日毎日。」

「やる気ないな、コイツ」

「まぁ…、いざとなったら轄主(クサビヌシ)に頼みましょう。」


徨夜のやる気ない態度に溜め息を吐いたコネリーとミリアム。轄主とは契約主とは別に、そのファミリアを管理している者を指す言葉である。主に騎乗系ファミリアに対して使われており、この場合は契約主が徨夜だが、ミリアムの轄主はレイでコネリーの轄主は黒兎となる。ちなみに、キーツは契約主である徨夜が同時に轄主にあたる。


そんなこんなで話が進み月も明度を失いつつある頃、最終的には勝手にしろ。とばかりに匙を投げられる。確かに安くはないコントリアン(きびだんご)を多種多様、それぞれの個性に合わせて、もはや狂気と言って良いほど執着して入手する徨夜なら次にどのファミリアを増やそうとも虐待だなんだと騒がれる事はない。
というか、1ファミリア増やすのに何せ38回も会議を開かれちゃあ、いい加減にしろと文句の1つや2つ、3つや4つ、5つや9つは許される範囲内で、むしろ今回発言しなかったサソリの黒辿や、大ムカデの炯がどう思っているのか気になる所ではある。

彼ら(彼女ら?)が会話に参加するのはごく稀で、最近ファミリアとしてやってきた炯(大ムカデ)なんぞは人見知り(ファミリア見知り?)なのかろくすっぽ会話、もしくは意思の疎通をした試しがない。

そんな2匹の意思も、人語を話すファミリア達の意見も綺麗にまるっと無視するのが徨夜で、実際にこの会議が終わった早朝(日の出前)には「甲乙つけがたいので、目線を合わせた者をファミリアにする」に収まった。

本当に何の意味があるんだこの会議は…。状態である。


辺りが朝日で照らされ始める。月光とは別の光から逃げるようにして徨夜は自室である地下室へと急いだ。それを見送ったのは3頭の馬達で、その他はコントリアンを食べたり、のんびり寛いだりしている。日光に弱いのは主である徨夜だけでファミリア達には何の問題もないのだから。






その後、徨夜のファミリアが増えたのかどうかは今の所、誰も知らない。








fool or sage.

得物である傘をくるりと回して、この鬱蒼と茂る森の何処かで合流を待つ黒兎とレイの嫌そうでいて、心配そうな表情を思い浮かべる。確か、合流場所は…調読(つくよみ)の丘だったかな。神が降り立ったと言われている神聖なる丘。

が、眼前にはお目にかかりたくなかった、同胞の姿。国紋の描かれた仮面から覗く瞳はガラスのように無機質で感情は読めない。いや、読むべき感情を持ち合わせていない。の間違いか。


「さっさと終わらせますかねェ」


明るい声とは裏腹に射貫くような鋭い眼光で地面を蹴った。









*





ギルドに来た依頼の中に「調読の丘でのみ自生している薬草の採取」という何とも楽な依頼があったのでこりャあ行くしかないと鼻歌を歌いながら承諾書を書いていたら暇だったのであろう黒兎がお供を買い、そこから芋づる式にレイまでもが参加することになった。まぁ、 行くのは深夜だしタイミングよく本日は名月なので月見も兼ねて。だったはずだ。

出発の数時間前にファミリアのグラントが不穏を告げなければ。

胸にループタイの模様を持つ大鴉。それが徨夜のファミリアのグラントで、普段は街に下りて普通の鴉に溶け込んで見張りをしている。何の見張りか?それは想像にお任せするが、人語を話はしない代わりに良く視える眼で徨夜に異変を告げたのである。

良く視える眼の、それを見て徨夜はすぐにギルドを離れた。レイや黒兎への伝言は入れ違いで2匹だけの旅行から戻ってきたカワウソのスコットとハリネズミのミッシュに頼んで。
余談だが、スコットとミッシュは魔獣ではなくただのファミリアでグラントのように人語を話したりはしない。が、理解はしているようでこうやって伝言を頼まれることはままある。魔獣とファミリアの違いはまた別の機会にでも。

余談終了。


レイや黒兎に気付かれる事なく屋敷を抜け出した徨夜は敷地から出た瞬間に霞となって消えた。行き先は


「調読の森」


そうして冒頭に繋がる。






*




地を這う刃をひらりと避けて翻ったコートの陰から短剣を飛ばす。が、その行動すら読まれていたのかあっさりと短剣の軌道を変えられて、流石は暗殺国家の人間だよな。と感心しながら口の端を歪めた。
今のところは相手からの攻撃も避けきれているし、体力も余裕。何よりまだ夜は明けない。が、レイと黒兎に気付かれるのは避けたいので、いつまでも遊んではいられない。しかし喜ばしいことに相手は魔術を使えないようで、こちらの魔術を手にしている双剣で無理やり相殺している。最近の同胞には魔術使用不可のβ-も居るんか…。としみじみしていたら頬を斬られた。剣先が掠めた程度なのでうっすらと血が浮かぶくらいだろうと適当に拭って、やれやれめんどくせ…と溜め息を吐きながら足下から炎の壁を巡らせて手にしている傘に視線を落とした。徨夜を保護するように囲う炎壁に構うことなく同胞は双剣を奮っている。

なァにやってんのコイツ…。なんて考える暇もなく周囲の木々が剣撃に負けて炎壁を崩した。ひとつ言い訳をするとすれば、徨夜は滅多に戦闘に出ないし、レイや黒兎のように近接攻撃をしたりしない。いや、魔術での超近接攻撃はするが、あれは相手の動きなど見ていないので…つまりは経験不足なのだ。実戦慣れしているレイや黒兎ならまず間違いなく壁など作らないし、よしんば作ったとてそこに留まりはしない。

炎壁が崩れると同時に斬りかかってくる同胞を闇夜でも燐光を放つ無数の青白い手が遮った。黒塗りの爪の中心に紅色の目玉紋様。


「ありがと、アニムス」


傘の柄を回し、仕込んでいた細身の剣を抜く徨夜を中心に花開くように蠢く手はアニマのものではなくアニムスのそれ。アニマ=アニムスは2体1対という珍しいタイプのガーディアンでアニムスの性は「奪取」
そのガーディアンを持つ者の末期もあって、あまり良いイメージを持たれないガーディアンではあるが持ち主である徨夜にしてみれば興味ないからどうでもいい。らしい


ふむふむ。


足を鳴らすのが癖なのか鼻を鳴らすのと同じリズムで地面を踏み、柄を胸の高さまで上げて剣を体と平行に構える。アニムスの無数の手によって往なされていた同胞が距離を取るように後ろへと飛んだ。


「ムダ、なァんだけどね」


そう言って剣で空を突いた。

何もない空間を突いた剣はひたりと寄り添うアニムスによって回収され、武器である剣を仕舞った徨夜はもはや丸腰でいつでも仕留められる状態にあるというのに、同胞は動かない。


「good-bye judas」


背中を向けた徨夜の背後で、ちょうど空を突いた位置と寸分違わぬ箇所を中心に同胞が何かに吸われるようにして蝕まれ、消えていく。後に残ったのは同胞の得物であった双剣と手のひらに収まる大きさの半透明な魔石だけ。魔石はコートの内ポケットに、双剣は仔細を調べるかのように柄から刃先へと視線を移す。

あまりにも普通にしているが、徨夜が術式も何もなしに発動した技は無闇属性のもの。その属性は存在自体があまり知られておらず、ただ漠然と「邪悪な術」もしくは「有聖と対をなす魔術」としか書籍には残されていない。


「……徨夜…?」

「んー?」


奥から聞こえた訝しげな黒兎の声に、さして驚く事もなく双剣を後ろ手に隠して声の方へと向かう。焼けた木々を数本過ぎれば心配そうな表情の黒兎。その後ろにはレイが控えており、どうやら探しに来たようだと合点する。

やれやれそんなに遊んだつもりはないんだがなァ…。と欠伸をすればいつも以上に鋭いレイの眼光にぶつかる


「なん?」

「何を隠している」

「……」


疑問ではなく確信。痛さを感じそうになるほど鋭い眼からわざと目線を逸らして、まるで悪戯が見付かった子供のように後ろに隠した片手を見せた。

その手にあったのは


「ちェっ。珍しい虫居たからファミリアにしようかと思ってたのによ……」


成人男性の手首と同等の太さのミミズ。それを素手でガッチリ(潰さない程度に)掴んでいる。しかも2匹。とても元気よく徨夜の手の内でのたうち回っている。


「うわぁ……」

「黒兎、お前のファミリアにどうだ?土壌改良出来るぞ」

「嫌だ」

「マジかwww即答かwwwってかお前がミミズ従えてるとかオレも嫌だわwww」


心底嫌そうな黒兎に冗談だと笑いながらミミズを地に戻す。粘液まみれの手を暫く眺めてからレイを見る。正しくはレイの衣服を。


「止めろ」

「まだなァんも言ってないwww」

「拭く気だろ」

「服だけに?」

「……」

「…………」

「あれ?」


自信満々ドヤ顔で言い放った徨夜を迎えたのは沈黙。これでも本人は面白い事を言ったつもりでいるから質が悪い。何で何でと首を捻る徨夜の手をそっと拭っているのはアニムス、ではなくアニマ。アニムスと同じように黒塗りの爪に目玉模様があるが、アニマは蒼色である。

溜め息を吐きながらレイは黒兎に目配せをして歩き出す。それを追う黒兎と未だに納得していない徨夜。ぼんやりとした月光が3人を照らし出した。

しばらく歩けば森が開け、目の前には息を飲む美しさの満月。あまりにも大きく、視界全てを覆うので3人の動きが止まった。ややあって徨夜が足元を見ると月光によって銀色に輝く花があちらこちらに群生している。
この花こそが、今回の依頼品である薬草。試しに1本摘めばピリピリとした痛みが生じる。ただしそれは徨夜にしか感じられないらしく採集に夢中な振りをしてレイと黒兎から離れた。

触れれば触れるほど痛むのは摘む指先ではなく国紋の捺された鎖骨。裏切り者を詰るように痛みは強くなる。

内ポケットに忍ばせた魔石を口に含んで思い切り噛み砕く。痛みを誤魔化す程の魔力は無いが、まァ良いか。と摘んだ薬草を抱えて月を仰いだ。












Even experts can make a mistake.

「オーマイ……ジーザス…」


神は死んだ。と真顔を通り越してニヤケ顔で言いそうな雰囲気を常日頃醸し出している徨夜が、とある人物を目の前にして言った。徨夜の神、居ったんか(笑)
そのとある人物は思いっきり、ギュッと、ギチッと音がしそうな程眉間にシワを寄せて舌打ち…はしないものの、足早に立ち去ろうとする


「やァやァ。なにも取って喰うワケじャねェんだから、そんなに嫌がりなさんな」

「……僕は、お前…失礼。貴方が、大嫌いです」

「なんだァwww慧人くん、出会い頭に大嫌い宣言するとか最近の若者は怖いねェwwwこれがいわゆるジェネレーションギャップってやつかァいwww?ぼかァ付いて行けそうにないなァwww」


慧人くん。とは、つまりレイの部下にしてシャングリ・ラに所属している2人目の情報屋。(1人目は徨夜である)
情報屋と情報屋が屋敷の廊下ですれ違う。そこで繰り広げられるのはネタの披露などではなく、ちょっとした嫌味の応酬でもなく、ただの拒絶。

然もありなん。慧人はレイに惹かれて、レイの情報を集めていたらいつの間にか情報屋として認識されていただけで、まぁ、確かにレイ以外の情報で生計を立ててる感はあっただろうが、あくまで慧人はレイにお熱だったのだ。
叶うなら黒兎や徨夜のように、レイの隣に立ちたい。
それを知っているのかいないのか、ただ暇なだけなのか眼を眇めて徨夜は笑う


「君を見付けたのは我らが親愛なるギルド長だったそうだにャあ?君がお熱だったから見付けやすかったんだと」

「………何が言いたいんですか」

「そのままお熱で居てくれると、助かるなァって」

「は?」

「いやいや深い意味はないけどねェ?何せ親愛なるギルド長サマったら眼を離すとすゥぐ走って行っちャうじャない?」


黒兎程ではないけども。と続けた徨夜の声色は聞いたことのないもので。視界に入らないようにと敢えて床を見ていたのに、そのあまりにも真剣で切実な声色に思わず顔をあげてしまった。


「だから慧人くんやらが重石になってくれればなァって」


射貫くような眼差しに慧人が怯んだのを気付かないふりをして、懐から取り出したタスキを慧人に掛けた。


「…と、いうことで。今日から君にお願いしようかにャあ」


ガラリと纏う雰囲気を変えて、眼を細めて笑う徨夜を他所に、慧人はタスキを見た。
そこには「ギルド随一の情報通です」と書かれている。


「は……?」

「それ、魅了魔術とは名ばかりの傍迷惑な磁力魔術かかってるから。しかも、人間にしか作用しない」

「人間に?磁力、魔術?」


慧人が首を傾げるのも無理はない。磁力魔術とは普通、物体を引き寄せる、弾く、の目的で使われている魔術で人や動植物には作用しない。はずだが?


「んやァwww曰くモンって聞いたから試しに買ったら本当に曰くモンでさァ?処分に困ってたんだにャあwww」


さっきから語尾がイラッとする。のはさておいて、曰く付の物を寄越すとは何事か。いよいよ舌を打って掛けられたタスキを外そうとするも、お約束のように外れない。服に縫い付けられているかのようにしっかりくっついている


「外せ!!今すぐ外せ!!」

「んっんー♪3日後に勝手に外れるよ」

「3日っ?!」

「なんか予定あったかァ?そりャあスマン事をしたにャあ」


だから語尾がイラッとする。が、その後に続いた悪びれもない言葉は慧人をゾッとさせた。


「君のコミュ障を強制的に矯正してやんよ」

「こっ、コミュ障じゃない!!!!」

「いやいや、歴としたコミュ障だからwww…それに、レイもそう思ってる」

「っ!?」

「ほォら、聞こえるだろォ?たくさんの足音。こっちに向かって来てるだろォ?」


パタパタ、カツカツ、コツンコツン。姿は見えないのに足音だけが2人のいる方へと向かってくる。ふと、慧人の脳裏に過るのは、早朝にレイに言われた

−今日、この屋敷にいるのはお前と、黒兎だけだ。まぁ、いるか分からんが徨夜もいる。何もないとは思うが、注意はしておいてくれ。

という、申し訳無さげな言葉。しかも、だ。徨夜に会う前に慧人は黒兎に会っている。ちょっと出てくるね〜♪と声をかけられた。


「じャ、オアトは若い者同士で〜♪」


バチンと可愛くもないウィンクをひとつ慧人にお見舞いして徨夜は影に沈んだ。
その場に根が生えたように立ち尽くす慧人。足音はどんどん近付いてくる。黒兎の足音ではないのは火を見るより明らかで、目まぐるしく動く思考はどれも空回ってばかりだ。もう、すぐ、廊下の角を曲がって、足音の正体が分かる。人間であってヒトではないもの。




*





それからしばらくしてレイが冷気を纏って徨夜の自室を訪れたのは分かりきっていた事とはいえ、のんびり寛いでいた部屋主は大袈裟に驚いて見せた。


「やァwwwお外は暑かったのかい?」

「お前、人の部下で遊ぶのも大概にしろ。慧人に何をした、あのふざけたタスキはなんだ。」

「やれやれ。本人から説明はァ?」

「聞いたが、要領を得ん。今は安定剤を打ったから静かにしているが…」

「チッ。なんたるお豆腐メンタルだ」


苛立たしげに顔をしかめて「出ていけ」と暗に手を振る。いつもであればこのまま引き下がるはずのレイが、更に纏う冷気を強くしてその手首を捕らえた。
途端に上がる煙と、肉の焼ける不快な臭い。息を呑んだのはほぼ同時で、次いで頸動脈スレスレに沿わされる刃と、喉奥での唸り。前者はレイ、後者は徨夜。

刃の主は徨夜のファミリアにして最後の獣人、皇。いつの間に現れたのかは分からないし、布面で表情は窺えないが、今にも刃を引いて鮮赤の花を散乱させてしまいそうなくらい緊張している。まぁ、そうなる前にレイのガーディアンであるグラシエルに殺されるか。
レイが瞬時に考えられたのはそこまでで、後は痛みに声を上げた徨夜に遮られた。

中々見ることのない徨夜の苦痛に歪む顔。ただ単に捕らえた手首を外すタイミングを損ねただけなのに、この反応。何故だ?そう首を捻る前に

バシンっ!!!!

徨夜の自由な片方の手が本の背表紙でレイの手を打った。鈍い痛みに手首を離すと徨夜は焼けたそれを庇い、周りの書類や本を撒き散らして部屋から飛び出した。

残された皇は散らかっている書類を物ともせずにレイへと退出を促しつつ、次いで毒を吐く


―無意識で聖属性を纏うとはな。妾の主も嫌われたものよ


ゆっくりと閉じられていく扉に術を施しているようで、皇の声は殆ど聞こえなかった。術の薄ぼんやりとした光を眺めて、レイはその場を離れる。階段を上りきった廊下の先には周りをキョロキョロ見回す慧人。その顔に怯えはなく、ついでにタスキも消えていた


「取れたのか」

「はい。」


3日後、と言ってはいたがどうやら解除法を知っていたようだ。と安心したのも束の間、慧人が言った。




―あの人はしばらく戻って来ないでしょう。でも、僕はそれで良いと思います。



嬉しそうに慧人は微笑んだ。まるで何かに憑かれたような澱んだ、しかし鏡のように反射する瞳で。






Shall we diving!! And enjoy party!!

月見の後ってどうなったの?な、打ち上げ話(月下の楽園 より)


「収録お疲れ様でした。ドラマ シャングリ・ラ 2クール目までレイさん、黒兎さん、徨夜さんクランクアップでーす。拍手!!」


監督や音響、カメラ、それぞれのスタッフの笑顔に囲まれた3人に色とりどり、鮮やかな花束が渡される。お疲れ様。の意味を込められて渡されるそれに最初は戸惑ったものの、へんにゃりと微笑んだレイ。黒兎と徨夜は自らの花束に入っていたアルストロメリアと青い薔薇を今回の主役であるレイの髪に差した。


レ「わわっ、ありがとうございます。スタッフのみなさんも本当にありがとうございます!!」

徨「おおきにー♪」

黒「おおきに。」


ここで主役の輪から外れた徨夜が自分のマネージャーと共に人数分のカップを持って戻ってきた。恭しく2人にカップを渡すと「んんっ」と喉を鳴らして音頭を取る


徨「それではァ、今までの頑張りと皆さんへの感謝と、これからしばらくのお別れに!!」

レ「乾杯!」

黒「かんぱーい!!」


そうして打ち上げとは名ばかりの宴会が始まる。移動?そんな野暮な事はしない。今日限り、ロケ地であった屋敷は貸し切りになっているのだ。それと交換条件としてCMを1つ撮る。なんて大人の事情も織り混ぜながら始まった宴会で、皆の手にあるカップには紅茶色のアルコール。それはドラマの中でもちらりと姿を見せたカクテルで、先にオールアップしていた徨夜がふんふん鼻歌を歌いながら作っていたらしい。
軽くつまめる物も用意されていて、これらを用意していたスタッフ達の行動力に拍手を送りたい。

そんなこんなで其々がお世話になったスタッフ全員に個別で挨拶廻りをし終わるとタイミングよく徨夜も四阿(作中で月見に使った場所で、あわよくばDVDの特典映像をも撮ろう。という魂胆が見える。が、カメラは設置されていない)に戻って来ていて、持参したリキュールやジン、ウォッカ、見たことのない酒瓶に囲まれてオリジナルカクテル(新種のカクテル)を飲んでいた。


徨「おっかえりィ」

黒「日本酒ないんー?」

徨「あるでェ……えー、…てれれれってれー♪ひめ〇ん!!」

黒「ひめ〇ん」

レ「ひめ〇ん」

黒「女子か」

徨「なんやけったいなヤツやな……。えー、んーならァ…」


足元のクーラーボックスを探って、あれでもないこれでもないとぶつくさする徨夜を、酔いも手伝っていつもより柔らかくなった表情の黒兎が見詰める。それを見ていたレイの中にふと疑問が湧いた。


レ「そういえば…黒兎さんと徨夜さんは同期、なんですよね?」

黒「んー。せやなぁ」

徨「あっ、あっ!!」


突然奇声を上げて大事そうに瓶を抱えた徨夜が会話に入り込み、満面の笑みで2人に瓶を見せた


徨「どない?」

黒「………」

レ「南部〇人?」

徨「おん!!ワシ、きょうび東北のお酒にはまっとるんよ」

黒「あれか、お前次のロケ東北か」

徨「んん、まァ。」

レ「あ、もう次のお仕事決まってるんですね。良いなぁ」

黒「それもこん作品んおかげやな」

徨「あんー?マネージャーはんから何じゃも聞おってへんの?ワレらこれから忙しくなるやろ」


飲むかどうかは分からないが新しいカップに酒を注いでいく徨夜。お試しを兼ねているのか少しの量で、レイと黒兎に渡した。


徨「んにャ、東北のお酒に感謝やでェ」

レ「んっ……んん?」

黒「んんー……。レイはんには早かったかもやな」

徨「せやんなァ。レイ、無理して飲まんくてもええぞ?ワシ飲むから」

レ「すみません…お願いします……」


レイから戻されたさほど減っていない酒をするりと干して代わりに水を飲ませた。黒兎は勝手知ったる何とやらで入っている酒を吟味してはカップに注いでいく。


名月も斯くやの満月が辺りを照らしている。吹く風も心地好く、ドラマで演じていた彼らの拠点として親しんだ屋敷ともしばらくはお別れか。としみじみしていると向こうから数人のスタッフがこちらに向かって手を振っていた。
レイの人見知りを気遣ってスタッフ陣は少し離れた場所で飲んでいるのだ。

でも、誰に手を振っているんだろう?

首を傾げたレイとほぼ同時に離れているスタッフが叫んだ


「よっ!!色男!!早く嫁さん紹介しろ!!」


嫁さん。つまりはお嫁さん。キョトンとしているレイを気遣って苦笑いを浮かべる黒兎と徨夜。撮影中あまり仲の良くなかった2人が、同じ表情をしている。またしても、もやもやと浮かぶ疑問。


レ「お嫁さん……」

徨「喧しいわwww!!そん台詞、のし付けて返したるwww!!」

黒「喧しいのはお前はんや。レイはんが驚いとるやろ」


そう言いながら徨夜の頭を軽く叩く黒兎。叩かれた本人はばつが悪そうに眉を下げてレイに謝罪した。


徨「ほァ…、すまん」

レ「あ、いえ。大丈夫です。」

徨「何や気分でも悪いんか?」

レ「あの…徨夜さん、結婚するんですか?」

徨「ん?え?なに?」


よう聞こえへんかったわ。と続けて酒を注いだ。レイにも軽めの酒を渡して、さてどうぞ。と向き直る。何故か黒兎は無言のままでこの空気を楽しんでいた。
徨夜の真っ直ぐ、射貫くような視線に少し怯みながらも口を開く


レ「だから、あの、結……」

「「「「徨夜さんご結婚おめでとうございます!!」」」」

徨「おわ!?」


何処に隠れていたやら赤い顔した徨夜のマネージャーがカメラを回してケラケラ笑っている。撮影スタッフ数名が抱えていた大振りの花束(クランクアップ時に渡された物とはまた別)に押し潰されて消えた徨夜もばっちり撮影されたようだ。
どうやらマネージャーもスタッフも酔っているようで、力加減を間違えたらしい。楽しげに笑いながら花に埋もれた徨夜を引っ張りあげる黒兎。


黒「あららwww色男形無しやわwww」

徨「テヘペロwww」

レ「やっぱり…」

徨「ん?何て?」

レ「やっぱり、徨夜さん結婚するんですね?」

徨「え、あ、まァ…」

レ「黒兎さんと」

黒「…………」

徨「………」


沈黙。
そして何処からか聞き覚えのあるフレーズが。

〜♪〜〜♪And I will always love you〜♪


徨「なっんでやねん!!!!な!!ん!!で!!や!!なァンで!!!!オ゛イ゛…スタッフ!!後で覚えとれ!!」

黒「おほほー、レイはんったらもう酔ってはりますのー?何でウチがこないグズと。自慢やないですけど、ウチ、こう見えて引く手数多どすえ?」

レ「え、だって何か今日だけ仲良しじゃないですか。いつもはそうでもないのに!!」


バシバシと四阿のテーブルを叩くレイ。普段なら見ることの無いあまりにも幼い動作に、またしても顔を見合わせる2人。そしてお互いに理解した。

「「レイは予想以上に酔っている」」

やれ徨夜が日本酒を飲ませたせいだ、やれコップの中身が全く減ってなかったからノーカンだ、むしろ黒兎、お前ちゃんと見張っとけよ。何言うてはりますのウチはレイはんの保護者やないし。ほんならアンタが見張っとけや。脂下がりおって逝わすぞ。つーか相手誰や。ふふんヒミツやヒ・ミ・ツゥwwwと、火花でも散らすように目視だけで罵りあっている。


レ「あーあー、またそうやってみつめあってるもんー」

徨「あァァァ!!めごい!!めごい!!何この生きモンめごいぃ!!」

黒「めごいてwwwめごいwww」

レ「そんなふたりはこうです!!」


悶える徨夜と口を隠して笑う黒兎のちょうど真ん中に両腕を広げて飛び込んだ。プロレス技にこんなのがあった気がする…。と徨夜の脳裏に浮かんだが、戯れるレイへの嬉しさのあまり受け身とか倒れないようにする、等の対応が遅れた。それは黒兎も同じだったようで、レイの重み(一般的成人男性の重さ)に耐えきれずに後ろへと倒れた。
腰にぶつかる、棒。これ、四阿の手摺やなァ。てすり?えっ、てすり!?


徨「おわァァァァァァ゛ァ゛!!!???」

レ「あはははは!!」

黒「ちょ、マネっ!?」


バシャン。もしくは、ドボン。
擬音はどれでもいいが3人がまとめて池に落ちた(飛び込んだ?)
今更ながらこの四阿は池の真ん中にある。幼児が誤って飛び込まないように手摺はある程度の高さをもっているが、この3人からすればそんな手摺など無いに等しい。だからこそ落ちた。


レ「っぷはぁ!!…うふふ、やってみたかったんですよぉ♪」

黒「そっ、そうやったんかぁ…」


上機嫌で立ち上り黒兎に抱き付いたレイ。身長差はあれど、まるで猫が懐くように身を任せる。
あーあー、せっかくの綺麗なお髪が…。と思いながらレイの顔に付いた髪を剥がしていると、ふと気付く。


黒「徨夜?」

レ「むっ、もっとやってくださいよぉ」

黒「いや、待って、徨夜上がってない」

レ「えー?こうや、さん、ですかぁ?」


失礼だが酔ってふわふわゴロゴロしているレイが邪魔で周りが見えない。まさか…溺死…?と瞬時に弾いた考えに瞬時に酔いが覚めた。片手でレイをあやしてマネージャーか、もしくはこの際誰でも良いから酔ってない正常な考えが出来る人が必要だ。というか、何故誰も来ない?確かに離れているが、あれだけの水飛沫と音に気付かないはずがない。


黒「ちょ、レイはん待ってや、ちょっと離れたって」

レ「えぇぇ、どぉしてですかぁ?」

徨「おーおーwww、乳繰りおってデキてんのかワレらwww」

黒「こっ!!……あぁ゛ん?」


振り向いた先には四阿の手摺に座ってニヤケながらカメラを回す徨夜が。全身グッショリ濡れてはいるが、2人よりも先に池から上がっていたらしい。


レ「あー、こうやさんだぁ♪」

徨「せやでぇーこうやさんやでぇ♪」

黒「お前地獄に落ちろ」

徨「wwwwwwwww聞こえへんwww」


レイの手を引きながらザブザブと水を掻き分けて距離を詰めていく黒兎。近付いて分かる、徨夜の背後にマネージャーやスタッフがタオル(カメラ)を持って待機しているのが。


黒「心配して損したわ」

レ「うふふふー♪こくとさんはやぁいですよぉ♪」

徨「くっひひ♪」


カメラは背後のスタッフに渡して、徨夜が2人に手を伸ばした。レイは素直にその手を取って、嫌な顔をしている黒兎の手も取らせる。ぐっと力を込めて引き上げる徨夜がおもむろに叫んだ


徨「オレ、せかいでいちばんのしあわせもんや!!ありがとう!!!!」


そして、手摺から降りた。





まぁ、後がどうなったかはご想像にお任せする。
ひとつ、ふたつ?言えるのは、ドラマ シャングリ・ラはこれからも続いていくし、徨夜は無事に新婚さんになった。