気がつくと、薄暗い森の中を歩いていた。
それも、誰かの手を、しっかりと握り締めながら。
強く、強く、離れないように。


…もう誰も、信じない。


そう胸に誓ったのは、いつだったろう。


―…わたしは未だ、こんな風に他人を必要としているのだろうか。


あなたは誰?
あなたにはわたしが必要なの?


…ひどく、惹かれてしまう。
この大きな掌の持ち主は、理由もなくわたしに安らぎを与えてくれるから。
知りたいのなら、ただ隣を見上げれば良い。
そうしたら、あなたを確かめることができる。
しごく簡単な、単純な話。
けれどそれをしないのは、このどうしようもなく心地よいバランスを、崩したくなかったからだ。


葉の擦れ合う音。
身体を包む冷えた空気。
掌から伝わる、乾いた熱。


なんて優しい世界なんだろう。
わたしが求めていたものはここにあったのだ、と。
そう、思った。


―…この手を離したらきっと、魔法は解ける。


不意に込み上げてくるものの温度は、この場所の何より熱い。


“…大丈夫?”


頬をつたうのが一瞬だけ遅れたのは、擦れたささやきのせいか。
それとも、強まった指先のせい。
じわ、じわり。
確実に温度を下げながらすすむ雫は、次第にこの場所へのいとしさを拡げていく。


―…それならば、わたしはいくらでも流そう。
いくらでも、この透き通ったいとしさをここに置いていこう。


そうして、この世界を繋ぎとめるのだ。