話題:ひとりごと

公私共に嫌な事があった所為か急に朝日が見たくなり、日も登らない内から海へと向かった。
冬も目前と迫った早朝の空気は刺すように冷え切っていたが、瞼が今にも落ちそうな寝不足の体を叩き起こすのには丁度良い。

土手沿いに自転車を走らせ、脇道の無い殆ど真っ直ぐな道の先にだけ目を向ける。
橋の向こうから微かに見える水平線は白くなり始め、固まり留まっている雲に陰影を作っていた。
夜明けまであと僅か。ペダルを踏む足に力を込める。
土手を降り、土手と海を隔てる橋を潜り抜け緩やかな坂を駆け上がるとほんの僅かな間に目の前に赤い光が線を引いていた。夜が明けようとしている。

珈琲を飲もうと決めていた。
暁光を拝みながら飲む珈琲は最高だろう。そんな軽いノリだ。
自転車を適当に止めると、適当な自動販売機から適当に珈琲を選んで買うと駆け足で土手に戻り、海へと目を向ける。

水平線から雲を掻き分けるようにして太陽が顔を覗かせている。どうやら間に合ったようだ。
徐々に高度を上げる日の光が海を赤く染め上げ、水面に路を作っている。

綺麗だ…。

視界を染め上げる赤色の暴力に思わず声が漏れた。
マスク越しに霧の様な吐息が微かに広がっていくのが見える。嫌な事の連続で心を殺し、無感動になっていた気持ちが少しだけ解れたのが分かった。
心が動いたのなら、きっとまだ大丈夫だ。冷えた手を温めるのに弄んでいた缶珈琲を開けると、朝日へ向け乾杯した。