「あ」

声が重なった。自分のものと、もうひとつは前から歩いてきた、あいつの。

「奇遇だね、こんなところで会うなんて。全く嬉しくないけど」

俺が気まずい顔をしていると、向こうはあまり気にもしないように声をかけてきた。相変わらず嫌な野郎だ。
こっちだって朝っぱらからテメェの顔なんざ見たくねェ。できるだけ嫌味たっぷりに返しておいた。
しかし、それを澄ました顔で流して、ところで、と話題を変えやがった。こういうとこが余計に嫌いだ。

「どうして君がここにいるんだい?それに、いつも近藤君たちと一緒じゃなかったかな」

眼鏡の奥から俺を見据えるように言う。

「近藤さんは寝坊、総悟はなんか知らねェけど先行ったから、たまにはと思って回り道通って来ただけだ。テメェこそ何してんだ」
「何って、学校に行く以外に何があるんだい?」
「だったら逆方向じゃねェか」
「何しろ、志村さんを迎えに来たからね」

ふふ、といちいち頭にくる笑みを浮かべて、視線を横に移した。
「志村」と達筆で書かれたネームプレートが目に入る。
ここに志村の家があるのは知っていた。別に意図して来たわけじゃない。うん、別にそういうわけじゃないけど。
なんでこいつが志村と一緒に学校行くんだよ!

「約束はしていないんだけど、昨日話題になった本を家まで持ってきたんだよ」

読まれてる。心の中読まれてる。

「一方君は誘う勇気がない、というところかな」

優越感に浸ったような顔を俺に向ける。
ああイラつく。何か言い返したいが、何も思い浮かばない。やつの言うことは間違ってはいないのだ。俺だって無意識でここに来たわけじゃない。気分転換でわざわざ遠回りしたわけじゃない。だからこそ、それが癪にさわる。

「先に学校行ったらどうだい?」

ネームプレートの近くの呼び鈴に手を伸ばした。
そのとき。

「あれ、土方さんに伊東さん、おはようございます。何か用ですか?」

眼鏡が玄関から姿を現した。手に鞄を持っているところを見ると、ちょうど今から登校するつもりだったらしい。

「おはよう新八君。お姉さんはいるかな?」

俺に対してとは違う、嘘にしか見えない爽やかな態度で眼鏡に尋ねる。
しかし眼鏡は、あいつの目的に気づいているかのように笑顔で答えた。「姉上なら日直で先に学校に行きましたよ」
「え」

口をポカンと開けて固まる伊東。なんつう間抜け顔だ。ざまあみろ。

「残念だったな、伊東。俺先行くわ」

悔しそうな顔をしているやつの横を通り抜け、俺は学校へと向かった。
――そうか、日直だったのか。誘わなくてよかった…。
しかし日直って知ってたら、もう少し早く学校に行ってたのにな。…ん?
総悟ォォォォ!お前知ってたのかァァァ!