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ハグの日





「ねぇ、フィオル。
いい事教えてあげようか?」
トラヴィスが笑いながら近付いて来て、何やら楽しげに耳打ちして来た。
「随分と御機嫌だね、今日はどうしたのかな」
「今日はとっても素敵な日なんだよ?」
そう言って彼女は今日が何の日か教えてくれた。
「きっと、ビックリするから」
そう言って嵐のように去って行った。
さて、どうしたものかと考えてからトラヴィスと別れた。


図書館でいつも本の虫と化してる可愛い恋人の姿を見つけて心躍る。
「見つけた、探したよ」
背後から声をかければ、振り向いてほほ笑みかけてくれる。
何の事は無い日常風景だけど今の私には何にも変え難い大切な瞬間。
「どうしたの?」
読書用の眼鏡を外して見上げる頬をそっと撫でて、頬にキスをする。
「ん、ちょっと、ほんとどうしたの
今日は随分と甘えて来るな」
にこりと笑って首を傾げる。
「ロゼ、今日が何の日か知ってるかい?」
「今日?特に何も無かったようなきがするけど…」
首を傾げるロゼットに、悪戯心がほんの少し湧いて悩む姿を眺めていた。
「……降参。」
やがて思いつかなかったのか、ロゼットは両手を上げて降参ポーズをした。
「今日はね、ハグの日らしいんだ」
そう言って小さな体を抱き締める。
すっぽりと腕の中に収まるロゼットの身体。
髪をなでて柔らかな頬に触れると顔を赤くしながら、どこか視点を泳がせている。
「フィオル…あんまり、見るなよ」
「どうして?こんなに可愛いのに見ないのは勿体無いだろう?」
「お前に見られると…その、緊張する…」
ロゼットは自分が平民だからと、私に遠慮してる所がある。
普段は平等を説く癖に、こんな時だけ。
「でも私はずっと見ていたい。
君は見ていて飽きないし、新しい発見を私にくれる」
「でも…」
うるさい口は塞いでしまおうか。
ロゼットの下唇を指の腹でなぞり、くいっと顎を上に向かせる。
頬を赤くし、潤んだ瞳が何かを期待するようにギュッと目を瞑った。
そっと唇を這わせ、ロゼットの身体を離さないように抱き締めて舌を絡める。
びくっと、何度もしても慣れない初い反応も可愛い。
「ん、ふ…ふぁ…」
ロゼットが弱々しく吐息を漏らしながら服を掴んでくる。
苦しくなってきたのかと、一度唇を離せば、名残惜しそうに手を伸ばされた。
「もっと…したい」
埋まらない身長差を埋めるように背伸びをするロゼットが愛しかった。
「すき、フィオル…」
「私も好きだよ」
そっとキスを交わして、ぎゅっと抱き返される。
「離れるのが惜しいな」
「ん…」
それでも、ロゼットはここが図書館だというのが気になるらしくて、部屋に戻ると言い出した。
今日はまだ終わってないから、部屋に戻ってたっぷり抱きしめようと、ロゼットの手を取った。


腐食の王と女王蜂




その日は朝から雪が降っていた。
教会は雪化粧し、辺りには子供達が暖かそうな服装で遊んでいた。
「いろはー、これくっつけて!」
子供の一人が色葉のコートを掴んだ。
「いいよ、どれ?」
「あれー!」
子供がゆびさした先の巨大な雪玉を見て色葉は絶句した。
「あれは、ちょっとでかすぎて俺一人じゃ…
誰か呼んでこようか」
取り合えずノエルかローゼスあたりを探しにいこうとしたところで、懐かしい顔がこちらに歩いてくるのが見えた。
「エルス!」
ぱたぱたと子供達が駆け寄り、エルスがぎょっとするのを見て色葉が慌てて制止する。
「こら、皆エルスがビックリするだろ!」
色葉にぴしゃりと一喝されて子供たちは歩みを止めて色葉を振り返った。
その表情はエルスに抱き付きたくてうずうずしてる顔だ。
色葉が近寄ればしかたなしに子供達はエルスから離れて色葉にしがみつく。
「エルス、まだびょーきなおんないのか?」
「せんせいにおくすりもらってきてあげようか?」
子供たちにはエルスの体質は病気だと話していたためか、エルスは困ったように笑いながら頷いた。
「うん、お薬じゃ治らない病気なんだ。」
「治ったらだっこしてくれる約束、忘れたらダメだからね!」
「治ったら…ね。」
無邪気な子供達の無意識な刃がエルスの奥深くに突き刺さる。
「エル、教会に来るなんて珍しいね。
何かあったの?」
手慣れたように子供達をあやしながら色葉が尋ねた。
「隊長のお使い。
シアンが風邪で寝込んじゃって、代理で」
差し出されたかごの中に紙袋が二つ収まっていた。
一つはローゼス宛、もう一つは色葉宛。
「あぁ…頼んでいた奴か…」
色葉は袋を受けとり、中身を確認した。
まだ土がついたままの植物の根が大量に。
「ふーん…さすが、これは良質だな。」
「それ、なに?」
「いろは、ずるーい!」
まとわりつく子供達に嫌そうな顔ひとつせず、袋を高く持ち上げた。
「だーめ、これはお薬になるんだから。」
「おくすりのもと?」
「いろは、おくすりつくれるの?」
「そ、お薬作るの。危ないから皆は触っちゃダメ」
わらわらと子供達に群がられる色葉をぼんやりと眺めながら、エルスは篭を抱えたまま目線をそらした。
子供は苦手だった。
ここの教会に来てすぐの頃、監禁されないで自室を与えられたエルスは部屋で大人しくしていた。
好きにして良いと言われたが、したいことなど何もなかったし何をすれば良いか判らなかった。
一日中ベットに座ったまま、窓から外を眺めていた。
エルスの部屋からは中庭が見えて、そこで自分より年幼い少年が小さな子供達に文字通り纏わり付かれながら洗濯物を干していた。
それをぼんやり眺めていると、それに気が付いた少年がにこりと笑いかけてきた。
慌てて目線をそらしたエルスは、初めて自分が何かに興味を引かれていることに気が付いた。
少年の周りにはいつも子供達が一緒にいて、一人の姿を見る方が珍しい。
それでも、渦中にいる彼はいつも楽しそうにしているのに疑問を感じたのをよく覚えていた。
「エル、少し時間ある?」
「え、あ…うん…」
「じゃあちょっと一緒に来て、俺ちょっとエルと大事なお話してくるから、向こうで遊んでて」
色葉が声をかけると子供達はしぶしぶ散っていった。
「こっち」
色葉は先に歩き出してエルスを手招いた。
「どうぞ」
椅子を引いてエルスに座るように勧めるとキッチンに向かった。
お湯の入ったポットとティーセットをお盆にのせて。
「隊長さんにお礼の手紙書きたいからちょっと待っててくれる?」
そう言うと、色葉は綺麗な便箋に何かを書き始めた。
「色葉、何であんな嘘ついたの?」
エルスはお茶に口をつけながら呟いた。
「なんの事?」
「薬って、言ったよね。
あの根は鈴蘭の根でしょう?
鈴蘭は全体に毒性がある、特に根と花は…」
「そうだよ。ローゼスさんに隊長さんの所の温室の花が良質だって聞いて分けて貰えないかお願いしたんだ。
実物の花を見せて貰ったけど見事だったから根っこも質が良いと思ったんだ。」
「それ、どうするの…」
「言ったでしょ、薬を作るんだよ。」
色葉は顔をあげてじっとエルスを見た。
その表情は笑っているが、ひやりとしたものを感じさせる。
「薬って…毒薬じゃないの?」
「そうだよ。」
色葉は何の躊躇もなく答えた。
まるで当然とでも言うように。
「どうして…」
「世の中綺麗事だけじゃやっていけないこともあるんだ。
俺を軽蔑したいならしなよ、別にエルが俺を軽蔑した位で殺したりしないし…」
「じゃあなんで?」
今までにこにこしていた色葉の表情が色をなくした。
「守りたいんだ、ここはようやく見つけた俺が生きていける巣なんだ。
だから、この教会を、孤児院を、脅かすものは俺が許さない。」
色葉のこんな攻撃的な一面を知らないエルスは言葉を失っていた。
「愛してるんだ、家族として。
俺は家族に愛してもらえなかったから、愛し方とか判らないけど、皆が喜ぶなら何でもしてあげたい。」
「それが…人の命を奪うことでも…?」
色葉はその白銀の瞳をにんまりと細めた。
その表情は獲物を見つけたスズメバチに良く似ている。
一瞬で、毒の針で相手をじわじわと死に至らせる。
「構わないよ、俺の命でも何でも。」
色葉は狂った笑みでエルスを眺めた。
机に突っ伏し、視線だけ気だるげにエルスを見て

「裏切ったら、お前も許さない」

そう告げた。
「だけど、エルスは初めてできた友達だから、出来ればそうなりたくないな…」
小さく漏らしたのは本音なのか、色葉は完全に顔を伏してしまった。
「……俺も、色葉が友達だと思ってくれるなら…そうありたい。
だから、無理はしないと約束して。
色葉には、悲しんでくれる人がたくさんいるだろ?」
「エルにも、だよ!」
急に立ち上がって声をあげた色葉にエルスは驚いて目を丸くした。
「エル、騎兵隊言って雰囲気少し変わった。
エルを変えてくれた何かが、騎兵隊にあるんだろ?
だったら騎兵隊にエルを悲しんでくれる人がいるってことだろ。」
「……そう、かな…」
「少なくとも、ここにいる人達は悲しむよ。」
「色葉も…?」
「めっちゃ悲しむ!」
すると、エルスが急にクスクスと笑い始めた。
「笑うなよ!」
「違うんだ、そう言われたのは二度目なんだ」
そう言ってエルスはようやくにこりと笑った。
「ありがとう、色葉。」
「別に、エルが自分一人世界の不幸を背負ってるみたいな感じが嫌だっただけ。」
ふいっと背中を向けた色葉は、一通の封筒を投げて寄越した。
「隊長さんに。必ずお前が届けろよ」
それだけ言うと色葉はずかずかと歩いていってしまった。
エルスはそれをもって急いで隊長の執務部屋に向かった。
「ご苦労様だったね、お使いは大丈夫だった?」
「はい、これを色葉から預かりました。」
差し出された手紙をあけて中身を確認する。
時折、ふふっと小さな笑い声が漏れた。
「エルは色葉くんと仲いいのかな?」
「…少しは…」
「じゃあまた君にお願いすることになるかもしれないね。」
そう言ってレイリは柔らかく微笑みかけた。
「あの…隊長…ひとつ、聞いていいですか?」
「うん、なに?」
「えっと…その…もし俺が死んだら…悲しんでくれますか?」
レイリは目を丸くしてポカンとしてる。
エルスはおかしな事を聞いてしまったと、あわてて取り繕うとしたが、柔らかな声がそれを遮った。
「もちろん、とても悲しいよ。
言葉でなんか言い表せないくらい。
だけど、君の場合僕よりも大層落ち込む人がいると思うよ。
「ティアさんですか?」
「いや、君の近いけど、遠くにいる人だよ」
意味深に笑うレイリに、エルスは首をかしげることしかできなかった。
ただ、自分は一人じゃないと言うことに、初めて暖かな気持ちで満たされた。
自分は、ここにいてもいいんだと。



バレンタインのその後




「はぁ…」
大きな溜め息をついて、借りた本の入った袋をカムフラージュに、ちらちらと隙間から見える包装した可愛らしい箱に、自問自答する。
「あー…もう、俺らしくないよなぁ…」
こんなイベント事に胸を踊らせるなんて。
それもこれも、心を奪ってやまない同室者のせいだと心のなかで半ば八つ当たりしてから寮にむかうみちを歩いた。
さすがにバレンタインともなれば周囲はカップルだらけだったり、恋にこがれる乙女達が楽しそうにしていて王立学校ともあれこの時期は華やかなものだ。
用意したチョコは何故パティシエにならなかったのかと思う程お菓子作りに関してはプロ並みのレイリに習ったもので、味見も見た目もお墨付きを貰った一品なわけで、味に関しては全く気にしていない。
ただ、問題はシチュエーションというか、その場の雰囲気。
どうやって話を切り出して渡せば良いのか、経験のないロゼットは一人頭を悩ませた。
「はぁ…」
溜め息しか出ないロゼットは、自室の扉の前で固まってしまった。
もし、先にフィオルが帰ってきていたらどうしようか。
何を話せば良いだろう、バレンタインだから?いつも世話になってるから?
頭の中が?で一杯になって、いつもは冷静なロゼットらしくなく、珍しくてパニックになり、頭はショート寸前だった。
「えぇい、ままよ!」
あとはその場のノリで何とかなるだろうと意を決して扉を開くと、中はがらんとしていた。
「あれ…まだ帰ってなかったのか。
でも良かった」
「何が良かったんだい?」
急に背後からふわりと抱きしめられて、ビクッと怯える猫みたいに逃げ出そうとして、それは失敗に終わって両腕でぎゅっと抱き締められた。
「い、居たの?」
「君が扉の前で何やら考えているみたいだったから、声をかけない方が良かったかなと」
「っ…そうゆう時は、声かけろよ!」
「それはすまなかったね」
フィオルは笑いながらロゼットを解放した。
ようやく自由の身になったロゼットは自分の机に本を置いた。
「遅かったんだね、忙しかったの?」
さすがに隊のトップがお菓子作りをしていたので気にならなかったが、確かにレイリがた時間を作ってくれただけなのかと思って急に不安になると、フィオルは困ったようにわらって首をふった。
「いや、今日はバレンタインだからご婦人方にあちこちで掴まってしまってね…」
「そう…それは、良かったね」
思わぬタイミングでぶちこまれた念願の話題に、ロゼットは冷や汗をかきながら震える手で箱に手を伸ばした。
「チョコ、一杯貰ったの?」
背後を振り返る勇気がなくて、そのままぶっきらぼうに告げると、くすくすと笑い声がしてからふわりと何かが首に巻かれた。
「えっ…?」
慌てて振り返るとそのままぎゅっと抱きしめられて胸に顔を押し付けられる。
「なに…?」
「バレンタイン。
メグ達がちょうど教会に編み物を習いに来ていてね。
見よう見まねで編んでみたんだ」
「これ、フィオルが編んだの?」
「君ならもっと上手に編めるんだろうが…
初めてだったのでこれくらいで許してもらえないかな」
「本当に何でもできるんだな。
編み目も綺麗だし、初めてとか思えないよ。」
まじまじとマフラーを眺めるロゼットの頬にそっと手を添える。
「それは頑張ったかいがあったな」
にっこりと殺人的スマイルを浮かべたフィオルに、ロゼットは渡すなら今しかないとおもい、タルトの入った箱を取り出した。
「これっ…あげるよ」
フィオルは相変わらずにこにこしながら背それを受け取り、箱を開けた。
「これは、美味しそうだな…」
「レイリさんに習ってつくったんだ。
味は…大丈夫だとおもう」
フィオルはすこし考えてからタルトを切り分けもせずにかぶり付いた。
それほど大きなものではないが、上品なフィオルの奇行にロゼットが目を丸くすると、急に抱き寄せられて口付けされる。
「んっ、ふ…ぁ」
チョコムースの甘い香りがむせかえるようで、くらくらと目眩がする。
オレンジリキュールのせいだろうか?
レイリはアルコールはきちんと飛ばしたといっていたが、この様子だとそうではないらしい。
「酔ってるのか?」
「よく判らないな…ただすごく君が魅力的に見えるよ」
あやしい、全力であやしい。
「それに体が少し熱いな…風邪でも引いたのだろうか?」
「……そういえば、レイリさんがオレンジリキュールを少しいれてたから…
もしかして、そのせいか?」
恐らくあれはオレンジリキュールに見せかけた何が妖しい薬だったのかもしれない。
口移しで貰ったロゼットも、体の芯が熱くて堪らない。
ただ、それをフィオルに悟られないようにロゼットは必死に取り繕った。
「待って…」
離れようとするロゼットを抱き締めて、ふにゃりと緩みきった笑みを見せたフィオルは残りのタルトに手をかけた。
「食べさせて欲しいな…」
「自分で…やれっ」
「ダメかな?」
耳許で甘く切なげに囁けば、びくっと体を震わせる。
「判った…から…放して」
ロゼットはフィオルからタルトを受けとると、ぱくりと口に含んだ。
それをみたフィオルがキョトンとすると、おずおずと唇を重ねてきて、舌先で咥内に押し込まれる。
「ん…ぅ…」
真っ赤に頬を染めながら恥ずかしそうに顔を背けるロゼットの細い腰を抱き寄せて頬にひとつ、キスを落とせばロゼットはビクッと判りやすく体を震わせた。
「ふぁ…あま、い…」
「トロトロだね、チョコみたいだ」
ぼんやりとする思考のなか、フィオルが優しく包み込むように抱き締めて額や目蓋にキスを落としてくる。
「ん、ふぁ…やぁっ」
「今日はやけに素直だね、お酒の力というものは凄いな」
内心、絶対酒だけじゃないとロゼットは思ったが、頭がぼんやりしていて何も考えられない。
事情が判らないフィオルは香り付けに入れた酒に酔ったと思って、大人しく甘えてくるロゼットを堪能していた。
「お前は、平気なのか?」
もごもごとはっきりしない口調で呟くロゼットに、フィオルは笑って首を振った。
「まさか、ふわふわしていい気分だ」
「そうは、見えな…ふぁぁ…ねむい…」
大きなあくびをひとつして、急にコテンとフィオルの胸に体を預けた。
「夕餉までまだ時間はあるから少し休むと良い。
時間になったら起こしてあげよう」
「……うん」
うとうとしていたロゼットはフィオルの胸に体を預けたまま、目を閉じた。
「……これを生殺し、と言うのかな」
頭を撫でながら、気持ち良さそうに眠るロゼットを抱き抱えてベットに寝かせた。
「さて、私も少し横になろうかな」
そういってベットに潜り込み、満たされた幸福な感覚のまま目を閉じ、そのまま二人は朝までぐっすり眠ってしまった。



「フィオルは喜んでくれた?」
次の日、にこにこしながら悪戯を思い付いたような子供見たいに笑うレイリを無言で見上げた。
「ええ…まぁ。」
「で、どうだったのかな?
甘い一夜を過ごせた?」
「それはレイリさん達の方でしょう」
ちらちらと見え隠れするキスマークに、ロゼットはため息をついた。
「まぁね。シュノには近々また遠征に行って貰わないといけないから、今のうちにね」
そう言って書類を整えて、提出する為のケースにまとめた。
「でもまさか、君達がまだプラトニックな関係だとは驚きだね。
君達位の年頃だと盛んな時期じゃない?」
「全員がそうとは限りませんよ…」
もはやげんなりしたロゼットが書類の束を行き先別に選別していく。
それを見ながら、レイリは頬杖をつきながらロゼットを楽しそうに眺めた。
「そうかなぁ、僕が君くらいの時はもうシュノとしてたよ?」
「いや、レイリさん達と一緒にしないでくださいよ」
「でもね、あーゆうのは最初が肝心だからね。
ちゃんと話し合って後悔しないように決めないとダメだよ?
勢いで流されると後悔するからね。
あと初めては痛いだけだから覚悟さしないとダメ…って!」
話の途中でばこっとレイリの頭を誰かが叩いた。
誰かが…と言うのは語弊がある。
こんなことをレイリにできる人物は騎兵隊にはたった一人しか居ないからだ。
「いったぁ!バカになったらどうするの!」
「これ以上はバカにならないから安心しろ。
それより無駄口叩いてないで仕事しろ仕事!」
「何で僕ばっかり!ロゼットだって話してたのに!」
「アイツはきちんと手も動かしてた。
ガキみたいに駄々こねるな」
そう言ってシュノはレイリに一通の手紙を差し出した。
宛名をみた途端にレイリは先程までの緩みきった表情を一変させ、隊長の顔を見せた。
レイリは真新しい便箋に何かを書き綴ると、封筒にいれて蝋を垂らした。
クライン家の家紋が入った指環を捺して固めるとそれをシュノに差し出した。
シュノは無言でそれを受け取った。届け先は判っているようだ。
この二人のこう言った関係には憧れを強く抱いてしまう。
「ロゼット、君は騎兵隊希望だったよね」
不意に静寂を破ったレイリは、いつものようににこにこ笑っていた。
「は、はい」
「なら尚の事、後悔しないようにね。
僕達の仕事は身の安全は保証されないし、感謝されることばかりじゃない。
時には誤解されたり、恨まれたりもする。」
溜め息を吐きながら、レイリはどこか憂鬱そうに笑った。
「だからね、その気持ちを大事にしてほしいなって思ったんだ。
君達はまだ若いんだから」
そう言うレイリも、隊長職に就くには十分に若いと思った。
にっこり笑ったレイリは小さな小瓶をロゼットに投げて寄越した。
「これは…?」
「昨日使ったオレンジリキュールだよ。
アルコールは抜けてないから、気を付けてね?」
「レイリさん、あれっ!」
「ふふ、ごめんごめん。アルコール、ちょっと残ってたみたい」
いつもの様にふにゃりと笑ってごまかすレイリに、ロゼットは何も言えずに黙り込んだ。
「素直になりたいなら、お酒のせいにしちゃえばいいんだよ」
「俺、未成年ですけど!」
「だから、お菓子用のをあげてるの。
後に残るようなものじゃないから、一服盛って押し倒しちゃいなよ!」
完全に他人事に首を突っ込みたがる愉快犯の恩人を目の前に、ロゼットは小瓶を握り締めながら顔を真っ赤にした。

どうやら、彼らが一線を越える事はまだだいぶ先のよう。


あみもの教室




「もうすぐさ、バレンタインじゃん?」
「ばれんたいん?それはなんですか?」
「バレンタインとは好意を寄せる殿方にプレゼントを渡して愛を告げる日の事ですわ」
「プレゼント?」
「一般的にはチョコなんだけど、プレゼントならなんでもいいんだよ。
最近は友チョコっていうのも流行ってるんだけどね…」
楽しげに女子寮の談話室で盛り上がる中で一人違う意味での笑いを浮かべる少女がいた。
「だからさ、アタシ等から皆にバレンタインにプレゼントしてやろうじゃない?」
「それはいい提案です!」
「……私は…いいですわ。
お兄様には私ではなく欲しい相手が居るでしょうし…」
「そんなんじゃダメダメ!
それに、お嬢が渡したい人はフィオルだけ?」
「う…」
トラヴィスに詰め寄られてマーガレットは顔を赤くしてうつむいた。
「判りました…私もやってみますわ」
「リアンもやるです!」
「じゃあ決まり!アタシは料理とか苦手だからさ。
手編みのマフラーなんかどうかなって思ってるわけ。
初心者でも割と簡単に作れるみたいだし」
「私、編み物なんてしたことないですわ…」
「リアンもです」
「それに関しては心当たりがあるのさ」
トラヴィスは悪戯っぽく笑って寮を出た。
図書室で本の虫になっている幼馴染みは何時もの席で一人で何やら本を読んでいた。
「ロゼー!」
あまりに気が付かないので声をかけると、ロゼットが慌てて本を背後に隠した。
「な、何だよいきなり」
「いや、アンタがあんまりに気が付かないからさ。
それより今何隠したの?エロ本?」
「バカじゃないの、んなわけあるか。
それより何か用?」
「うんまぁ…ってか今日はフィオルは一緒じゃないんだ?」
いつも二人セットで居るので一人なのは逆に珍しい。
ロゼットは溜め息をつきながら眼鏡をはずした。
「俺達だって四六時中一緒な訳じゃないよ。
今日は専門科に呼ばれて騎兵隊に行ってる」
少しだけ、寂しげな声色にトラヴィスは胸が痛くなった。
「そっか。
あのさ、ロゼは編み物とか出来る?」
「まぁ、人並みには。」
「お願い!編み物教えて!」
ロゼットはあからさまに嫌そうな顔をした。
「俺忙しいから無理」
「そこをなんとか!」
「無理なものは無理!
ただでさえ忙しいレイリさんに時間裂いて貰って…」
と、そこまで言いかけてロゼットはしまったと言わんばかりに口をつぐんだ。
「え、ロゼ…隊長さんに何か習ってんの?」
「そう言えば、隊長さん前に甘いもの作るのが趣味って言ってたです、リラ先生が教えてくれたですよ」
「ふーん…へぇー…そうなんだぁ?」
にやにやしながらトラヴィスがロゼットを見てくるのがいたたまれなくて視線をそらす。
「とにかく、俺はダメ!
別の人に頼んでよ」
「じゃあ、だれか出来る人知らない?」
「教会のローゼスさんって人が編み物とか得意でたまに教室開いてるみたいだから行ってみたら?」
有力な情報を得て、トラヴィス達は早速必要なものを買ってから教会に向かうことにした。
嵐がさって、一息吐いたロゼットは読んでいたチョコレート菓子の本に再び目を落とした。



それぞれ、あげる相手に合うとおもう色の毛糸を購入し、教会に向かう。
すると、教会の扉の前に見馴れた姿を見つけたマーガレットが急に声を上げた。
「お兄様!どうしてこちらに?」
騎兵隊に向かったはずのフィオルが、ちょうど教会に入る所だった。
「おや、皆勢揃いでどうしたんだい?」
「ローゼスさんって人に編み物を習いにね」
「あぁ、ローゼスさんに…
ちょうど良いタイミングだったね、今中に居るよ」
そう言ってフィオルは扉を開けた。
教会の中の礼拝堂で一人のシスターが花を生けながら誰かと楽しそうに話している。
「ローゼスさん、可愛らしいお客様ですよ」
そう声をかけて振り向いたシスターはにっこりとトラヴィス達に笑いかけた。
「あら、本当に可愛らしいお客様。
アタシに何かご用かしら?」
「ここで編み物を教えてくれるって聞いて…」
ローゼスに目を奪われていたトラヴィスは緊張してるのか、上ずった声で用件を告げて、リアンがおかしそうにクスクスと笑った。
「うぅー、笑うなリアン!お嬢も笑ってるし!」
「ごめんがです、緊張するトラヴィスがはじめてみたです」
「ふふ、緊張しなくて良いのよ。
編み物って事はバレンタインのプレゼントかしら?」
にこにこ笑って礼拝堂の横の扉に手招きするローゼスに、隣にいた青年が声をかけた。
「俺も見てて良いですか?」
「あら、坊やも編み物に興味あるの?」
「違いますけど、まぁ違う意味で興味あります。
フィオルは先に戻って構わないよ、付き合わせたら悪いしね」
「いえ、私も興味があるので見学させて頂いて構いませんか?」
「ええ、大歓迎よ」
そう言って、普段教室にしている部屋に案内すると、テーブルに色とりどりの毛糸と編み針を並べた
「さて、何を作るかしら?」
「マフラーをつくりたいがです!」
「ただ、アタシらみんな編み物とかしたことなくて…」
「初心者でも大丈夫よ」
ローゼスはにっこりと笑いかけた。
不思議と、ローゼスの雰囲気に飲まれてなのか最初は緊張していた三人も次第にリラックスしている。
「シアンさん…あの、そんなに見られると…」
物珍しそうにシアンがマーガレットのあみかけのマフラーを覗き込んでいた。
「ああ。ごめんごめん。
何だか君が一生懸命になっているのが珍しくて…つい。」
マーガレットを幼い頃から知っている身としては、彼女の心境の変化や成長には感慨深い物があったらしい。
「え、お嬢この人と知り合いなの?」
「ええ、まぁ…」
何だか複雑な様子にトラヴィスが黙ると、そっと横からローゼスの手が伸びてきた。
「あら、ここの編み目ひとつ抜けてるわよ」
まだ三段ほどしか編んでないマフラーはいびつな編み目で、ローゼスは苦笑した。
トラヴィスはあみかけのマフラーを眺めて溜め息を吐いた。
「アタシって才能ないのかなぁ…」
「そんなことないです、トラヴィスが気持ちは一杯ですよ」
にこりと笑ったリアンのマフラーも編み目が大きかったり小さかったりするが、初めてにしては割りと綺麗に編めている。
「そうですわ、こういうのは…気持ちだと…」
マーガレットは自分のマフラーを眺めて、溜め息しかでなかった。
網目は三人のなかで一番綺麗だ。
ただ、丁寧すぎて編むペースが一番遅い。
「そうよ、大事なのは気持ちだし、編み物は続ければ上手くなっていくし早く編めるようになるわ。
最初から出来ない、向いてないって諦めるのは早いとおもうの。」
ローゼスはお茶を差し出しながら三人の網目はのおかしい場所を手早く直していく。
「さあ、もう少し頑張ってみましょうか。
あなたは少し力が強すぎるわ、糸を引っ張りすぎるから糸がとりにくくなるの。」
ローゼスは編み治したマフラーをトラヴィスに返すと、編み方をもう一度丁寧に説明してくれた。
「ほら、前より良いじゃない」
「ほんとだ…ありがとう!」
次にローゼスはリアンのマフラーを渡した。
「貴方は逆に編み目が緩いのよ。
だから編み目が大きくなったり緩くなってしまうの。
だから編み針に引っ掻けたら、そのまま緩めないで次の穴に引っ掻けるの」
「は、はいです。がんばります!」
ローゼスはにっこりと笑うリアンに笑いかけた。
「貴方は三人の中では一番綺麗でしっかりあめてるわ。
ゆっくりで良いのよ、編み物は急ぐものじゃないんだから」
ローゼスの言葉がマーガレットの胸に暖かく染みて、小さく微笑みながら頷いた。
フィオルとシアンはまだまだ小さいと思っていた妹がいつの間にか一人前のレディーになっていた事に微笑ましい気分で眺めていた。
「俺も今度やってみようかな…」
「ええ、良いわよ。
坊やは器用だからきっとすぐにできちゃうわ」
甘えるように声を出したシアンに、ローゼスは子犬を甘やかす飼い主のように頭を撫でた。
トラヴィスとリアンは美男美女カップルの微笑ましい光景を羨ましそうに眺めていたが、シアンの正体を知っているマーガレットはぎょっとして兄を見た。
その視線に気がついたフィオルは頷いて、口の前に人差し指を持ってきて黙っているように合図を送った。
「フィオルくんは誰かにプレゼントしないのかしら?」
「そうですね…ローゼスさん、私にも教えて頂いて構いませんか?」
「勿論よ」
ローゼスはにっこりと笑って毛糸と編み針を差し出した。
フィオルは色とりどりの毛糸から迷わずにオレンジ色の毛糸を掴んだ。
「さぁ、続きをやりましょうか」
黙々と編み物を続ける女子三人の隣でフィオルは器用にマフラーを編んでいき、後から始めたのに三人を追い抜いてしまった。
「うわ、フィオル早っ!」
「すごいです、リアンまだまだ首に巻けるだけ編めてないですよ」
「さすがお兄様ですわ!」
オレンジ色の毛糸玉は半分ほどに減っていて、長さも首に巻けるだけの長さになっている。
「つい夢中になってしまうね」
微笑みながらも夢中で編み続けると次第に辺りが暗くなってきてしまった。
「今日はここまでね。
後は帰ってやっても良いし、また明日来てくれても構わないわよ」
「うーん、疲れたぁ。
アタシはまた明日来たいな、二人はどうする?」
「異論はないですわ、見ていてくれる方がいないとやはり不安ですし…」
「リアンもお願いがします!」
ローゼスがそれを快く了承して、トラヴィス達は教会を後にし、騎兵隊に寄るというシアンとフィオルと別れて寮に戻った。
その日から毎日放課後には教会に通い、お茶をしつつ楽しい会話に花を咲かせながらも真剣に思いを込めて毛糸を編み込んでいく。
大体プレゼントにしても良い長さになった頃に、可愛らしいラッピング用の袋とリボンを持ってきたローゼスが、出来上がったマフラーを可愛らしく包んでくれた。

「大丈夫!最後の方はうまくなったってローゼスさんも誉めてくれたじゃん」
「そうですわね…」
「喜ぶがうれしいです!」
それぞれが別の思いを抱えて贈り物を握り締めた。



「シフル!」
ぱたぱたと遠くからシルフィスのすがたを見つけてかけてくるリアンを見つけて、シルフィスは立ち止まった。
「どうしたの、リアン?」
「ばれんたいんです!リアンが一生懸命あみました!」
ずいっと差し出されたのは可愛い紙袋で、それを嬉しそうに受け取ったシルフィスは紙袋をあけてマフラーを取り出した。
「え、これリアンが編んだの?
すごいね、売り物みたいだ」
「女の子がせっかく編んでくれたものに対して、売り物みたいは失礼よ」
ちょこんと肩に載っていた猫がため息をついて、シルフィスが慌てる。
「あ、いやえっと…すごく上手に出来てたから…ありがとう…大切に使うね」
リアンはなぜシルフィスが慌てているのか判らないといった風に首をかしげながらニコッと笑った。

「こちらにいたんですのね」
図書室で本を探していたクレイハウンドは、急に背後から声をかけられて驚いて振り向いた。
「なんだ、君か…驚かせないでくれ」
「誰かさんが本にばっかり夢中だったからじゃないですの?」
マーガレットは頬を膨らませてクレイハウンドを見上げた。
「…それは、悪かった」
マーガレットの視線に耐え切れなかったクレイハウンドが素直に謝ると、べつに怒っていなかったのか、少し照れたように俯いてそっと紙袋を差し出してきた。
「これは?」
「今日はバレンタインですから…どうぞ。」
「僕に?いいのか?」
うなづくマーガレットに、クレイハウンドは紙袋をおずおずと受け取った。
「ありがとう…いい色だな」
赤いマフラーをさっそく首に巻いてみせると、恥ずかしそうにマーガレットが俯く。
「これは、暖かいな。良かったらその…このあとお茶でもどうかな…」
「ええ、いいですわよ」
ようやく顔を上げてにっこりと笑ったマーガレットの手を取って、二人は図書室を後にした。

「ヴェーリテ!」
「?」
背後からタックルするように抱きついたトラヴィスの衝撃に耐え、ヴェリテがゆっくりと振り向く。
「これバレンタインプレゼント!」
「ばれんたいん?」
「んーと…いつもお世話になってる人にプレゼントをあげて感謝する日…かな?」
「理解できない」
ヴェリテは首をかしげながら袋を受け取る。
「できなくてもいいよ、とにかくつけてみて!」
トラヴィスは淡いピンク色のマフラーをヴェリテに無理やり巻いて、少し離れてみた。
状況が理解できないヴェリテは首をかしげるばかりだったが、トラヴィスは満足そうに笑った。
「うん、まぁまぁできたかな」
「何がだ」
「なんでも。さーて、せっかくだから外で遊ぼうよ!」
ひんやりとするヴェリテの手をぎゅっと握って、雪が降り積もった中庭に駆け出していった。

コドクの女王蜂




最初の巣は家族だった。


両親は商家で色んな国に交易に行き、家に居る亊は殆ど無かった。
幼い色葉は寂しかった。
寂しくて寂しくて、両親に付いていきたくて家事や掃除等を一生懸命こなした。
友達と遊びたいのを我慢して、両親が誉めてくれると期待に胸を踊らせた。
そうすれば、きっと次は一緒に行けると思ったから。
「帰ったよ」
「お帰りなさい!」
両親は出迎えた色葉の頭を撫でると、矢継ぎ早に姉を呼びつけた。
年頃になる姉に縁談の話を幾つも持ってきたのだ。
身内の贔屓目ではないが、色葉の姉は可愛らしい外見におっとりとした家庭的な女性で、縁談の話は前からあった。
商家と言うこともあり、資金的な意味合いでの貴族からの求婚も多く、両親は姉の縁談に乗り気だった。
まだ幼い色葉はいつも茅の外で、慣れたように自分の部屋に戻っていった。
ひょっとして、自分はここに存在していないのではないかと不安になったこともあった。
そんな姉が嫁ぎ、家に残されたのは色葉は一人、広い家に残された。
来る日も来る日もひとりぼっち。
自分以外誰もいない部屋を掃除して、自分以外誰も手をつけない食事を用意して、自分以外誰も使わないベットを整える。
無意味な毎日を繰り返し、次第に色葉の中の孤独は埋めようのない溝を作っていった。
心が満たされない。
やがて両親は商才がない色葉を疎ましく思い始め、幼いうちなら買い手もつくと色葉を売り飛ばした。
色葉は巣を失ったが涙も出てこなかった。
いつか、こうなると思っていたから。
ただそれはまだ幼い色葉の心をいびつに歪ませて砕くには十分すぎた。
色葉は高く売れた。
幼い亊とその容姿から性的な用途で買われていくが、長続きせずにまたすぐに捨てられる。
ある時はボロボロの姿で、ある時は血塗れの姿で、ある時は逃げられないように足の腱を切られた状態で色葉は売り主の元に戻された。
それを繰り返して、成長した色葉を人買いですら持て余し始めた。
お前のような奴は初めてだと、いつも虐待まがいの暴力を振るわれて、感情が凍てつきそうだった。
誰も俺を愛してくれない。
色葉は最早愛されることを諦めようとしていた。
そんな時、教会の前をたまたま通りかかったときに見た、子供達の楽しそうな姿と子供達をあやすシスターの姿に目を奪われた。
あったかそうだなぁ。
その時にふと、シスターと目があった。
柔らかく緩む瞳に、怖くなった色葉はその場から逃げるように離れた。
愛されたいなんて、思ってはいけない。
色葉は汚れた顔を泥のような水で洗って、暖かそうな草の上に蹲った。


「ねぇ、君…」
ふと、頭から降ってきた声に目を開ければ先程のシスターが神父らしき男と一緒に目の前に立っていた。
「!?」
「驚かせてごめんなさいね、さっき孤児院を見ていた子よね?」
「……」
優しそうな声で、シスターはにっこり笑った。
「アタシはローゼス、こっちの無愛想な神父はノエル」
「おいチビ、お前人買いにもてあまされてんだってな?」
色葉はビクッと体を震わせてノエルを見上げた。
「大丈夫、怖がらないで。
君さえよければ教会に来ないかしらって思って来たのよ。
うちの教会、人手が足りないから孤児院を手伝って貰ったりするけど、きちんとした施設だし…」
「……そんなこと言って、いらなくなったらすぐ捨てるんだろ、どうせ」
「そんなことしないわ、でも信じるかはあなた次第よね。
別に無理強いはしないから」
しゃがみこんで、目線を合わせるとにこっと笑いかける。
ノエルは相変わらずタバコをふかしたまま、じっと色葉を見定めるように見下ろした。
「俺…居ても…いいの?」
「もちろん。そんな気がしたから、迎えに来たのよ?」
「……俺…独りは…嫌だ…」
泣き出しそうなのを必死にこらえながら、色葉はぎゅっとローゼスにしがみついた。



「いろは、いろは、おててきった」
「いろは、おやつまだ?」
「いろは、おといれいきたい」
小さな子供達に紛れながら、小柄な少年が子供達を抱き抱えながら右往左往している。
「はいはい、ちょっとまって、順番な。
おトイレはお兄ちゃん達に連れてってもらいな。
おやつは3時になるまでだめ」
小さな子供手に絆創膏を貼りながら、腰の辺りにまとわりつく子供達の相手をする色葉は生き生きとして楽しそうだ。
「おい、チビ。
随分忙しそうだな」
ノエルがにやにやしながら入り口から中を覗いた。
「そう思うならノエルさんも手伝ってくださいよ」
「バカ言え、何で俺様がガキどもの面倒見なきゃなんねぇんだ、めんどくせぇ。
ローゼスはどこ行った」
「買い出しですよ、量が多いんでイェラと二人で」
「そうか」
そう言うとノエルは薄汚れ少女を一人つれてきた。
「新しいガキだ」
少女は怯えるように色葉を見上げた。
ボロボロの服をきて、手足のあちこちに傷を追っている。
「この子は…」
「戦争孤児だ、親が目の前で殺されてショックで口が聞けないらしい。
なんでも親戚の家に預けられてたみてぇだが逃げ出して盗みをしたとこを取っ捕まったんだと。
保護者が引き取りを拒否したってんで連れてきた。」
「そうですか、まだ小さいのに…」
色葉は少女を抱き上げた。
驚いた顔の少女の汚れた顔を布で拭き取ると頭を撫でた。
「うん、かわいい顔してるんだから、ちゃんと綺麗にしないとね。
まずはお風呂入って着替えようか。
誰かー、この子に合いそうな服ないー?」
「私あるよ!」
「私も着れなくなったのあるよ!」
何人かの少女が自分の部屋に古着を取りに行くのを見て、ノエルは背を向けた。
「じゃあ、あとはお前に任すからな」
「はい。」
抱き上げた子供を風呂場に連れていき、汚れを落としてる間に清潔なタオルを置いた。
「いーたん、これ服とか靴もってきた!
みんなで集めたら一杯になったよ」
「皆ありがと」
少女達はにこにこしながら去っていった。
皆嬉しいのだろう、新しい家族が増えたことが。
色葉はふと思い立ち、一番年長の少女を呼び止めて、新入りを着替えさせるように頼んで孤児院を出ていった。
子供達の何人かは首をかしげながらその様子を見ていた。
薄汚れた少女は汚れを落とし、髪をとかせば可愛らしい少女に戻った。
お下がりのピンク色のワンピースも良く似合っていた。
何かお礼を言いたいが声がでない少女が戸惑うと、周りの子供たちも落ち着かない。
「色葉はどこいったんだよ」
「判んないよ、私いーちゃんに頼まれただけだもん」
いよいよ、子供達が泣き出しそうになるとようやくドアを開いた。
「あれ、皆どうしたの?」
きょとんとした色葉が何やら抱えて帰ってくると、子供達が一斉に色葉にしがみついた。
「うわーん、どこいってたんだよ!」
「ごめんなー、ちょっとこれ買いに行ってたんだよ」
色葉は真新しいスケッチブックとクレヨンを差し出した。
「字、かける?」
それを新しく連れてこられた少女に差し出した。
少女は頷いてスケッチブックに何かを書き始めた。
「ありがとう」
言葉を話せない彼女なりのコミュニケーション方法に、周りの子供達も自分の部屋にスケッチブックをとりに戻り、仲良く筆談を始めた。
それを微笑ましく見守る色葉は満足気だ。
「あら、色葉。
新しい子はもう馴染んだの?」
「ローゼスさん!お帰りなさい」
色葉が駆け寄れば、ローゼスは頭を撫でて買ってきた食材を手渡した。
「野菜が安かったから沢山買ってきたの」
「じゃあ今夜はあったかい野菜スープでも作ろうかな」
袋を抱えながら、色葉は楽しそうに笑った。
「色葉、楽しそうね?」
「はい、今凄く充実していますよ」
そう言って色葉はキッチンへ姿を消した。
生き生きとした色葉に、ローゼスは心の底から安堵した。


こうして新たな巣を得た女王蜂は、巣の中で愛情を注ぎ、愛されたいと願うのだった。
いつか出会えると、信じることに決めたのだから。


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