「もうすぐさ、バレンタインじゃん?」
「ばれんたいん?それはなんですか?」
「バレンタインとは好意を寄せる殿方にプレゼントを渡して愛を告げる日の事ですわ」
「プレゼント?」
「一般的にはチョコなんだけど、プレゼントならなんでもいいんだよ。
最近は友チョコっていうのも流行ってるんだけどね…」
楽しげに女子寮の談話室で盛り上がる中で一人違う意味での笑いを浮かべる少女がいた。
「だからさ、アタシ等から皆にバレンタインにプレゼントしてやろうじゃない?」
「それはいい提案です!」
「……私は…いいですわ。
お兄様には私ではなく欲しい相手が居るでしょうし…」
「そんなんじゃダメダメ!
それに、お嬢が渡したい人はフィオルだけ?」
「う…」
トラヴィスに詰め寄られてマーガレットは顔を赤くしてうつむいた。
「判りました…私もやってみますわ」
「リアンもやるです!」
「じゃあ決まり!アタシは料理とか苦手だからさ。
手編みのマフラーなんかどうかなって思ってるわけ。
初心者でも割と簡単に作れるみたいだし」
「私、編み物なんてしたことないですわ…」
「リアンもです」
「それに関しては心当たりがあるのさ」
トラヴィスは悪戯っぽく笑って寮を出た。
図書室で本の虫になっている幼馴染みは何時もの席で一人で何やら本を読んでいた。
「ロゼー!」
あまりに気が付かないので声をかけると、ロゼットが慌てて本を背後に隠した。
「な、何だよいきなり」
「いや、アンタがあんまりに気が付かないからさ。
それより今何隠したの?エロ本?」
「バカじゃないの、んなわけあるか。
それより何か用?」
「うんまぁ…ってか今日はフィオルは一緒じゃないんだ?」
いつも二人セットで居るので一人なのは逆に珍しい。
ロゼットは溜め息をつきながら眼鏡をはずした。
「俺達だって四六時中一緒な訳じゃないよ。
今日は専門科に呼ばれて騎兵隊に行ってる」
少しだけ、寂しげな声色にトラヴィスは胸が痛くなった。
「そっか。
あのさ、ロゼは編み物とか出来る?」
「まぁ、人並みには。」
「お願い!編み物教えて!」
ロゼットはあからさまに嫌そうな顔をした。
「俺忙しいから無理」
「そこをなんとか!」
「無理なものは無理!
ただでさえ忙しいレイリさんに時間裂いて貰って…」
と、そこまで言いかけてロゼットはしまったと言わんばかりに口をつぐんだ。
「え、ロゼ…隊長さんに何か習ってんの?」
「そう言えば、隊長さん前に甘いもの作るのが趣味って言ってたです、リラ先生が教えてくれたですよ」
「ふーん…へぇー…そうなんだぁ?」
にやにやしながらトラヴィスがロゼットを見てくるのがいたたまれなくて視線をそらす。
「とにかく、俺はダメ!
別の人に頼んでよ」
「じゃあ、だれか出来る人知らない?」
「教会のローゼスさんって人が編み物とか得意でたまに教室開いてるみたいだから行ってみたら?」
有力な情報を得て、トラヴィス達は早速必要なものを買ってから教会に向かうことにした。
嵐がさって、一息吐いたロゼットは読んでいたチョコレート菓子の本に再び目を落とした。
それぞれ、あげる相手に合うとおもう色の毛糸を購入し、教会に向かう。
すると、教会の扉の前に見馴れた姿を見つけたマーガレットが急に声を上げた。
「お兄様!どうしてこちらに?」
騎兵隊に向かったはずのフィオルが、ちょうど教会に入る所だった。
「おや、皆勢揃いでどうしたんだい?」
「ローゼスさんって人に編み物を習いにね」
「あぁ、ローゼスさんに…
ちょうど良いタイミングだったね、今中に居るよ」
そう言ってフィオルは扉を開けた。
教会の中の礼拝堂で一人のシスターが花を生けながら誰かと楽しそうに話している。
「ローゼスさん、可愛らしいお客様ですよ」
そう声をかけて振り向いたシスターはにっこりとトラヴィス達に笑いかけた。
「あら、本当に可愛らしいお客様。
アタシに何かご用かしら?」
「ここで編み物を教えてくれるって聞いて…」
ローゼスに目を奪われていたトラヴィスは緊張してるのか、上ずった声で用件を告げて、リアンがおかしそうにクスクスと笑った。
「うぅー、笑うなリアン!お嬢も笑ってるし!」
「ごめんがです、緊張するトラヴィスがはじめてみたです」
「ふふ、緊張しなくて良いのよ。
編み物って事はバレンタインのプレゼントかしら?」
にこにこ笑って礼拝堂の横の扉に手招きするローゼスに、隣にいた青年が声をかけた。
「俺も見てて良いですか?」
「あら、坊やも編み物に興味あるの?」
「違いますけど、まぁ違う意味で興味あります。
フィオルは先に戻って構わないよ、付き合わせたら悪いしね」
「いえ、私も興味があるので見学させて頂いて構いませんか?」
「ええ、大歓迎よ」
そう言って、普段教室にしている部屋に案内すると、テーブルに色とりどりの毛糸と編み針を並べた
「さて、何を作るかしら?」
「マフラーをつくりたいがです!」
「ただ、アタシらみんな編み物とかしたことなくて…」
「初心者でも大丈夫よ」
ローゼスはにっこりと笑いかけた。
不思議と、ローゼスの雰囲気に飲まれてなのか最初は緊張していた三人も次第にリラックスしている。
「シアンさん…あの、そんなに見られると…」
物珍しそうにシアンがマーガレットのあみかけのマフラーを覗き込んでいた。
「ああ。ごめんごめん。
何だか君が一生懸命になっているのが珍しくて…つい。」
マーガレットを幼い頃から知っている身としては、彼女の心境の変化や成長には感慨深い物があったらしい。
「え、お嬢この人と知り合いなの?」
「ええ、まぁ…」
何だか複雑な様子にトラヴィスが黙ると、そっと横からローゼスの手が伸びてきた。
「あら、ここの編み目ひとつ抜けてるわよ」
まだ三段ほどしか編んでないマフラーはいびつな編み目で、ローゼスは苦笑した。
トラヴィスはあみかけのマフラーを眺めて溜め息を吐いた。
「アタシって才能ないのかなぁ…」
「そんなことないです、トラヴィスが気持ちは一杯ですよ」
にこりと笑ったリアンのマフラーも編み目が大きかったり小さかったりするが、初めてにしては割りと綺麗に編めている。
「そうですわ、こういうのは…気持ちだと…」
マーガレットは自分のマフラーを眺めて、溜め息しかでなかった。
網目は三人のなかで一番綺麗だ。
ただ、丁寧すぎて編むペースが一番遅い。
「そうよ、大事なのは気持ちだし、編み物は続ければ上手くなっていくし早く編めるようになるわ。
最初から出来ない、向いてないって諦めるのは早いとおもうの。」
ローゼスはお茶を差し出しながら三人の網目はのおかしい場所を手早く直していく。
「さあ、もう少し頑張ってみましょうか。
あなたは少し力が強すぎるわ、糸を引っ張りすぎるから糸がとりにくくなるの。」
ローゼスは編み治したマフラーをトラヴィスに返すと、編み方をもう一度丁寧に説明してくれた。
「ほら、前より良いじゃない」
「ほんとだ…ありがとう!」
次にローゼスはリアンのマフラーを渡した。
「貴方は逆に編み目が緩いのよ。
だから編み目が大きくなったり緩くなってしまうの。
だから編み針に引っ掻けたら、そのまま緩めないで次の穴に引っ掻けるの」
「は、はいです。がんばります!」
ローゼスはにっこりと笑うリアンに笑いかけた。
「貴方は三人の中では一番綺麗でしっかりあめてるわ。
ゆっくりで良いのよ、編み物は急ぐものじゃないんだから」
ローゼスの言葉がマーガレットの胸に暖かく染みて、小さく微笑みながら頷いた。
フィオルとシアンはまだまだ小さいと思っていた妹がいつの間にか一人前のレディーになっていた事に微笑ましい気分で眺めていた。
「俺も今度やってみようかな…」
「ええ、良いわよ。
坊やは器用だからきっとすぐにできちゃうわ」
甘えるように声を出したシアンに、ローゼスは子犬を甘やかす飼い主のように頭を撫でた。
トラヴィスとリアンは美男美女カップルの微笑ましい光景を羨ましそうに眺めていたが、シアンの正体を知っているマーガレットはぎょっとして兄を見た。
その視線に気がついたフィオルは頷いて、口の前に人差し指を持ってきて黙っているように合図を送った。
「フィオルくんは誰かにプレゼントしないのかしら?」
「そうですね…ローゼスさん、私にも教えて頂いて構いませんか?」
「勿論よ」
ローゼスはにっこりと笑って毛糸と編み針を差し出した。
フィオルは色とりどりの毛糸から迷わずにオレンジ色の毛糸を掴んだ。
「さぁ、続きをやりましょうか」
黙々と編み物を続ける女子三人の隣でフィオルは器用にマフラーを編んでいき、後から始めたのに三人を追い抜いてしまった。
「うわ、フィオル早っ!」
「すごいです、リアンまだまだ首に巻けるだけ編めてないですよ」
「さすがお兄様ですわ!」
オレンジ色の毛糸玉は半分ほどに減っていて、長さも首に巻けるだけの長さになっている。
「つい夢中になってしまうね」
微笑みながらも夢中で編み続けると次第に辺りが暗くなってきてしまった。
「今日はここまでね。
後は帰ってやっても良いし、また明日来てくれても構わないわよ」
「うーん、疲れたぁ。
アタシはまた明日来たいな、二人はどうする?」
「異論はないですわ、見ていてくれる方がいないとやはり不安ですし…」
「リアンもお願いがします!」
ローゼスがそれを快く了承して、トラヴィス達は教会を後にし、騎兵隊に寄るというシアンとフィオルと別れて寮に戻った。
その日から毎日放課後には教会に通い、お茶をしつつ楽しい会話に花を咲かせながらも真剣に思いを込めて毛糸を編み込んでいく。
大体プレゼントにしても良い長さになった頃に、可愛らしいラッピング用の袋とリボンを持ってきたローゼスが、出来上がったマフラーを可愛らしく包んでくれた。
「大丈夫!最後の方はうまくなったってローゼスさんも誉めてくれたじゃん」
「そうですわね…」
「喜ぶがうれしいです!」
それぞれが別の思いを抱えて贈り物を握り締めた。
「シフル!」
ぱたぱたと遠くからシルフィスのすがたを見つけてかけてくるリアンを見つけて、シルフィスは立ち止まった。
「どうしたの、リアン?」
「ばれんたいんです!リアンが一生懸命あみました!」
ずいっと差し出されたのは可愛い紙袋で、それを嬉しそうに受け取ったシルフィスは紙袋をあけてマフラーを取り出した。
「え、これリアンが編んだの?
すごいね、売り物みたいだ」
「女の子がせっかく編んでくれたものに対して、売り物みたいは失礼よ」
ちょこんと肩に載っていた猫がため息をついて、シルフィスが慌てる。
「あ、いやえっと…すごく上手に出来てたから…ありがとう…大切に使うね」
リアンはなぜシルフィスが慌てているのか判らないといった風に首をかしげながらニコッと笑った。
「こちらにいたんですのね」
図書室で本を探していたクレイハウンドは、急に背後から声をかけられて驚いて振り向いた。
「なんだ、君か…驚かせないでくれ」
「誰かさんが本にばっかり夢中だったからじゃないですの?」
マーガレットは頬を膨らませてクレイハウンドを見上げた。
「…それは、悪かった」
マーガレットの視線に耐え切れなかったクレイハウンドが素直に謝ると、べつに怒っていなかったのか、少し照れたように俯いてそっと紙袋を差し出してきた。
「これは?」
「今日はバレンタインですから…どうぞ。」
「僕に?いいのか?」
うなづくマーガレットに、クレイハウンドは紙袋をおずおずと受け取った。
「ありがとう…いい色だな」
赤いマフラーをさっそく首に巻いてみせると、恥ずかしそうにマーガレットが俯く。
「これは、暖かいな。良かったらその…このあとお茶でもどうかな…」
「ええ、いいですわよ」
ようやく顔を上げてにっこりと笑ったマーガレットの手を取って、二人は図書室を後にした。
「ヴェーリテ!」
「?」
背後からタックルするように抱きついたトラヴィスの衝撃に耐え、ヴェリテがゆっくりと振り向く。
「これバレンタインプレゼント!」
「ばれんたいん?」
「んーと…いつもお世話になってる人にプレゼントをあげて感謝する日…かな?」
「理解できない」
ヴェリテは首をかしげながら袋を受け取る。
「できなくてもいいよ、とにかくつけてみて!」
トラヴィスは淡いピンク色のマフラーをヴェリテに無理やり巻いて、少し離れてみた。
状況が理解できないヴェリテは首をかしげるばかりだったが、トラヴィスは満足そうに笑った。
「うん、まぁまぁできたかな」
「何がだ」
「なんでも。さーて、せっかくだから外で遊ぼうよ!」
ひんやりとするヴェリテの手をぎゅっと握って、雪が降り積もった中庭に駆け出していった。