繋いだ手の熱さを思い出し、風呂に入れて綺麗になったにも関わらず、やつれて痩けた頬が痛々しかった。
それでも、鶴丸に反応をして微笑んでくれた所は鶴丸の知っている国永だった。
ヒスイも出来るだけ頑張ると言ってくれたのだ、自分に出来る事を頑張れば良いのだと鶴丸は考える。
まずは何をすれば良いのかは分からないが、宗近と相談をしようと寝室に戻る足を速めた。
先ほどの報告を聞いている時に、かなり参った様子をしていた。
大好きな兄を支えて、最愛の兄の回復を待とう。
怖くても、そう思えば耐えられる気がした。
自分たちの居室へと足を踏み込めば、居るはずの宗近の気配も明かりすらも無い。
「あれ、ちか兄?」
不安な気持ちが押し寄せたが、明かりを付ければ部屋の真ん中に置いてあるソファに深く腰掛けている姿が直ぐに見つかった。
どうにも機敏になっているらしいと安堵の息を吐いて、宗近に明るく見えるよう微笑んでみせる。
「ちか兄、国兄の様子見てきたよ」
「…………ああ、くになが、か」
「うん、少しやつれてたけど……きっと、大丈夫」
顔を見上げてくる宗近の瞳は揺れていて、けれど頬を大きな手で撫でられてくすぐったいと笑った。
けれど次の瞬間には、表情を凍らせる事になる。
「ヒートの匂いをさせおって、そんなに俺が欲しかったのか? 国永よ」
ふふ、と笑って愛おしさを伝えてくる表情は宗近が国永と居る時に見せる物で。
鶴丸は一度もそのような表情で見られる事は無かった。
なのに、今目の前に居る宗近は鶴丸をあたかも国永のように触れ、見てくる。
暗闇の中で見えていたものが、あやふやになるような感覚。
それだけ苦しく、辛かったのかも知れないが、鶴丸は宗近にだけは間違えて欲しくなかった。
自分に兄を通して見る事だけは。
「ちが、違うよちか兄! 俺は国兄じゃない、鶴丸だッ!!」
「分かって居る。あんな所で、苦しかったろう……慰めてやろうなぁ」
優しく微笑む瞳はいっそ狂気であり、震えながら鶴丸は涙を流した。
それだけこの人も国永を愛しているから、狂気に走る事を選んだのかと。
国永の事を思うなら、正気で居て欲しかったのに、と涙する。
抵抗をする気は起きない。
宗近がそれで一時でも楽になるのなら、国永が居ない分を支えるのは、鶴丸の役目だと思ったから。
ただただ、悲しくて、寂しいけれど。
けれど否定をしない代わりに、肯定をしない事を選ぶ。
「沢山、俺の愛で腹を満たしてやろう。おいで、国永。愛している」
問答無用で横抱きにされ、ベッドへと運ばれる。
横一文字に結んだ唇を、下肢に手を掛けられてこじ開けられ、舌を絡め取られて口内を舐られた。
この感触が欲しかったのも、言葉を望んでたのも鶴丸では無い。
せめて声は抑えていようと離された唇に手を押さえつけ、下肢を舐る快感に耐えた。
しかし好いところは兄と似ていたようで、簡単に快楽を引き出されて身体が跳ね上がる。
宗近の頭を離そうと手で押さえていたはずが、いつからか撫でる手つきに変わってしまった。
「んッ、んん、んぁ、っく、ひぃッ!? あ、ああッ、だめ、でる、でちゃうッ!!」
「良いぞ、沢山出すと良い」
再び宗近の口の中に取り込まれてしまえば、先走りの出る鈴口を舌でぐりぐりと舐られて簡単に射精してしまう。
肩で大きく息を吐きながら、罪悪感が鶴丸を襲った。
しかし謝ろうと口を開くより早く、足を掴まれて俯せに押し倒される。
「や、なに……!?」
「安心しろ、後ろを慣らすだけだ。いかなお前とて、慣らさねば切れてしまうかも知れんからなぁ」
「ひぃ、ッぐ、あッ!!」
最初から指を二本、ぐちゅりと先ほど出した精液を絡めて躊躇なく突っ込まれた。
快楽に弱いと言っても鶴丸は国永と一回りほど体型が違うのだ、それは多すぎて苦しさから吐き気を催す。
「や、あ……はッ、むり、くるし……ねが、ぬいて……!」
何とか耐えながら頭を振り、宗近を振り返れば冷ややかな目で見詰められて喉がヒュッと呼吸を止めた。
そんなにも冷たい目で見られた経験は無く、まるで人間性を否定するかのように凍てつく冬の湖を模した瞳は恐ろしい。
どんなに叱られている時でも、そんな瞳は見た事が無かったと思い自然と身体が震えた。
歯の根すらかみ合わない中、冬の権化は微笑みを浮かべて鶴丸の向こうの人を見る。
「そうか、そんなに早く俺が欲しいか。気付いてやれんですまぬなぁ」
「……あ、ち、ちが……」
「今くれてやろうな、国永よ。いつもの様に呼んでおくれ、ちか、と」
言い終わると同時、鶴丸は後ろから引き寄せられて剛直を後孔へと一息に突き込まれた。
十分に解されていない中はきつく、そして範疇外の大きさに中が裂けて酷く痛んだ。
それなのに鶴丸の瞳からは涙が滂沱の如く流れても、痙攣する喉は悲鳴を上げる事を出来なかった。
「ふ、まるで生娘の様に締め付ける。奥まで突き入れてやろうと思ったが、狭いな」
「……ッ、ぃ……!?」
遠慮無く前後に動かれ、いや、もはや鶴丸の両足を持ち上げて背面座位の格好となりながらも奥へ進もうとするそれに、恐怖する。
戯れに絡み合う事はあっても、本気で抱かれた事は無かった。
国永しか知らない身体に、それ以上の物で暴かれる事は両手の数ほども無かった。
苦しい、痛いと思い逃げたいと身体は反応するも、空いている手で前を擦られてしまえば好いものは好い。
むしろ苦しさから逃げようと意識がそちらを集中し始め、中の物を締め付ける様にうねり出す。
「くっ、はは、いつもより随分と欲しがるな、好いぞッ、孕むまでくれてやろうッ!」
嗤いながら背後から抱き込まれ、後孔を穿たれる快感に身体を震わせて鶴丸は逃げようとした。
快感が怖く、そして宗近が怖かった。
背後で笑う宗近の様子は完全に狂人のそれだと思えて、国永に助けて欲しくて逃げたかったのだ。
いつもの様に恐がりだな、と微笑んで抱きしめて、甘えさせて欲しかった。
全てを夢だと思ってしまいたかった。
けれど、背中から抱き着く腕は震えていて、追い縋っているようで、見捨てる事も出来ない。
だから鶴丸はされるがまま、後孔を穿たれて快楽を与えられながら必死で耐える。
夢なら覚めて欲しいと願いながら。
「くッ……国永、お前の中はやはり好い……だが俺を奥まで受け入れてくれないのは何故だ?」
鶴丸の中に長く濃く射精をしながら、それでも宗近は止まらない。
ゆるゆると己の精液で滑りの良くなった鶴丸の中を、無理矢理に拓いていった。
背面座位の格好から膝立ちになり、腕を掴んで力任せに引いて腰を動かす。
好い所を擦られる度、背をしならせて快感に喘ぐ鶴丸は目を見開いて首を振り、やり過ごそうと必死だ。
それを否定しているのだと勘違いをした宗近は更に深くへと突き穿ち、己の全てを鶴丸の腹に収めた。
「ああ、俺のモノで膨れて居るな……。ようやく俺を受け入れてくれたか……」
「は、ひ……ちあ、に、……ひぬ、あ、ひんじゃ……」
「死なぬッ!! お前は、俺を残して死ぬというのか、共に居ると誓ったのにッ! お前まで俺を、裏切る気か……一人にせぬと、言うた癖に……」
言葉を荒げ、動きを荒げながら暴いていく。
自分が誰を腕に抱いているのかも分からないまま、狂気に落ちていき。
二度目の精を腹に放ち、引き抜いたそれは血が付いていた。
驚き、呆然と抱いていた主を見る。
真っ白に近い白銀の、暴かれてぐしゃぐしゃになった服の間からは白い肌が見通せる、愛しい者に似ているが違う青年だった。
自分も弟と愛し、彼も兄と慕ってくれた、実の兄を最愛としている、椿鶴丸。
閉じられた瞼の奥には、蜜色の瞳が笑っている筈だった。
彼は今、下半身を脱がされて後孔から白濁を垂らしながら意識を失っている。
「つ、つる……おつるよ……そんな、まさか……俺は、おまえを?」
返事は無い。
恐る恐る頬を撫で、抱き上げれば血の色を失ったまま宗近に身体を預け。
鍛えて筋肉を付けている国永とは違い、華奢な身体は抱き締めれば折れてしまいそうだった。
何故、何故間違えてしまったのか。
同じ血筋とは言え、分かって良いはずだった。
けれど何も分からず、国永だと盲信し無遠慮にも力任せに抱いてしまった。
宗近は鶴丸を抱き締め、声にならない声を上げて泣く。
ヒスイが唐突にやってきて殴りつけるまで、宗近は鶴丸を抱き締めてその場で固まっていた。
エンドローズは温室だと鶯に紹介された場所に来て、呆気にとられていた。
思っていたより上質な物であり、個人宅でここまで揃えているのは圧巻だ。
育てている種類も、料理のスパイスとして代表的ながら薬草としても上等な物ばかり。
どれもこれも、国永に聞かれたエンドローズが勧めた物だった。
「凄いわね、これを一人で?」
「正確には国永が中心として、他は手伝い程度で育てている」
「鮮度はもちろんだけど、脇芽の処理も出来てるし申し分無いわね」
「待たせたな」
後から入ってきたヒスイが揃ったのを確認し、鶯に聞いていくかを目線で訪ねる。
彼は頷き、他言無用である事を承知した。
「処置は?」
「下腹の植物を枯らすのが先ね。申し訳ないけど、種類が特定出来ない以上は食事からの栄養補給より、除草剤を混ぜて枯らしきるのを待った方が良いわ」
「その間にクスリ抜きと解析待ちか。思った以上に後手だな……」
「一つ良いか? 現場に魔方陣の様な物は無かったか?」
「無かったわ。というより、残留物自体が少ないわね」
以前出くわした神話生物とはまた違う種類のようだと納得し、鶯はそれを素直に告げる。
何かを特定しようとする上で消去法しか残されていないのなら、それも重要な手がかりだと思ったからだ。
案の定、二人は不審な顔をして見合わせた後に頷きあう。
「こっちに来てないって事は、情報が少ないか積極的じゃ無いな。俺は魔女の書で探る」
「薬は私が担当ね、良いわ。確かウグイス、よね? 貴方って、古い物専門だったかしら」
「古物商の事か? それなら珍しい物、というのも扱っている」
「じゃあ鶯は俺のサポートと、エンドローズとの橋渡しを頼む」
「了解した」
話は素早く終わらせ、鶯とエンドローズを残してヒスイは手早く国永の居る客間へと戻る。
何か嫌な気配がした為だ。
そうして、ヒスイのそういった魔女の直感は嫌なほど当たる。
客間に入った瞬間、防音だったそこからは漏れなかった悲鳴が聞こえた。
「あ、ああ"あ"あ"あ"ッ、ッグ、あぐ、いぁぁああ"あ"あ"ッ!?!」
「国永ッ!?」
ベッドの上で仰け反るほど苦しがり、口から泡を吹いて上がる奇声に慌てて止めに入る。
苦しさのせいか喉を何度も掻き毟ったらしく、爪も指も喉も血だらけになっていた。
何度もバウンドし、足で蹴られ手で掻き毟られ、それでも抑えようとすればその手が顔へと向かって行くのが見える。
「よせ――ッ!!!!」
顔の半分を掻き毟った爪が目を傷つける事だけは何とか抑えられたが、抉り出そうとしていた手は瞼を深く傷つけた。
更には暴れた時の対処はヒスイだけでは不可能だという事を叩き込み、国永は異様な程の静けさで再び眠りにつく。
今のうちに、と対処法を決めたヒスイはため息を吐き。
持ってきていた分全ての革ベルトを使って、国永に簡易拘束具を付けさせる。
口は猿ぐつわで舌を咬まない様に固定をし、顔の半分に傷薬を塗ったガーゼを当てて目隠しをした。
そうして原因になったであろう奴を思い起こし、部屋に鍵を掛けてから探し始める。
原因となった馬鹿は直ぐに見つかった。
部屋の中央で呆然と泣き崩れ、己がした事に悔いていたからだ。
どれだけ温室育ちなのかと、ヒスイとしては腹立たしかったがそれより抱き締められている人物の方が心配だった。
先ほど別れた時の笑顔もなく、涙の後で目を腫らした痛々しい顔で眠る鶴丸。
どういった理由かは知らないが、宗近が暴走し鶴丸を襲った事は明らかだった。
遠慮無く拳を握り、お綺麗で誰も汚した事が無いだろう顔に一発ぶち込んだ。
「目は覚めたか?」
流石に吹き飛ぶ程の威力は無かったが、口の端から血が出ていたので溜飲を下げる。
ここでもし宗近にまで何かがあれば、今度こそ国永の命は無いだろう。
「お前か、わざわざここまで叱りに来るとは……随分と鼻が良いのだな」
「馬鹿か、俺は国永の対処で忙しいって言ったよな?」
「……――国永に何かあったのか?」
鶴丸を抱き締めながら立ち上がろうと片膝を付いた宗近に、足を肩に掛けて押さえ込んだ。
宗近は大人しく従い、それ以上は動かない。
「暴れて危うく失明しかけた。抑え込めたが、次にお前がヘマをすれば分からん」
「暴れ……? 意識が、戻ったのか?」
「一時的にな、今は寝てる。拘束具を付けざるを得なくなった。恐らく無意識下で番の異変は分かるんだろう」
「拘束…………俺は、会ってはいかんのか」
「ヒートだからな。そうで無ければ、俺が嫌だという理由だけで拒みはしまいよ。鶴丸を看病してろ」
恐らくは熱が出る、と言ってやれば暗い顔をしながらも頷いて見せた。
何もしないで居るよりは、原因が自分だとしてもやる事がある方が助かるのだろう。
どうにも空振りばかりでやるせない物を感じながらも、己も同じように思うのだろう事を覚悟してヒスイは客間に戻るのだった。