スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

カルデア大浴場・女

「茨木、ここに居たのか。風呂に行くぞ」

そう言って食道に入り声を掛けてきたのは和服の緋翠で、声を掛けられた金髪の少女は顔をあからさまに顰める。
鬼と呼ばれる存在に恐れもせず当然の様に話掛けるのは、彼女が陰陽師と言われる職である故か。

「嫌じゃ! お前と居ると嫌な匂いがする、妾に近寄るでない!!」
「ああ、まあ……それは仕方ないだろう。髭切の気配であって俺じゃ無い。そして俺は存外お前を気に入っている」
「ええい、嫌じゃ嫌じゃ! 妾に構うな、近寄るな! 鬼の手で引き裂いてやろうか!!」
「引き裂かれるのは痛いなあ。だが無意味だ、行くぞ」

ひょいと腰に手を掛けて茨木を持ち上げれば、暴れられても意味は無い。
邪魔したな、と赤い弓兵に声を掛けて出て行けば食堂は一気に静かになった。
道中、緋翠が茨木を抱えているという目撃者は衝撃を与えられたが、それだけだ。
いざ女風呂にと白襦袢に着替えた所で、大浴場に驚いた。

「どうした、貴様が入ると行って連れてきたのだろう。早うせい」
「ああ、だが少し……驚いてな。木造でないのは予想していたが、これは石か? なぜ獅子の彫り物から湯が出る」
「みこーん! あらあら、珍しい組み合わせですこと。子鬼ちゃんと小狐ちゃんもお風呂ですか?」

突然の背後からの衝撃に緋翠が見れば、桃色の髪をした玉藻の前が自身の背に張り付いていた。
キラリと光る目は獲物を狙うかのように輝いていて、うなじの辺りがピリピリとする。

「何だ、タマモも今から風呂か? 倭人仲間が揃っていてもおかしく無かろうよ」
「いえいえ、現代の陰陽師さんですから鬼は調伏匹敵なのでは、と思いまして」
「俺は真っ向勝負の方が好きだな。何より茨木は疫を振りまく小物でなし、同じ主に仕えているうちは敵対する意味も無い」
「ふん、煩い狐めが。目障りが過ぎるようなら食うてしまうぞ? 緋翠、早う入るぞ!」

小さな手の方から繋がれ、気を許したわけでは無いのだろうが嬉しくなって微笑んだ。
意外と女性組は倭人が多い気がする、と思いながら入れば肩まで浸かる形になり、茨木を胸に抱いて膝に乗せた。

「何をする!?」
「いや、溺れないようにと思って」
「ふふ、茨木さんは小さくて抱き心地が良いですよね」

第三者の声に横を見ればおっとりと笑う清姫で。
というかお前いつの間に近くに居たんだとアサシンもビックリな気配遮断である。
タマモは横であちち、と言いながら尻尾を膨らませて足先からそろりそろりと入っている最中である。
そういえば清姫と言えば業火を吐いたり鐘を燃やしたりとしていたから、熱には強いのか。

「ところで緋翠さんは、マスターの事をどう思って居るんです?」
「……君の心情はよく分かるが、あの子を巻き込むなよ? 俺にとっては、そうだなあ……息子だな。我が子に似ている」
「あらあら、そのお歳でお子様がいらっしゃる、と。でしたらマスター争奪戦からは除外ですわねえ」
「ああ、そうしてくれ。俺は旦那も居るから、外して貰って一向に構わん」

清姫と玉藻の前の様子にげんなりした緋翠は早々に逃げ出す事を選択した。
女子とはかくもこういう話が好きなのか、それとも異形の者故の鼻が利くのか。
胸に抱いた茨木の肩に頭を乗せて息を吐く。
と、ぽんぽんと頭を叩かれて顔を上げる。

「何というか、貴様も色々難儀じゃのう」
「あー……そうかも知れない」

意外と話の分かる茨木はやっぱり落ち着く存在だと改めて思った緋翠だった。

カルデア大浴場・男

カルデアに大浴場があると聞いた面々は、室内シャワーで我慢していた日本人組を中心に盛り上がっていた。

「黒葉、お鶴、大浴場だとさ。久々に背中流してやろうか?」

大判のタオルを持ちながら嬉しそうに笑うのは国永だ。
温泉好きの鶴丸も満更では無い顔で笑い、黒葉も二人を見て微笑む。
サーヴァントになった今、別段汚れを落とす為にこういった物に入らなくとも、水で流すだけでも良くなった。
が、普通の人間らしい暮らしを好む三人には嬉しい状況で。
服を脱いだ一行は大浴場の扉を開けて息を飲むように驚き、

「よ、お前等も来たのか」
「わあ、国兄さんこっちこっちー!一緒に入ろうー」

白髪を後ろ手に整えた美青年と金髪の少年が手を振っていた。
金髪の少年は分かる、むしろ別に良い。
問題は白髪の青年で、ともすれば本性を一度垣間見た事のあるヒスイに鶴丸は

「お前女じゃん!!」

大層驚いて指を差した。
ヒスイは訝しげな顔をして自分が持ってきた酒を煽ると、気付いたように表情を変える。

「今は男だ」
「いや、そうだけど……そうだけど、女が本性だろ? その……あんま人の見んなよ」
「え、ヒスイが入ってるのって問題? でもこの子、今付いてるよ? なんなら僕より大きいし」
「レイリ、そういう問題でもない。気持ちの問題だ……」

フォローは入れつつ国永と黒葉は気にせずお風呂に肩まで浸かると、はふーと一息吐いて大人しくし始めた。
そして気持ちの問題だと言うのならヒスイに性別は関係ないようで、上機嫌にもう一口と酒を煽る。

「ヒスイよ、それはあの世界の酒か?」
「いや、こっちの酒。エミヤに分けて貰ったんだ。……風呂で沈まれても困る、やらんぞ?」
「む、少しくらい良いでは無いか。ケチ臭い奴め……お鶴、そこに立っていては寒かろう?」
「これ、ジャグジーとか泡風呂にならないのかな。後で怜悧坊に聞いてくるか」
「……やめてくれ、レイリと国兄が沈む姿が目に映る」

ようやく自分の中で折り合いを付けたらしい鶴丸も湯船に入り、国永を背中から抱き締めた。
当然のようにそれを受け入れた国永は鶴丸に背中を預けてのんびりし始める。
と、またも来訪者が来たようで入り口が開いた。
そこに居たのは目の色だけが違う鶴丸国永の二人で、国永は鶴丸に腕を掴まれて引かれている。

「よう、君達も先に来てたのか。これで皆様勢揃いって奴だな。国永、足元気を付けろよ」
「ん……」
「あれ? 君達脱いで来なかったのか?」
「いやあ、俺達にとってはこちらの方が普通だからなぁ。結構な爺だし」

白襦袢で湯に浸かる二人に、そういえば平安だかその位昔はそういう格好だったなぁと納得する国永。
大人しい普段はぼーっとしていて、ともすれば悪い奴に連れて行かれて行きそうな程虚ろな国永を見る。
今も好ましげに口元まで浸かって堪能する様は、幼い子供のようですらある。

「国兄、起きてるか?寝るなよ?」
「ん、寝てないから安心してくれ。ちょっと考え事してた」
「考え事?」
「分かるぞ、クニ。誰の物が一番大きいか、だろう?」

訳知り顔で微笑み、親指を立てて頷くヒスイの声だけが木霊する。
国永はあれ、最初に会った時はあんなに頼もしかったのにコイツこんなに下世話な話するような奴だったっけと思い。
皆が風呂から上がったり身体を洗ったりした後の就寝時、そういえば自分の前も起つのだったと気付いた瞬間だった。

カルデアの子守歌

午後の時間を戦闘訓練に使おうと思った怜悧は、そこにキャスターを交えようと緋翠を探していた。
同じ日本人であり、記憶にあるおばあちゃんと似た服装をしているからだろうか。
図書室に居るだろうかと顔を覗かせれば、不思議な旋律が中から聞こえてきた。

「緋翠、居る?」

音の方向に声を掛ければ、緋色の髪に橙色の目をした女性が本棚の上に座りながら返事をする。
ふと膝の上にある白い固まりに目を向ければ、確か鶴丸国永と名乗った青年が眠って居た。

「この人って、えっと……」
「国永だ。彼は俺の刀でな、今はバーサーカーとして喚ばれた影響で狂化が利いているが、優しくて強くも美しい刀だ」
「同じ人じゃなくて、刀なの? でも、鶴丸も国永も、男の人だよね」

小さく笑った緋翠は読んでいた本を片側に置き、愛おしいモノを見る目で国永を撫で始める。
静かに寝息を立てる彼は、安らかな顔で羽織に包まって眠って居た。
起きている時は物数も少なく、戦闘に出すと狂ったように嗤って戦い続ける恐ろしさは今は成りを潜めている。
ともすれば、少し幼くも見えた。

「鶴丸国永はな、平安の頃に打たれた刀なんだ。俺達、審神者という御子は歴史を変えようとする奴等を退ける為に付喪神である彼等に形を与え、己で自分を振るって貰っていた。
一昼夜に使い手や担い手になれる訳も無し、けれど彼等自身は自分の担い方をよく知っている。それが本能だから」
「表には出てきていないけど、裏ではそういう話が残って居たから彼等も?」
「さあ? 俺自身は審神者として喚ばれたというより、陰陽師として喚ばれた気がするな。ただ審神者のように刀を操る力はあるようだ。けど、同じ刀でも国永と鶴丸は別個体だ」
「別個体? それって、どういう事なの?」
「先輩、緋翠さんは見付かりましたか?」
「マシュ! うん、こっちだよ!」
「良かったです、何かお話しを……あ……くにながさん、ですか」
「うん? 気になるなら離れるが、意思の疎通は取れなくても攻撃してくる様な奴じゃ無いぞ」

頭を撫でる手を止めて袂に腕を入れながら首を傾げれば、マシュはぎこちなく怜悧を見た。
自分が気後れするのはやはり戦闘での彼を間近で見ているからで。
小さな寝息を立てて眠る彼は白い睫毛に白磁の肌と、人間離れした美しさがあった。
怜悧はどう思って居るのかと横目で確かめると、彼は緋翠の言葉に頷いて国永の顔を熱心に見つめている。

「鶴丸もそうだけど、国永も綺麗だね。こうしてるとどっちか分からないけど、本当に違う人なの?」
「ああ、そうだ。審神者は複数居てな、国永は俺の決起した刀だが……鶴丸は俺が預かった子の決起した刀だ。家族を知らないあの子が、彼等には家族のように接したいと望んだ刀。そのせいか鶴丸は子供好きで表情豊かな青年になった。
国永は……かつての主が常世への黄泉路に、と望まれて墓に入れられた記録が強かったのか、眠るのが下手でな。
表情も人のフリも、望まれているからと仮面を付ける用心深さで、戦いだけが生きる術だと不器用な奴だった。
静かすぎる場所が嫌いな癖に賑やかな輪に溶け込むのが下手な、甘え下手の愛しい背の君」
「背の君?」
「確か平安時の言葉で、奥方が旦那様を呼ぶ時に使われていたような……」
「え!? 奥さんが、旦那さんをって、つまり二人はけっこ……」
「ん……」
「起きたか、おはよう。まあ今の国永にどこまで記憶や思考力があるのかも分からない、只の枕と思われているだけかも知れんがな。
それに私はありがたい事に、もう一人月の君が居る。白鳥だけを愛でる訳にはいかないが、狂戦士が暴れる際には身体を張って欲を張らそう。心配するな」

クスクスと口元を抑えて笑う様は何やら誤魔化されたのか率直に言われすぎて理解が及ばないのか。
恐らく後者だろう考えに、怜悧は苦笑をして話を逸らす事にした。
目を完全に覚ました国永が紅い瞳で怜悧を見、マスターと一言呟いたが、それにもおはようと返すだけ。

「ふむ、伝え方が半端すぎたか? 狂戦士化していると本能だけになると聞く。戦闘意欲、戦の後の性欲、食欲、睡眠欲……まあ後半は分からんが、前半は確実に晴らしてやらねば士気に関わるぞ。誰ぞ手慣れた男が居るならそれに頼むのが早いが、居なければ夫婦の縁もあるし俺が。ただ、早々にバテる可能性がだな……」
「もーー!! 分かったから、言いたい事はよく分かったから、そういう事言わないの! 母親みたいに思ってる人からそういう言葉は聞きたくないよ!」
「ほう、母親か? 良いぞ、お前位の息子が居るからな、そいつに劣らず存分に甘やかしてやろう」

母の胸に来るか?と嬉しそうな笑顔で両手を広げられれば、例えマシュや国永が見ていようがその腕から逃げられるはずも無く。
恐る恐る抱き着けば本当に甘やかすように優しく抱き締めて頭を撫でてくれる柔らかな気配に、怜悧は思わず泣きそうになった。

カルデア騎兵隊

「レイリ、入るぞ」

言いながら専用ルームを訪れたのは見知った白いローブの、けれども見知らぬ槍を抱えた人物だった。
少しだけ驚きながら迎え入れれば、ベッド脇にあるローテーブルへとローブの裾から小物を出していく。

「お前、緊張で寝づらいだろ。お気に入りの香油分けてやるよ」
「ありがとうヒスイ、よく分かったね?」
「……バカ、何年来の付き合いだと思ってんだよ。隠してても分かる」

笑顔で誤魔化せば頭を小突かれて仏頂面を晒してくる。
本当は女の子である事を隠している男の子。
一緒に飛ばされた事を喜べば良いのか、最愛の人では無かった事を悲しめば良いのか。
前者を晒せば怒られ、後者を選べば不満かと拗ねるだろう。

「朗報と悪報がある。どちらが良い?」
「難しい選択だね……なら悪い方から話を聞こうかな」

ため息交じりにベッドサイドを座るよう手で促せば、大人しく指示に従った。
つまりは、立ち話程度では済まないという事。
室内には二人、同じ世界から来た者同士の立ち入った話があるのだろう。

「では悪い話から。この世界にアイツの気配は感じられない、お前の言うアイツはお前との繋がりのみだ」
「うそ、そんな…………シュノ……ッ!!」
「恐らくこの先、俺等を喚んだ奴の目標が達成するまでアイツには会えない。アイツを喚ぶ事に俺も力を貸せない、悪いな……」

魔術師として気配の探知に長けている筈のヒスイの言葉に、愕然として目の前が真っ暗になった気分だった。
ここには僕たちだけ、最愛の人は存在していないし逢えない。

「気落ちするなとは言わないが、一時的な物だと思え。それに、今の俺は魔術師にはほど遠いから探知出来ないだけかも知れん」
「……魔術師じゃないって、どういう事? だってヒスイは魔女だよ、ね」
「どうにもな、魔術を忘れた訳では無いんだが……空を掴むような感じで応えが無い。恐らくクラスという奴の影響だろう」
「クラス……って、僕はルーラーだって言われたあれ?」
「そうだ。俺はランサーと言われた、それにこの槍。持ち主は俺という事になってるんだろうが、そのせいか人種に影響が出ていてな。今の俺は人間だそうだ、しかも神性特性の」
「え……それって、そんな事ってある?純正の魔女だった君が、人間って……」
「ここで朗報だ。この槍は神槍グングニル、こちらではオーディンって奴の持ち物らしい。そして俺の記憶に異常は無いが、俺の記録は書き換えられた可能性がある」
「オーディン……って、あの神々の主?それにグングニルって、異世界への鍵になるからって探して貰っていた物?」
「そうだ。今の俺は仮性ではあるが、人間のフリをして世を歩き回っていた神々の主として認識されてる可能性が高い。
つまり、同じ人物は二人は現れない。複数のクラス持ちって奴も居るらしいが、同一人物をクラス分けで喚んでいるらしい」

最低であっても最悪じゃない。
だから笑え、と肩を抱いてヒスイは言った。
嘆くのは後で良いから、今は笑えと。

「それにこの物語はあの若造が主人公だ。俺等は力を貸す妖精でしかない。お前も、今は隊長じゃない只のレイリだ」
「僕、只のレイリ……それって、それってこんな風に叶って良い物なの?」
「知らね。俺だって今は只のヒスイだ。ちょっと槍を持ってるからそれで戦えって言われたが、あのマスターが望むからだ」
「そう……そうだよ、ね。指揮官はあの子だ、僕ととっても良く似た気弱な……なら、あの子の支えにならなくちゃ」
「そういうこった。難しい事を考えるのは俺は苦手だからな。責任を取る必要があるのは、あの若造を奉り上げてる誰かだろうよ」

じゃあ俺は寝るから、と簡単に一言だけ残して青年は去って行った。
戦わなきゃいけない、戦う理由のある少年。
世界は彼に少しだけ意地悪で、そして残酷で。
せめて彼の物語に優しさが灯るように、僕たちで力になっていこう。
ルーラーだと言うのなら、せめて公平に物事を見れるよう。
祈るように目を閉じる中、ヒスイが置いて行った優しい香りだけが僕を眠りに誘った。

カルデア・キッチン

それぞれを部屋に案内して慣れてきた頃、桜色の髪をした国永はエプロンを付けて食堂にやってきていた。
隣に居るのはアーチャーのエミヤで、彼と共に料理をする事が多くなっている。
ともすれば料理が趣味と言える二人で。
食事を楽しみにするサーヴァントには二人の腕で満足頂けているようで、今日も今日とて献立を考えて居る最中だ。

「へえ、じゃあエミヤが一人で捌いてた時は好きな物をオーダーしてたのか。大変じゃ無かったか?」
「ここのマスターはまだ年若く、カルデアも機動したてで人数もそう多くは無かったからな。一度に7人も増えた時は困ったが」
「驚かせて悪かったな、まあこちらも驚いたしお互い様だ。なら今度からはある程度メニューを決めて曜日毎で変えるのは?」
「ふむ、通常ならば問題ないだろうが……セイバー、アルトリアには注意しろ」
「アルトリア? ああ、あの金髪の子か。彼女がどうしたんだ?」
「故郷の食事が合わなかったと大層嘆いていてね、粗雑な調理をしよう物なら……その上少し、いやかなり……人より大食らいだ」
「……君の苦労が見える気がする。だがそれなら何も一人一メニューと決めなくても好きな回数頼むようにして貰おう」
「私は君が捌けるのなら前のスタイルでも構わんぞ、アサシン」
「アサ……それ、俺だけじゃ無く他にも同じクラスの人間が居たらどうするんだい? 国永……だと被るから、適当に渾名で構わない」

そう言われた瞬間にエミヤはきょとんとした顔をし、難しそうに表情を潜めた。
口元に手を当てて小さく何かを呟いている事から渾名の類いでも決めているのだろうと予想して手元のリンゴを剥いていく。
下処理を終えていたパイ生地にカスタードを盛り付け、フライパンで甘いカラメルとフランベしたリンゴを中心から広がるように乗せて細く切ったパイ生地を交互に重ねていった。
手際良くいくつかのアップルパイを作り上げた後はオーブンへと入れ、

「国永、ではクニと呼んでも良いか?」
「クニ、か。構わないぜ、改めてよろしく料理長」

懐かしい呼び名に微笑みを浮かべて了承した。
オーブンで第一のアップルパイが焼き終わる頃、丁度良く金髪の少年が顔を覗かせる。

「エミヤ、お兄ちゃん居る?」
「丁度良いタイミングだ、マスター。今クニが君用のおやつを作っていた所だ」

振り返りざまにだろう?とニヒルに笑われてしまっては、違うとも否定しがたい。
苦笑して後のパイの切り分けと配膳を頼むと言い残してパイ皿を片手に少年に歩み寄る。
クニ、という聞き慣れない音が探していたお兄ちゃんの事だと分かると怜悧は笑顔を浮かべて近寄った。

「あのね、ここ庭園があるからお兄ちゃんを誘おうと思ったんだ。お花が好きだって言ってたし」
「そうか、わざわざありがとうな、怜悧坊。そこにテーブルや椅子はあるかい? どうせならピクニック気分を味わおう」
「うん! ピクニックって楽しそうだね? あ、マシュにも声掛けて良い?」
「ああ、6人かまあそこに座れる位の人数だな。パイは足りなければ今エミヤに見て貰ってる分もあるから、君の好きに声掛けして良いぜ」
「やったー!ふふ、誰を呼ぼうかな? あ、お兄ちゃんの旦那さんは呼ばなくちゃね。黒葉さんだっけ?」
「黒葉だな。子供好きだから遠慮無く呼んで良いんだぞ、マスター」

はーい、と笑顔で振り返る知り合いそっくりの顔つきに、繋がれた温かい手に、けれど違う人物なんだなと思い当たる。
可愛い従姉妹の可愛い息子、自分にとっても弟のような子だった。
彼には存在しない、愛していた母親。
出会わなかった結果なのか、出会っていたとしても同じなのか。
こうして出会ったのならこの世界が何であれ、せめて安心に居場所になりたいと願った。
prev next
カレンダー
<< 2017年08月 >>
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31