「ルージュ、ちょっといいか?」
珍しくロベリエがロゼットを呼び止めた。
「何?」
「ああ、今回の作戦なんだがちょっと納得行かなくて…」
「うん、どこ?」
いつもいがみ合ってる二人が珍しく書庫で寄り添っているのを、後からきたシルフとヴェリテが偶然見かけた。
「わぁ…あの二人がなんかくっついて話してる。」
「…何か、問題が?」
「問題はないけど、面白くない?」
くすくすと笑うシルフにヴェリテが首を傾げた。
「理解できない。」
「だから!高低差を活かしてシルフとリアンは上から、俺が中段からの方が危険は少ないだろ!」
「そうゆう事を言っているんじゃない!
ここは地盤も脆く崩れやすい。
上段の二人はともかく、地盤がしっかりしてない中段は危険だと言ってる!」
「だけど、上からじゃ距離があり過ぎて小さい的は狙いにくい。」
「僕は、お前を心配して言っ…!」
ロベリエが声を大きく荒げた所で突然ロゼットが顔を赤くした。
「な…っ、あ…」
言葉を失ってるロゼットに、今度はロベリエが真っ赤になる番だった。
「…っ、お前が…」
「な…にさ…」
二人で顔を真っ赤にしながら、慌てふためく二人を見ながらシルフとヴェリテは書庫を去った。
残された二人は顔を赤くしながら暫く俯いていた。
「とにかく、言いたいのはそれだけだ!」
「あっ、待てよ!」
ロゼットが、ぎゅっとロベリエの制服を掴む。
「わっ、急に引っ張るな!」
バランスを崩したロベリエがロゼットを巻き込みながら盛大に倒れた。
幸い、書庫には誰もおらず他の人の迷惑にはならなかった。
しかし―――
「ん…」
倒れる瞬間に、柔らかいものが唇に触れた。
倒れたときにぶつけた頭でぼんやりとみあげる。
目の前にロベリエの顔が迫っていた。
唇に触れた柔らかい感触は、ロベリエの唇が重なって居たからだ。
ロベリエが不意にロゼットの頬をなで、もう一度唇が触れた。
「ふぁ…」
びくっと体を振るわせたロゼットに、ロベリエが我に返った。
「…っ…すまない、ルージュ、これは、事故だ…」
「判ってる、はやくどけよ、重いから…」
下敷きになっているロゼットが抜け出そうともがく。
抜け出すと居たたまれなくなり、ロゼットが先に駆けだした。
書庫の入り口でフィオルがいつものやんわりとした笑みを浮かべていた。
「遅くなってすまない。
来る途中メグに会ってね…
ん…ルージュ、泣いてるのか?」
ロゼットはようやく自分が泣いてることに気がついた。
「泣いてないっ!」
ロゼットはフィオルが差し出した手を振り払って書庫から駆けだした。
「一体、何があったんだい?」
困ったように笑いながらフィオルが、窓際の席で固まっていたロベリエに声をかけた。
「あぁ…いや、何でもない…。」
気まずくなったのか、ロベリエも俯いたまま椅子に座った。
散りばめられたのは来週に控えた実践訓練の作戦の資料だ。
フィオルは何となく、作戦のことで口論になったのだと思ったが、それにしてはひっかかる。
ロベリエがさっきから何も喋らず、憂鬱な表情で窓の外を眺めていたのと、ロゼットの涙だ。
我慢強くてプライドの高いロゼットが、口論程度で易々と人前で涙を見せると思えない。
「何があったか聞いてもいいかい?
君達がそんな顔をしていたら、私も悲しくなってしまう。」
「ノーツ…実は…」
一方飛び出したはいいが、資料や自分の鞄が書庫にあることに気が付いたロゼットは、今更戻ることも出来ずに中庭で膝を抱えていた。
いつもは何人かの友人グループが談笑したり、恋人たちのたまり場だが、この時間は静かで人も数えるほどしかいない。
「何なんだよ…あれ…」
一度目は確かに事故だった、しかし二度目は明らかに故意だ。
ということはだ。
「ロベリエが…俺、を…?」
そう考えてロゼットが首を振った。
あり得ない、そんなはずないと。
そして自分が好きなのはフィオルであってロベリエではないと、心の中で言い聞かせる。
「ロゼットじゃないか。
どうしたんだい、こんな所で。」
「レイリさん…」
目の前にはにこにこと柔らかい笑みを浮かべた恩人がたっていて、ロゼットは安堵した。
「ちょっと、いろいろありまして…
レイリさんはどうしてここに?」
「実は、シュノと喧嘩してね。
ちょっと困らせてやろうと思って、仕事サボってきたんだ。」
ロゼットの隣に座ると、レイリは悪戯を思いついた子供なように笑った。
「喧嘩…するんですか?」
騎兵隊のシュノとレイリといえば知らない者は居ない程仲が良い事で有名で、喧嘩しているところを誰も見たことがない。
「するよ、たまにだけどね。」
その事実にロゼットは驚いた。
「何、その顔は?
僕たちだって意見が合わないこともあるし、喧嘩だってするよ?」
くすくすとおかしそうに笑うレイリに、ロゼットはそんなに顔にでていたか気になった。
「まぁ、出来るだけ喧嘩はしたくないよね。
お互い好き合ってるなら余計ね。」
さぁぁっと吹いた風が二人の頬をなでる。
新緑に靡く輝かしい黄金色が、ロゼットには羨ましかった。
「それで、ロゼットはこんなとこで膝を抱えて、何を泣いていたのかな?」
同じように膝を抱え込みながら、こちらをのぞき込むようなレイリに、縋ってみたくなった。
とにかく今は救いが欲しかった。
どうしたらいいか判らなかったから。
「…と、言う訳なんですけど。」
「ふむふむ。それはなんとまぁ…青春だね、ロゼット。」
「青春って…」
若干見当違いな発言にロゼットがため息を付いた。
「あのね…キスって言うのは意味があるんだ。
一度目は事故かもしれない、でも二度目のキスが彼の意志なら、それは君に好意を抱いてるって事だね。」
「キスの、意味…」
ロゼットが不意に自分の唇に触れた。
「唇へのキスは愛情、だ。」
「ぁ…い、じょ…」
ロゼットの顔が再び真っ赤になった。
「ロゼット、君はその時何を感じた?
いやだった?」
「…イヤでは、無かった…と思います。
ただ、なんだか違うような気はしてました…」
「満たされない感じ?」
ロゼットは体を震わせた。
「判らない…。
イヤじゃないけど、そうゆう対象じゃないって言うか…。
もう、頭の中がぐちゃぐちゃで…。」
すると、レイリがぎゅっとロゼットを抱きしめて頭をぽんぽんと撫でた。
「君の中で、答えはもうでているんじゃないかい?」
「こたえ…?」
レイリはそれだけ言うと、立ち上がって草を払った。
「隊長、此方にいらしたんですか!
もう副隊長がカンカンですよ!」
どうやら隊員が呼び戻しに来たようだ。
「そう…シュノは何て?」
「…俺が悪かった、だそうです。」
すると、レイリは隊員に笑いかけた。
「うん、じゃあもう戻ろうかな、迷惑かけてごめんね。」
これが大人の駆け引きなんだろうかと、太陽みたいな黄金色を見上げた。
「もう…ホント勘弁してくださいよ。
みんな副隊長を怖がって報告書が仕上がらないんですからね!」
まだ若い隊員に叱られて、レイリは困ったように笑った。
この人の周りの空気は本当にいつも暖かいのだと思った。
「じゃあね、ロゼット。」
「あ、ありがとうございました!」
レイリはひらひらと手を振った。
「こたえ…か。」
ロゼットは溜め息を吐いて立ち上がった。
自分の中で正しく答えを出せないけど、今はそれでいいと思った。