またも起こった不思議な光景に、国永はそろそろ諦念を覚える勢いで項垂れる。
主に申し渡された連結に用意されたのは数振りの刀と、一振りの鶴丸国永だった。
鍛刀で揃えられたそれはいわゆる二振り目というやつである。
現在の政府の意向ではそれらを励起させることは出来ず、刀解をして資材に回されるかこうして連結強化に回されることとなる。
それ自体に不備はなかったはず、だった。
連結の核となった国永が場に残るのは当然のこととして。
目の前には、目を瞑って倒れ伏す真白の固まりがある。
こうして"自分自身"に面と向かい合うのは演練ぶりだ。
ぴくりとも動かない、ともすれば息をしているのかも怪しい身体に違和感を覚える。
連結用にと用意された室内には、すぐに加州清光が飛び込んできた。
力なく横たわる鶴丸国永を抱え込むと、急ぎ医務室へと運び込んでいき、
「連結不備」
「そう。宿った分霊の魂は問題なく連結し刀も解かれるはずが、何故か肉体だけ励起し残った形となった」
流石に疲れた顔でこめかみを揉みほぐす主の姿は、いっそ憐れにも思えた。
そもそも国永は本筋の鶴丸国永とは言いづらい面がある。
刀帳には問題なく記載されたが、恐らくはその辺りが作用して今回のようなことが起こったのだろう。
あるいは、
(真っ当な鶴丸国永を、と思う俺の意思が作用したか)
国永は、自分を鶴丸国永だとは認めていない。
ましてや三日月宗近が望み、禁忌を犯してまで望んだのだ。
いつなんどき、どこで堕ちるかも分からない、穢れを含んだ身では彼が報われない。
「なあ主、もし……もしあの鶴丸国永が目を覚ましたなら、使ってやってくれないか」
「……まあ、怜鴉の一件で戦力を削られた本丸も少なくないからな。二振り目の育成を拒んでるのも人間と同じく刀も唯一であるべきとかいう人道派とか、本丸に反抗戦力を付けさせたくない馬鹿共だしな」
「そうなのか? てっきり励起する術式の問題かと」
「そうなると、そもそも二振り目以降の鍛刀すら出来んことになるな」
肩を竦めながらあっさりと告げる緋翠の声は軽い。
自分たちは戦うための道具であるのだから、命の尊さとやらを声高に唱えるのはさぞ滑稽だろう。
余計な戦力を付けさせたくないというのも、戦争を代行させている方がおかしいとも言える。
人間は随分と厄介な性分を抱えた生き物なのだな、と改めて認識した。
そして二振り目、に関してあえて口を開いたのは国永への牽制だろう。
未だに国永が刀解を望んでいると知っているからこその。
「まあ、それで良いさ。様子を見に行くくらいは許されるだろう?」
「当然だ」
話は終わりだ、とばかりに書類へ目を落とす緋翠を後目に、国永は笑って執務室を後にするのだった。
あの後、国永は少々裏技を使用して二振り目の鶴丸国永を目覚めさせることに成功した。
裏技とは、他の刀剣男士には使えない術を行使して魂を分けるという、本来ならば本霊のみに許された行為のこと。
分霊がさらに分霊を作るなど、消耗も激しく制約も多いため普通ならば出来ることではない。
けれど、国永は幸か不幸か普通では無かった。
生粋の鶴丸国永とは違い、三日月宗近の力も有している。
更に同じ場に存在しているから、そして二振り目には魂が宿らないからこそ出来る無茶だ。
目覚めた二振り目を鶴丸と呼び、世話役は国永が務めることとした。
借り物の魂でどれだけの誤差、ないし不備が出るものかと戦々恐々としていたが、
「くにながさま、これとってきた」
舌っ足らずな口調は肉の器に馴染んでいないからか、鶴丸は手に花を握り締めて国永の元へやって来た。
鶴丸はたびたび見付けたものを国永の所へ持ってくる。
それだけを見れば幼い子供のようでもあるが、見た目は国永と同じ青年。
白銀の髪と黄金の瞳を持つ、通常の個体と言えた。
「それは……何の花だ? 鶴丸、どこから持ってきたんだい?」
「あっち」
あっち、と言って指を差す方向には畑がある。
恐らくだが、まだ実が成っていない野菜の花を引っこ抜いてきたのだろう。
ため息を吐き、いずれ野菜になる花を畑から取ってきてはいけないと教える。
ぱちり、と目を瞬かせた鶴丸は頷いた。
「やさい、しってる」
「ああ、光坊や歌仙が美味しい料理にしてくれるだろう?」
「りょうり、おいしい」
言葉をほぼオウム返しに、頷きながら笑顔を見せる。
知識は国永と同等にあるものの、経験というのがどうも蓄積しないらしく鶴丸はまるで無垢な子供のよう。
己の本体である刀にも頓着を見せず、ともすれば高いところの物を取るつっかえ棒にし始める始末。
刀としては少々不安を覚えるところであり、未だに内番にも組み込めずに居る。
国永はもどかしく思いながらも、唯一の頼みの綱である鶴丸に期待をしていた。
一つ年が過ぎる頃、緋翠の本丸は四つまで増えていた。
一人で抱えるにはここらが限界であるとし、求められる戦績に応えている。
更にそれぞれの本丸に春夏秋冬の名を与えて調和を取ることで結界の強化としていた。
鶴丸はあの後、少しずつだが肉の器に馴染んできた結果、刀剣男士として戦場に立つまでに成長した。
頼もしくなればなるほど、国永の望みが到達に近付くほど、心中をわびしさが込み上げる。
けれどそれに囚われずにすむのは、もう一振りの新入りのお陰だろうか。
加州清光が珍しく国永に世話役を任せたのは、泛塵という真田の刀だった。
第一印象は山姥切国広のようなひねくれ者だと思った。
「塵めに世話役など不要」
顔を付き合わせた瞬間に言われた言葉だ。
これは厄介な刀だぞ、と思った瞬間には一緒に着いてきていた鶴丸が目を輝かせて声を上げた。
「国永様、こいつ国永様と同じ色だ!」
「同じ? ……ああ、見事に淡い花の髪色だな。桜のようだ」
「緋翠ちゃんが、まるで兄弟みたいだろう?ってさ」
「きょうだい……? 同じ刀派ではないだろう」
「国永様、俺知ってる! 人間の兄弟は顔が似たり同じような色をしているんだ」
ふにゃりと嬉しそうに柔らかな笑みを浮かべる鶴丸はそのまま泛塵との距離を詰め、顔を覗き込んだ。
驚いた泛塵は眉尻を下げ、困ったように身を縮込ませる。
やや跳ね気味の猫っ毛といい、少し小さく細身の身体といい、泛塵と国永は確かに共通点がある。
人の身に慣れていない、引っ込み思案な刀には鶴丸の距離感は辛かろうと襟元を引っ張って回収を試みた。
同じ体躯、同じ人の身であるはずなのに鶴丸は軽くつままれて手足を引っ込める。
まるで子猫の相手をする親猫のような気分になった。
「国永様、こいつ目の色も似てる。綺麗な夕焼け色だ!」
「顔だけなら、儚げなところはきみともそっくりだな。……ああ、夕焼け色というのも俺ときみの間の色か」
国永としては相づちのつもりの、何気ない感想だった。
けれどそれを聞いた鶴丸は至極嬉しそうな笑みを浮かべ、泛塵も小さく微笑みを浮かべる。
「この塵めと似ていることを、そのように思うのか」
「泛塵はごみじゃない。綺麗だし、俺はきみが国永様と似てて嬉しい」
「そうか……。国永様、世話になる」
突き抜けて前向きで明るい鶴丸と、引っ込み思案で大人しい泛塵は何やらこうして仲良くなったのだった。
それこそ二振りでどこを行くにも国永の後をついて回る始末。
カルガモの散歩だね、と揶揄されたのも一度や二度ではない。
不思議とそれに悪い気がしないのは、二振りが純粋だからかも知れない。
食事の時間、茶の時間、内番の間と素直についてくる姿は幼げで愛らしかった。
ともすれば国永が見当たらない時など手を繋いで探し回るらしい。
「真田の待ち人はまだ居ないからか、泛塵くんは僕らのところにもよく遊びに来るよ」
「伊達とは浅からぬ因縁だしなー! 加羅と一緒に猫撫でてたりするぜ」
比較的三条と行動をともにしがちな国永と違い、鶴丸は伊達の面々によく可愛がられている。
ともすればおやつ目当てに光忠が居る厨へ手伝いに行き、太鼓鐘といたずらの相談をし。
お昼寝の時には大倶利伽羅のところへ顔を出すらしい。
それらの日課を泛塵と過ごすようになってからも同様にこなすうち、彼らも仲良くなったようだ。
大倶利伽羅などは、
「鶴丸より静かで良い」
などと言っていて、国永は大層驚いた。
慣れれば意外と話しやすい刀なのかと思えば、大半は鶴丸が話し連れ回しているよう。
一度そのことを泛塵に聞いてみたのだが、
「鶴丸は、自分が兄だから、と。塵めが弟で良いのかと聞いたが、ゴミではないと話を聞かず……」
「あの子が兄かどうかはともかくとして、確かにきみはゴミではないな」
「国永様も同じことを言うのか」
「ふふ、俺達は人で言うなら兄弟なんだろう? 可愛い弟さ」
「……」
「他人にゴミと言わせるのも、自分でゴミと言ってしまうのも、悲しいな」
酒を呑んでいたため、酔いが言わせたのかも知れない。
時折宗近と共寝をしても、行為の後にはすぐに部屋へ戻る生活をしていた。
共寝をしない時には酒の準備をし、鶴丸にお盆を持たせて夜這いをさせている。
今のところ抱かれたという報告は聞かないので、国永の思惑通りとはいかないが。
それでも少しずつ、近かった距離を改め、共に過ごす時間を鶴丸に当てさせ。
「悲しいとは、まるで人の子のようなことを言う」
「そう、だな……刀であれば、道具であれば良いと思っていたが……いつの間にか、毒されたのかもな」
泛塵に言われて驚いた。
ただ主に使われる道具であれば良いと思っていたのに、胸の中は様々な感情で溢れている。
会いたかった、はいつの間にか、会いたいに。
今何をしているのか、鶴丸に触れているのだろうか。
鶴丸と何を話しているのか。
会いたい、触れたい、触って欲しい。
けれどそれは諦めると決めたから、一目見ることは、見つめることは許して欲しい。
目頭が熱くなり、涙が溢れるのを片手で押さえ込んで誤魔化す。
「国永様は……僕でも、兄と思って良いのだろうか」
ぽつり、と小さく呟かれた言葉に、顔を上げて泛塵を見た。
いつかのように眉尻を下げた困った顔で、けれど頬を僅かに赤らめている。
初めて聞いた自認の言葉に嬉しさが勝り、国永は泛塵の頭をくしゃりと撫でてやるのだった。